黒死館事件118

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小栗虫太郎の作品です。
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1 ねね 3927 D++ 4.0 96.4% 1105.6 4507 165 61 2024/03/23

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問題文

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(のぶこさん、とうにあらしときゅうはくのじだいはさりましたよ。このやかたもふたたびもとのとおりに、)

「伸子さん、既に嵐と急迫の時代は去りましたよ。この館も再び旧のとおりに、

(けんらんたるらてんしとこいうたのせかいにかえることでしょう。ところで、ああして)

絢爛たるラテン詩と恋歌の世界に帰ることでしょう。ところで、ああして

(がらがらへびのきばは、すっかりぬいてしまったのですから、あなたはおそれずぼくに、)

響尾蛇の牙は、すっかり抜いてしまったのですから、貴女は懼れず僕に、

(やくそくをじっこうしてくださるでしょうね。もう、なにもおわって、あたらしいせかいが)

約束を実行して下さるでしょうね。もう、何も終って、新しい世界が

(はじまるのですよ。このしんぴてきなじけんのへいまくを、ぼくはこういうけるねるのしで)

始まるのですよ。この神秘的な事件の閉幕を、僕はこういうケルネルの詩で

(かざりたいのですがね。いろはきなるあき、よるのともしびをすぎればあかきはるの)

飾りたいのですがね。色は黄なる秋、夜の灯を過ぎれば紅き春の

(はなとならん ところが、そのよくじつのごごになると、のぶこのうちふだがひゅっと)

花とならん」ところが、その翌日の午後になると、伸子の打札がヒュッと

(かぜをきってとびくるとおもいのほか、いがいにもけんじとくましろがおとずれてきて、)

風を切って飛び来ると思いのほか、意外にも検事と熊城が訪れてきて、

(とうのほんにんのぶこが、けんじゅうでそげきされそくしをとげたというむねをつげた。それをきくと)

当の本人伸子が、拳銃で狙撃され即死を遂げたという旨を告げた。それを聴くと

(じけんをぜんぜんほうてきしかねまじいしついを、のりみずがあらわしたばかりでなく、)

事件を全然放擲しかねまじい失意を、法水が現わしたばかりでなく、

(せっかくみいだしたかくしょうをつかもうとしたやさき、そのきぼうがぜんぜん)

せっかく見出した確証を掴もうとした矢先、その希望が全然

(たちきられてしまって、もはやこのじけんのけいほうてきかいけつは、えいえんに)

截ち切られてしまって、もはやこの事件の刑法的解決は、永遠に

(のぞむべくもないのだった。それからさんじゅっぷんごに、のりみずはあんたんとしたかおいろを)

望むべくもないのだった。それから三十分後に、法水は暗澹とした顔色を

(こくしかんにあらわした。そして、いまやまのあたりのぶこのいがいをみると、)

黒死館に現わした。そして、今や眼のあたり伸子の遺骸を見ると、

(じけんのとうしょから、ふぁうすとはかせのはとうのようなましゅにもてあそばれつづけて、)

事件の当初から、ファウスト博士の波濤のような魔手に弄ばれ続けて、

(とどのつまりせいめいのだんがいから、つきおとされたこのいまようぐれーとへんが・・・・・・、)

とどのつまり生命の断崖から、突き落されたこの今様グレートヘンが、

(なんとなくしいんにたいする、のりみずのどうとくてきせきにんをもとめているようにおもわれ、)

なんとなく死因に対する、法水の道徳的責任を求めているように思われ、

(はてはそれが、とめどないざんきとかいこんのじょうにかわってしまうのだった。ところが、)

はてはそれが、とめどない慚愧と悔恨の情に変ってしまうのだった。ところが、

(げんばのぶこのへやにいっぽふみいれると、そこには、あざやかにものこされたはんにんの)

現場伸子の室に一歩踏み入れると、そこには、鮮かにも残された犯人の

(さいごのいし kobold sich muhen こぶるとよいそしめ が)

最後の意志Kobold sich muhen(地精よいそしめ)が

など

(しるされていた。しかもそれは、いつものようなしへんにではなく、こんどは、のぶこの)

