注文の多い料理店(3/4)宮沢賢治

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問題文

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(またくろいとびらがありました。「どうかぼうしとがいとうとくつをおとりください。」)

また黒い扉がありました。「どうか帽子と外套と靴をおとり下さい。」

(「どうだ、とるか。」「しかたない。とろう。)

「どうだ、とるか。」「仕方ない。とろう。

(たしかによっぽどえらいひとなんだ。おくにきているのは」)

たしかによっぽど偉い人なんだ。奥に来ているのは」

(ふたりはぼうしとおーばーこーとをくぎにかけ、くつをぬいでぺたぺたあるいて)

二人は帽子とオーバーコートを釘にかけ、靴を脱いでぺたぺた歩いて

(とびらのなかにはいりました。とびらのうらがわには、)

扉の中に入りました。扉の裏側には、

(「ねくたいぴん、かふすぼたん、めがね、さいふ、そのほかかなものるい、)

「ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡、財布、その他金物類、

(ことにとがったものは、みんなここにおいてください」とかいてありました。)

ことに尖ったものは、みんなここに置いてください」と書いてありました。

(とびらのすぐよこにはくろぬりのりっぱなきんこも、)

扉のすぐ横には黒塗りの立派な金庫も、

(ちゃんとくちをあけておいてありました。かぎまでそえてあったのです。)

ちゃんと口を開けて置いてありました。鍵まで添えてあったのです。

(「ははあ、なにかのりょうりにでんきをつかうとみえるね。かなけのものはあぶない。)

「ははあ、何かの料理に電気をつかうと見えるね。金気のものは危ない。

(ことにとがったものはあぶないとこういうんだろう。」)

ことに尖ったものは危ないとこう云うんだろう。」

(「そうだろう。してみるとかんじょうはかえりにここではらうのだろうか。」)

「そうだろう。して見ると勘定は帰りにここで払うのだろうか。」

(「どうもそうらしい。」「そうだ。きっと。」)

「どうもそうらしい。」「そうだ。きっと。」

(ふたりはめがねをはずしたり、かふすぼたんをとったり、)

二人は眼鏡を外したり、カフスボタンをとったり、

(みんなきんこのなかにいれて、ぱちんとじょうをかけました。)

みんな金庫の中に入れて、ぱちんと錠(じょう)をかけました。

(すこしいきますとまたとがあって、そのまえにがらすのつぼがひとつありました。)

すこし行きますとまた扉(と)があって、その前に硝子の壺が一つありました。

(とびらにはこうかいてありました。)

扉にはこう書いてありました。

(「つぼのなかのくりーむをかおやてあしにすっかりぬってください。」)

「壺の中のクリームを顔や手足にすっかり塗ってください。」

(みるとたしかにつぼのなかのものはぎゅうにゅうのくりーむでした。)

見ると確かに壺の中のものは牛乳のクリームでした。

(「くりーむをぬれというのはどういうんだ。」)

「クリームを塗れというのはどういうんだ。」

など

(「これはね、そとがひじょうにさむいだろう。)

「これはね、外が非常に寒いだろう。

(へやのなかがあんまりあたたかいとひびがきれるから、そのよぼうなんだ。)

室の中があんまり暖かいとひびがきれるから、その予防なんだ。

(どうもおくには、よほどえらいひとがきている。こんなとこで、あんがいぼくらは、)

どうも奥には、よほど偉い人が来ている。こんなとこで、案外ぼくらは、

(きぞくとちかづきになるかもしれないよ。」)

貴族とちかづきになるかも知れないよ。」

(ふたりはつぼのくりーむを、かおにぬっててにぬって)

二人は壺のクリームを、顔に塗って手に塗って

(それからくつしたをぬいであしにぬりました。それでもまだのこっていましたから、)

それから靴下をぬいで足に塗りました。それでもまだ残っていましたから、

(それはふたりともめいめいこっそりかおにぬるふりをしながらたべました。)

それは二人ともめいめいこっそり顔に塗るふりをしながら喰べました。

(それからおおいそぎでとびらをあけますと、そのうらがわには、)

それから大急ぎで扉をあけますと、その裏側には、

(「くりーむをよくぬりましたか、みみにもよくぬりましたか、」)

「クリームをよく塗りましたか、耳にもよく塗りましたか、」

(とかいてあって、ちいさなくりーむのつぼがここにもおいてありました。)

と書いてあって、小さなクリームの壺がここにも置いてありました。

(「そうそう、ぼくはみみにはぬらなかった。あぶなくみみにひびをきらすとこだった。)

「そうそう、ぼくは耳には塗らなかった。危なく耳にひびを切らすとこだった。

(ここのしゅじんはじつによういしゅうとうだね。」)

ここの主人は実に用意周到だね。」

(「ああ、こまかいとこまでよくきがつくよ。)

「ああ、細かいとこまでよく気がつくよ。

(ところでぼくははやくなにかたべたいんだが、)

ところでぼくは早く何か喰べたいんだが、

(どうもこうどこまでもろうかじゃしかたないね。」)

どうもこうどこまでも廊下じゃ仕方無いね。」

(するとすぐそのまえにつぎのとがありました。)

するとすぐその前に次の戸がありました。

(「りょうりはもうすぐできます。じゅうごふんとおまたせはいたしません。)

「料理はもうすぐできます。十五分とお待たせはいたしません。

(すぐたべられます。はやくあなたのあたまにびんのなかのこうすいをよくふりかけてください。」)

すぐたべられます。早くあなたの頭に瓶の中の香水をよく振りかけて下さい。」

(そしてとのまえにはきんぴかのこうすいのびんがおいてありました。)

そして戸の前には金ピカの香水の瓶が置いてありました。

(ふたりはそのこうすいを、あたまへぱちゃぱちゃふりかけました。)

二人はその香水を、頭へぱちゃぱちゃ振りかけました。

(ところがそのこうすいは、どうもすのようなにおいがするのでした。)

ところがその香水は、どうも酢のような匂(におい)がするのでした。

(「このこうすいはへんにすくさい。どうしたんだろう。」)

「この香水はへんに酢くさい。どうしたんだろう。」

(「まちがえたんだ。げじょがかぜでもひいてまちがえていれたんだ。」)

「まちがえたんだ。下女が風邪でも引いてまちがえていれたんだ。」

(ふたりはとびらをあけてなかにはいりました。)

二人は扉をあけて中に入りました。

(とびらのうらがわには、おおきなじでこうかいてありました。)

扉の裏側には、大きな字でこう書いてありました。

(「いろいろちゅうもんがおおくてうるさかったでしょう。おきのどくでした。)

「いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。

(もうこれだけです。どうかからだじゅうに、)

もうこれだけです。どうかからだ中に、

(つぼのなかのしおをたくさんよくもみこんでください。」)

壺の中の塩をたくさんよく揉み込んでください。」

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