ちいさこべ 山本周五郎 ⑫
リメイクで漫画化もされている。
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問題文
(「だいとめ」じだいのふるいかんけいをそのままつづけていれば、)
「大留」時代の古い関係をそのまま続けていれば、
(かれらはぎりでもじょりょくしなくてはなるまい。)
かれらは義理でも助力しなくてはなるまい。
(それはかれらにとってもかるいふたんではないだろうし、)
それはかれらにとっても軽い負担ではないだろうし、
(こっちにとってはいっしょうのにになる。)
こっちにとっては一生の荷になる。
(たにんのじょりょくでたちなおるなどということは、しんだおやじもよろこぶまいし、)
他人の助力で立ち直るなどということは、死んだおやじもよろこぶまいし、
(じぶんたちだってはずかしい。)
自分たちだって恥ずかしい。
(つきあいをことわったのはこういうわけだから、)
つきあいを断わったのはこういうわけだから、
(おぼえていてくれ、としげじはいった。)
覚えていてくれ、と茂次は云った。
(さんにんはかおをみあわせた。)
三人は顔を見あわせた。
(かれらのかおはいまつめたいみずであらったばかりのような、)
かれらの顔はいま冷たい水で洗ったばかりのような、
(すがすがしいいろをしており、ふじぞうはびしょうさえうかべていた。)
すがすがしい色をしており、藤造は微笑さえうかべていた。
(「もうひとつよけいなことをききますが」とだいろくがいった、)
「もう一つよけいなことを訊きますが」と大六が云った、
(「かねのくめんはどうします」「そんなことをきにするな」)
「金のくめんはどうします」「そんなことを気にするな」
(「あっしどもでなにかすることはありませんか」)
「あっしどもでなにかすることはありませんか」
(「しごとのほうをたのむ」としげじがいった、「かねのほうはだいじょうぶだ」)
「仕事のほうを頼む」と茂次が云った、「金のほうは大丈夫だ」
(それから、かじでいっしょにしんだふたりのしょくにん、)
それから、火事でいっしょに死んだ二人の職人、
(ぎんじとくらたのしちじゅうごにちをしてやりたいから、)
銀二と倉太の七十五日をしてやりたいから、
(かれらのおやもとをしらべておくように、とすけじろうにいった。)
かれらの親元をしらべておくように、と助二郎に云った。
(そのひ、ゆうはんのあとで、しげじはふくだやをたずねた。)
その日、夕飯のあとで、茂次は福田屋を訪ねた。
(かりにひさしへあげておいた「だいとめ」のかんばんをつつんでもち、)
仮に庇へあげておいた「大留」の看板を包んで持ち、
(たなのほうからはいって、あるじのきゅうべえにあいたいといった。)
店のほうからはいって、あるじの久兵衛に会いたいと云った。
(たなにはばんとうのいすけがいて、いまおくではしょくじちゅうだが、)
店には番頭の伊助がいて、いま奥では食事ちゅうだが、
(こんなところからこずにおくへじかにいってくれ、といった。)
こんなところから来ずに奥へじかにいってくれ、と云った。
(だがしげじは「こんやはたなのきゃくなんだ」とこたえ、たなのつぎにあるこべや、)
だが茂次は「今夜は店の客なんだ」と答え、店の次にある小部屋、
(そこはほかのきゃくとかおのあうのをきらうもののためにつかうのだが、)
そこはほかの客と顔の合うのを嫌う者のために使うのだが、
(そのこべやへとおってまった。)
その小部屋へとおって待った。
(こぞうがしらせたのだろう、まもなくおゆうがちゃをもってきた。)
小僧が知らせたのだろう、まもなくおゆうが茶を持って来た。
(「いらっしゃい、どうしてこんなところにがんばってるの」)
「いらっしゃい、どうしてこんなところに頑張ってるの」
(「だんなにようがあるんだ」)
「旦那に用があるんだ」
(「だんなだなんて、いやなひと」とおゆうはにらんだ、)
「旦那だなんて、いやな人」とおゆうはにらんだ、
(「いったいどうしたの、なぜこんなたにんぎょうぎなことをするのよ」)
「いったいどうしたの、なぜこんな他人行儀なことをするのよ」
(しげじはむっとしたかおでおゆうをみた。おゆうはくちびるでびしょうしながらうなずいた。)
茂次はむっとした顔でおゆうを見た。おゆうは唇で微笑しながら頷いた。
(「いいわよ」とかのじょはたちあがった、「あんたってずいぶんががつよいのね」)
「いいわよ」と彼女は立ちあがった、「あんたってずいぶん我が強いのね」
(しげじはなにもいわなかった。)
茂次はなにも云わなかった。
(おゆうがでていってしばらくすると、じぶんのちゃのみぢゃわんをもってきゅうべえがき、)
