黒蜥蜴40
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | ひま | 5121 | B+ | 5.5 | 92.3% | 603.9 | 3371 | 278 | 50 | 2024/10/17 |
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問題文
(しろいけもの)
白い獣
(それがどのくらいのあいだであったか、はっきりわからないけれど、やがて、)
それがどのくらいのあいだであったか、ハッキリわからないけれど、やがて、
(ふとしょうきづいてめをひらいてみると、さなえさんは、まずだいいちに、からだじゅうが)
ふと正気づいて眼をひらいてみると、早苗さんは、先ず第一に、からだじゅうが
(ちょくせつくうきにさらされているようなかんじがした。さわってみてもどこもかも)
直接空気にさらされているような感じがした。さわってみてもどこもかも
(すべすべしていて、なんのひっかかるものもない。つまりかのじょはまっぱだかに)
スベスベしていて、なんの引っかかるものもない。つまり彼女はまっぱだかに
(されて、よこたわっていたのだ。ひょいときがつくと、めのまえにふといてつのぼうが)
されて、横たわっていたのだ。ヒョイと気がつくと、眼の前に太い鉄の棒が
(なんぼんもなんぼんもしまのようにたっている。ああ、わかった。ここは、おりのなかなのだ。)
何本も何本も縞のように立っている。ああ、わかった。ここは、檻の中なのだ。
(かのじょはきをうしなっているあいだに、おりのなかへいれられてしまったのだ。)
彼女は気を失っているあいだに、檻の中へ入れられてしまったのだ。
(あのおりにちがいない。きをうしなうまえにみせられた、あのわかいおとこのとじこめてあった)
あの檻にちがいない。気を失う前に見せられた、あの若い男のとじこめてあった
(おりにちがいない。では、ここにはかのじょひとりではないのだ。わかいうつくしいおとこが、)
檻にちがいない。では、ここには彼女一人ではないのだ。若い美しい男が、
(かれもまたまっぱだかにされて、どこかそのへんにいるはずだ。さなえさんは、)
彼もまたまっぱだかにされて、どこかそのへんにいるはずだ。早苗さんは、
(そこまでおもいだすと、かおをあげて、あたりをみまわすゆうきがうせてしまった。)
そこまで思い出すと、顔を上げて、あたりを見廻す勇気が失せてしまった。
(ああ、どうすればいいのだ。かのじょはみにいっしもまとってはいないのだ。)
ああ、どうすればいいのだ。彼女は身に一糸もまとってはいないのだ。
(そのはずかしいありさまで、わかくてうつくしい、そのうえ、はだかのおとこのまえによこたわって)
その恥かしい有様で、若くて美しい、そのうえ、はだかの男の前に横たわって
(いるのだ。かのじょはあかくなるどころか、もうまっさおになって、さっとみをおこすと)
いるのだ。彼女は赤くなるどころか、もうまっ青になって、サッと身を起こすと
(くくりざるみたいにちぢこまって、すみっこのほうへあとずさりをしていった。)
くくり猿みたいにちぢこまって、隅っこの方へあとずさりをして行った。
(そして、めをそらすように、そらすようにしていても、なにぶんせまいおりのなかだ、)
そして、眼をそらすように、そらすようにしていても、なにぶん狭い檻の中だ、
(しぜんにがんかいにはいってくるのをふせぐわけにはいかない。かのじょはとうとうそれを)
自然に眼界にはいってくるのを防ぐわけにはいかない。彼女はとうとうそれを
(みてしまった。まっぱだかのおとこをみてしまった。えでんのそののあだむと)
見てしまった。まっぱだかの男をみてしまった。エデンの園のアダムと
(いヴみたいなふたりが、ちていのろうごくで、いまめとめをみかわしたのだ。)
イヴみたいな二人が、地底の牢獄で、いま眼と眼を見かわしたのだ。
(どうすればいいのだ。なにをいえばいいのだ。はずかしさのきょく、さなえさんのりょうめには)
どうすればいいのだ。何を言えばいいのだ。恥かしさの極、早苗さんの両眼には
(こどものようななみだがいっぱいあふれていた。そのなみだのぎらぎらするごこうがおとこの)
子供のような涙が一ぱいあふれていた。その涙のギラギラする後光が男の
(しろいからだをつつんで、ちろちろといびつにかがやいている。おじょうさん、ごきぶんは)
白いからだを包んで、チロチロといびつに輝いている。「お嬢さん、ご気分は
(どうですか?とつじょとして、ろうろうとしたばすのこえがひびいた。せいねんがものをいって)
