死体蝋燭 小酒井不木 ②(終)

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嵐の夜。和尚が小坊主の法信に告白をはじめる。
仏罰/ぶつばち:仏の教えに背いたものに下るとされる罰。

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問題文

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(それから、わしがそのりょうじゅんのにくをどうしたとおもう。さすがにわしも)

それから、わしがその良順の肉をどうしたと思う。さすがにわしも

(たびたびひとをころすのはいやだから、なるべくながいあいだ、かれのにくの)

たびたび人を殺すのはいやだから、なるべく長い間、彼の肉の

(やけるにおいをかぎたいとおもったのだよ。そこでいろいろとかんがえたけっか、)

焼けるにおいを嗅ぎたいと思ったのだよ。そこでいろいろと考えた結果、

(ふとみょうあんをおもいついたのだ。それはほかでもない、そのにくのしぼうから、)

ふと妙案を思いついたのだ。それはほかでもない、その肉の脂肪から、

(ろうそくをつくろうとかんがえたのだ。ろうそくならばぼうずのみとして、あさばんそれを)

蝋燭を作ろうと考えたのだ。蝋燭ならば坊主の身として、朝晩それを

(ぶつぜんでもやしてにおいをかぎ、だれにあやしまれることもない。)

仏前で燃やしてにおいをかぎ、誰に怪しまれることもない。

(それにろうそくにしておけば、かなりながいあいだたのしむことができる。)

それに蝋燭にしておけば、かなり長い間楽しむことができる。

(こうおもって、わしはひそかにてずからろうそくをつくったよ。ふつうのろうのなかへ)

こう思って、わしはひそかに手ずから蝋燭を作ったよ。普通の蝋の中へ

(りょうじゅんのしぼうをとかしこんで、わしはたくさんおもいどおりのものをつくった。)

良順の脂肪をとかしこんで、わしは沢山思いどおりのものを作った。

(そうしてまいにち、わしはもったいなくも、ごんぎょうのさいに、)

そうして毎日、わしはもったいなくも、勤行の際に、

(そのろうそくをもやして、わしのいぬちくしょうにもおとるよくをまんぞくさせておった。)

その蝋燭を燃やして、わしの犬畜生にも劣る慾を満足させておった。

(ときにはごんぎょういがいのおりにも、ろうそくをもやしてたのしんだことがある。)

時には勤行以外のおりにも、蝋燭を燃やして楽しんだことがある。

(だがきょうまで、ぶつばちにもあたらずくらしてきた。)

だが今日まで、仏罰にもあたらず暮らしてきた。

(おもえばおそろしいことだった。)

思えば恐ろしいことだった。

(ところが、ほうしん、わしのつくったろうそくにはかぎりがある。)

ところが、法信、わしの作った蝋燭には限りがある。

(まいにちいっぽんずつもやしてもいちねんかかればさんびゃくろくじゅうごほんなくなる。)

毎日一本ずつ燃やしても一年かかれば三百六十五本なくなる。

(だんだんろうそくがなくなってゆくにつれて、わしはいうにいえぬ)

だんだん蝋燭がなくなってゆくにつれて、わしは言うに言えぬ

(もどかしさをおぼえたよ。このに、さんにち、わしはなんともいえぬ)

もどかしさを覚えたよ。この二、三日、わしはなんともいえぬ

(やるせないこころぼそさをかんじてきた。これではなんとかしなければならんと、)

やるせない心細さを感じてきた。これではなんとかしなければならんと、

(ほうしん、わしはたべものものどをとおらぬくらいかんがえなやんだのだ。)

法信、わしは食べ物ものどをとおらぬくらい考え悩んだのだ。

など

(ここにいまもえているのが、りょうじゅんのしぼうでつくったろうそくのおしまいだ。)

ここにいま燃えているのが、良順の脂肪でつくった蝋燭のおしまいだ。

(わしはせんこくからきがきでないのだ。ほうしん、わしはりょうじゅんのかわりがほしくなった。)

わしは先刻から気が気でないのだ。法信、わしは良順の代わりがほしくなった。

(わしは、ほうしん、おまえをころしたくなった。)

わしは、法信、お前を殺したくなった。

(こら、なにをする!にげようったとてもうだめだ。このぼうふううは、)

こら、何をする!逃げようったとてもう駄目だ。この暴風雨は、

(ひとをころすにくっきょうのときだ。これなくな、ないたとて、わめいたとて、)

人を殺すに屈竟の時だ。これ泣くな、泣いたとて、わめいたとて、

(だれにもきこえやせん。おまえはもう、へびにみこまれたかえるもどうぜんだ。)

