黒蜥蜴39

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プレイ回数1260難易度(4.2) 2227打 長文 かな 長文モード可
明智小五郎シリーズ
江戸川乱歩の作品です。句読点以外の記号は省いています。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 kanta 4531 C++ 4.7 94.8% 458.6 2198 120 35 2024/02/21

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問題文

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(だいすいそう)

大水槽

(さなえさん、まだおみせするものがあるのよ。さあこちらへいらっしゃい。)

「早苗さん、まだお見せするものがあるのよ。さあこちらへいらっしゃい。

(こんどは、どうぶつえんではなくて、すいぞくかんよ。あたしのじまんのすいぞくかんなのよ)

今度は、動物園ではなくて、水族館よ。あたしの自慢の水族館なのよ」

(くろとかげ は、ふるえおののくさなえさんを、てをとってひきたてながら、)

「黒トカゲ」は、ふるえおののく早苗さんを、手を取って引き立てながら、

(またつぎのかどをまがった。そこは、ながいちかどうのいきづまりになっていて、)

また次の角を曲がった。そこは、長い地下道の行きづまりになっていて、

(そのおくにがらすばりのだいすいそうがすえてある。すいそうのまうえに、ひじょうにあかるいでんとうが)

その奥にガラス張りの大水槽がすえてある。水槽のま上に、非常に明るい電燈が

(とりつけてあるので、しょうめんのあついがらすいたをとおして、みずのなかのもようが、)

とりつけてあるので、正面の厚いガラス板をとおして、水の中の模様が、

(てにとるようにながめられた。すいそうはまぐち、おくゆき、ふかさ、ともにいっけんほどもあって)

手に取るように眺められた。水槽は間口、奥行、深さ、ともに一間ほどもあって

(そのそこには、いようなかいそうが、むすうのへびのように、もつれあってゆらいでいる。)

その底には、異様な海草が、無数の蛇のように、もつれ合ってゆらいでいる。

(だが、これがどうしてすいぞくかんなのであろう。そのかいそうのほかは、ぎょるいのかげさえ)

だが、これがどうして水族館なのであろう。その海草のほかは、魚類の影さえ

(みえないではないか。おさかながいないでしょう。でも、ふしぎがることは)

見えないではないか。「おさかながいないでしょう。でも、不思議がることは

(ないわ。あたしのどうぶつえんには、けだものなんていなかったですもの。すいぞくかんに)

ないわ。あたしの動物園には、けだものなんていなかったですもの。水族館に

(おさかながいないからって、ちっともおかしいことはありゃしないわ)

おさかながいないからって、ちっともおかしいことはありゃしないわ」

(くろこふじんはうすわらいをして、またおそろしいゆうべんをふるいはじめた。このなかへ、)

黒衣婦人は薄笑いをして、また恐ろしい雄弁をふるいはじめた。「この中へ、

(やっぱりにんげんをいれてあそぶのよ。おさかななんかよりは、どのくらい)

やっぱり人間を入れて遊ぶのよ。おさかななんかよりは、どのくらい

(おもしろいかもしれやしないわ。おりのなかでこうふんしているにんげんもうつくしいけれど、)

おもしろいかもしれやしないわ。檻の中で昴奮している人間も美しいけれど、

(このみずのなかへなげこまれたにんげんの、すいちゅうだんすがどんなにすばらしい)

この水の中へ投げこまれた人間の、水中ダンスがどんなにすばらしい

(でしょう......さなえさんには、それはもうくろこふじんのこえではなくて、)

でしょう......」早苗さんには、それはもう黒衣婦人の声ではなくて、

(まざまざとがんかいいっぱいにひろがるかいきえいがのまぼろしであった。うすぐろいみずのなかに、)

まざまざと眼界一ぱいにひろがる怪奇映画の幻であった。薄黒い水の中に、

(なにかしろいものがうごめいていた。うようよとかまくびをもたげたへびのかたまりの)

何か白いものがうごめいていた。ウヨウヨと鎌首をもたげた蛇のかたまりの

など

(なかから、ぼーっときょだいなひとのかおが、がらすのめんにあらわれて、あっぷあっぷと)

中から、ボーッと巨大な人の顔が、ガラスの面に現われて、アップアップと

(こいのようにくるしいこきゅうをしている。めをつむって、まゆをしかめて......)

鯉のように苦しい呼吸をしている。眼をつむって、眉をしかめて......

(そのかおはおとこではない。としよりでもない。わかいおんなだ......)

その顔は男ではない。年寄りでもない。若い女だ......

(いやそうではない。これはけっしてたにんではない。そのもつれたへびのなかで)

いやそうではない。これは決して他人ではない。そのもつれた蛇の中で

(もがいているのは、ああ、さなえさんじしんなのだ。まあ、すばらしいと)

もがいているのは、ああ、早苗さん自身なのだ。「まあ、すばらしいと

(おもわない。なんてうつくしいおしばいでしょう。どんなめいがだって、どんなちょうこくだって)

思わない。なんて美しいお芝居でしょう。どんな名画だって、どんな彫刻だって

(それから、どんなぶようのてんさいだって、これほどのびをひょうげんしたことが)

それから、どんな舞踊の天才だって、これほどの美を表現したことが

(あったでしょうか。いのちとひきかえのげいじゅつだわ......だが、さなえさんは)

あったでしょうか。命と引きかえの芸術だわ......」だが、早苗さんは

(もう、このきかいなゆうべんをきいてはいなかった。そんなにはいきが)

もう、この奇怪な雄弁を聞いてはいなかった。そんなには息が

(つづかなかったのだ。かのじょはげんそうのなかで、おびただしいみずをのんだ。)

つづかなかったのだ。彼女は幻想の中で、おびただしい水を呑んだ。

(もがけるだけもがいた。そして、とうとうちからがつきてしまったのだ。)

もがけるだけもがいた。そして、とうとう力がつきてしまったのだ。

(みにあまるきょうふとくもんが、ついにかのじょをしっしんさせてしまったのだ。)

身にあまる恐怖と苦悶が、ついに彼女を失神させてしまったのだ。

(くろこふじんがふときづいてかのじょをささえようとりょうてをさしだしたときには、)

黒衣婦人がふと気づいて彼女を支えようと両手をさし出した時には、

(さなえさんはもう、くらげのようにくなくなと、そこのこんくりーとのゆかのうえに、)

早苗さんはもう、くらげのようにクナクナと、そこのコンクリートの床の上に、

(くずおれてしまっていた。)

くず折れてしまっていた。

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