怪人二十面相13

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問題文
(そして、おそろしいうたがいをはらすために、みょうなことをはじめたのです。)
そして、おそろしいうたがいをはらすために、みょうなことをはじめたのです。
(ぽけっとをさぐって、はながみをとりだすと、それをほそくさいて、そっと)
ポケットをさぐって、鼻紙をとりだすと、それを細くさいて、ソッと
(いけのなかのたけぎれのうえにもっていきました。)
池の中の竹ぎれの上に持っていきました。
(すると、ふしぎなことがおこったのです。うすいかみきれが、)
すると、ふしぎなことがおこったのです。うすい紙きれが、
(たけのつつのさきで、ふわふわちじょうげにうごきはじめたではありませんか。)
竹の筒の先で、ふわふわ上下に動きはじめたではありませんか。
(かみがそんなふうにうごくからには、たけのつつから、くうきがでたりはいったりして)
紙がそんなふうに動くからには、竹の筒から、空気が出たり入ったりして
(いるにちがいありません。)
いるにちがいありません。
(まさかそんなことがと、まつのは、じぶんのそうぞうをしんじるきになれないのです。)
まさかそんなことがと、松野は、自分の想像を信じる気になれないのです。
(でも、このたしかなしょうこをどうしましょう。いのちのないたけぎれが、)
でも、このたしかなしょうこをどうしましょう。命のない竹ぎれが、
(こきゅうをするはずはないではありませんか。)
呼吸をするはずはないではありませんか。
(ふゆならば、ちょっとかんがえられないことです。しかしそれは、)
冬ならば、ちょっと考えられないことです。しかしそれは、
(まえにももうしましたとおり、あきのじゅうがつ、それほどさむいきこうではありません。)
まえにも申しましたとおり、秋の十月、それほど寒い気候ではありません。
(ことににじゅうめんそうのかいぶつは、みずからまじゅつしとしょうしているほど、とっぴな)
ことに二十面相の怪物は、みずから魔術師と称しているほど、とっぴな
(ぼうけんがすきなのです。)
冒険がすきなのです。
(まつのはそのとき、みんなをよべばよかったのです。でも、かれは)
松野はそのとき、みんなを呼べばよかったのです。でも、彼は
(てがらをひとりじめにしたかったのでしょう。たにんのちからをかりないで、)
手がらをひとりじめにしたかったのでしょう。他人の力を借りないで、
(そのうたがいをはらしてみようとおもいました。)
そのうたがいをはらしてみようと思いました。
(かれはでんとうをじめんにおくと、いきなりりょうてをのばして、たけぎれをつかみ、)
彼は電燈を地面におくと、いきなり両手をのばして、竹ぎれをつかみ、
(ぐいぐいとひきあげました。)
ぐいぐいと引きあげました。
(たけぎれはさんじゅうせんちほどのながさでした。たぶんそうじくんがにわで)
竹ぎれは三十センチほどの長さでした。たぶん壮二君が庭で
(あそんでいて、そのへんにすてておいたものでしょう。ひっぱると、)
遊んでいて、そのへんにすてておいたものでしょう。引っ張ると、
(たけはなんなくずるずるとのびてきました。しかし、たけばかりでは)
竹はなんなくズルズルとのびてきました。しかし、竹ばかりでは
(なかったのです。たけのさきにはいけのどろでまっくろになったにんげんのてが、)
なかったのです。竹の先には池のどろでまっ黒になった人間の手が、
(しがみついていたではありませんか。いや、てばかりではありません。)
しがみついていたではありませんか。いや、手ばかりではありません。
(てのつぎには、びしょぬれになった、うみぼうずのようなひとのすがたが、)
手のつぎには、びしょぬれになった、海坊主のような人の姿が、
(にゅーっとあらわれたではありませんか。)
ニューッとあらわれたではありませんか。
(じゅじょうのかいじん)
樹上の怪人
(それから、いけのきしで、どんなことがおこったかは、しばらく)
それから、池の岸で、どんなことがおこったかは、しばらく
(どくしゃしょくんのごそうぞうにまかせます。)
読者諸君のご想像にまかせます。
(ご、ろっぷんののちには、いぜんのまつのうんてんしゅが、なにごともなかったように、)
五、六分ののちには、以前の松野運転手が、なにごともなかったように、
(おなじいけのきしにたっておりました。すこしいきづかいがはげしいようです。)
同じ池の岸に立っておりました。少し息づかいがはげしいようです。
(そのほかにはかわったところもみえません。)
そのほかにはかわったところも見えません。
(かれは、いそいでおもやのほうへあるきはじめました。どうしたのでしょう。)
彼は、いそいで母屋のほうへ歩きはじめました。どうしたのでしょう。
(すこしびっこをひいています。でも、びっこをひきながら、ぐんぐん)
少しびっこをひいています。でも、びっこをひきながら、ぐんぐん
(にわをよこぎって、おもてもんまでやってきました。)
庭をよこぎって、表門までやってきました。
(おもてもんには、ふたりのひしょが、ぼくとうのようなものをもって、ものものしく)
表門には、ふたりの秘書が、木刀のようなものを持って、ものものしく
(みはりばんをつとめています。)
見はり番をつとめています。
(まつのはそのまえまでいくと、なにかくるしそうにひたいにてをあてて、)
松野はその前まで行くと、何か苦しそうにひたいに手をあてて、
(「ぼくはさむけがしてしようがない。ねつがあるようだ。すこしやすませてもらうよ。」)
「ぼくは寒気がしてしようがない。熱があるようだ。少し休ませてもらうよ。」
(と、ちからのないこえでいうのです。)
と、力のない声でいうのです。
(「ああ、まつのくんか、いいとも、やすみたまえ。)
「ああ、松野君か、いいとも、休みたまえ。
(ここはぼくたちがひきうけるから。」)
ここは僕たちがひきうけるから。」
(ひしょのひとりがげんきよくこたえました。)
秘書のひとりが元気よく答えました。
(まつのうんてんしゅは、あいさつをして、げんかんわきのがれーじのなかへ)
松野運転手は、あいさつをして、玄関わきのガレージの中へ
(すがたをけしました。そのがれーじのうらがわに、かれのへやがあるのです。)
姿を消しました。そのガレージの裏がわに、彼の部屋があるのです。
(それからあさまでは、べつだんのこともなくすぎさりました。おもてもんも)
それから朝までは、べつだんのこともなくすぎさりました。表門も
(うらもんも、だれもつうかしたものはありません。)
裏門も、誰も通過したものはありません。
(ほりがいのみはりをしていたおまわりさんたちも、ぞくらしいひとかげには)
堀外の見はりをしていたおまわりさんたちも、賊らしい人かげには
(であいませんでした。)
出あいませんでした。