おゆうが出ていって暫くすると、自分の茶呑み茶碗を持って久兵衛が来、
(そこへすわりながら、「よしかわちょうのふしんばがやけたそうだな」といった。)
そこへ坐りながら、「吉川町の普請場が焼けたそうだな」と云った。
(「そのことでたのみがあってきたんです」)
「そのことで頼みがあって来たんです」
(そういって、しげじはきちんとかしこまった。)
そう云って、茂次はきちんとかしこまった。
(かれはいつものぶっきらぼうなちょうしで、だがすべてをかくさずにはなした。)
彼はいつものぶっきらぼうな調子で、だがすべてを隠さずに話した。
(それからつつみをといて「だいとめ」のかんばんをだし、)
それから包を解いて「大留」の看板を出し、
(これでごひゃくりょうかしてもらいたいといった。)
これで五百両貸してもらいたいと云った。
(きゅうべえはだまってきいていて、ききおわってからもゆっくりとちゃをすすりながら、)
久兵衛は黙って聞いていて、聞き終ってからもゆっくりと茶を啜りながら、
(しげじのはなしをぎんみするかのように、かなりながいことかんがえていた。)
茂次の話を吟味するかのように、かなり長いこと考えていた。
(「ひとつきくが」とやがてきゅうべえがいった、)
「一つ訊くが」とやがて久兵衛が云った、
(「たかなわやあべかわちょうとのことはわかったが、)
「高輪やあべ川町とのことはわかったが、
(わたしのところへきたのはどういうきもちなんだね」)
私のところへ来たのはどういう気持なんだね」
(「こちらはしちやでしょう」としげじはいった、)
「こちらは質屋でしょう」と茂次は云った、
(「あっしはこれをかたにかねをかりる、だんなはこれをかたにかねをかす、)
「あっしはこれをかたに金を借りる、旦那はこれをかたに金を貸す、
(むろんかしてくれてのはなしだが、このかしかりはしょうばいだから、)
むろん貸してくれてのはなしだが、この貸し借りはしょうばいだから、
(はっきりけじめがつくとおもうんです」)
はっきりけじめがつくと思うんです」
(まるで「だいとめ」のかんばんが、どこでもごひゃくりょうのかたになる、)
まるで「大留」の看板が、どこでも五百両のかたになる、
(としんじきっているようなくちぶりであった。)
と信じきっているような口ぶりであった。
(「いいだろう、ごようだてしましょう」ときゅうべえはいった、)
「いいだろう、御用立てしましょう」と久兵衛は云った、
(「だがしげじさん、このかねにはりそくがつきますよ」)
「だが茂次さん、この金には利息が付きますよ」
(「もちろんそのつもりです」)
「もちろんそのつもりです」
(きゅうべえはたっていった。)
久兵衛は立っていった。
(あくるあさ、すけじろうがでてくると、しげじはごひゃくりょうのかねをわたし、)
明くる朝、助二郎が出て来ると、茂次は五百両の金を渡し、
(ふたりでひつようなにゅうひのわりふりをした。)
二人で必要な入費の割振りをした。
(そしてだいろくがくるとすぐに、よしかわちょうのてはいをするようにいい、)
そして大六が来るとすぐに、吉川町の手配をするように云い、
(じぶんはにひゃくりょうもって、きばの「わしち」へでかけていった。)
自分は二百両持って、木場の「和七」へでかけていった。
(こうしてみっかごにはよしかわちょうのさいふしんをはじめたが、)
こうして三日後には吉川町の再普請を始めたが、
(それからとおかあまり、しげじはべんとうもちでふしんばへゆき、)
それから十日あまり、茂次は弁当持ちで普請場へゆき、
(てがたりないとみるとじぶんでものみやかんなをもったし、)
手が足りないとみると自分でものみやかんなを持ったし、
(ざいもくをうごかすのにかたをかしたりした。)
材木を動かすのに肩を貸したりした。
(また、このあいだにくらたとぎんじのほうじもやった。)
また、このあいだに倉太と銀二の法事もやった。
(ほんのかたちだけのしちじゅうごにちだったが、ふたりのおやたちをまねき、)
ほんのかたちだけの七十五日だったが、二人の親たちを招き、
(しょうじんりょうりでさけをだし、きょうりょうとしてにりょうずつつつんでわたした。)
精進料理で酒を出し、経料として二両ずつ包んで渡した。
(しげじはふたりをじぶんのりょうしんとともじにさせたことをわび、)
茂次は二人を自分の両親と共死にさせたことを詫び、
(かれらはまた、おやかたのそうしきもすまないのに)
かれらはまた、親方の葬式も済まないのに
(じぶんたちのせがれのほうじをしてもらったことをよろこび、くりかえしれいをのべた。)
自分たちの伜の法事をしてもらったことをよろこび、くり返し礼を述べた。