野菊の墓 伊藤左千夫 ⑧

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政夫と2歳年上の従姉・民子との淡い恋を描く。夏目漱石が絶賛。

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問題文

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(いまわれわれふたりはあたらしきしみずをくみとり)

今吾々二人は新らしき清水を汲みとり

(ははのこころをこめたべんとうをわけつつたべるのである。)

母の心を籠めた弁当を分けつつたべるのである。

(きょうみのじんじょうでないはいうもおろかなしだいだ。)

興味の尋常でないは言うも愚かな次第だ。

(ぼくは「あけび」をこのみたみこはえびづるをたべつつしばらくはなしをする。)

僕は『あけび』を好み民子は野葡萄をたべつつしばらく話をする。

(たみこはわらいながら、「まさおさんはあかぎれのくすりに)

民子は笑いながら、「政夫さんはあかぎれの薬に

(「あっくり」とやらをとってきてがっこうへおもちになるの。)

『アックリ』とやらを採ってきて学校へお持ちになるの。

(がっこうであかぎれがきれたらおかしいでしょうね」)

学校であかぎれがきれたらおかしいでしょうね」

(ぼくはまじめに、「なあにこれはおますにやるのさ。)

僕は真面目に、「なアにこれはお増にやるのさ。

(おますはもうとうにあかぎれをきらしているでしょう。)

お増はもうとうにあかぎれを切らしているでしょう。

(このあいだもゆにはいるときにおますがひをたきにきて)

この間も湯に這入る時にお増が火を焚きにきて

(ひじょうにあかぎれをいたがっているから、)

非常にあかぎれを痛がっているから、

(そのうちにぼくがやまへいったら「あっくり」をとってきてやるといったのさ」)

その内に僕が山へ行ったら『アックリ』を採ってきてやると言ったのさ」

(「まああなたはしんせつなひとですことね・・・)

「まアあなたは親切な人ですことね・・・

(おますはかげひなたのないにくげのないおんなですから、)

お増は蔭日向のない憎気のない女ですから、

(わたしもなかよくしていたんですが、)

私も仲好くしていたんですが、

(このごろはなんとなしわたしにつきあたるようなことばかしいって、)

この頃は何となし私に突き当る様な事ばかし言って、

(なんでもわたしをにくんでいますよ」)

何でもわたしを憎んでいますよ」

(「あははは、それはおますどんがやきもちをやくのでさ。)

「アハハハ、それはお増どんが焼餅をやくのでさ。

(つまらんことにもすぐやきもちをやくのは、おんなのくせさ。)

つまらんことにもすぐ焼餅を焼くのは、女の癖さ。

(ぼくがそら「あっくり」をとっていっておますにやるといえば、)

僕がそら『アックリ』を採っていってお増にやると云えば、

など

(たみさんがすぐに、まああなたはしんせつなひととかなんとかいうのとおなじわけさ」)

民さんがすぐに、まアあなたは親切な人とか何とか云うのと同じ訣さ」

(「このひとはいつのまにこんなにくちがわるくなったのでしょう。)

「この人はいつのまにこんなに口がわるくなったのでしょう。

(なにをいってもまさおさんにはかないやしない。)

何を言っても政夫さんにはかないやしない。

(いくらわたしだっておますがねもそこもないやきもちだくらいはしょうちしていますよ」)

いくら私だってお増が根も底もない焼もちだ位は承知していますよ」

(「じつはおますもふびんなおんなよ。)

「実はお増も不憫な女よ。

(りょうしんがあんなことになりさえせねば、ほうこうにんとまでなるのではない。)

両親があんなことになりさえせねば、奉公人とまでなるのではない。

(おやじはせんそうでしぬ、おふくろはこれをなげいたがもとでのびょうし、)

親父は戦争で死ぬ、お袋はこれを嘆いたがもとでの病死、

(ひとりのあにがはずれものというわけで、とうとうあのしまつ。)

一人の兄がはずれものという訣で、とうとうあの始末。

(こっかのためにしんだひとのむすめだもの、)

国家のために死んだ人の娘だもの、

(たみさん、いたわってやらねばならない。)

民さん、いたわってやらねばならない。

(あれでもたみさん、あなたをばたいへんほめているよ。)

あれでも民さん、あなたをば大変ほめているよ。

(いじまがりのあによめにこきつかわれるのだからいっそうかわいそうでさ」)

意地曲りの嫂にこきつかわれるのだから一層かわいそうでさ」

(「そりゃまさおさんわたしもそうおもっていますさ。)

「そりゃ政夫さん私もそう思って居ますさ。

(おかあさんもよくそうおっしゃいました。)

お母さんもよくそうおっしゃいました。

(つまらないものですけどなんとかかとかわけてやってますが、)

つまらないものですけど何とかかとか分けてやってますが、

(またまさおさんのようになさけふかくされると・・・」)

また政夫さんの様に情深くされると・・・」

(たみこはいいさしてまたはなしをつまらしたが、)

民子は云いさしてまた話を詰らしたが、

(きりのはにつつんでおいたりんどうのはなをてにとって、きゅうにはなしをてんじた。)

桐の葉に包んで置いた竜胆の花を手に採って、急に話を転じた。

(「こんなうつくしいはな、いつとっておいでなして。)

