白痴 21

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坂口安吾の小説。

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問題文

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(もひとつのかお、それはおりからいざわのやすみのひであったが、)

も一つの顔、それは折から伊沢の休みの日であったが、

(はくちゅうとおからぬちくににじかんにわたるばくげきがあり、)

白昼遠からぬ地区に二時間にわたる爆撃があり、

(ぼうくうごうをもたないいざわはおんなとともにおしいれにもぐり)

防空壕をもたない伊沢は女と共に押入にもぐり

(ふとんをたてにかくれていた。)

蒲団を楯にかくれていた。

(ばくげきはいざわのいえからしごひゃくめーとるはなれたちくへしゅうちゅうしたが、)

爆撃は伊沢の家から四五百米(メートル)離れた地区へ集中したが、

(ちじくもろともいえはゆれ、)

地軸もろとも家はゆれ、

(ばくげきのおととどうじにこきゅうもしねんもちゅうぜつする。)

爆撃の音と同時に呼吸も思念も中絶する。

(おなじようにおちてくるばくだんでもしょういだんとばくだんではすごみにおいて)

同じように落ちてくる爆弾でも焼夷弾と爆弾では凄みにおいて

(あおだいしょうとまむしぐらいのそういがあり、)

青大将と蝮ぐらいの相違があり、

(しょういだんにはがらがらというとくべつぶきみなおんきょうがしかけてあっても)

焼夷弾にはガラガラという特別不気味な音響が仕掛けてあっても

(ちじょうのばくはつおんがないのだからおとはずじょうですうときえうせ、)

地上の爆発音がないのだから音は頭上でスウと消え失せ、

(りゅうとうだびとはこのことで、)

竜頭蛇尾とはこのことで、

(だびどころかぜんぜんしっぽがなくなるのだから、)

蛇尾どころか全然尻尾がなくなるのだから、

(けっていてきなきょうふかんにかけている。)

決定的な恐怖感に欠けている。

(けれどもばくだんというやつは、らっかおんこそちいさくひくいが、)

けれども爆弾という奴は、落下音こそ小さく低いが、

(ざあというあめふりのおとのようなただいっぽんのぼうをひき、)

ザアという雨降りの音のようなただ一本の棒をひき、

(こいつがさいごにちじくもろともひきさくような)

此奴(こいつ)が最後に地軸もろとも引裂くような

(ばくはつおんをおこすのだから、)

爆発音を起すのだから、

(ただいっぽんのぼうにこもったじゅうじつしたすごみといったらろんがいで、)

ただ一本の棒にこもった充実した凄味といったら論外で、

(ずどずどずどとばくはつのあしがちかづくときの)

ズドズドズドと爆発の足が近づく時の

など

(ぜつぼうてきなきょうふときてはがくめんどおりにいきたこころもちがないのである。)

絶望的な恐怖ときては額面通りに生きた心持がないのである。

(おまけにひこうきのこうどがたかいので、)

おまけに飛行機の高度が高いので、

(ぶんぶんというずじょうつうかのべいきのおともしごくかすかに)

ブンブンという頭上通過の米機の音も至極かすかに

(なにくわぬかぜにひびいていて、)

何食わぬ風に響いていて、

(それはまるでよそみをしているかいぶつに)

それはまるでよそ見をしている怪物に

(おおきなおのでなぐりつけられるようなものだ。)

大きな斧で殴りつけられるようなものだ。

(こうげきするあいてのようすがふたしかだからばくおんのうなりのへんなとおさが、)

攻撃する相手の様子が不確かだから爆音の唸りの変な遠さが、

(はなはだふあんであるところへ、)

甚だ不安であるところへ、

(そこからざあとあめふりのぼういっぽんのらっかおんがのびてくる。)

そこからザアと雨降りの棒一本の落下音がのびてくる。

(ばくはつをまつまのきょうふ、)

爆発を待つまの恐怖、

(まったくこいつはことばもこきゅうもしねんもとまる。)

全く此奴は言葉も呼吸も思念もとまる。

(いよいよこんどはおだぶつだというぜつぼうが)

愈々(いよいよ)今度はお陀仏だという絶望が

(はっきょうすんぜんのつめたさでいきてひかっているだけだ。)

発狂寸前の冷たさで生きて光っているだけだ。

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