横光利一 機械 1
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | subaru | 7653 | 神 | 8.1 | 94.4% | 740.8 | 6024 | 354 | 79 | 2024/09/24 |
2 | kkk | 6954 | S++ | 7.3 | 94.8% | 827.2 | 6081 | 328 | 79 | 2024/10/26 |
3 | 饅頭餅美 | 5056 | B+ | 5.2 | 95.8% | 1151.2 | 6086 | 265 | 79 | 2024/11/05 |
4 | りーちょ | 4777 | B | 4.9 | 97.0% | 1238.0 | 6097 | 183 | 79 | 2024/11/07 |
5 | kei | 4701 | C++ | 4.9 | 94.9% | 1226.0 | 6086 | 322 | 79 | 2024/11/12 |
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問題文
(はじめのあいだはわたしはわたしのいえのしゅじんがきょうじんではないかとときどきおもった。かんさつして)
初めの間は私は私の家の主人が狂人ではないかとときどき思った。観察して
(いるとまだみっつにもならないかれのこどもがかれをいやがるからといっておやじを)
いるとまだ三つにもならない彼の子供が彼をいやがるからといって親父を
(いやがるほうがあるかといっておこっている。たたみのうえをよちよちあるいているその)
いやがる法があるかといって怒っている。畳の上をよちよち歩いているその
(こどもがばったりたおれるといきなりじぶんのさいくんをなぐりつけながらおまえがばんを)
子供がばったり倒れるといきなり自分の細君を殴りつけながらお前が番を
(していてこどもをたおすということがあるかという。みているとまるできげきだが)
していて子供を倒すということがあるかという。見ているとまるで喜劇だが
(ほんにんがそれでしょうきだからはんたいにこれはきょうじんでないかとおもうのだ。すこしこどもが)
本人がそれで正気だから反対にこれは狂人でないかと思うのだ。少し子供が
(なきやむともうすぐこどもをだきかかえてへやのなかをかけまわっているしじゅうおとこ。)
泣き止むともう直ぐ子供を抱きかかえて部屋の中を駆け廻っている四十男。
(このしゅじんはそんなにこどものことばかりにかけてそうかというとそうでもなく、)
この主人はそんなに子供のことばかりにかけてそうかというとそうでもなく、
(およそなにごとにでもそれほどなむじゃきさをもっているのでしぜんにさいくんがこのいえの)
凡そ何事にでもそれほどな無邪気さを持っているので自然に細君がこの家の
(ちゅうしんになってきているのだ。いえのなかのうんてんがさいくんをちゅうしんにしてくるとさいくんけいの)
中心になって来ているのだ。家の中の運転が細君を中心にして来ると細君系の
(ひとびとがそれだけのびのびとなってくるのももっともなことなのだ。したがって)
人々がそれだけのびのびとなって来るのももっともなことなのだ。従って
(どちらかというとしゅじんのほうにかんけいのあるわたしはこのいえのしごとのうちでいちばんひとの)
どちらかというと主人の方に関係のある私はこの家の仕事のうちで一番人の
(いやがることばかりをひきうけなければならぬけっかになっていく。いやなしごと、)
いやがることばかりを引き受けなければならぬ結果になっていく。いやな仕事、
(それはまったくいやなしごとでしかもそのいやなぶぶんをだれかひとりがいつもして)
それは全くいやな仕事でしかもそのいやな部分を誰か一人がいつもして
(いなければいえぜんたいのしごとがまわらぬというちゅうしんてきなぶぶんにわたしがいるのでじつはいえの)
いなければ家全体の仕事が廻らぬという中心的な部分に私がいるので実は家の