印されていた。しかもそれは、いつものような紙片にではなく、今度は、伸子の

(からだにしるされていた。というのは、その なげだした、ひだりてからひだりあしまでが)

身体に印されていた。と云うのは、その投げ出した、左手から左足までが

(いちもんじにすいちょくのせんをなしていて、みぎてとみぎあしとが、くのじがたにはだけ、)

一文字に垂直の線をなしていて、右手と右足とが、くの字形にはだけ、

(なんとなくぜんたいのかたちが、kobold の kをほうふつとするもののように)

なんとなく全体の形が、KoboldのKを髣髴とするもののように

(おもわれたからである。それが、どあぐちからさんしゃくほどぜんぽうのところをあしにして、はすみぎに)

思われたからである。それが、扉口から三尺ほど前方の所を足にして、斜右に

(あおむけとなってよこたわり、しかもれヴぇずやくりヴぉふふじんとどうじよう、)

仰向けとなって横たわり、しかもレヴェズやクリヴォフ夫人と同じよう、

(いささかもきょうふのかげはなかった。したいには、みぎのこめかみにひどいたまのあとが)

いささかも恐怖の影はなかった。屍体には、右のこめかみにひどい弾丸の跡が

(ひつうなひょうじょうをしていて、それにはいささかもきょうふのかげはなかった。したいには、)

悲痛な表情をしていて、それにはいささかも恐怖の影はなかった。屍体には、

(みぎのこめかみにひどいたまのあとがくちをひらいていて、かーぺっとののうえに、ながれでたちが)

右のこめかみにひどい弾丸の跡が口を開いていて、敷物の上に、流れ出た血が

(べっとりこびりついているが、がいしゅつぎをきててぶくろまでもつけたところをみると、)

ベットリこびり付いているが、外出着を着て手袋までもつけたところを見ると、

(あるいはのりみずのもとをおとずれようとして、とつぜんそげきされたのではないかとおもわれた。)

あるいは法水の許を訪れようとして、突然狙撃されたのではないかと思われた。

(なお、きょうこうにしようされたけんじゅうは、どあのそとがわ のっぶのしたにすてられていて、)

なお、兇行に使用された拳銃は、扉の外側把手の下に捨てられていて、

(そのどあには、そとからきとうかんぬきがかかっていた。けれども、このきょくめんにはひとつの)

その扉には、外から起倒閂が掛っていた。けれども、この局面には一つの

(うすきみわるいしょうげんがともなっていて、それからいんいんとうごめくような、ふぁうすとはかせの)

薄気味悪い証言が伴っていて、それから陰々と蠢くような、ファウスト博士の

(きぬずれをきくおもいがするのだった。 ちょうどにじごろじゅうせいがとどろいたので、)

衣摺れを聴く思いがするのだった。ちょうど二時頃銃声が轟いたので、

(やかたじゅうがすくむようなきょうふにとざされてしまって、だれひとりげんばに)

館中がすくむような恐怖に鎖されてしまって、誰一人現場に

(はせつけようとするものはなかった。すると、それからじゅっぷんほどたつと、りんしつで)

馳せつけようとするものはなかった。すると、それから十分ほど経つと、隣室で

(ふるえていたせれなふじんのみみに、どあをしめてかけがねをおとしたおとがきこえたと)

慄えていたセレナ夫人の耳に、扉を閉めて掛金を落した音が聞えたと

(いうのである。そうなって、ふぁうすとはかせのあんやくがあきらかにされるとどうじに、)

云うのである。そうなって、ファウスト博士の暗躍が明らかにされると同時に、

(そのいっこうたんじゅんなきょくめんにもかかわらず、さしものりみずでさえ、ぼうかんするいがいに)

そのいっこう単純な局面にもかかわらず、さしも法水でさえ、傍観する以外に

(じゅつすべはなかった。もちろんけんじゅうにしもんののこっていようどうりはなく、かぞくのどうせいも、)