誰にも聞こえやせん。お前はもう、蛇に見こまれた蛙も同然だ。

(いさぎよくかくごしてくれ、な、わしのこころをまんぞくさせてくれ、)

いさぎよく覚悟してくれ、な、わしの心を満足させてくれ、

(これ、どうかわしのふしぎなこころをたのしませるろうそくとなってくれ、よう」)

これ、どうかわしの不思議な心をたのしませる蝋燭となってくれ、よう」

(おしょうにうでをつかまれたほうしんは、ぜつだいなきょうふのために、もはやなきごえを)

和尚に腕をつかまれた法信は、絶大な恐怖のために、もはや泣き声を

(たてることすらできず、そのばにみずあめのようにうずくまってしまった。)

立てることすらできず、その場に水飴のようにうずくまってしまった。

(でも、いまがせいしのわかれめとおもうと、そのこころはさいごのたのみのつなをもとめて、)

でも、今が生死のわかれ目と思うと、その心は最後の頼みの綱を求めて、

(おもわずたんがんのことばとなった。「おしょうさま、どうぞかんべんしてくださいませ。)

思わず歎願の言葉となった。「和尚さま、どうぞ勘弁してくださいませ。

(わたしはしにたくありません、どうぞどうぞ、いのちをおたすけくださいませ」)

わたしは死にたくありません、どうぞどうぞ、生命をお助けくださいませ」

(「ふ、ふ、ふ」おしょうはあくまのわらいをわらった。)

「ふ、ふ、ふ」 和尚は悪魔の笑いを笑った。

(そのとき、ぼうふううはいっそうつよくほんどうをゆすぶった。)

その時、暴風雨は一層つよく本堂をゆすぶった。

(「これ、このごになって、おまえがいくら、なんといっても、)

「これ、この期になって、お前がいくら、なんといっても、

(わしはもうようしゃしない。さあ、かくごをせい!」)

わしはもう容赦しない。さあ、覚悟をせい!」

(こういったかとおもうと、おしょうはこしのあたりにてをやって、)

こう言ったかと思うと、和尚は腰のあたりに手をやって、

(ぴかりとするものをとりだした。)

ぴかりとするものを取り出した。

(「わっ、おしょうさま、ごしょうです、どうかそのはものだけは、どうか、)

「わッ、和尚さま、後生です、どうかその刃物だけは、どうか、

(ごめんなされてくださいませ!わたしはいやです、ころされてはこまります」)

御免なされてくださいませ! わたしは厭です、殺されては困ります」

(このことばをきくなり、おしょうはふりあげたうでをそのまま、しずかにおろした。)

この言葉をきくなり、和尚はふり上げた腕をそのまま、静かに下ろした。

(「おまえはそれほどいのちがほしいのか」「はい」)

「お前はそれほど生命がほしいのか」「はい」

(ほうしんはてをあわせておしょうをおがんだ。「それでは、おまえのいのちはたすけてやろう。)

法信は手を合わせて和尚を拝んだ。「それでは、お前の生命は助けてやろう。

(そのかわり、わしのいうことをなんでもきくか」)

その代わり、わしの言うことをなんでもきくか」

(「はい、どんなことでもします」「きっとだな?」)

「はい、どんなことでもします」「きっとだな?」

(「はい」「そうならわしのひとごろしをてつだってくれるか」)

「はい」「そうならわしの人殺しを手伝ってくれるか」

(「え?」「おまえをたすければ、そのかわりのひとをころさにゃならん。)

「え?」「お前を助ければ、その代わりの人を殺さにゃならん。

(そのてつだいをおまえはするか」「そ、そんなおそろしいこと」)

その手伝いをお前はするか」「そ、そんな恐ろしいこと」

(「できぬというのか」「でも」)

「できぬというのか」「でも」

(「それならば、いさぎよくころされるか」「ああ、おしょうさま」)

「それならば、いさぎよく殺されるか」「ああ、和尚さま」

(「どうだ」「ど、どんなことでもいたします」)

「どうだ」「ど、どんなことでも致します」

(「てつだってくれるか」「は、はい」)

「手伝ってくれるか」「は、はい」

(「よし、それではこれからすぐにとりかかる」「え?」)

「よし、それではこれからすぐに取りかかる」「え?」

(「これからひとごろしをするのだ」「どこで・・・」)

「これから人殺しをするのだ」「どこで・・・」

(「ここで」「だれをころすのですか」おしょうはへんとうするかわりに、)

「ここで」「誰を殺すのですか」和尚は返答する代わりに、

(さっきにみちたかおをして、ひだりてで、あみだにょらいのほうをさした。)