(ちゅうしんがさいくんにではなくわたしにあるのだがそんなことをいったっていやなしごとをする)
中心が細君にではなく私にあるのだがそんなことをいったっていやな仕事をする
(つかいみちのないやつだからこそだとばかりおもっているにんげんのあつまりだからだまって)
奴は使い道のない奴だからこそだとばかり思っている人間の集りだから黙って
(いるよりしかたがないとおもっていた。まったくつかいみちのないにんげんというものはだれにも)
いるより仕方がないと思っていた。全く使い道のない人間というものは誰にも
(できかねるかしょだけにふしぎにつかいみちのあるもので、このねーむぷれーと)
出来かねる箇所だけに不思議に使い道のあるもので、このネームプレート
(せいぞうしょでもいろいろなやくひんをしようせねばならぬしごとのなかでわたしのしごとだけはとくに)
製造所でもいろいろな薬品を使用せねばならぬ仕事の中で私の仕事だけは特に
(げきやくばかりでみちていて、わざわざつかいみちのないにんげんをおとしこむあなのように)
劇薬ばかりで満ちていて、わざわざ使い道のない人間を落し込む穴のように
(できあがっているのである。このあなへおちこむときんぞくをふしょくさせるえんかてつで)
出来上がっているのである。この穴へ落ち込むと金属を腐食させる塩化鉄で
(いるいやひふがだんだんやくにたたなくなり、しゅうそのしげきでのどをはかいしよるのすいみんが)
衣類や皮膚がだんだん役に立たなくなり、臭素の刺戟で喉を破壊し夜の睡眠が
(とれなくなるばかりでなくずのうのそしきがへんかしてきてしりょくさえもうすれてくる。)
とれなくなるばかりでなく頭脳の組織が変化して来て視力さえも薄れて来る。
(こんなきけんなあなのなかへはゆうようなにんげんがおちこむはずがないのであるが、このいえの)
こんな危険な穴の中へは有用な人間が落ち込むはずがないのであるが、この家の
(しゅじんもわかいときにひとのできないこのしごとをおぼえこんだのもおそらくわたしのように)
主人も若いときに人の出来ないこの仕事を覚え込んだのも恐らく私のように
(つかいみちのないにんげんだったからにちがいないのだ。しかし、わたしとてもいつまでも)
使い道のない人間だったからにちがいないのだ。しかし、私とてもいつまでも
(ここでかたわになるためにぐずついていたのではもちろんない。じつはわたしはきゅうしゅうの)
ここで片輪になるために愚図ついていたのでは勿論ない。実は私は九州の
(ぞうせんじょからでてきたのだがふととちゅうのきしゃのなかでひとりのふじんにあったのがこの)
造船所から出て来たのだがふと途中の汽車の中で一人の婦人に逢ったのがこの
(せいかつのはじめなのだ。ふじんはもうごじゅっさいあまりになっていてしゅじんにしなれいえも)
生活の初めなのだ。夫人はもう五十歳あまりになっていて主人に死なれ家も
(なければこどももないのでとうきょうのしんせきのところでしばらくやっかいになってからげしゅくやでも)
なければ子供もないので東京の親戚の所で暫く厄介になってから下宿屋でも
(はじめるのだという。それならわたしもしょくでもみつかればあなたのげしゅくへやっかいに)
初めるのだという。それなら私も職でも見つかればあなたの下宿へ厄介に
(なりたいとじょうだんのつもりでいうと、それではじぶんのこれからいくしんせきへじぶんと)
なりたいと冗談のつもりでいうと、それでは自分のこれから行く親戚へ自分と
(いってそこのしごとをてつだわないかとすすめてくれた。わたしもまだどこへつとめる)
いってそこの仕事を手伝わないかとすすめてくれた。私もまだどこへ勤める
(あてとてないときだしひとつはそのふじんのじょうひんなことばやすがたをしんようするきになって)
あてとてないときだしひとつはその婦人の上品な言葉や姿を信用する気になって
(そのままふらりとふじんといっしょにここのしごとばへながれこんできたのである。)
そのままふらりと婦人と一緒にここの仕事場へ流れ込んで来たのである。
(すると、ここのしごとははじめはみためはらくだがだんだんやくひんがろうどうりょくをこんていから)
