洒落怖《カン、カンその後》2
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問題文
(そのよる、わたしはいもうとのへやにいれてもらい、いもうとのべっどのとなりにふとんをしき、)
その夜、私は妹の部屋に入れてもらい、妹のベッドの隣に布団を敷き、
(ぼんやりとてんじょうをながめながらじかんがたつのをまちました。)
ぼんやりと天井を眺めながら時間が経つのを待ちました。
(いもうとのはなしでは、ははがいえをでるじかんはだいたいきまっていて、)
妹の話では、母が家を出る時間は大体決まっていて、
(いちじすぎごろにいえをでて、10ぷんていどでかえってくるとのことでした。)
一時過ぎ頃に家を出て、10分程度で帰ってくるとの事でした。
(さいしょ、ははのがいしゅつにきづいたいもうとは、きぶんてんかんがてらそとにたばこをすいに)
最初、母の外出に気付いた妹は、気分転換がてら外にタバコを吸いに
(いっているものとおもったらしく、とくにきにとめずそのままねていたらしい。)
行っているものと思ったらしく、特に気に留めずそのまま寝ていたらしい。
(しかし、ゆきがふるほどにさむくなってからもははのがいしゅつはつづいた。)
しかし、雪が降るほどに寒くなってからも母の外出は続いた。
(そのことをははにきくと、「なにのこと?」というはんのう。)
その事を母に聞くと、「何の事?」という反応。
(とぼけているようすもなく、じぶんがしんやにがいしゅつしていることじたい、)
とぼけている様子もなく、自分が深夜に外出している事自体、
(まったくじかくがなさそうだというのだ。)
全く自覚がなさそうだというのだ。
(ふしんにおもったいもうとは、ははのあとをこっそりつけたのでした。)
不審に思った妹は、母の後をこっそりつけたのでした。
(「そろそろだよ」)
「そろそろだよ」
(いもうとがいうと、わたしはみみをすませた。)
妹が言うと、私は耳を澄ませた。
(するとまもなく、どあをいちまいへだてたろうかがわでなにやらひとのけはいがした。)
すると間もなく、ドアを一枚隔てた廊下側で何やら人の気配がした。
(がさ、がさとげんかんのあたりでものおとがきこえた。)
ガサ、ガサと玄関の辺りで物音が聞こえた。
(おそらくぶーつをはいているのだろうとおもった。)
おそらくブーツを履いているのだろうと思った。
(そして、きいというおととともに、こっこっこっというあしおと。)
そして、キイという音と共に、コッコッコッという足音。
(まちがいなくいまそとにでた。)
間違いなく今外に出た。
(わたしといもうとはかおをみあわせ、なるべくおとをたてないようにどあをしずかにあけ、)
私と妹は顔を見合わせ、なるべく音を立てないようにドアを静かに開け、
(しのびあしでげんかんにいった。かぎはかかっていなかった。)
忍び足で玄関に行った。鍵は掛かっていなかった。
(いもうとはちゅういぶかくどあのぶをにぎり、そっとどあをあけた。)
妹は注意深くドアノブを握り、そっとドアを開けた。
(まっくらなろじ。がいとうとつきあかりだけがたよりだった。)
真っ暗な路地。街灯と月明りだけが頼りだった。
(はははどこにいったんだといもうとにきくと、おどろいたことにすぐちかくにいるという。)
母はどこに行ったんだと妹に聞くと、驚いた事にすぐ近くにいるという。
(いやなよかんがじわじわとしていた。)
嫌な予感がじわじわとしていた。
(いえから100mほどすすんだところ、ろじをてらすがいとうのしたにはははいた。)
家から100M程進んだところ、路地を照らす街灯の下に母はいた。
(はははでんちゅうのまわりをぐるぐるまわっていた。)
母は電柱の周りをぐるぐる回っていた。
(さんぽのようにゆったりとあるくようなぺーすではなく、かなりはやいはやあるき。)
散歩のようにゆったりと歩くようなペースではなく、かなり速い早歩き。
(あるいはかけあしのようなものすごいすぴーどで、ぐるぐるぐるぐるまわっていた。)
あるいは駆け足のような物凄いスピードで、ぐるぐるぐるぐる回っていた。
