吸血鬼17

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投稿者投稿者桃仔いいね3お気に入り登録
プレイ回数1940難易度(4.2) 5935打 長文 かな 長文モード可
明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 kuma 5155 B+ 5.6 91.9% 1055.0 5960 521 80 2024/10/27

関連タイピング

問題文

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(みたにせいねんは、まいにちのようにみまいにやってきた。かれのほうからこぬときは、しずこが)

三谷青年は、毎日の様に見舞にやって来た。彼の方から来ぬ時は、倭文子が

(まちかねてでんわでよびよせた。しんせきといっても、たちいってくちだしをするほどの)

待兼ねて電話で呼び寄せた。親戚といっても、立入って口出しをする程の

(ちかしいひとはなかったし、さいとうろうじんはじっちょくいっぽうのこうこうやで、こんなときのちからには)

近しい人はなかったし、斎藤老人は実直一方の好々爺で、こんな時の力には

(ならなかった。うばのおなみは、たべんで、しょうじきで、なみだもろいほかにとりえのないおんなだ。)

ならなかった。乳母のお波は、多弁で、正直で、涙もろい外に取柄のない女だ。

(れんあいかんけいはべつにしても、しずことしては、さしずめ、みたにせいねんをたよるほかは)

恋愛関係は別にしても、倭文子としては、さしずめ、三谷青年をたよる外は

(なかったのである。にさんにちはべつだんのできごともなくすぎさった。が、えものを)

なかったのである。二三日は別段の出来事もなく過去った。が、獲物を

(うばわれたあくまが、そのままゆびをくわえてひっこんでしまうはずはなかった。やがてまた)

奪われた悪魔が、そのまま指を啣えて引込んでしまう筈はなかった。やがてまた

(しずこのしんぺんに、なんともいえぬへんなことがおこりはじめた。かのじょは、あるときはしんしつの)

倭文子の身辺に、何ともいえぬ変なことが起り始めた。彼女は、ある時は寝室の

(まどに、あるときはけしょうしつのかがみのなかに、またあるときは、きゃくまのどあのかげにさえ、)

窓に、ある時は化粧室の鏡の中に、またある時は、客間のドアの蔭にさえ、

(あのおそろしいかいぶつのかおが、そっとかのじょをのぞいているのにきづいた。どこから、)

あの恐ろしい怪物の顔が、ソッと彼女を覗いているのに気付いた。どこから、

(どうしてはいってくるのか、いつのまににげていくのか、しょせいなどが、いくら)

どうして這入ってくるのか、いつの間に逃げて行くのか、書生などが、いくら

(すばやくおっかけてみても、あいてをとらえることはできなかった。けいさつでも)

素早く追っかけて見ても、相手を捕えることは出来なかった。警察でも

(はんにんそうさにてをつくしていたのだけれど、さすがのつねかわけいぶも、このようじゅつつかいに)

犯人捜査に手を尽していたのだけれど、流石の恒川警部も、この妖術使いに

(かかっては、ほとんどてもあしもでないありさまであった。みたには、こいびとが、ひいちにちと)

かかっては、ほとんど手も足も出ない有様であった。三谷は、恋人が、日一日と

(しょうすいしていくようすを、みるにみかねて、あるひ、とうとうきゅうよのいっさくを)

憔悴して行く様子を、見るに見兼ねて、ある日、とうとう窮余の一策を

(あんじだした。かれはしずこのどういをえて、おちゃのみずの かいかあぱーと をたずねた。)

案じ出した。彼は倭文子の同意を得て、お茶の水の「開化アパート」を訪ねた。

(そこにゆうめいなしろうとたんてい、あけちこごろうがすんでいたのだ。みたにはしんぶんきじなどで、)

そこに有名な素人探偵、明智小五郎が住んでいたのだ。三谷は新聞記事などで、

(このめいたんていのうわさをきいていたばかりでなく、しょうかいじょうをてにいれるべんぎもあった。)