すると、ここの仕事は初めは見た目は楽だがだんだん薬品が労働力を根底から
(うばっていくということにきがついた。それであすはでようきょうはでようとおもって)
奪っていくということに気がついた。それで明日は出よう今日は出ようと思って
(いるうちにふといままでしんぼうしたからにはそれではひとつここのしごとのきゅうしょをぜんぶ)
いるうちにふと今迄辛抱したからにはそれではひとつここの仕事の急所を全部
(おぼえこんでからにしようというきにもなってきてじぶんできけんなしごとのぶぶんに)
覚え込んでからにしようという気にもなって来て自分で危険な仕事の部分に
(ちかづくことにきょうみをもとうとつとめだした。ところがわたしといっしょにはたらいている)
近づくことに興味を持とうとつとめ出した。ところが私と一緒に働いている
(ここのしょくにんのかるべはわたしがこのいえのしごとのひみつをぬすみにはいってきたどこかのかんじゃ)
ここの職人の軽部は私がこの家の仕事の秘密を盗みに這入って来たどこかの間者
(だとおもいこんだのだ。かれはしゅじんのさいくんのじっかのりんかからきているおとこなので)
だと思い込んだのだ。彼は主人の細君の実家の隣家から来ている男なので
(なにごとにでもじゆうがきくだけにそれだけしゅかがだいいちで、よくあるちゅうじつなげぼくに)
何事にでも自由がきくだけにそれだけ主家が第一で、よくある忠実な下僕に
(なりすましてみることがどうらくなのだ。かれはわたしがたなのどくやくをてにとってながめて)
なりすましてみることが道楽なのだ。彼は私が棚の毒薬を手に取って眺めて
(いるともうめをひからせてわたしをみつめている。わたしがあんしつのまえをうろついていると)
いるともう眼を光らせて私を見詰めている。私が暗室の前をうろついていると
(もうかたかたとおとをたててじぶんがここからみているぞとしらせてくれる。)
もうかたかたと音を立てて自分がここから見ているぞと知らせてくれる。
(まったくわたしにとってはばかばかしいことだが、それでもかるべにしてはしんけんなんだから)
全く私にとっては馬鹿馬鹿しい事だが、それでも軽部にしては真剣なんだから
(ぶきみである。かれにとってはかつどうしゃしんがじんせいさいこうのきょうかしょでしたがってたんていげきが)
無気味である。彼にとっては活動写真が人生最高の教科書で従って探偵劇が
(かれにはげんじつとどこもかわらぬものにみえているので、このふらりとはいってきた)
彼には現実とどこも変わらぬものに見えているので、このふらりと這入って来た
(わたしがそういうかれにはまたこうこのたんていもののざいりょうになってせまっているのもじじつ)
私がそういう彼にはまた好箇の探偵物の材料になって迫っているのも事実
(なのだ。ことにかるべはいっしょうこのいえにつとめるけっしんなばかりではない。ここのぶんけと)
なのだ。殊に軽部は一生この家に勤める決心なばかりではない。ここの分家と
(してやがてはひとりでねーむぷれーとせいぞうしょをおこそうとおもっているだけにじぶんより)
してやがては一人でネームプレート製造所を起そうと思っているだけに自分より
(さきにしゅじんのこうあんしたせきしょくぷれーとせいほうのひみつをわたしにうばわれてしまうことは)
さきに主人の考案した赤色プレート製法の秘密を私に奪われてしまうことは
(ほんもうではないにちがいない。しかし、わたしにしてみればただこのしごとをおぼえこんで)
本望ではないにちがいない。しかし、私にしてみればただこの仕事を覚え込んで
(おくだけでそれでしょうがいのかっけいをたてようなどとはたくらんでいるのではけっして)
おくだけでそれで生涯の活計を立てようなどとは謀んでいるのでは決して
(ないのだが、そんなことをいったってかるべにはわかるものでもなし、またわたしが)
ないのだが、そんなことをいったって軽部には分るものでもなし、また私が
(このしごとをおぼえこんでしまったならあるいはひょっこりそれでせいけいをたてて)