殺気に満ちた顔をして、左手で、阿弥陀如来の方を指した。

(「それではあのあみださまを?」「そうではない。あのそんぞうのうしろには、)

「それではあの阿弥陀様を?」「そうではない。あの尊像の後ろには、

(いま、このぼうふううにじょうじて、このてらにしのびいったさいせんどろぼうがかくれているのだ。)

今、この暴風雨に乗じて、この寺にしのび入った賽銭泥棒がかくれているのだ。

(それをおまえのみがわりにするのだ。さあこい」)

それをお前の身代わりにするのだ。さあ来い」

(おしょうはたちあがった。が、ほうしんがたちあがらぬまえに、そこにいような)

和尚は立ち上がった。が、法信が立ち上がらぬ前に、そこに異様な

(こうけいがあらわれた。あみだにょらいのうしろから、きょだいなねずみのようなまっくろなかいぶつが、)

光景があらわれた。阿弥陀如来の後ろから、巨大な鼠のような真っ黒な怪物が、

(さっととびだして、あたりのものをけちらかし、いちもくさんににげだしていった。)

さッと飛び出して、あたりのものを蹴散らかし、一目散に逃げ出して行った。

(ほうしんが、それをふくめんのどろぼうだとしるにはいくびょうかのじかんをようした。)

法信が、それを覆面の泥棒だと知るには幾秒かの時間を要した。

(「やっ、おしょうさま!」ふしぎにもそのとききょうふをわすれたかれが、こうさけんで、)

「やッ、和尚さま!」不思議にもその時恐怖を忘れた彼が、こう叫んで、

(どろぼうのあとからかけだそうとすると、おしょうはぎゅっとかれのうでをつかみ)

泥棒のあとから駈け出そうとすると、和尚はぎゅッと彼の腕をつかみ

(いままでとはにてもにつかぬやさしいかおをしていった。)

今までとは似ても似つかぬやさしい顔をして言った。

(「すてておけ。にげたものはにがしておけ。だが、ほうしん、かんにんしてくれよ。)

「捨てておけ。逃げたものは逃がしておけ。だが、法信、勘忍してくれよ。

(いまのわしのはなしたろうそくのいっけんは、あれはわしがとっさのあいだにこしらえたはなしだよ。)

今のわしの話した蝋燭の一件は、あれはわしがとっさの間にこしらえた話だよ。

(さっき、わしはあみださまのうしろに、ちらっとうごくものをみたので、)

さっき、わしは阿弥陀様の後ろに、ちらッと動くものを見たので、

(さては、どろぼうがこのぼうふううにじょうじてさいせんをぬすみにきたのだとしったが、)

さては、泥棒がこの暴風雨に乗じて賽銭を盗みに来たのだと知ったが、

(うっかりわめいては、せんぽうがどんなことをするかもしれぬとおもったから、)

うっかりわめいては、先方がどんなことをするかも知れぬと思ったから、

(これはさくりゃくでおいちらすよりほかはないとかんがえたのだよ。)

これは策略で追い散らすより外はないと考えたのだよ。

(かたなでもふりまわされたひにゃ、ふたりともころされてしまうかもしれないからなあ。)

刀でもふりまわされた日にゃ、二人とも殺されてしまうかもしれないからなあ。

(でも、さいわいに、どろぼうもわしのはなしをほんとうだとおもってにげていった。)

でも、幸いに、泥棒もわしの話を本当だと思って逃げて行った。

(なに、このろうそくはふつうのものだよ。りょうじゅんはびょうきでしんだにまちがいない。)

なに、この蝋燭は普通のものだよ。良順は病気で死んだに間違いない。

(じつはこんやわしはうげつものがたりをよんでいたのだ。それからおもいついたのだ、)

実は今夜わしは雨月物語を読んでいたのだ。それから思いついたのだ、

(おまえをびっくりさせたあのはなしを」)

お前をびっくりさせたあの話を」

(こういってみぎてにもったひかるものをさしだし、さらにつづけた。)

こう言って右手にもった光るものを差し出し、さらに続けた。

(「おまえがはものだといったのは、このせんすだよ。おそろしいときには、)

「お前が刃物だといったのは、この扇子だよ。恐ろしい時には、

(ものがまちがってみえる。きっとあのどろぼうもこれをはものだとおもったにちがいない」)

物が間違って見える。きっとあの泥棒もこれを刃物だと思ったにちがいない」

(ぼうふううはいぜんとしてくるいたけった。)

暴風雨はいぜんとして狂いたけった。

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