洒落怖《カン、カン》1
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問題文
(おさないころにたいけんした、とてもおそろしいできごとについてはなします。)
幼い頃に体験した、とても恐ろしい出来事について話します。
(そのとうじわたしはしょうがくせいで、いもうと、あね、ははおやといっしょに、)
その当時私は小学生で、妹、姉、母親と一緒に、
(どこにでもあるようなちいさいあぱーとにすんでいました。)
どこにでもあるような小さいアパートに住んでいました。
(よるになったら、いつもたたみのへやで、かぞくそろってまくらをならべてねていました。)
夜になったら、いつも畳の部屋で、家族揃って枕を並べて寝ていました。
(あるよる、ははおやがたいちょうをくずし、ははにたのまれてわたしがしょうとうをすることになったのです。)
ある夜、母親が体調を崩し、母に頼まれて私が消灯をする事になったのです。
(せんめんじょといまのでんきをけし、てれびなどもけして、それからたたみのへやにいき、)
洗面所と居間の電気を消し、テレビ等も消して、それから畳の部屋に行き、
(ははにいえじゅうのでんきをけしたことをつたえてから、じぶんもふとんにもぐりました。)
母に家中の電気を消した事を伝えてから、自分も布団に潜りました。
(よこではすでにいもうとがねています。)
横では既に妹が寝ています。
(ふだんよりずっとはやいしゅうしんだったので、そのときわたしはなかなかねむれず、)
普段よりずっと早い就寝だったので、その時私はなかなか眠れず、
(しばらくのあいだぼーっとてんじょうをながめていました。)
暫くの間ぼーっと天井を眺めていました。
(するととつぜん、しずまりかえったへやで「かん、かん」というへんなおとがひびいたのです。)
すると突然、静まり返った部屋で「カン、カン」という変な音が響いたのです。
(わたしはふとんからがばっとおき、くらいへやをみまわしました。)
私は布団からガバッと起き、暗い部屋を見回しました。
(しかし、そこにはなにもない。)
しかし、そこには何もない。
(かん、かん)
カン、カン
(すこしして、さっきとおなじおとがまたきこえました。)
少しして、さっきと同じ音がまた聞こえました。
(どうやらいまのほうからなったようです。)
どうやら居間の方から鳴ったようです。
(となりにいたあねが、「いまのきこえた?」ときいてきました。)
隣にいた姉が、「今の聞こえた?」と訊いてきました。
(そらみみなどではなかったようです。)
空耳などではなかったようです。
(もういちどべやのなかをみわたしてみましたが、)
もう一度部屋の中を見渡してみましたが、
(いもうととははがねているだけでへやにはなにもありません。)
妹と母が寝ているだけで部屋には何もありません。
(おかしい・・・たしかにきんぞくのようなおとで、それもかなりちかくできこえた。)
おかしい・・・確かに金属のような音で、それもかなり近くで聞こえた。
(あねもさっきのおとがきになったらしく、「いまをみてみる」といいました。)
姉もさっきの音が気になったらしく、「居間を見てみる」と言いました。
(わたしもあねといっしょにしんしつからでて、そっといまをみました。)
私も姉と一緒に寝室から出て、そっと居間を見ました。
(そこでわたしたちはみてしまったのです。いまのちゅうおうにあるてーぶる。)
そこで私達は見てしまったのです。居間の中央にあるテーブル。
(いつもわたしたちがしょくじをとったりだんらんしたりするところ。)
いつも私達が食事を取ったり団欒したりする所。
(そのてーぶるのうえに、ひとがすわっているのです。)
そのテーブルの上に、人が座っているのです。
(こちらにせをむけているのでかおまではわかりません。)
こちらに背を向けているので顔までは分かりません。
(でも、こしのあたりまでのびているながいかみのけ、ほっそりとしたたいかく、)
でも、腰の辺りまで伸びている長い髪の毛、ほっそりとした体格、
(みにつけているしろいゆかたのようなきものから、おんなであることはわかりました。)
身に付けている白い浴衣のような着物から、女である事は分かりました。
(わたしはぞっとしてあねのほうをみました。)
私はゾッとして姉の方を見ました。
(あねはわたしのしせんにはすこしもきづかず、そのおんなにみいっていました。)
姉は私の視線には少しも気付かず、その女に見入っていました。
(そのおんなはまっくらないまのなかで、せすじをまっすぐにのばしたまま)