この仕事を覚え込んでしまったならあるいはひょっこりそれで生計を立てて
(いかぬともかぎらぬし、いずれにしてもかるべなんかがなにをおもおうとただかれを)
いかぬとも限らぬし、いずれにしても軽部なんかが何を思おうとただ彼を
(いらいらさせてみるのもかれににんげんしゅうようをさせてやるだけだとぐらいにおもって)
いらいらさせてみるのも彼に人間修養をさせてやるだけだとぐらいに思って
(おればそれでよろしい、そうおもったわたしはまるでかるべをがんちゅうにおかずにいると、)
おればそれで良ろしい、そう思った私はまるで軽部を眼中におかずにいると、
(そのあいだにかれのわたしにたいするてきいはきゅうそくなちょうしですすんでいてこのばかがとおもって)
その間に彼の私に対する敵意は急速な調子で進んでいてこの馬鹿がと思って
(いたのもじつはばかなればこそこれはあんがいばかにはならぬとおもわしめるようにまで)
いたのも実は馬鹿なればこそこれは案外馬鹿にはならぬと思わしめるようにまで
(なってきた。にんげんはてきでもないのにひとからてきだとおもわれることはそのきかんあいてを)
なって来た。人間は敵でもないのに人から敵だと思われることはその期間相手を
(ばかにしていられるだけなんとなくたのしみなものであるが、そのたのしみがじつは)
馬鹿にしていられるだけ何となく楽しみなものであるが、その楽しみが実は
(こちらのくうげきになっていることにはなかなかきづかぬものでわたしがなんのきもなく)
こちらの空隙になっていることにはなかなか気附かぬもので私が何の気もなく
(いすをうごかしたりだんさいきをまわしたりしかけるとふいにかなづちがあたまのうえからおっこって)
椅子を動かしたり断裁機を廻したりしかけると不意に金槌が頭の上から落って
(きたり、じがねのしんちゅうばんがつみかさなったままあしもとへくずれてきたりあんぜんなにすと)
来たり、地金の真鍮板が積み重ったまま足もとへ崩れて来たり安全なニスと
(えーてるのこんごうえきのざぼんがいつのまにかきけんなじゅうくろむさんのさんえきと)
エーテルの混合液のザボンがいつの間にか危険な重クロムサンの酸液と
(いれかえられていたりしているのがはじめのあいだはこちらのかしつだとばかりおもって)
入れ換えられていたりしているのが初めの間はこちらの過失だとばかり思って
(いたのにそれがことごとくかるべのしわざだときづいたときにはかんがえればかんがえるほどこれは)
いたのにそれが尽く軽部の為業だと気附いた時には考えれば考えるほどこれは
(ゆだんをしているといのちまでねらわれているのではないかとおもわれてきてひやりと)
油断をしていると生命まで狙われているのではないかと思われて来てひやりと
(させられるようにまでなってきた。ことにかるべはばかはばかでもわたしよりもせんぱいで)
させられるようにまでなって来た。殊に軽部は馬鹿は馬鹿でも私よりも先輩で
(げきやくのちょうごうにかけてはうでがあり、おちゃにいれておいたじゅうくろむさんあんもにあを)
劇薬の調合にかけては腕があり、お茶に入れておいた重クロム酸アンモニアを
(あいてがのんでしんでもじさつになるぐらいのことはしっているのだ。わたしはごはんを)
相手が飲んで死んでも自殺になるぐらいのことは知っているのだ。私は御飯を
(たべるときでもそれからとうぶんのあいだはきいろなものがめにつくとそれがじゅうくろむさんでは)
食べる時でもそれから当分の間は黄色な物が眼につくとそれが重クロム酸では
(ないかとおもわれてはしがそのほうへうごかなかったが、わたしのそんなけいかいしんもしばらくすると)
ないかと思われて箸がその方へ動かなかったが、私のそんな警戒心も暫くすると
(じぶんながらこっけいになってきてそうたやすくころされるものならころされてもみようと)
自分ながら滑稽になって来てそう手容く殺されるものなら殺されてもみようと
(おもうようにもなりしぜんにかるべのことなどはまたわたしのあたまからさっていった。)
思うようにもなり自然に軽部の事などはまた私の頭から去っていった。