「こんな美しい花、いつ採ってお出でなして。

(りんどうはほんとによいはなですね。)

りんどうはほんとによい花ですね。

(わたしりんどうがこんなにうつくしいとはしらなかったわ。)

わたしりんどうがこんなに美しいとは知らなかったわ。

(わたしきゅうにりんどうがすきになった。おおええはな・・・」)

わたし急にりんどうが好きになった。おオえエ花・・・」

(はなずきなたみこはれいのくせで、いろじろのかおにそのしこんのはなをおしつける。)

花好きな民子は例の癖で、色白の顔にその紫紺の花を押しつける。

(やがてなにをおもいだしてか、ひとりでにこにこわらいだした。)

やがて何を思いだしてか、ひとりでにこにこ笑いだした。

(「たみさん、なんです、そんなにひとりでわらって」)

「民さん、なんです、そんなにひとりで笑って」

(「まさおさんはりんどうのようなひとだ」「どうして」)

「政夫さんはりんどうの様な人だ」「どうして」

(「さあどうしてということはないけど、)

「さアどうしてということはないけど、

(まさおさんはなにがなしりんどうのようなふうだからさ」)

政夫さんは何がなし竜胆の様な風だからさ」

(たみこはいいおわってかおをかくしてわらった。)

民子は言い終って顔をかくして笑った。

(「たみさんもよっぽどひとがわるくなった。)

「民さんもよっぽど人が悪くなった。

(それでさっきのあだうちというわけですか。くちまねなんかおそれいりますな。)

それでさっきの仇討という訣ですか。口真似なんか恐入りますナ。

(しかしたみさんがのぎくでぼくがりんどうとはおもしろいついですね。)

しかし民さんが野菊で僕が竜胆とは面白い対ですね。

(ぼくはよろこんでりんどうになります。)

僕は悦んでりんどうになります。

(それでたみさんがりんどうをすきになってくれればなおうれしい」)

それで民さんがりんどうを好きになってくれればなお嬉しい」

(ふたりはこんならちもなきこというてよろこんでいた。)

二人はこんならちもなき事いうて悦んでいた。

(あきのひあしのみじかさ、ひはようやくかたむきそめる。)

秋の日足の短さ、日はようやく傾きそめる。

(さあとのかけごえでわたもぎにかかる。)

さアとの掛声で棉もぎにかかる。

(ごごのぶんはわずかであったからいちじかんはんばかりでもぎおえた。)

午後の分は僅であったから一時間半ばかりでもぎ終えた。

(なんやかやそれぞれまとめてばんにょにのせ、ふたりでさしあいにかつぐ。)

何やかやそれぞれまとめて番ニョに乗せ、二人で差しあいにかつぐ。

(たみこをさきにぼくがあとに、とぼとぼはたけをでかけたときは、)

民子を先に僕が後に、とぼとぼ畑を出掛けた時は、

(ひははやくまつのこずえをかぎりかけた。)

日は早く松の梢をかぎりかけた。

(はんぶんみちもきたとおもうころはじゅうさんやのつきが、)

半分道も来たと思う頃は十三夜の月が、

(このまからかげをさしておばなにゆらぐかぜもなく、)

木の間から影をさして尾花にゆらぐ風もなく、

(つゆのおくさえみえるようなよるになった。)

露の置くさえ見える様な夜になった。

(けさはきがつかなかったが、みちのにしてにいちだんひくいはたけには、)

今朝は気がつかなかったが、道の西手に一段低い畑には、

(そばのはながうすぎぬをひきわたしたようにしろくみえる。)

蕎麦の花が薄絹を曳き渡したように白く見える。

(こおろぎがさむげにないているにもこころとめずにはいられない。)

こおろぎが寒げに鳴いているにも心とめずにはいられない。

(「たみさん、くたぶれたでしょう。どうせおそくなったんですから、)

「民さん、くたぶれたでしょう。どうせおそくなったんですから、

(このけしきのよいところですこしやすんでいきましょう」)

この景色のよい所で少し休んで行きましょう」

(「こんなにおそくなるなら、いますこしいそげばよかったに。)

「こんなにおそくなるなら、今少し急げばよかったに。

(うちのひとたちにきっとなんとかいわれる。まさおさん、わたしはそれがしんぱいになるわ」)

家の人達にきっと何とか言われる。政夫さん、私はそれが心配になるわ」

(「いまさらしんぱいしてもおっつかないから、まあすこしやすみましょう。)

「今更心配しても追っつかないから、まア少し休みましょう。

(こんなにけしきのよいことはめったにありません。)

こんなに景色のよいことは滅多にありません。

(そんなにひとにもうしわけないようなわるいことはしないもの、)

そんなに人に申訣のない様な悪いことはしないもの、

(たみさん、しんぱいすることはないよ」)

民さん、心配することはないよ」

(つきあかりがななめにさしこんでいるみちばたのまつのきりかぶにふたりはこしをかけた。)

月あかりが斜にさしこんでいる道端の松の切株に二人は腰をかけた。

(めのさきしちはちけんのところはきのかげで)

目の先七八間の所は木の蔭で

(うすぐらいがそれからむこうははたけいっぱいにつきがさして、)

薄暗いがそれから向うは畑一ぱいに月がさして、

(そばのはながきわだってしろい。)

蕎麦の花が際立って白い。

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