洒落怖《カン、カンその後》1

(いまでもわすれられません。・・・とはいえ、すべてはかこのこと。)

今でも忘れられません。・・・とはいえ、全ては過去の事。

(あれをみたあとでも、わたしのみのまわりではとくにおかしなことはなく、)

あれを見た後でも、私の身の周りでは特におかしな事は無く、

(こううんなことに、かぞくのなかでびょうきをしたりけがをしたりするひともいませんでした。)

幸運な事に、家族の中で病気をしたり怪我をしたりする人もいませんでした。

(あねもいもうともげんきにしているし、ははもちちもここ８ねんでかわったことはないようです。)

姉も妹も元気にしているし、母も父もここ8年で変わった事はないようです。

(もはやあの「かぞくがおしまい」というのろいのことばだけではなく、)

もはやあの「家族がお終い」という呪いの言葉だけではなく、

(しろいきものすがたのおんなをみたこともゆめだったのではないか、とおもいはじめていたところでした。)

白い着物姿の女を見た事も夢だったのではないか、と思い始めていた所でした。

(みみにこびりついているあのいやなおとだって、いつかわすれるにちがいありません。)

耳にこびりついているあの嫌な音だって、いつか忘れるに違いありません。

(ぜったいにだいじょうぶ！！とじぶんにつよくいいきかせ、わたしはじっかにむかいました。)

絶対に大丈夫！！と自分に強く言い聞かせ、私は実家に向かいました。

(きせいをさけていたほんとうのりゆうをははにさとられないように、)

帰省を避けていた本当の理由を母に悟られないように、

(せめてじっかにいるあいだはあかるくふるまおうとこころにきめていました。)

せめて実家にいる間は明るく振舞おうと心に決めていました。

(いえにかえったわたしはほっとしました。)

家に帰った私はほっとしました。

(ちちもははも、あねもいもうともげんきそうで、ひさしぶりにきせいしたわたしをみて、)

父も母も、姉も妹も元気そうで、久しぶりに帰省した私を見て、

(「そつぎょうはだいじょうぶなのか」「かれしはできたのか」などと、)

「卒業は大丈夫なのか」「彼氏は出来たのか」などと、

(おやくそくのおせっかいをやくのでした。)

お約束のお節介を焼くのでした。

(あれほどきにしていたははもかわったようすはなく、)

あれほど気にしていた母も変わった様子はなく、

(ほてるのせいそうぎょうのぱーとでひびいそがしいとのことでした。)

ホテルの清掃業のパートで日々忙しいとの事でした。

(しかし、あねにはなしかけることだけはきまずく、ためらわれました。)

しかし、姉に話しかける事だけは気まずく、躊躇われました。

(そのりゆうは、８ねんまえのあのできごとがあってから、)

その理由は、8年前のあの出来事があってから、

(あねはわたしのことをきょうまでてっていてきにむししつづけたからです。)

姉は私の事を今日まで徹底的に無視し続けたからです。

(おさないとき、あのまっくらないまで、わたしがおおごえでさけんだことがぜっこうのきっかけにちがいなく)

幼い時、あの真っ暗な居間で、私が大声で叫んだ事が絶好のきっかけに違いなく

(わたしにたいするあねのつめたさはじんじょうなものではありませんでした。)

私に対する姉の冷たさは尋常なものではありませんでした。

(そんなあねがじっかではっしたことばにわたしはみみをうたがいました。)

そんな姉が実家で発した言葉に私は耳を疑いました。

(「あんたのこと、ずっとむししててごめん」)

「あんたの事、ずっと無視しててごめん」

(まさか、かれこれ８ねんもむしされていたあねから、)

まさか、かれこれ8年も無視されていた姉から、

(しゃざいのことばがあるとはおもわなかった。)

謝罪の言葉があるとは思わなかった。

(「わたしこそごめんなさい。でもとつぜんどうしたの？もしかして、なにかあった？」)

「私こそごめんなさい。でも突然どうしたの？もしかして、何かあった？」

(おどろきのあまり、きかないほうがよいことまできいてしまったようなきがしました。)

驚きのあまり、聞かない方が良い事まで聞いてしまったような気がしました。

(あねはどこかぎこちないひょうじょうをうかべていましたが、)

姉はどこかぎこちない表情を浮かべていましたが、

(むかしつかっていたあねとわたしのきょうようべやにわたしをまねいてはなしをしてくれました。)

昔使っていた姉と私の共用部屋に私を招いて話をしてくれました。

(「あたしのうちでね、あのおとがきこえた」)

「あたしのうちでね、あの音が聞こえた」

(あのおと、ということばをきいただけで、わたしはなにかひんやりとしたものが)

あの音、という言葉を聞いただけで、私は何かひんやりとしたものが

(せすじをつたうのをかんじました。あねはそんなわたしのようすをみてからはなしをつづけました。)

背筋を伝うのを感じました。姉はそんな私の様子を見てから話を続けました。

(「あのひ、しごとからかえってきたのがよる９じごろ。)

「あの日、仕事から帰ってきたのが夜９時頃。

(で、へやでてれびみてたんだけど、ふろばのほうでかん、かんって。)

で、部屋でテレビ見てたんだけど、風呂場の方でカン、カンって。

(ちっちゃいころ、あんたといっしょにそのおとをきいたことがあったから、)

