セロ弾きのゴーシュ(6/9)宮沢賢治
・読み辛い箇所は、平仮名を漢字に直したり、句読点を追加している箇所があります
・「扉」の読みは、「と」で統一しました
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問題文
(つぎのばんもごーしゅはよなかすぎまでせろをひいて)
次の晩もゴーシュは夜中過ぎまでセロを弾いて
(つかれてみずをいっぱいのんでいますと、またとをこつこつたたくものがあります。)
疲れて水を一杯飲んでいますと、また扉(と)をこつこつ叩く者があります。
(こんやはなにがきてもゆうべのかっこうのように、はじめからおどかして)
今夜は何が来てもゆうべのかっこうのように、初めから脅かして
(おいはらってやろうとおもって、こっぷをもったまままちかまえておりますと、)
追い払ってやろうと思って、コップを持ったまま待ち構えて居(お)りますと、
(とがすこしあいて、いっぴきのたぬきのこがはいってきました。)
扉が少しあいて、一疋(いっぴき)の狸の子が入って来ました。
(ごーしゅはそこで、そのとをもうすこしひろくひらいておいて、どんとあしをふんで、)
ゴーシュはそこで、その扉をもう少し広く開いておいて、どんと足を踏んで、
(「こら、たぬき、おまえはたぬきじるということをしっているかっ。」とどなりました。)
「こら、狸、お前は狸汁ということを知っているかっ。」と怒鳴りました。
(するとたぬきのこはぼんやりしたかおをして、きちんとゆかへすわったまま)
すると狸の子はぼんやりした顔をして、きちんと床へ座ったまま
(どうもわからないというようにくびをまげてかんがえていましたが、)
どうも分からないというように首を曲げて考えていましたが、
(しばらくたって「たぬきじるってぼくしらない。」といいました。)
しばらく経って「狸汁ってぼく知らない。」と云いました。
(ごーしゅはそのかおをみておもわずふきだそうとしましたが、)
ゴーシュはその顔を見て思わず吹き出そうとしましたが、
(まだむりにこわいかおをして、「ではおしえてやろう。たぬきじるというのはな。)
まだ無理に怖い顔をして、「では教えてやろう。狸汁というのはな。
(おまえのようなたぬきをな、きゃべじやしおとまぜて、くたくたとにて、)
お前のような狸をな、キャベジや塩と混ぜて、くたくたと煮て、
(おれさまのくうようにしたものだ。」といいました。)
俺様の食うようにしたものだ。」と云いました。
(するとたぬきのこはまたふしぎそうに「だってぼくのおとうさんがね、ごーしゅさんは)
すると狸の子はまた不思議そうに「だって僕のお父さんがね、ゴーシュさんは
(とてもいいひとでこわくないからいってならえといったよ。」といいました。)
とてもいい人で怖く無いから行って習えと云ったよ。」と云いました。
(そこでごーしゅもとうとうわらいだしてしまいました。)
そこでゴーシュもとうとう笑い出してしまいました。
(「なにをならえといったんだ。おれはいそがしいんじゃないか。それにねむいんだよ。」)
「何を習えと云ったんだ。俺は忙しいんじゃないか。それに睡いんだよ。」
(たぬきのこはにわかにいきおいがついたように、ひとあしまえへでました。)
狸の子は俄(にわ)かに勢いがついたように、一足前へ出ました。
(「ぼくはこだいこのかかりでねえ。せろへあわせてもらってこいといわれたんだ。」)
「ぼくは小太鼓の係りでねえ。セロへ合わせてもらって来いと云われたんだ。」
(「どこにもこだいこがないじゃないか。」)
「どこにも小太鼓がないじゃないか。」
(「そら、これ」たぬきのこはせなかからぼうきれをにほんだしました。)
「そら、これ」狸の子は背中から棒きれを二本出しました。
(「それでどうするんだ。」「ではね、ゆかいなばしゃやをひいてください。」)
「それでどうするんだ。」「ではね、愉快な馬車屋を弾いてください。」
(「なんだゆかいなばしゃやってじゃずか。」「ああこのふだよ。」)
