「吾輩は猫である」悟

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投稿者投稿者御羽射大棲鬼いいね0お気に入り登録
プレイ回数2難易度(4.5) 3363打 長文
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書名 吾輩は猫である
著者 夏目漱石

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問題文

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(「どうもうまくかけないものだね。ひとのをみるとなんでもないようだが)

「どうも甘くかけないものだね。人のを見ると何でもないようだが

(みずからふでをとってみるといまさらのようにむずかしくかんずる」これはしゅじんのじゅっかいである)

自ら筆をとって見ると今更のようにむずかしく感ずる」これは主人の述懐である

(。なるほどいつわりのないところだ。かれのともはきんぶちのめがねごしにしゅじんのかおをみながら、)

。なるほど詐りのない処だ。彼の友は金縁の眼鏡越に主人の顔を見ながら、

(「そうはじめからじょうずにはかけないさ、だいいちしつないのそうぞうばかりでえがかけるわけ)

「そう初めから上手にはかけないさ、第一室内の想像ばかりで画がかける訳

(のものではない。むかしいたりーのおおやあんどれあでるさるとがいったことがある)

のものではない。昔し以太利の大家アンドレア・デル・サルトが言った事がある

(。えをかくならなんでもしぜんそのものをうつせ。てんにせいしんあり。ちにろかあり。)

。画をかくなら何でも自然その物を写せ。天に星辰あり。地に露華あり。

(とぶにとりあり。はしるにけものあり。いけにきんぎょあり。こぼくにかんああり。)

飛ぶに禽あり。走るに獣あり。池に金魚あり。枯木に寒鴉あり。

(しぜんはこれいっぷくのだいかつがなりと。どうだきみもかくらしいえをかこうとおもうなら)

自然はこれ一幅の大活画なりと。どうだ君も画らしい画をかこうと思うなら

(ちとしゃせいをしたら」「へえあんどれあでるさるとがそんなことをいったことがあ)

ちと写生をしたら」「へえアンドレア・デル・サルトがそんな事をいった事があ

(るかい。ちっともしらなかった。なるほどこりゃもっともだ。じつにそのとおりだ」)

るかい。ちっとも知らなかった。なるほどこりゃもっともだ。実にその通りだ」

(としゅじんはむやみにかんしんしている。きんぶちのうらにはあざけるようなわらいがみえた。)

と主人は無暗に感心している。金縁の裏には嘲けるような笑が見えた。

(そのよくじつわがはいはれいのごとくえんがわにでてこころもちよくひるねをしていたら、)

その翌日吾輩は例のごとく椽側に出て心持善く昼寝をしていたら、

(しゅじんがれいになくしょさいからでてきてわがはいのうしろでなにかしきりにやっている。)

主人が例になく書斎から出て来て吾輩の後ろで何かしきりにやっている。

(ふとめがさめてなにをしているかといちぶばかりさいもくにめをあけてみると、)

ふと眼が覚めて何をしているかと一分ばかり細目に眼をあけて見ると、

(かれはよねんもなくあんどれあでるさるとをきめこんでいる。わがはいは)

彼は余念もなくアンドレア・デル・サルトを極め込んでいる。吾輩は

(このありさまをみておぼえずしっしょうするのをきんじえなかった。かれはかれのともに)

この有様を見て覚えず失笑するのを禁じ得なかった。彼は彼の友に

(やゆせられたるけっかとしてまずてはじめにわがはいをしゃせいしつつあるのである。)

揶揄せられたる結果としてまず手初めに吾輩を写生しつつあるのである。

(わがはいはすでにじゅうぶんねた。あくびがしたくてたまらない。)

吾輩はすでに十分寝た。欠伸がしたくてたまらない。

(しかしせっかくしゅじんがねっしんにふでをとっているのをうごいてはきのどくだとおもって、)

しかしせっかく主人が熱心に筆を執っているのを動いては気の毒だと思って、

(じっとしんぼうしておった。かれはいまわがはいのりんかくをかきあげてかおのあたりを)

じっと辛棒しておった。彼は今吾輩の輪廓をかき上げて顔のあたりを

など

(いろどっている。わがはいはじはくする。わがはいはねことしてけっしてじょうじょうのできではない。)

色彩っている。吾輩は自白する。吾輩は猫として決して上乗の出来ではない。

(せといいけなみといいかおのぞうさくといいあえて)

背といい毛並といい顔の造作といいあえて

(ほかのねこにまさるとはけっしておもっておらん。)

他の猫に勝るとは決して思っておらん。

(しかしいくらぶきりょうのわがはいでも、いまわがはいのしゅじんにえがきだされつつあるようなみょうな)