ちっちゃい頃、あんたと一緒にその音を聞いた事があったから、

(すぐにわかったよ。これはやばいって。)

すぐに分かったよ。これはやばいって。

(ちかくにどうりょうがすんでたから、そっこうでいえをでて、そのともだちのところにいったの。)

近くに同僚が住んでたから、速攻で家を出て、その友達の所に行ったの。

(そのともだちんちではなしをしてたら、またふろばのほうからかん、かんって。)

その友達んちで話をしてたら、また風呂場の方からカン、カンって。

(おかしなてつのおとだった。ともだちもわたしもぱにっくになってへやをでてけいさつをよんだ。)

おかしな鉄の音だった。友達も私もパニックになって部屋を出て警察を呼んだ。

(けっきょくふろばにはなにもなかったし、いちおうへやもしらべてもらったけどなにもなかった」)

結局風呂場には何もなかったし、一応部屋も調べてもらったけど何もなかった」

(あねのはなしは、８ねんまえのいまわしいきおくをかんぜんによみがえらせました。)

姉の話は、8年前の忌まわしい記憶を完全に蘇らせました。

(あのときのできごとはいまでもわすれられません。)

あの時の出来事は今でも忘れられません。

(まっくらないま。てーぶるにすわるおんな。かん、かんというきんぞくおん。)

真っ暗な居間。テーブルに座る女。カン、カンと言う金属音。

(ふりむくおんな。おぞましいかお。)

振り向く女。おぞましい顔。

(なにのまえぶれもなくきこえるあのおとは、じぶんをしばらくきょくどのきんぞくおんきょうふしょうに)

何の前触れもなく聞こえるあの音は、自分を暫く極度の金属音恐怖症に

(させるほどおぞましいものでした。)

させる程おぞましいものでした。

(おんがくがながれるばしょでは、かうべるやすずのようなおとがならないかひやひやし、)

音楽が流れる場所では、カウベルや鈴のような音が鳴らないかヒヤヒヤし、

(だいどころのふらいぱんやなべのはっするきんぞくおんにみみをふさいでおびえ、)

台所のフライパンや鍋の発する金属音に耳を塞いで怯え、

(えんぽうにむかうときは、ふみきりのあるどうろをさけねばいどうもままならない・・・。)

遠方に向かう時は、踏切のある道路を避けねば移動もままならない・・・。

(ただあねのはなしには、８ねんまえとちがうてんがありました。)

ただ姉の話には、８年前と違う点がありました。

(しろいきものすがたのおんなをみていなければ、こえもきいていない。)

白い着物姿の女を見ていなければ、声も聞いていない。

(きこえたのはかん、かんというぶきみなおとだけ。)

聞こえたのはカン、カンという不気味な音だけ。

(しかも、ばしょはふろば。)

しかも、場所は風呂場。

(わたしはいまのてーぶるのうえにあれがせいざしているすがたはしっているが、)

私は居間のテーブルの上にあれが正座している姿は知っているが、

(ふろばだなんて・・・。ほんとうにあれだったんだろうか・・・)

風呂場だなんて・・・。本当にあれだったんだろうか・・・

(そうあねにといかけようとしたとき、とつぜんあねはぼろぼろとなみだをこぼしだしました。)

そう姉に問いかけようとした時、突然姉はボロボロと涙を零し出しました。

(わたしはうろたえながらも、「まだあれだってきまったわけじゃ・・・」)

私はうろたえながらも、「まだあれだって決まった訳じゃ・・・」

(とあねをなだめようとしました。するとあねはなきがおのままわたしのかおをにらみ、)

と姉をなだめようとしました。すると姉は泣き顔のまま私の顔を睨み、

(「あんた、おかあさんのことみか（いもうとのなまえ）からきいてないの？」)

「あんた、お母さんの事美香(妹の名前)から聞いてないの？」

(と、すごみのあるこえでせまってきました。)

と、凄みのある声で迫ってきました。

(おかあさんのこと？いもうとから？はなしのほうこうがみえずとうわくしました。)

お母さんの事？妹から？話の方向が見えず当惑しました。

(いまさっきだって、ははのつくったおいしいびーふしちゅーをいただいたばかりだった。)

今さっきだって、母の作ったおいしいビーフシチューを頂いたばかりだった。

(ははのようすになにもおかしなことなんてなかったし、いもうともふだんどおりだったようにみえた。)

母の様子に何もおかしな事なんてなかったし、妹も普段通りだった様に見えた。

(あせりをかくせないわたしにむかって、あねはなみだをぬぐいながらいいました。)

焦りを隠せない私に向かって、姉は涙を拭いながら言いました。

(「ときどき、よなかにいえをこっそりでていくんだって。くわしいことはみかにきいて」)

「時々、夜中に家をこっそり出て行くんだって。詳しい事は美香に聞いて」

(ただならぬあねのはなしをきいて、わたしはすぐにいもうとのへやにいきといただしました。)

ただならぬ姉の話を聞いて、私はすぐに妹の部屋に行き問い質しました。

(「おかあさんがよるにそとにでてるって、どういうこと？」)

「お母さんが夜に外に出てるって、どういう事？」

(「ああ、おねえにきいたんだね。ほんとうなんだよ。なんならいっしょにみる？」)

「ああ、おねえに聞いたんだね。本当なんだよ。何なら一緒に見る？」