人でなしの恋10

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江戸川乱歩『人でなしの恋』
編集の都合上、一部読点を省いています。

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(ご)

(そのばん、どうしてわたしがくらのなかへなどまいったのでございましょう。よふけに)

その晩、どうして私が蔵の中へなど参ったのでございましょう。夜更けに

(くらのにかいで、なにごとのあろうはずもないことは、じょうしきでかんがえてもわかりそうな)

蔵の二階で、何事のあろう筈もないことは、常識で考えても分りそうな

(ものですのに、ほんとうにばかばかしいような、ぎしんあんきから、ついそこへ)

ものですのに、ほんとうに馬鹿馬鹿しい様な、疑心暗鬼から、ついそこへ

(まいったというのは、りくつではせつめいのできない、なにかのかんのうがあったので)

参ったというのは、理窟では説明の出来ない、何かの感応があったので

(ございましょうか。ぞくにいうむしのしらせでもあったのでございましょうか。)

ございましょうか。俗にいう虫の知らせでもあったのでございましょうか。

(このよには、ときどきじょうしきでははんだんのつかないような、いがいなことがおこるもので)

この世には、時々常識では判断のつかない様な、意外なことが起るもので

(ございます。そのとき、わたしはくらのにかいから、ひそひそばなしのこえを、それもだんじょふたりの)

ございます。その時、私は蔵の二階から、ひそひそ話の声を、それも男女二人の

(はなしごえを、もれきいたのでございました。おとこのこえはいうまでもなくかどののでしたが)

話声を、洩れ聞いたのでございました。男の声はいうまでもなく門野のでしたが

(あいてのおんなはいったいぜんたいなにものでございましょうか。まさかまさかとおもっていました、)

相手の女は一体全体何者でございましょうか。まさかまさかと思っていました、

(わたしのうたがいが、あまりにあきらかなじじつとなってあらわれたのをみますと、よなれぬ)

私の疑いが、余りに明かな事実となって現れたのを見ますと、世慣れぬ

(こむすめのわたしは、ただもうはっとして、はらだたしいよりはおそろしく、おそろしさと、)

小娘の私は、ただもうハッとして、腹立たしいよりは恐ろしく、恐ろしさと、

(みもよもあらぬかなしさに、わっとなきだしたいのを、わずかにくいしめて、おこりのように)

身も世もあらぬ悲しさに、ワッと泣き出したいのを、僅にくいしめて、瘧の様に

(みをおののかせながら、でも、そんなでいて、やっぱりうえのはなしごえにききみみを)

身を戦かせながら、でも、そんなでいて、やっぱり上の話声に聞き耳を

(たてないではいられなかったのでございます。「このようなおうせをつづけていては)

立てないではいられなかったのでございます。「この様なおう瀬を続けていては

(あたし、あなたのおくさまにすみませんわね」ほそぼそとしたおんなのこえは、それがあまりに)

あたし、あなたの奥様にすみませんわね」細々とした女の声は、それが余りに

(ひくいために、ほとんどききとれぬほどでありましたが、きこえぬところはそうぞうでおぎなって、)

低いために、殆ど聞き取れぬほどでありましたが、聞えぬ所は想像で補って、

(やっといみをとることができたのでございます。こえのちょうしでさっしますと、)

やっと意味を取ることが出来たのでございます。声の調子で察しますと、

(おんなはわたしよりはみっつよっつとしかさで、しかしわたしのようにこんなふとっちょうではなく、)

女は私よりは三つ四つ年かさで、しかし私の様にこんな太っちょうではなく、

(ほっそりとした、ちょうどいずみきょうかさんのしょうせつにでてくるような、ゆめのように)

ほっそりとした、丁度泉鏡花さんの小説に出て来る様な、夢の様に

など

(うつくしいかたにちがいないのでございます。「わたしもそれをおもわぬではないが」と、)

美しい方に違いないのでございます。「私もそれを思わぬではないが」と、

(かどののこえがいうのでございます「いつもいってきかせるとおりわたしはもう)

門野の声がいうのでございます「いつもいって聞かせる通り私はもう

(できるだけのことをして、あのきょうこをあいしようとつとめたのだけれど、)

出来るだけのことをして、あの京子を愛しようと努めたのだけれど、

(かなしいことには、それがやっぱりだめなのだ。わかいときからなじみをかさねた)

悲しいことには、それがやっぱり駄目なのだ。若い時から馴染を重ねた

(おまえのことが、どうおもいかえしても、おもいかえしても、わたしにはあきらめかねるのだ。)

お前のことが、どう思い返しても、思い返しても、私にはあきらめ兼ねるのだ。

(きょうこにはおわびのしようもないほどすまぬことだけれど、すまないすまないと)

京子にはお詫のしようもないほど済まぬことだけれど、済まない済まないと

(おもいながら、やっぱり、わたしはこうして、よごとにおまえのかおをみないでは)

思いながら、やっぱり、私はこうして、夜毎にお前の顔を見ないでは

(いられぬのだ。どうかわたしのせつないこころのうちをさっしておくれ」)

いられぬのだ。どうか私の切ない心の内を察しておくれ」

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