ちくしょう谷 ⑤
そこには兄の仇の西沢半四郎がいた。
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問題文
(はやとはじぶんのてをうちかえしながめていた。)
隼人は自分の手をうち返し眺めていた。
(「もちろんいそぎはしない」たてわきはまたおこったようなちょうしになった、)
「もちろんいそぎはしない」帯刀はまた怒ったような調子になった、
(「はやとはしょういちろうがじゅうごさいになるまでけっこんはしないといったそうだ、)
「隼人は小一郎が十五歳になるまで結婚はしないと云ったそうだ、
(ほんしんからそうするつもりかもしれないが、それはふしぜんでもあるし)
本心からそうするつもりかもしれないが、それは不自然でもあるし
(むりなことだ、またきいのほうもにじゅうろくさいで、これはむろんよそへ)
無理なことだ、またきいのほうも二十六歳で、これはむろんよそへ
(さいこんするというわけにはいかない、なにをわらうんだ」)
再婚するというわけにはいかない、なにを笑うんだ」
(「わらやあしない」はやとはしずかにめをあげた、)
「笑やあしない」隼人は静かに眼をあげた、
(「いずれそのはなしはでるだろうとおもっていた、せけんではよく)
「いずれその話は出るだろうと思っていた、世間ではよく
(そんなふうにまとまるようだからな、ああ、かんがえておくよ」)
そんなふうにまとまるようだからな、ああ、考えておくよ」
(「あれがきらいならはなしはべつだぞ」「きらいなことはない」とはやとはこたえた、)
「あれが嫌いなら話はべつだぞ」「嫌いなことはない」と隼人は答えた、
(「ちいさいじぶんからよくしっているし、あにとこんやくがきまったときは)
「小さいじぶんからよく知っているし、兄と婚約がきまったときは
(がっかりしたくらいだ、しかし、まあいい、かんがえておくよ」)
がっかりしたくらいだ、しかし、まあいい、考えておくよ」
(そのよくじつ、はやとはとじょうしてかろうにあい、えどからししゃがあったこと、)
その翌日、隼人は登城して家老に会い、江戸から使者があったこと、
(かれにきどのばんがしらをめいずるというさたであること、などをつげられた。)
彼に木戸の番頭を命ずるという沙汰であること、などを告げられた。
(かろうのひぐちもんざえもんがそれをつたえ、はやとはおうけをした。)
家老の樋口門左衛門がそれを伝え、隼人はお受けをした。
(そこにはとしよりやくのはやしひょうえもん、なかだちしょうだゆう、またちゅうろうのよだたきさぶろうらが)
そこには年寄役の林兵右衛門、中立庄太夫、また中老の与田滝三郎らが
(れっせきしてい、よだがはやとにしつもんした。)
列席してい、与田が隼人に質問した。
(「そのほうはじぶんからこのやくをねがいでたということだが、それはじじつか」)
「そのほうは自分からこの役を願い出たということだが、それは事実か」
(はやとはじじつであるとこたえた。「おおせつけられるやくめに)
隼人は事実であると答えた。「仰せつけられる役目に
(さべつがあってはならないが」とよだはいった、)
差別があってはならないが」と与田は云った、
(「このやくだけはだれにもきらわれている、このやくがきらわれていることは)
「この役だけは誰にも嫌われている、この役が嫌われていることは
(そのほうもしっているであろう」)
そのほうも知っているであろう」
(はやとはかおをあげてききかえした、「そのおさたには、)
隼人は顔をあげて訊き返した、「そのお沙汰には、
(るにんむらについてなにか、ごしじがあるとぞんじますが」)
流人村についてなにか、御指示があると存じますが」
(「わたしのといにこたえてくれ」「それがわたしのこたえです」とはやとはいった、)
「私の問いに答えてくれ」「それが私の答えです」と隼人は云った、
(「それともごしじはございませんか」)
「それとも御指示はございませんか」
(「るにんむらのけんについて」とかろうのひぐちがいった、)
「流人村の件について」と家老の樋口が云った、
(「そのほうののぞみをかなえてやれ、といういみのことがかきそえてある」)
「そのほうの望みをかなえてやれ、という意味のことが書き添えてある」
(はやとはそこで、こいけたてわきにいったとおりのことをかたった。)
隼人はそこで、小池帯刀に云ったとおりのことを語った。
(そのとちへいって、じっさいのじょうたいをしらべたうえで、かいはいすべきことが)
その土地へいって、実際の状態を調べたうえで、改廃すべきことが
(あったらやってみたい。いずれにしても、このままほうちされていて)
あったらやってみたい。いずれにしても、このまま放置されていて
(よいもんだいではないとおもう、といった。ろうしょくたちはひくいこえで、)
よい問題ではないと思う、と云った。老職たちは低い声で、