この名探偵の噂を聞いていたばかりでなく、紹介状を手に入れる便宜もあった。

(たずねてみると、ちょうどさいわいなことには、めいたんていは、かんけいしていたじけんが、どれも)

訪ねて見ると、丁度幸いなことには、名探偵は、関係していた事件が、どれも

(らくちゃくして、ぶじにくるしんでいるところだったので、みたにはよろこんでむかえられた。)

落着して、無事に苦しんでいる処だったので、三谷は喜んで迎えられた。

など

(しろうとたんていあけちこごろうは かいかあぱーと のにかいおもてがわのさんしつをかりうけ、そこを)

素人探偵明智小五郎は「開化アパート」の二階表側の三室を借り受け、そこを

(じゅうきょなりじむしょなりにしていた。みたにがどあをたたくと、じゅうごろくさいの、りんごのような)

住居なり事務所なりにしていた。三谷がドアを叩くと、十五六歳の、林檎の様な

(ほおをした、つめえりふくのしょうねんがとりつぎにでた。めいたんていのちいさいおでしである。)

頬をした、詰襟服の少年が取次に出た。名探偵の小さいお弟子である。

(あけちこごろうをよくしっているどくしゃしょくんにも、このしょうねんははつのおめみえであるが、)

明智小五郎をよく知っている読者諸君にも、この少年は初の御目見えであるが、

(そのほかに、このたんていじむしょには、もうひとり、みょうなじょしゅがふえていた。)

その外に、この探偵事務所には、もう一人、妙な助手がふえていた。

(ふみよさんという、うつくしいむすめだ。このびじんたんていじょしゅが、どうしてここへくることに)

文代さんという、美しい娘だ。この美人探偵助手が、どうしてここへ来ることに

(なったか、かのじょとあけちとが、どんなふうのあいだがらであるか、とうとうは まじゅつし と)

なったか、彼女と明智とが、どんな風の間柄であるか、等々は「魔術師」と

(だいするたんていものがたりにくわしくしるされているのだが、みたには、かねてうわさをきいて)

題する探偵物語に詳しく記されているのだが、三谷は、予ねて噂を聞いて

(いたので、ひとめで、これが、しろうとたんていの、ゆうめいなこいびとだなと、うなずくことが)

いたので、一目で、これが、素人探偵の、有名な恋人だなと、肯くことが

(できた。あけちはきゃくまのおおきなひじかけいすにもたれて、こうぶつのふぃがろという)

出来た。明智は客間の大きな肘掛椅子に凭れて、好物のフィガロという

(えじぷとたばこをふかしていた。そのむらさきいろのえんまくをへだてて、ゆうめいなもじゃもじゃあたまと、)

埃及煙草を吹かしていた。その紫色の煙幕を隔てて、有名なモジャモジャ頭と、

(むぜんのどことなくあいきょうのあるこんけつじのようなかおと、そのくせするどいめとが)

無ぜんのどことなく愛嬌のある混血児の様な顔と、その癖鋭い目とが

(あった。うつくしいふみよさんは、よくにあったようそうのすそをひるがえして、かいかつにきゃくを)

あった。美しい文代さんは、よく似合った洋装の裾を飜して、快活に客を

(もてなした。かのじょのことりのようなあかるいわらいごえが、このいかめしいたんていじむしょに、)

もてなした。彼女の小鳥の様な明るい笑声が、このいかめしい探偵事務所に、

(しんこんのかていのようなはなやかなくうきをただよわせていた。みたには、ふみよさんの)

新婚の家庭の様な華やかな空気を漂わせていた。三谷は、文代さんの

(いれてくれたおちゃをすすりながら、しおばらおんせんいらいのできごとを、すこしもかくさず、)

入れてくれたお茶を啜りながら、鹽原温泉以来の出来事を、少しも隠さず、

(くわしくものがたった。なにもかもわけのわからぬことばかりです。いたるところで、)

詳しく物語った。「何もかも訳の分らぬことばかりです。到る所で、

(ありえないことがおこっているのです。わたしはようじゅつなんてものをしんじることは)

