めおと蝶 山本周五郎 ⑬
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問題文
(「おめでとう、おねえさま、とうとうやったわね」)
「おめでとう、お姉さま、とうとうやったわね」
(いもうとはたずねてきて、てをうっていった。)
妹は訪ねて来て、手をうって云った。
(「もしかするとって、おもったけれども、)
「もしかするとって、思ったけれども、
(やっぱりともやさまだわ、おおそうじがはじまるのね、)
やっぱり知也さまだわ、大掃除が始まるのね、
(きれいさっぱりと、だれがどうなってだれがどうなるか、)
きれいさっぱりと、誰がどうなって誰がどうなるか、
(ともかくあたらしいかぜがふきだすんだわ、)
ともかく新しい風が吹きだすんだわ、
(おねえさま、ゆうきをおだしになってね、)
お姉さま、勇気をおだしになってね、
(ふみよはどんなにでもおちからになるわ、)
文代はどんなにでもお力になるわ、
(こんどこそほんとうにおねえさまらしくいきるきかいよ」)
こんどこそ本当にお姉さまらしく生きる機会よ」
(「もうしんぱいはごむよう、ゆうきはだしているわ」)
「もう心配は御無用、勇気はだしているわ」
(「きっとよ、やくそくしてよ、これでわたくしのゆめがかなうわ」)
「きっとよ、約束してよ、これでわたくしの夢がかなうわ」
(ふみよはみっかにあげずきて、いろいろのじょうほうをつたえた。)
文代は三日にあげず来て、いろいろの情報を伝えた。
(えどからはにどめさんどめのししゃがあり、)
江戸からは二度め三度めの使者があり、
(ろうしょくのうちさどこうざえもんとぬまのまたぞうがさしひかえ、)
老職のうち佐渡幸左衛門と沼野又蔵が差控え、
(ひっとうとしよりのこばやしみちのすけがきんしんをめいぜられた。)
筆頭年寄の小林道之助が謹慎を命ぜられた。
(ついでははかたのおじの、まつしまがいきがひっとうとしよりをだいこうし、)
ついで母方の伯父の、松島外記が筆頭年寄を代行し、
(じっかのあにがろうしょくきもいりをめいぜられたという。)
実家の兄が老職肝入を命ぜられたという。
(このあわただしいへんどうのなかで、)
このあわただしい変動のなかで、
(りょうへいはしだいにおちつかなくなった。)
良平はしだいにおちつかなくなった。
(はじめのうちはきゃくもおおく、ふけるまでみつだんをしたり、)
初めのうちは客も多く、更けるまで密談をしたり、
(またこちらからよるになってでてゆき、)
またこちらから夜になって出てゆき、
(やはんにかえることなどもたびたびあった。)
夜半に帰ることなどもたびたびあった。
(それがやがてぱったりとたえ、きゃくもこずがいしゅつもしなくなると、)
それがやがてぱったりと絶え、客も来ず外出もしなくなると、
(めにみえてきりょくがおとろえ、いきしずむというかんじになった。)
眼に見えて気力が衰え、意気沈むという感じになった。
(「ーーくらくなる、そうぼうとくらくなる」)
「ーー暗くなる、蒼茫と暗くなる」
(こんなひとりごとをつぶやいたり、)
こんな独り言を呟いたり、
(じっとかべをながめながらためいきをついたりした。)
じっと壁を眺めながら溜息をついたりした。
(はんしゅのやまとのかみさだあきがきこくしたのはにがつげじゅんであった。)
藩主の大和守貞昭が帰国したのは二月下旬であった。
(そしてすうじつしてりょうへいはめしだしをうけ、そのままいえへかえらなかった。)
そして数日して良平は召出しをうけ、そのまま家へ帰らなかった。
(いもうとのほうこくによるとじょうちゅうのろうへいれられたのだそうで、)
妹の報告によると城中の牢へいれられたのだそうで、
(りょうへいのほかにもはらだいちのじょうというしゅうのうかたや、)
良平のほかにも原田市之丞という収納方や、
(ぐんぶぎょうのかわぐちだいすけ、さかもとかずえもんなど、)
郡奉行の川口大助、坂本数右衛門など、
(ごろくにんのものがろうしゃへはいったということだった。)
五六人の者が牢舎へはいったということだった。
(さばきのないようはしりたくもなかった。)
裁きの内容は知りたくもなかった。
(うえむらのいえはもんをしめられてばんしがつき、)
上村の家は門を閉められて番士が附き、
(うばとげじょひとりをのこしたほかは、かしもめしつかいもひまをだした。)
乳母と下女一人を残したほかは、家士も召使も暇を出した。
(ときおりうらからいもうとがくるだけである、)
ときおり裏から妹が来るだけである、
(それもないみつのゆるしだからながくはいられない、)
それも内密の許しだから長くはいられない、
(はなすことをはなすとすぐにかえっていった。)
話すことを話すとすぐに帰っていった。
(「おねえさまたいへんなおしらせよ」)
「お姉さまたいへんなお知らせよ」
(あるひ、ふみよがきていきをせいていった。)
或る日、文代が来て息をせいて云った。
(「ともやさまがおおめつけにごしゅうにんなすったんですって、)
「知也さまが大目附に御就任なすったんですって、
(きのうおさたがあったということよ」)
昨日お沙汰があったということよ」
(「それで、・・・なにがたいへんなの」)
「それで、・・・なにがたいへんなの」
(「まあ、おねえさまにはこれがなんでもないの、ともやさまがおおめつけよ」)
「まあ、お姉さまにはこれがなんでもないの、知也さまが大目附よ」
(しののあたまのなかで、そのときかなしげなつぶやきのこえがきこえた。)
信乃の頭のなかで、そのとき悲しげな呟きの声が聞えた。
(そうぼうとくらくなる。)
蒼茫と暗くなる。
(ふみよがかえってからも、そのこえはうったえるように、)
文代が帰ってからも、その声は訴えるように、
(いつまでもあたまのなかでつぶやいていた。)
いつまでも頭のなかで呟いていた。
(そのつぎのひのことであるが、なかばこうぜんとともやがたずねてきた。)
その次の日のことであるが、なかば公然と知也が訪ねて来た。
(しのはうばをとりつぎにだして、どうにもきぶんがわるいからと、)
信乃は乳母を取次に出して、どうにも気分が悪いからと、
(あうのをことわった。かれはみっかばかりしてまたきたが、)
会うのを断わった。彼は三日ばかりしてまた来たが、
(そのときもうばをかわりにやって、)
そのときも乳母を代りにやって、
(おっとのつみのきまるまではだれにもあわない、ということをつたえさせた。)
良人の罪のきまるまでは誰にも会わない、ということを伝えさせた。
(ともやはそれでこちらのきもちをさっしたのだろう、)
知也はそれでこちらの気持を察したのだろう、
(「こなたのごじんりょくではんせいかいかくにこぎつけることができた、)
「こなたの御尽力で藩政改革にこぎつけることができた、
(このごおんはじぶんひとりのものではなく、いちはんのすくいともいえる、)
この御恩は自分ひとりのものではなく、一藩の救いともいえる、
(ははこおふたりのことはかならずひきうけるから、)
母子お二人のことは必ずひきうけるから、
(からだをたいせつに、きをしっかりもっていてもらいたい」)
体を大切に、気をしっかり持っていて貰いたい」
(こういういみのでんごんをしていった。)
こういう意味の伝言をしていった。