(ひるまにみせてくれていたような、あきらやかなやさしげなひょうじょうはいまやどこにもなく、)
昼間に見せてくれていたような、朗やかな優しげな表情は今やどこにもなく、
(とおめにみても、はんにゃのようなおにのぎょうそうにしかみえなかった。)
遠目に見ても、般若の様な鬼の形相にしか見えなかった。
(あまりのおそろしさにぼうぜんとしていると、いもうとは「もうかえろう」とうながすとどうじに、)
あまりの恐ろしさに呆然としていると、妹は「もう帰ろう」と促すと同時に、
(「たぶん、あと10ぷんくらいつづくから、あれ」とつけくわえた。)
「多分、あと10分くらい続くから、あれ」と付け加えた。
(ものすごくこわかった。)
物凄く怖かった。
(ははのいじょうなすがたをまのあたりにして、わたしはようやくことのじゅうだいさにきづきはじめた。)
母の異常な姿を目の当たりにして、私はようやく事の重大さに気付き始めた。
(「あなたも、あなたたちかぞくもおしまいね」)
「あなたも、あなた達家族もお終いね」
(いまごろになって、あのおんなのおぞましいことばがあたまのなかでくりかえされました。)
今頃になって、あの女のおぞましい言葉が頭の中で繰り返されました。
(いもうとよりもひとあしはやくいえにかえってきたわたしは、)
妹よりも一足早く家に帰ってきた私は、
(いまのでんきをつけようとかべをさぐりました。)
居間の電気をつけようと壁を探りました。
(だいたいこのへんにすいっちがあったのに・・・そうおもいながらてさぐりしていると、)
大体この辺にスイッチがあったのに・・・そう思いながら手探りしていると、
(ゆびさきにかくばったぷらすちっくのかんしょくがつたわった。)
指先に角張ったプラスチックの感触が伝わった。
(それとほぼどうじに、まっくらなくうかんでかん、かんというおとがひびきわたった。)
それとほぼ同時に、真っ暗な空間でカン、カンという音が響き渡った。
(あっ、とおもったときにはすでにおそく、わたしはかべのすいっちをおしてしまっていました。)
あっ、と思った時には既に遅く、私は壁のスイッチを押してしまっていました。
(しろいひかりでてらしだされるいま。つよいひかりにめがなれず、わたしははんしゃてきにめをほそめた。)
白い光で照らし出される居間。強い光に目が慣れず、私は反射的に目を細めた。
(てーぶるのうえにはしろいきもののおんながすわっていた。)
テーブルの上には白い着物の女が座っていた。
(こちらがわにてをむけているのでかおまではわからなかった。)
こちら側に手を向けているので顔までは分からなかった。
(げんじつかんがまるでなく、れいせいなしこうができませんでした。)
現実感がまるでなく、冷静な思考が出来ませんでした。
(てーぶるのうえにおんながせいざしているだけでもいじょうなのに、)
テーブルの上に女が正座しているだけでも異常なのに、
(てんとうしたばかりのしつないとうにめいじゅんのうしきれていないわたしのめには、)
点灯したばかりの室内灯に明順応しきれていない私の目には、
(いまのくうかんぜんたいがきみょうなものにうつりました。)
居間の空間全体が奇妙なものに映りました。
(いやなあせがどっとふきでているのを、からだにはりつくいふくでかんじていました。)
嫌な汗がどっと吹き出ているのを、体に張り付く衣服で感じていました。
(なんぷん、いやなんびょうそうしていたかわかりませんが、)
何分、いや何秒そうしていたか分かりませんが、
(わたしのゆびがふたたびぱちんとすいっちをおすと、)
私の指が再びパチンとスイッチを押すと、
(いまはまっくらなやみにのまれ、なにもみえなくなりました。)
居間は真っ暗な闇に飲まれ、何も見えなくなりました。
(そしてちょうどそのとき、げんかんからがちゃりとどあのひらくおとが。・・・いもうとか。)
そしてちょうどその時、玄関からガチャリとドアの開く音が。・・・妹か。
(しかしわたしのしせんは、ふたたびやみにつつまれたいまのほうにくぎづけで、)
しかし私の視線は、再び闇に包まれた居間の方に釘付けで、
(てーぶるのうえにはまだあのおんながいるようなきがしていました。)