あり得ないことが起っているのです。私は妖術なんてものを信じることは

(できません。しかもようじゅつとでもかんがえるほかに、かいしゃくのしようもないことがらばかりです)

出来ません。しかも妖術とでも考える外に、解釈の仕様もない事柄ばかりです」

(みたにはぶぜんとしていった。たくみなはんざいは、いつでも、ようじゅつのようにみえるのです)

三谷は憮然としていった。「巧な犯罪は、いつでも、妖術の様に見えるのです」

(あけちは、たえず、いっしゅきみょうなびしょうをうかべて、みたにのはなしをきいていたが、やっと)

明智は、絶えず、一種奇妙な微笑を浮べて、三谷の話を聞いていたが、やっと

(くちをあいた。ところで、そのくちびるのないおとこは、いったいなにものだとおもいます。)

口を開いた。「ところで、その唇のない男は、一体何者だと思います。

(あなたがたはまったくおこころあたりがないのですか あけちは、あいてのこころのおくそこに)

あなた方は全くお心当りがないのですか」明智は、相手の心の奥底に

(ひそんでいるものを、みとおしているようなちょうしでたずねた。ああ、もしや、あなたも)

潜んでいるものを、見通している様な調子で尋ねた。「アア、若しや、あなたも

(それをおきづきなすったのではありませんか みたには、ぎょっときょうふのひょうじょうを)

それをお気づきなすったのではありませんか」三谷は、ギョッと恐怖の表情を

(うかべて、あけちのめいろをよみながらいった。じつは、まだだれにもはなしたことは)

浮べて、明智の目色を読みながらいった。「実は、まだ誰にも話したことは

(ありませんが、わたしはあるおそろしいうたがいをもっているのです。はらいのけても、)

ありませんが、私はある恐ろしい疑いを持っているのです。払のけても、

(そのあくむのようなうたがいが、あたまのすみにこびりついていて、はなれぬのです)

その悪夢の様な疑いが、頭の隅にこびりついていて、離れぬのです」

(かれはそこまでいって、ふとくちをつぐみ、あたりをみまわした。ふみよも、りんしつにしりぞき)

彼はそこまでいって、ふと口をつぐみ、あたりを見廻した。文代も、隣室に退き

(きゃくまには、しゅかくふたりきりだ。だれもきいているものはありません。で、あなたの)

客間には、主客二人切りだ。「誰も聞いているものはありません。で、あなたの

(うたがいというのは?あけちがさきをうながした。たとえばですね みたにはなにか)

疑いというのは?」明智が先を促した。「例えばですね」三谷は何か

(いいにくそうに、りゅうさんかなにかで、ひどくやけただれたひふがゆちゃくするのには、)

いいにく相に、「硫酸か何かで、ひどく焼けただれた皮膚が癒着するのには、

(どれほどのにっすうがかかりましょう。はんつきもあればじゅうぶんではないでしょうか)

どれ程の日数がかかりましょう。半月もあれば十分ではないでしょうか」

(そうですね。はんつきくらいのものでしょうね あけちは、なぜか、おもしろくてたまらぬ)

「そうですね。半月位のものでしょうね」明智は、何ぜか、面白くてたまらぬ

(といったちょうしでこたえた。すると、あるおそろしいそうぞうが、なりたつのです)

といった調子で答えた。「すると、ある恐ろしい想像が、成立つのです」

(みたにはあおいかおをしてはなしつづける。こんどのはんにんは、しげるをゆうかいして、みのしろきんを)

三谷は青い顔をして話しつづける。「今度の犯人は、茂を誘拐して、身代金を

(ようきゅうしたところをみると、きんせんがもくてきのようですが、じつはきんせんなどはじゅうであって、)

要求した所を見ると、金銭が目的の様ですが、実は金銭などは従であって、

(しげるのははをてにいれるのが、だいいちのもくてきではなかったかとおもうのです。それが)

茂の母を手に入れるのが、第一の目的ではなかったかと思うのです。それが

(しょうこに、あのときも、みのしろきんはかならずしずこじしんでじさんせよという、じょうけんがついて)