しかしいくら不器量の吾輩でも、今吾輩の主人に描き出されつつあるような妙な

(すがたとは、どうしてもおもわれない。だいいちしょくがちがう。わがはぺるしゃさんのねこのごとく)

姿とは、どうしても思われない。第一色が違う。吾輩は波斯産の猫のごとく

(きをふくめるあははいいろにうるしのごときふいりのひふをゆうしている。これだけは)

黄を含める淡灰色に漆のごとき斑入りの皮膚を有している。これだけは

(だれがみてもうたがうべからざるじじつとおもう。しかるにいましゅじんのさいしょくをみると、きでも)

誰が見ても疑うべからざる事実と思う。しかるに今主人の彩色を見ると、黄でも

(なければくろでもない、はいいろでもなければとびいろでもない、さればとて)

なければ黒でもない、灰色でもなければ褐色でもない、さればとて

(これらをまぜたいろでもない。ただいっしゅのいろであるというよりほかにひょうしかたのない)

これらを交ぜた色でもない。ただ一種の色であるというよりほかに評し方のない

(いろである。そのうえふしぎなことはめがない。もっともこれはねているところを)

色である。その上不思議な事は眼がない。もっともこれは寝ているところを

(しゃせいしたのだからむりもないがめらしいところさえみえないからめくらだか)

写生したのだから無理もないが眼らしい所さえ見えないから盲猫だか

(ねているねこだかはんぜんしないのである。わがはいはしんじゅうひそかに)

寝ている猫だか判然しないのである。吾輩は心中ひそかに

(いくらあんどれあでるさるとでもこれではしようがないとおもった。)

いくらアンドレア・デル・サルトでもこれではしようがないと思った。

(しかしそのねっしんにはかんぷくせざるをえない。なるべくならうごかずにおってやりたい)

しかしその熱心には感服せざるを得ない。なるべくなら動かずにおってやりたい

(とおもったが、さっきからしょうべんがもよおしうしている。みうちのきんにくはむずむずする。)

と思ったが、さっきから小便が催うしている。身内の筋肉はむずむずする。

(もはやいっぷんもゆうよができぬしぎとなったから、)

最早一分も猶予が出来ぬ仕儀となったから、

(やむをえずしっけいしてりょうあしをまえへぞんぶんのして、くびをひくくおしだしてあーあとだいなる)

やむをえず失敬して両足を前へ存分のして、首を低く押し出してあーあと大なる

(あくびをした。さてこうなってみると、もうおとなしくしていてもしかたがない。)

欠伸をした。さてこうなって見ると、もうおとなしくしていても仕方がない。

(どうせしゅじんのよていはぶちこわしたのだから、ついでにうらへいってようを)

どうせ主人の予定は打ち壊わしたのだから、ついでに裏へ行って用を

(たそうとおもってのそのそはいだした。するとしゅじんはしつぼうといかりをかきまぜた)

足そうと思ってのそのそ這い出した。すると主人は失望と怒りを掻き交ぜた

(ようなこえをして、ざしきのなかから「このばかやろう」とどなった。このしゅじんはひとを)

ような声をして、座敷の中から「この馬鹿野郎」と怒鳴った。この主人は人を

(ののしるときはかならずばかやろうというのがくせである。ほかにわるくちのいいようを)

罵るときは必ず馬鹿野郎というのが癖である。ほかに悪口の言いようを

(しらないのだからしかたがないが、いままでしんぼうしたひとのきもしらないで、むやみに)

知らないのだから仕方がないが、今まで辛棒した人の気も知らないで、無暗に

(ばかやろうよばわりはしっけいだとおもう。それもへいぜいわがはいがかれのせなかへ)

馬鹿野郎呼わりは失敬だと思う。それも平生吾輩が彼の背中へ

(のるときにすこしはよいかおでもするならこのまんばもあまんじてうけるが、)

乗る時に少しは好い顔でもするならこの漫罵も甘んじて受けるが、

(こっちのべんりになることはなにひとつこころよくしてくれたこともないのに、しょうべんにたったのを)

こっちの便利になる事は何一つ快くしてくれた事もないのに、小便に立ったのを

(ばかやろうとはひどい。がんらいにんげんというものはじこのりきりょうに)

馬鹿野郎とは酷い。元来人間というものは自己の力量に

(まんじてみんなぞうちょうしている。すこしにんげんよりつよいものが)

慢じてみんな増長している。少し人間より強いものが

(でてきていじめてやらなくてはこのさきどこまでぞうちょうするかわからない。)

出て来て窘めてやらなくてはこの先どこまで増長するか分らない。

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