術すべはなかった。勿論拳銃に指紋の残っていよう道理はなく、家族の動静も、

(とうじのじょうきょうがじょうきょうだけにいっさいふめいなのだった。そして、おそらくのりみずとの)

当時の状況が状況だけにいっさい不明なのだった。そして、恐らく法水との

(やくそくをはたそうとしたことが、じけんちゅういっかんして、ふうんをつづけきたった)

約束を果そうとしたことが、事件中一貫して、不運を続け来った

(このはっこうのしょじょに、さいごのひげきをもたらせたのではないかと)

この薄倖のしょ女に、最後の悲劇をもたらせたのではないかと

(すいそくされたのである。こうして、さいごのきりふだのぶこまでもたおれてしまい、あくまの)

推測されたのである。こうして、最後の切札伸子までも斃れてしまい、悪魔の

(ふてきなちょうやくにつれて、おどろとはねくるうしおのたかまりには、ついにかいけつのきぼうが)

不敵な跳躍につれて、おどろとはね狂う潮の高まりには、ついに解決の希望が

(ぼっしさったとしかおもわれなくなった。ところが、そのよるからよくじつの)

没し去ったとしか思われなくなった。ところが、その夜から翌日の

(ひるごろまでにかけて、のりみずはかれとくゆうの のうしょうがかれつくすとおもわれるばかりの)

正午頃までにかけて、法水は彼特有の脳漿が涸れ尽すと思われるばかりの

(しさくをつづけたが、はしなくもそのけっか、のぶこのしにひとつのぎゃくせつてきこうかを)

思索を続けたが、はしなくもその結果、伸子の死に一つの逆説的効果を

(みいだした。そのひ、ちゅうしょくがおわってまもなく、ほうすいをたずねたけんじとくましろがしょしつの)

見出した。その日、昼食が終って間もなく、法水を訪ねた検事と熊城が書室の

(どあをひらいたとき、とつぜんそのであいがしらに、のりみずのすさまじいがんこうにぶつかった。かれは、)

扉を開いた時、突然その出会いがしらに、法水の凄じい眼光に打衝った。彼は、

(りょうてをあらあらしくふって、しつないをあるきまわりながら、ものぐるわしげにさけびつづけている。)

両手を荒々しく振って、室内を歩き廻りながら、物狂わしげに叫び続けている。

(ああ、このめえるへんてきけんちくはどうだ 。はんにんのいじょうなさいちたるや、じつに)

「ああ、このお伽噺的建築はどうだ。犯人の異常な才智たるや、実に

(おどろくべきものじゃないか とたちどまってぶきみにすえためで、あるいははんえんを)

驚くべきものじゃないか」と立ち止って不気味に据えた眼で、あるいは半円を

(えがき、またそれをおおきくうねくらせながら、たてのなみがたにかえたかとおもうと、)

描き、またそれを大きくうねくらせながら、縦の波形に変えたかと思うと、

(このふぃなーれのすばらしさ まくぎれにおおむこうをうならせるふぁうすとはかせの)

「この終局の素晴らしさ幕切れに大向を唸らせるファウスト博士の

(おおみえ このいひょうをぜっしたげねらる・ばいひてのをみたまえ。ねえはぜくらくん、)

大見得この意表を絶した総懺悔の形容を見給え。ねえ支倉くん、

(こぼると・うんでぃ・ざらまんだー とそのかしらもじをとって、それに、このじけんのかいけつのしむぼるを)

地精・水精・火精とその頭文字をとって、それに、この事件の解決の表象を

(くわえると、それがきゅっす せっぷん になってしまうんだ。ああ、たしかさろんの)

加えると、それがKÜss(接吻)になってしまうんだ。ああ、たしか広間の

(だんろだなのうえに、ろだんの きっす のもぞうがおいてあったじゃないか。さあ、)

煖炉棚の上に、ロダンの『接吻』の模像が置いてあったじゃないか。サア、

(これからこくしかんにいこう。ぼくはじぶんのてで、さいごのまくのどんちょうをおろすんだ)

これから黒死館に行こう。僕は自分の手で、最後の幕の緞帳を下すんだ」

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