白痴 18

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坂口安吾の小説。

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(このおんなはまるでおれのためにつくられたかなしいにんぎょうのようではないか。)

この女はまるで俺のために造られた悲しい人形のようではないか。

(いざわはこのおんなとだきあい、)

伊沢はこの女と抱き合い、

(くらいこうやをひょうひょうとかぜにふかれてあるいている、)

暗い曠野を飄々と風に吹かれて歩いている、

(むげんのたびじをめにえがいた。)

無限の旅路を目に描いた。

(それにもかかわらず、そのそうねんがなにかとっぴにかんじられ、)

それにも拘らず、その想念が何か突飛に感じられ、

(とほうもないばかげたことのようにおもわれるのは、)

途方もない馬鹿げたことのように思われるのは、

(そこにもまたひしょうきわまるにんげんのからが)

そこにも亦卑小きわまる人間の殻が

(こころのしんをむしばんでいるせいなのだろう。)

心の芯をむしばんでいるせいなのだろう。

(そしてそれをしりながら、しかもなお、)

そしてそれを知りながら、しかも尚、

(わきでるようなこのそうねんとあいじょうのすなおさが)

わきでるようなこの想念と愛情の素直さが

(ぜんぜんきょもうのものにしかかんじられないのはなぜだろう。)

全然虚妄のものにしか感じられないのはなぜだろう。

(はくちのおんなよりもあのあぱーとのいんばいふが、)

白痴の女よりもあのアパートのインバイ婦が、

規約に基づき一部カナ表記に変更

(そしてどこかのきふじんがよりにんげんてきだという)

そしてどこかの貴婦人がより人間的だという

(なにかほんしつてきなおきてがあるのだろうか。)

何か本質的な掟が在るのだろうか。

(けれどもまるでそのおきてがげんとしてそんざいしている)

けれどもまるでその掟が厳として存在している

(ばかばかしいありさまなのであった。)

馬鹿馬鹿しい有様なのであった。

(おれはなにをおそれているのだろうか。)

俺は何を怖れているのだろうか。

(まるであのにひゃくえんのあくりょうがおれはいまこのおんなによって)

まるであの二百円の悪霊が俺は今この女によって

(そのあくりょうとぜつえんしようとしているのに、)

その悪霊と絶縁しようとしているのに、

(そのくせやはりあくりょうのじゅもんによってしばりつけられているではないか。)

そのくせ矢張り悪霊の咒文によって縛りつけられているではないか。

など

(おそれているのはただせけんのみえだけだ。)

怖れているのはただ世間の見栄だけだ。

(そのせけんとはあぱーとのいんばいふだのめかけだの)

その世間とはアパートのインバイ婦だの妾だの

規約に基づき一部カナ表記に変更

(にんしんしたていしんたいだのあひるのようなはなにかかったこえをだしてわめいている)

姙娠した挺身隊だの家鴨のような鼻にかかった声をだして喚いている

(おかみさんたちのぎょうれつかいぎだけのことだ。)

オカミサン達の行列会議だけのことだ。

(そのほかにせけんなどはどこにもありはしないのに、)

そのほかに世間などはどこにもありはしないのに、

(そのくせこのわかりきったじじつをおれはぜんぜんしんじていない。)

そのくせこの分りきった事実を俺は全然信じていない。

(ふしぎなおきてにおびえているのだ。)

不思議な掟に怯えているのだ。

(それはおどろくほどみじかい(どうじにそれはむげんにながい)いちやであった。)

それは驚くほど短い(同時にそれは無限に長い)一夜であった。

(ながいよるのまるでむげんのつづきだとおもっていたのに、)

長い夜のまるで無限の続きだと思っていたのに、

(いつかしらよるがしらみ、よあけのさむけが)

いつかしら夜が白み、夜明けの寒気が

(かれのぜんしんをかんかくのないいしのようにかたまらせていた。)

彼の全身を感覚のない石のようにかたまらせていた。

(かれはおんなのまくらもとで、ただかみのけをなでつづけていたのであった。)

彼は女の枕元で、ただ髪の毛をなでつづけていたのであった。

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