その女は真っ暗な居間の中で、背筋をまっすぐに伸ばしたまま
(てーぶるのうえでせいざをしているようで、ぴくりともうごきません。)
テーブルの上で正座をしているようで、ぴくりとも動きません。
(わたしはおそろしさのあまりあしをがくがくふるわせていました。)
私は恐ろしさのあまり足をガクガク震わせていました。
(こえをだしてはいけない、もしだせばおそろしいことになる。)
声を出してはいけない、もし出せば恐ろしい事になる。
(そのおんなはこちらにはまったくふりむくけはいもなく、)
その女はこちらには全く振り向く気配も無く、
(ただせいざをしながらわたしたちにそのしろいせなかをむけているだけだった。)
ただ正座をしながら私達にその白い背中を向けているだけだった。
(わたしはとうとうたえきれず、「わぁーーーー!!」)
私はとうとう耐え切れず、「わぁーーーー!!」
(とおおごえでなにかさけびながらしんしつにとびこんだ。)
と大声で何か叫びながら寝室に飛び込んだ。
(ははをたたきおこし、「いまにひとがいる!」となきわめいた。)
母を叩き起こし、「居間に人がいる!」と泣き喚いた。
(「どうしたの、こんなよなかに」そういうははをひっぱっていまにつれていった。)
「どうしたの、こんな夜中に」そう言う母を引っ張って居間に連れて行った。
(いまのあかりをつけると、あねがてーぶるのがわにたっていた。)
居間の明かりを付けると、姉がテーブルの側に立っていた。
(さっきのおんなはどこにもいません。)
さっきの女はどこにもいません。
(てーぶるのうえもきちんとかたづけられていてなにもありません。)
テーブルの上もきちんと片付けられていて何もありません。
(しかし、そこにいたあねのめはうつろでした。)
しかし、そこにいた姉の目は虚ろでした。
(いまでもはっきりと、そのときのあねのひょうじょうをおぼえています。)
今でもはっきりと、その時の姉の表情を覚えています。
(わたしとちがってかのじょはなにかにおびえているようすはみじんもなく、)
私と違って彼女は何かに怯えている様子は微塵もなく、
(てーぶるのうえだけをじっとみていたのです。)
テーブルの上だけをじっと見ていたのです。
(ははがあねになにがあったのかたずねてみたところ、)
母が姉に何があったのか訊ねてみたところ、
(「あそこにおんなのひとがいた」とだけいいました。)
「あそこに女の人がいた」とだけ言いました。
(はははふしぎそうなかおをしててーぶるをみていましたが、)
母は不思議そうな顔をしてテーブルを見ていましたが、
(「はやくねなさい」といって、さんにんでしんしつにもどりました。)
「早く寝なさい」と言って、三人で寝室に戻りました。
(わたしはふとんのなかでかんがえました。)
私は布団の中で考えました。
(あれをみてさけび、しんしつにいってははをおこして、いまにつれてきたちょっとのあいだ、)
あれを見て叫び、寝室に行って母を起こして、居間に連れてきたちょっとの間、
(あねはいまでずっとあれをみていたんだろうか?あねのようすはふつうじゃなかった。)
姉は居間でずっとあれを見ていたんだろうか?姉の様子は普通じゃなかった。
(なにかおそろしいものをみたのでは?そうおもっていました。)
何か恐ろしいものを見たのでは?そう思っていました。
(そしてつぎのひ、あねにたずねてみたのです。)
そして次の日、姉に尋ねてみたのです。
(「おねえちゃん、きのうのことなんだけど・・・」)
「お姉ちゃん、昨日の事なんだけど・・・」
(そうきいてもあねはなにもこたえません。したをむいてちんもくするばかり。)
そう聞いても姉は何も答えません。下を向いて沈黙するばかり。
(わたしはしつこくしつもんしました。するとあねは、ちいさなこえでぼそっとつぶやきました。)
私はしつこく質問しました。すると姉は、小さな声でぼそっと呟きました。
(「あんたがおおきなこえをだしたから・・・」)
「あんたが大きな声を出したから・・・」
(それいらい、あねはわたしにたいしてつめたくなりました。)
それ以来、姉は私に対して冷たくなりました。
(はなしかければいつもあかるくはんのうしてくれていたのに、)
話し掛ければいつも明るく反応してくれていたのに、
(むしされることがおおくなりました。)
無視される事が多くなりました。
(そして、あのときのことをふたたびくちにすることはありませんでした。)
そして、あの時の事を再び口にする事はありませんでした。
