黒蜥蜴34

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明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(すいそうれい)

水葬礼

(くろこふじんは、むなしくもとのせんしつにひきあげて、れいのながいすにぐったりと)

黒衣婦人は、空しくもとの船室に引きあげて、例の長椅子にグッタリと

(なったまま、このときがたいなぞをとこうとして、ながいあいだめいそうに)

なったまま、この解きがたい謎を解こうとして、長いあいだ瞑想に

(ふけっていた。これらのできごとにはかんけいなく、きかんはたえまなくかつどうし、)

ふけっていた。これらの出来事には関係なく、機関は絶え間なく活動し、

(ふねはくらやみのそらとみずのなかを、ぜんそくりょくで、ひがしにむかってすすんでいた。ふねぜんたいを、)

船は暗闇の空と水の中を、全速力で、東に向かって進んでいた。船全体を、

(こきざみにしんどうさせるきかんのひびき、ひっきりなしにふなべりをうつはとうのおと、)

小きざみに震動させる機関の響き、ひっきりなしに船べりをうつ波濤の音、

(ふとわすれているころにおそいかかるおおうねりの、すさまじいどうよう。くろとかげ は、)

ふと忘れている頃に襲いかかる大うねりの、すさまじい動揺。「黒トカゲ」は、

(ながいすのいっぽうのうでにもたれて、なにかこわいものでもみるように、そのながいすの)

長椅子の一方の腕にもたれて、何か怖いものでも見るように、その長椅子の

(ひょうめんのかぎざきのあとをみつめていた。ふりはらってもふりはらっても、)

表面のかぎ裂きのあとを見つめていた。振りはらっても振りはらっても、

(わきあがってくるおそろしいぎわくをどうすることもできなかった。もうそのほかに)

沸き上がってくる恐ろしい疑惑をどうすることもできなかった。もうそのほかに

(かんがえようがないではないか。あらゆるすみずみをさがしつくしたのだ。たったひとつ)

考えようがないではないか。あらゆる隅々を探しつくしたのだ。たった一つ

(のこっているのは、ひとびとのもうてんにかかったように、そうさくをわすれられている、)

残っているのは、人々の盲点にかかったように、捜索を忘れられている、

(このながいすのなかであった。こころをすますと、きかんのしんどうとはべつの、かすかな、)

この長椅子のなかであった。心をすますと、機関の震動とは別の、かすかな、

(かすかなこどうが、くっしょんのしたから、かのじょのひふにつたわってくるように)

かすかな鼓動が、クッションの下から、彼女の皮膚に伝わってくるように

(かんじられた。にんげんのしんぞうがみゃくうっているのだ。いすのなかにひそんでいるだれかの)

感じられた。人間の心臓が脈打っているのだ。椅子の中にひそんでいるだれかの

(こどうがきこえてくるのだ。かのじょはまっさおになって、はをくいしばって、いまにも)

鼓動が聞こえてくるのだ。彼女はまっ青になって、歯を喰いしばって、今にも

(にげだしたいしょうどうをじっとおさえていた。だが、そうしてじっとしているうちに)

逃げ出したい衝動をじっとおさえていた。だが、そうしてじっとしているうちに

(いすのなかからつたわってくるこどうは、こくいっこくそのしんぷくをましていくようにも)

椅子の中から伝わってくる鼓動は、刻一刻その振幅を増して行くようにも

(おもわれた。かのじょにはもう、なみのおともきかんのひびきもきこえなかった。ただ、)

思われた。彼女にはもう、波の音も機関の響きも聞こえなかった。ただ、

(おしりのしたの、えたいのしれぬこどうだけが、まるでたいこのおとのように、いように)

お尻の下の、えたいの知れぬ鼓動だけが、まるで太鼓の音のように、異様に

など

(かくだいされてなりひびいた。もうがまんができなかった。にげるもんか、だれが)

拡大されて鳴り響いた。もう我慢ができなかった。逃げるもんか、だれが

(にげるもんか。たとえあいつがこのなかにひそんでいたとしても、ふくろのなかのねずみじゃ)

逃げるもんか。たとえあいつがこの中にひそんでいたとしても、袋の中の鼠じゃ

(ないか。おそれることはない、ちっともおそれることなんかありやしない。)

ないか。恐れることはない、ちっとも恐れることなんかありやしない。

(あけちさん、あけちさん かのじょはおもいきって、おおごえによびながら、ながいすの)

「明智さん、明智さん」彼女は思い切って、大声に呼びながら、長椅子の

(くっしょんをこつこつとたたいた。すると、ああ、はたして、いすのなかから、)