どうですか?」突如として、朗々としたバスの声が響いた。青年が物をいって
(いるのだ。さなえさんは、はっとして、なみだをはらうためにめをしばたたいて、)
いるのだ。早苗さんは、ハッとして、涙をはらうために眼をしばたたいて、
(せいねんのかおをながめた。すぐめのまえに、あぶらでふいたようななめらかなしろいかおが)
青年の顔を眺めた。すぐ眼の前に、油で拭いたようななめらかな白い顔が
(あった。たかくてひろいひたい。ふさふさとしたくろかみ、ふたえまぶたのすきとおるようなめ、)
あった。高くて広い額。ふさふさとした黒髪、二重瞼のすき通るような眼、
(ぎりしゃがたのたかいはな、あかくてひきしまったくちびる。そのせいねんがびなんであれば)
ギリシャ型の高い鼻、赤くて引きしまった唇。その青年が美男であれば
(あるだけに、しかし、さなえさんはおそろしかった。くろとかげ はかのじょを)
あるだけに、しかし、早苗さんは恐ろしかった。「黒トカゲ」は彼女を
(このせいねんのはなよめになぞらえたではないか。せいねんはそういうつもりでいるのでは)
この青年の花嫁になぞらえたではないか。青年はそういうつもりでいるのでは
(ないかしら。とかんがえると、そのあいてが、そして、じぶんまでもが、)
ないかしら。と考えると、その相手が、そして、自分までもが、
(けだもののようにまっぱだかで、にげようにもにげられぬおりのなかに、)
けだもののようにまっぱだかで、逃げようにも逃げられぬ檻の中に、
(とじこめられているありさまを、からだじゅうのちのけがうせるほど)
とじこめられている有様を、からだじゅうの血の気が失せるほど
(あさましいことにおもわないではいられなかった。いや、おじょうさん、けっして)
あさましいことに思わないではいられなかった。「いや、お嬢さん、決して
(ごしんぱいなさることはありません。ぼくはこんなふうをしていてもやばんじんじゃ)
ご心配なさることはありません。僕はこんなふうをしていても野蛮人じゃ
(ないのですから せいねんはいいにくそうに、どもりながらそんなことをいった。)
ないのですから」青年は言いにくそうに、どもりながらそんなことをいった。
(かれのほうでもひどくはずかしがっているのだ。さなえさんはそれをきいて、ほっとむねを)
彼の方でもひどく恥かしがっているのだ。早苗さんはそれを聞いて、ホッと胸を
(なでおろすきもちだった。やがて、かれらは、だんだんおたがいのきごころがわかって)
なでおろす気持だった。やがて、彼らは、だんだんお互いの気心がわかって
(いくにつれて、みのうえばなしをはじめたり、にょぞくのきちがいめいたしょぎょうをのろったり、)
いくにつれて、身の上話をはじめたり、女賊の気違いめいた所業を呪ったり、
(よそめにはなかのよいしゆうのしろいどうぶつででもあるようによりそって、ひそひそばなしを)
よそ眼には仲のよい雌雄の白い動物ででもあるように寄りそって、ヒソヒソ話を
(つづけるのであった。そうしているあいだに、いつかよがあけたとみえて、)
つづけるのであった。そうしているあいだに、いつか夜が明けたと見えて、
(あなぐらのそこにも、ひとのざわめくけはいがかんじられ、やがて くろとかげ のぶかの)
穴蔵の底にも、人のざわめくけはいが感じられ、やがて「黒トカゲ」の部下の
(あらくれおとこどもが、つながるようにして、おりのなかのしんらいのきゃくをけんぶつに)
荒くれ男どもが、つながるようにして、檻の中の新来の客を見物に
(おしよせてきた。さなえさんが、このぶさほうなけんぶつたちに、どのような)
押しよせてきた。早苗さんが、この不作法な見物たちに、どのような
(はずかしいおもいをさせられたか、せいねんがいかにやじゅうのようにどごうしたか、)
恥かしい思いをさせられたか、青年がいかに野獣のように怒号したか、
(ぞくのおとこどもがどんなにはげしいぶじょくのことばをくちにしたか、それはどくしゃしょくんの)
賊の男どもがどんなに烈しい侮辱の言葉を口にしたか、それは読者諸君の
(ごそうぞうにまかせるとして、そうしてちかしつにとまっているし、ごにんのぶかのものが)
ご想像にまかせるとして、そうして地下室に泊っている四、五人の部下のものが
(がやがややっているところへ、れいのもーるすしんごうみたいなあいずのおとがかすかに)
ガヤガヤやっているところへ、例のモールス信号みたいな合図の音がかすかに
(きこえて、やがてひとりのせんいんふうのおとこが、なにかただならぬけしきであなぐらのなかへ)
聞こえて、やがて一人の船員風の男が、何かただならぬ気色で穴蔵の中へ
(はいってきた。)
はいって来た。