テーブルの上にはまだあの女がいるような気がしていました。
(そのいっぽうで、げんかんではがさ、がさというくつをぬぐようなおとにつづいて、)
その一方で、玄関ではガサ、ガサという靴を脱ぐような音に続いて、
(もくぞうのゆかにたいじゅうがかかるときになるぎっ、ぎっというどくとくのきしみおんが。)
木造の床に体重が掛かる時に鳴るギッ、ギッという独特の軋み音が。
(わたしはろうかのほうをふりむくことができませんでした。)
私は廊下の方を振り向く事が出来ませんでした。
(いもうとにきまっているはずなのに、そっちのほうをみれない。)
妹に決まっているはずなのに、そっちの方を見れない。
(いや、なんとなくわかっていた。)
いや、何となく分かっていた。
(けはいというか、かんというか、あやふやなものだったけど、)
気配というか、勘というか、あやふやなものだったけど、
(うしろからちかづいているのはおそらくいもうとではなかった。)
後ろから近付いているのは恐らく妹ではなかった。
(けいようしがたいほどおぞましいかんかくが、)
形容し難い程おぞましい感覚が、
(ぎっ、ぎっというきしみおんとともにつよくなっていくきがした。)
ギッ、ギッという軋み音と共に強くなっていく気がした。
(そして、まっくらないまのまんなか、)
そして、真っ暗な居間の真ん中、
(てーぶるがおいてるあたりで、かん、かんというきんぞくおんがなった。)
テーブルが置いてる辺りで、カン、カンという金属音が鳴った。
(いしきがとおのくすんぜん、わたしのすぐうしろにいたじんぶつのてに)
意識が遠のく寸前、私のすぐ後ろにいた人物の手に
(がっとかたをつかまれたのをたしかにかんじた。)
ガッと肩を掴まれたのを確かに感じた。
(ちなみに、そのよくじつ、わたしはあねのへやでねていたそうです。)
因みに、その翌日、私は姉の部屋で寝ていたそうです。
(あねもいもうとも、あのまっくらないまでわたしのかたをつかんだということは)
姉も妹も、あの真っ暗な居間で私の肩を掴んだという事は
(いっさいないとだんげんしており、しかも、いもうとがかえってきたときには、)
一切ないと断言しており、しかも、妹が帰ってきた時には、
(はははまだきたくしていなかったそうです。)
母はまだ帰宅していなかったそうです。
(くつだけでなくははのしんしつもかくにんしたからぜったいにたしかだ、とのことでした。)
靴だけでなく母の寝室も確認したから絶対に確かだ、との事でした。
(いもうといわく、ははのいじょうなこうどうはいまもつづいているようです。)
妹曰く、母の異常な行動は今も続いているようです。
(「せいしんかにもそうだんしたし、うちでおはらいだってしてもらった。)
「精神科にも相談したし、うちでお祓いだってしてもらった。
(つうほうされたこともあるからね。」)
通報された事もあるからね。」
(あとできいたはなしだが、いもうとはすでにあねからくわしいはなしをきかされており、)
後で聞いた話だが、妹は既に姉から詳しい話を聞かされており、
(ちちにはないしょでいろいろやっていたらしい。だがいずれもとろうにおわった。)
父には内緒で色々やっていたらしい。だがいずれも徒労に終わった。
(ははのいじょうなこうどうをみれば、こうかがないのはいちもくりょうぜんだった。)
母の異常な行動を見れば、効果がないのは一目瞭然だった。
(そして、わたしにはもうわかっていた。あのおんなのせいだ。)
そして、私にはもう分かっていた。あの女のせいだ。
(あねのいえでなったおとだって、あのよるのははのおそろしいすがただって、)
姉の家で鳴った音だって、あの夜の母の恐ろしい姿だって、
(ぜんぶあのおんながげんいんなんだ。)
全部あの女が原因なんだ。
(そうおもうといかりがこみあげてくる。)
そう思うと怒りが込み上げてくる。
(でも、いかりいじょうに、あのおんながおそろしくてたまらない。)
でも、怒り以上に、あの女が恐ろしくてたまらない。
(なるべくはやいうちにちちにうちあけ、あぱーとをひきはらうことをけんとうしています。)
なるべく早いうちに父に打ち明け、アパートを引き払う事を検討しています。