(あのとき、わたしのはっしたこえで、あのおんなはたぶん、あねのほうをふりむいたのです。)
あの時、私の発した声で、あの女は多分、姉の方を振り向いたのです。
(あねはおんなとめがあってしまったんだ。)
姉は女と目が合ってしまったんだ。
(きっと、そうぞうできないほどおそろしいものをみてしまったのだ。)
きっと、想像出来ない程恐ろしいものを見てしまったのだ。
(そうかくしんしていましたが、ときがたつにつれ、しだいにそのこともわすれていきました。)
そう確信していましたが、時が経つにつれ、次第にその事も忘れていきました。
(ちゅうがっこうにあがってじゅけんせいになったわたしは、)
中学校に上がって受験生になった私は、
(まいにちきまってじぶんのへやでべんきょうするようになりました。)
毎日決まって自分の部屋で勉強するようになりました。
(あねはけんがいのこうこうにしんがくし、りょうでせいかつして、)
姉は県外の高校に進学し、寮で生活して、
(いえにかえってくることはめったにありませんでした。)
家に帰って来る事は滅多にありませんでした。
(あるよる、おそくまでつくえにむかっていると、)
ある夜、遅くまで机に向かっていると、
(とびらのほうからのっくとはちがうなにかのおとがきこえました。)
扉の方からノックとは違う何かの音が聞こえました。
(かん、かん。かなりかすかなおとです、きんぞくっぽいおと。)
カン、カン。かなり微かな音です、金属っぽい音。
(それがなになのかおもいだしたわたしは、ぜんしんにどっとひやあせがふきでました。)
それが何なのか思い出した私は、全身にどっと冷や汗が吹き出ました。
(ちいさいころにははがかぜをひいて、わたしがかわりにしょうとうしたときの・・・)
小さい頃に母が風邪を引いて、私が代わりに消灯した時の・・・
(かん、かん。またなりました。)
カン、カン。また鳴りました。
(とびらのむこうから、さっきとまったくおなじきんぞくおん。)
扉の向こうから、さっきと全く同じ金属音。
(わたしはいよいよこわくなり、いもうとのへやのかべをたたいて)
私はいよいよ怖くなり、妹の部屋の壁を叩いて
(「ちょっとおきて!」とさけびました。)
「ちょっと起きて!」と叫びました。
(しかし、いもうとはもうねてしまっているのか、なにのはんのうもありません。)
しかし、妹はもう寝てしまっているのか、何の反応もありません。
(はははさいきんずっとはやねしている。)
母は最近ずっと早寝している。
(とすれば、いえのなかでこのおとにきづいているのはわたしだけ・・・。)
とすれば、家の中でこの音に気付いているのは私だけ・・・。
(ひとりだけとりのこされたようなきぶんになりました。)
一人だけ取り残されたような気分になりました。
(そしてもういちどあのおとが。かん、かん。)
そしてもう一度あの音が。カン、カン。
(わたしはついに、そのおとがどこでなっているのかわかってしまいました。)
私はついに、その音がどこで鳴っているのか分かってしまいました。
(そっとへやのとびらをあけました。まっくらはみじかいろうかのむこうがわにあるいま。)
そっと部屋の扉を開けました。真っ暗は短い廊下の向こう側にある居間。
(そこはかーてんからもれるあおじろいそとのひかりでぼんやりとてらしだされていた。)
そこはカーテンから漏れる青白い外の光でぼんやりと照らし出されていた。
(きっちんのがわからいまをのぞくと、てーぶるのうえにあのおんながいた。)
キッチンの側から居間を覗くと、テーブルの上にあの女がいた。
(おさないころ、あねとともにみたきおくがきゅうそくによみがえってきました。)
幼い頃、姉と共に見た記憶が急速に蘇ってきました。
(あのときとおなじすがたで、おんなはしろいきものをきて、すらっとしたせすじをぴんとたて、)
あの時と同じ姿で、女は白い着物を着て、すらっとした背筋をピンと立て、
(てーぶるのうえできちんとせいざし、そのうしろすがただけをわたしにみせていました。)
テーブルの上できちんと正座し、その後ろ姿だけを私に見せていました。
(かん、かん。こんどははっきりとそのおんなからきこえました。)
カン、カン。今度ははっきりとその女から聞こえました。
(そのとき、わたしはこえをだしてしまいました。)
その時、私は声を出してしまいました。
(なんといったかはおぼえていませんが、またもこえをだしてしまったのです。)
何と言ったかは覚えていませんが、またも声を出してしまったのです。
(するとおんなはわたしをふりかえりました。)
すると女は私を振り返りました。