「なんだ愉快な馬車屋ってジャズか。」「ああこの譜だよ。」
(たぬきのこはせなかからまたいちまいのふをとりだしました。)
狸の子は背中からまた一枚の譜を取り出しました。
(ごーしゅはてにとってわらいだしました。)
ゴーシュは手にとって笑い出しました。
(「ふう、へんなきょくだなあ。よし、さあひくぞ。おまえはこだいこをたたくのか。」)
「ふう、変な曲だなあ。よし、さあ弾くぞ。お前は小太鼓を叩くのか。」
(ごーしゅはたぬきのこがどうするのかとおもって)
ゴーシュは狸の子がどうするのかと思って
(ちらちらそっちをみながらひきはじめました。するとたぬきのこはぼうをもって)
ちらちらそっちを見ながら弾き始めました。すると狸の子は棒を持って
(せろのこまのしたのところをひょうしをとってぽんぽんたたきはじめました。)
セロの駒の下のところを拍子をとってぽんぽん叩き始めました。
(それがなかなかうまいので、ひいているうちに)
それがなかなか上手いので、弾いているうちに
(ごーしゅはこれはおもしろいぞとおもいました。)
ゴーシュはこれは面白いぞと思いました。
(おしまいまでひいてしまうと、たぬきのこはしばらくくびをまげてかんがえました。)
お終いまで弾いてしまうと、狸の子はしばらく首を曲げて考えました。
(それからやっとかんがえついたというようにいいました。)
それからやっと考えついたというように云いました。
(「ごーしゅさんはこのにばんめのいとをひくときは、きたいにおくれるねえ。)
「ゴーシュさんはこの二番目の糸を弾く時は、きたいに遅れるねえ。
(なんだかぼくがつまづくようになるよ。」)
何だか僕がつまづくようになるよ。」
(ごーしゅははっとしました。たしかにそのいとは、どんなにてばやくひいても)
ゴーシュははっとしました。確かにその糸は、どんなに手早く弾いても
(すこしたってからでないとおとがでないようなきが、ゆうべからしていたのでした。)
少し経ってからでないと音が出ないような気が、ゆうべからしていたのでした。
(「いや、そうかもしれない。このせろはわるいんだよ。」)
「いや、そうかもしれない。このセロは悪いんだよ。」
(とごーしゅはかなしそうにいいました。するとたぬきはきのどくそうにして)
とゴーシュは悲しそうに云いました。すると狸は気の毒そうにして
(またしばらくかんがえていましたが)
またしばらく考えていましたが
(「どこがわるいんだろうなあ。ではもういっぺんひいてくれますか。」)
「どこが悪いんだろうなあ。ではもう一ぺん弾いてくれますか。」
(「いいともひくよ。」ごーしゅははじめました。たぬきのこはさっきのように)
「いいとも弾くよ。」ゴーシュは始めました。狸の子はさっきのように
(とんとんたたきながら、ときどきあたまをまげてせろにみみをつけるようにしました。)
とんとん叩きながら、時々頭を曲げてセロに耳をつけるようにしました。
(そしておしまいまできたときは、こんやもまた、ひがしがぼうとあかるくなっていました。)
そしてお終いまで来た時は、今夜もまた、東がぼうと明るくなっていました。
(「ああよがあけたぞ。どうもありがとう。」たぬきのこはたいへんあわてて)
「ああ夜が明けたぞ。どうもありがとう。」狸の子は大変慌てて
(ふやぼうきれをせなかへしょって、ごむてーぷでぱちんととめて)
譜や棒きれを背中へしょって、ゴムテープでぱちんと留めて
(おじぎをふたつみっつすると、いそいでそとへでていってしまいました。)
おじぎを二つ三つすると、急いで外へ出て行ってしまいました。
(ごーしゅはぼんやりして、しばらくゆうべのこわれたがらすからはいってくる)
ゴーシュはぼんやりして、しばらくゆうべの壊れたガラスから入ってくる
(かぜをすっていましたが、まちへでていくまでねむってげんきをとりもどそうと)
風を吸っていましたが、町へ出て行くまで睡って元気を取り戻そうと
(いそいでねどこへもぐりこみました。)
急いで寝床へもぐり込みました。