横光利一 機械 11

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1 kkk 7270 7.5 96.6% 367.8 2770 96 36 2024/11/06

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問題文

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(しかしじじつがそんなにふめいりょうななかでやしきもかるべもふたりながらそれぞれわたしをうたがって)

しかし事実がそんなに不明瞭な中で屋敷も軽部も二人ながらそれぞれ私を疑って

(いることだけはめいりょうなのだ。だがこのわたしひとりにとってめいりょうなこともどこまでが)

いることだけは明瞭なのだ。だがこの私ひとりにとって明瞭なこともどこまでが

(げんじつとしてめいりょうなことなのかどこでどうしてはかることができるのであろう。)

現実として明瞭なことなのかどこでどうして計ることが出来るのであろう。

(それにもかかわらずわたしたちのあいだにはいっさいがめいりょうにわかっているかのごときみえざる)

それにも拘らず私たちの間には一切が明瞭に分っているかのごとき見えざる

(きかいがたえずわたしたちをはかっていてそのはかったままにまたわたしたちをおしすすめて)

機械が絶えず私たちを計っていてその計ったままにまた私たちを押し進めて

(くれているのである。そうしてわたしたちはたがいにうたがいあいながらもよくじつになればぜんぶの)

くれているのである。そうして私達は互に疑い合いながらも翌日になれば全部の

(しごとができあがってらくらくとなることをよそうし、そのしあげたちんぎんをもらうことの)

仕事が出来上って楽々となることを予想し、その仕上げた賃金を貰うことの

(たのしみのためにもうひろうもあらそいもわすれてそのひのしごとをおえてしまうと、)

楽しみのためにもう疲労も争いも忘れてその日の仕事を終えてしまうと、

(いよいよよくじつとなってまただれもがまったくよそうしなかったあたらしいできごとにあわねば)

いよいよ翌日となってまた誰もが全く予想しなかった新しい出来事に逢わねば

(ならなかった。それはしゅじんがわたしたちのしあげたせいさくひんとひきかえにうけとって)

ならなかった。それは主人が私たちの仕上げた製作品とひき換えに受け取って

(きたきんがくぜんぶをかえりのとにおとしてしまったことである。まったくわたしたちのよのめも)

来た金額全部を帰りの途に落してしまったことである。全く私たちの夜の目も

(ろくろくねむらずにしたろうりょくはなんのやくにもたたなくなったのだ。しかもかねを)

ろくろく眠らずにした労力は何の役にも立たなくなったのだ。しかも金を

(うけとりにいったしゅじんといっしょにわたしをこのいえへしょうかいしてくれたしゅじんのあねが)

受け取りにいった主人と一緒に私をこの家へ紹介してくれた主人の姉が

(あらかじめしゅじんがかねをおとすであろうとよそうしてついてったというのだから、)

あらかじめ主人が金を落すであろうと予想してついてったというのだから、

(このことだけはよそうにたがわずじけんはしんこうしていたのにちがいないが、ふと)

このことだけは予想に違わず事件は進行していたのにちがいないが、ふと

(ひさしぶりにたいきんをもうけたたのしさからたとえいっしゅんのあいだでもよいもうけたきんがくをもって)

久し振りに大金を儲けた楽しさからたとえ一瞬の間でも良い儲けた金額を持って

(みたいとしゅじんがいったのでついゆだんをしてどうじょうしてしまい、しゅじんにしばらくのあいだ)

みたいと主人がいったのでつい油断をして同情してしまい、主人に暫くの間

(そのかねをもたしたのだという。そのあいだにひとつのけっかんがこれもかくじつなきかいのように)

その金を持たしたのだという。その間に一つの欠陥がこれも確実な機械のように

(はたらいていたのである。もちろんおとしたきんがくがもういちどでてくるなどとおもっているものは)

働いていたのである。勿論落した金額がもう一度出て来るなどと思っている者は

(いないからけいさつへとどけはしたもののいっかはもうあおざめきってしまってことばなど)

いないから警察へ届けはしたものの一家はもう青ざめ切ってしまって言葉など

など

(いうものはだれもなく、わたしたちはわたしたちでちんぎんももらうことができないのだから、)

いうものは誰もなく、私たちは私たちで賃金も貰うことが出来ないのだから、

(いっときにつかれがでてきてしごとばにねそべったままうごこうともしないのだ。かるべは)

一時に疲れが出て来て仕事場に寝そべったまま動こうともしないのだ。軽部は

(てあたりしだいにかんぱんをぶちくだいてなげつけるときゅうにわたしにむかってなぜおまえは)

手当たり次第に乾板をぶち砕いて投げつけると急に私に向って何ぜお前は

(にやにやしているのかとつきかかってきた。わたしはべつににやにやしていたとは)

にやにやしているのかと突きかかって来た。私は別ににやにやしていたとは

(おもわないのだがそれがそんなにかるべにみえたのならあるいはわらっていたのかも)

思わないのだがそれがそんなに軽部に見えたのなら或いは笑っていたのかも

(しれない。たしかにあんまりしゅじんのあたまはきかいだからだ。それはえんかてつのながねんのさようの)

しれない。確にあんまり主人の頭は奇怪だからだ。それは塩化鉄の長年の作用の

(けっかなのかもしれないとおもってみてもあたまのけっかんほどおそるべきものはないでは)

結果なのかもしれないと思ってみても頭の欠陥ほど恐るべきものはないでは

(ないか。そうしてそのしゅじんのけっかんがまたわたしたちをひきつけておこることもできない)

ないか。そうしてその主人の欠陥がまた私たちをひき附けて怒ることも出来ない

(げんいんになっているということはこれはなんというちんきなこうぞうのまわりかたなので)

原因になっているということはこれは何という珍稀な構造の廻り方なので

(あろう。しかし、わたしはそんなことをかるべにきかせてやってもしかたがないので)

あろう。しかし、私はそんなことを軽部に聞かせてやっても仕方がないので

(だまっているととつぜんわたしをにらみつけていたかるべがてをうって、よしっさけをのもうと)

黙っていると突然私を睨みつけていた軽部が手を打って、よしッ酒を飲もうと

(いいだすとたちあがった。ちょうどそれはかるべがいわなくてもわたしたちのなかのだれかが)

いい出すと立ち上った。丁度それは軽部がいわなくても私たちの中の誰かが

(もうすぐいいださなければならないしゅんかんにぐうぜんかるべがいっただけなので、なんの)

もう直ぐいい出さなければならない瞬間に偶然軽部がいっただけなので、何の

(ふしぜんさもなくすぐすらすらとわたしたちのきぶんはさけのほうへむかっていったのだ。)

不自然さもなく直ぐすらすらと私たちの気分は酒の方へ向っていったのだ。

(じっさいそういうときにはわかものたちはのむよりしかたのないときなのだがそれがこのさけの)

実際そういう時には若者達は飲むより仕方のないときなのだがそれがこの酒の

(ためにやしきのいのちまでがなくなろうとはやしきだっておもわなかったにちがいない。)

ために屋敷の生命までが亡くなろうとは屋敷だって思わなかったにちがいない。

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