(にさんのことをそうだんしあったのち、こんどもよだたきさぶろうがはやとにいった。)
二三のことを相談しあったのち、こんども与田滝三郎が隼人に云った。
(「きどにはにしざわはんしろうがいる」よだはさぐるようなめではやとをみつめた、)
「木戸には西沢半四郎がいる」与田はさぐるような眼で隼人をみつめた、
(「このやくめをねがいでたほんしんが、まことにいまもうしたとおりであるか、)
「この役目を願い出た本心が、まことにいま申したとおりであるか、
(それとも、にしざわのいるためであるかどうか、そのてんについて)
それとも、西沢のいるためであるかどうか、その点について
(われわれにはぎねんがあるのだ」)
われわれには疑念があるのだ」
(はやとはだまっていた。かれらがぎねんをもったとしても、)
隼人は黙っていた。かれらが疑念を持ったとしても、
(こちらのせきにんではない、といったようなかおつきであった。)
こちらの責任ではない、といったような顔つきであった。
(「そのほうはどうおもう」とよだがきいた。)
「そのほうはどう思う」と与田が訊いた。
(「わたしのしょぞんはもうしあげたとおりです」とはやとはこたえた、)
「私の所存は申上げたとおりです」と隼人は答えた、
(「ほかにもうしあげることはございません」)
「ほかに申上げることはございません」
(よだはかろうをみた。「では、」とひぐちがいった、)
与田は家老を見た。「では、」と樋口が云った、
(「りょうさんにちうちにさたをしよう」)
「両三日うちに沙汰をしよう」
(そして、さんがつにじゅうににちにふたたびしろへよばれ、せいしきにきどばんがしらにおおせつけられた。)
そして、三月二十二日に再び城へ呼ばれ、正式に木戸番頭に仰せつけられた。
(はやとはにじゅうごにちのそうちょう、あらたにやとったぎへいというこものをともに、)
隼人は二十五日の早朝、新たに雇った儀平という小者を供に、
(じょうかまちをしゅったつした。きどからむかえにきたふたりのあしがるがあんないで、)
城下町を出立した。木戸から迎えに来た二人の足軽が案内で、
(あまつまがわのながれについたりはなれたりしながら、しだいにけわしくなるやまみちを、)
雨妻川の流れに付いたり離れたりしながら、しだいに嶮しくなる山道を、
(ほくせいにむかってのぼっていった。きどのあるのはだいぶつだけのちょうじょうちかいいわばだった。)
北西に向って登っていった。木戸のあるのは大仏岳の頂上ちかい岩場だった。
(ふもとからはやくごりのみちのりであるが、だんがいのちゅうふくに)
ふもとからは約五里のみちのりであるが、断崖の中腹に
(あやうくしがみついているようなそのみちは、のぼりおりがおおく、)
危うくしがみついているようなその道は、登り降りが多く、
(せまくてこうばいがきゅうで、うまをとおすこともできなかった。)
狭くて勾配が急で、馬を通すこともできなかった。
(またごかしょにさんどうがあって、そこを「なんしょ」とよんでいるが、)
また五カ所に桟道があって、そこを「難所」と呼んでいるが、
(これはがけのいわにあなをうがち、それへまるたのしちゅうをいれたうえに、)
これは崖の岩に穴を穿ち、それへ丸太の支柱を入れた上に、
(あついまつざいのいたをわたしたもので、ひゃくしゃくあまりしたには、あまつまがわのじょうりゅうにあたる)
厚い松材の板を渡したもので、百尺あまり下には、雨妻川の上流に当る
(だいぶつがわのけいりゅうが、おおきないわをめぐってしろいしぶきをあげているのがみえる。)
大仏川の渓流が、大きな岩をめぐって白い飛沫をあげているのが見える。
(このかけはしはいちどにひとりしかわたることができず、)
このかけはしは一度に一人しか渡ることができず、
(なれたものでもしたをみるとめがくらむといわれていた。)
馴れた者でも下を見ると眼がくらむと云われていた。
(はやとたちは、だいいちのさんどうにかかるところでべんとうをつかい、)
隼人たちは、第一の桟道にかかるところで弁当をつかい、
(それからはさんどうごとにやすみながらのぼったが、)
それからは桟道ごとに休みながら登ったが、
(きどへついたときはすっかりひがくれていた。)
木戸へ着いたときはすっかり日が暮れていた。
(「たいそうなごけんきゃくです」あんないのひとりがはやとにいった、)
「たいそうな御健脚です」案内の一人が隼人に云った、
(「わたしどもなれているものでも、じゅうじよりはやくのぼったものはございません、)
「私ども馴れている者でも、十時より早く登った者はございません、
(しつれいですがおつかれのごようすもみえませんな」)
失礼ですがお疲れのごようすもみえませんな」
(「いやつかれたよ」とはやとがいった、「ごくろうだがさきぶれにいってくれ」)
「いや疲れたよ」と隼人が云った、「御苦労だが先触れにいってくれ」
(あしがるのひとりはきどのほうえはしっていった。)
足軽の一人は木戸のほうへ走っていった。