クッションをコツコツと叩いた。すると、ああ、はたして、椅子の中から、

(いんにこもったこえがこたえたのだ。ぼくはかげぼうしのように、きみのしんぺんを)

陰にこもった声が答えたのだ。「僕は影法師のように、君の身辺を

(はなれないのだよ。きみのつくったからくりじかけが、たいへんやくにたったぜ)

はなれないのだよ。君の作ったからくり仕掛けが、大へん役に立ったぜ」

(ちのそこからのように、あるいはかべのなかからのようにひびいてくる。そのいんきなこえが、)

地の底からのように、或いは壁の中からのように響いてくる。その陰気な声が、

(くろこふじんをおもわずみぶるいさせた。あけちさん、こわくはないのですか。ここは)

黒衣婦人を思わず身ぶるいさせた。「明智さん、怖くはないのですか。ここは

(あたしのみかたばかりなのですよ。けいさつのてのとどかないうみのうえですよ。)

あたしの味方ばかりなのですよ。警察の手のとどかない海の上ですよ。

(こわくはないのですか こわがっているのは、きみのほうじゃないのかい......)

怖くはないのですか」「怖がっているのは、君の方じゃないのかい......

(ふふふふふふふ まあ、なんてきみのわるいわらいかたをするんだろう。いすから)

フフフフフフフ」まあ、なんて気味のわるい笑い方をするんだろう。椅子から

(でようともしないで、へいきでいる。おくそこのしれないおとこだ。こわくはないけれど、)

出ようともしないで、平気でいる。奥底の知れない男だ。「怖くはないけれど、

(かんしんしているのよ。あなたに、どうしてこのふねがわかりましたの ふねは)

感心しているのよ。あなたに、どうしてこの船がわかりましたの」「船は

(しらなかったけれど、きみのそばにくっついていたら、しぜんとここへくることに)

知らなかったけれど、君のそばにくっついていたら、自然とここへくることに

(なったのだよ あたしのそばに?わかりませんわ つうてんかくのうえからきみに)

なったのだよ」「あたしのそばに?わかりませんわ」「通天閣の上から君に

(びこうすることのできたおとこは、たったひとりしかいなかったはずだぜ まあ、)

尾行することのできた男は、たった一人しかいなかったはずだぜ」「まあ、

(そうだったの?すてきだわ。ほめてあげますわ。ばいてんのしゅじんが)

そうだったの?すてきだわ。ほめてあげますわ。売店の主人が

(あけちこごろうだったのね。あたし、なんてまぬけだったのでしょう。あのほうたいを)

明智小五郎だったのね。あたし、なんて間抜けだったのでしょう。あの繃帯を

(ちゅうじえんといわれてしんようしてしまうなんて、おかしかったでしょうね くろこふじんは)

中耳炎といわれて信用してしまうなんて、おかしかったでしょうね」黒衣婦人は

(いっしゅいようのかんどうにうたれ、かのじょのおしりのしたによこたわっているじんぶつが、てきではなく)

一種異様の感動にうたれ、彼女のお尻の下に横たわっている人物が、敵ではなく

(こいびとででもあるかのような、きみょうなさっかくをかんじていた。うん、まあね。)

恋人ででもあるかのような、奇妙な錯覚を感じていた。「ウン、まあね。

(ばかすつもりでばかされていたきみのようすは、すこしばかりゆかいでないことも)

ばかすつもりでばかされていた君の様子は、少しばかり愉快でないことも

(なかったね よにもふしぎなかいわが、ここまではこばれたとき、とつぜんどあがひらいて)

なかったね」世にも不思議な会話が、ここまで運ばれた時、突然ドアがひらいて

(じむちょうすがたのあまみやじゅんいちがはいってきた。かれはしつないのいようなはなしごえにふしんを)

事務長姿の雨宮潤一がはいってきた。彼は室内の異様な話し声に不審を

(いだいたのだ。くろとかげ はあいてがものをいわぬうちに、すばやくくちびるにゆびをあてて)

いだいたのだ。「黒トカゲ」は相手が物をいわぬうちに、素早く唇に指を当てて

(あいずをした。そしてじゅんいちせいねんをそっとてまねきすると、そばのたくにあった)

合図をした。そして潤一青年をソッと手招きすると、そばの卓にあった

(はんど・ばっぐからえんぴつとてちょうをとりだして、くちではなにげなくあけちに)

ハンド・バッグから鉛筆と手帳を取り出して、口ではなにげなく明智に

(はなしかけながら、てはいそがしくてちょうのかみのうえをはしった。)

話しかけながら、手はいそがしく手帳の紙の上を走った。

(このいすのなかにあけちたんていがいる。)

(手帳の文字)コノイスノ中ニ明智タンテイガイル。

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