証拠に、あの時も、身代金は必ず倭文子自身で持参せよという、条件がついて

(いました なるほど、なるほど あけちはひじょうにきょうみをそそられて、あいづちをうった。)

いました」「成程、成程」明智は非常に興味をそそられて、合槌を売った。

(ところで、れいのばけものみたいなおとこが、しおばらおんせんにあらわれたのは、さっきおはなしした)

「ところで、例の化物みたいな男が、鹽原温泉に現われたのは、さっきお話した

(おかだみちひこが、おんせんやどをしゅっぱつしてから、ちょうどはんつきほどのちなのです みたには、こえを)

岡田道彦が、温泉宿を出発してから、丁度半月程のちなのです」三谷は、声を

(ひそめて、おもいきったちょうしでいった。だが、そのおかだはたきつぼにみをなげて、)

ひそめて、思い切った調子でいった。「だが、その岡田は滝壺に身を投げて、

(しつれんのじさつをとげたのではありませんか と、せけんはしんじているのです。)

失恋の自殺を遂げたのではありませんか」「と、世間は信じているのです。

(ところが、おかだのしたいがはっけんされたのは、しごとおかいじょうたっていて、ただ、)

ところが、岡田の死体が発見されたのは、死後十日以上たっていて、ただ、

(きものやもちもの、ねんぱい、せかっこうなどのいっちで、たんじゅんに、それをきめられてしまったに)

着物や持物、年配、背格好などの一致で、単純に、それを極められてしまったに

(すぎません ほう、すると、かおなどは、もうひふがくずれていたのですね)

過ぎません」「ホウ、すると、顔などは、もう皮膚がくずれていたのですね」

(あけちはひざにてをついて、ちょっとからだをのりだすようにした。そうです。)

明智は膝に手をついて、ちょっと身体を乗り出す様にした。「そうです。

(かわをながれてくるあいだに、いわかどにあたったというふうに、かおはほとんどあかはげに)

川を流れて来る間に、岩角に当ったという風に、顔はほとんど赤はげに

(なっていました するとつまり、あなたのおかんがえは、かわをながれてきたのは、)

なっていました」「するとつまり、あなたのお考えは、川を流れて来たのは、

(おかだのきものをきたべつじんのしたいであって、ほんもののおかだは、りゅうさんかなにかをあびて、)

岡田の着物を着た別人の死体であって、本物の岡田は、硫酸か何かをあびて、

(ばけものみたいなめんそうになって、いきのこっているというのですね そのうえ、かんぜんな)

化物みたいな面相になって、生き残っているというのですね」「その上、完全な

(てあしをぎしゅぎそくとみせかけて、このよにせきのない、いわばかくうのじんぶつに)

手足を義手義足と見せかけて、この世に籍のない、謂わば仮空の人物に

(なりすましたのです。しつれんのおにとなって、あくまのこいをじょうじゅしたのです)

なりすましたのです。失恋の鬼となって、悪魔の恋を成就したのです」

(じょうしきではかんがええないしんりだ あけちはくびをかしげて、ひとりごとのようにつぶやく。)

「常識では考え得ない心理だ」明智は首をかしげて、独言の様に呟く。

(それは、あなたが、おかだというおとこをごぞんじないからです。あいつは)

「それは、あなたが、岡田という男をご存じないからです。あいつは

(きちがいです。しょくぎょうはがかでしたが、げいじゅつかなんてものは、われわれにそうぞうできない、)

気違いです。職業は画家でしたが、芸術家なんてものは、我々に想像できない、

(えたいのしれぬきもちをもっているものです みたには、かつておかだがやどを)

えたいの知れぬ気持を持っているものです」三谷は、嘗つて岡田が宿を

(たちさりぎわに、みたにとしずこのしたいしゃしんをこしらえて、のこしていったことをかたった。)

立去り際に、三谷と倭文子の死体写真を拵えて、残して行ったことを語った。

(あけちはだまってきいている。)

明智は黙って聞いている。

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