セロ弾きのゴーシュ(7/9)宮沢賢治
・読み辛い箇所は、平仮名を漢字に直したり、句読点を追加している箇所があります
・「扉」の読みは、「と」で統一しました
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問題文
(つぎのばんもごーしゅはよどおしせろをひいて、あけがたちかく)
次の晩もゴーシュは夜通しセロを弾いて、明け方近く
(おもわずつかれてがくふをもったままうとうとしていますと)
思わず疲れて楽譜を持ったままうとうとしていますと
(またたれかとをこつこつとたたくものがあります。)
また誰(たれ)か扉(と)をこつこつと叩く者があります。
(それもまるできこえるかきこえないかのくらいでしたが、まいばんのことなので)
それもまるで聞こえるか聞こえないかの位でしたが、毎晩の事なので
(ごーしゅはすぐききつけて「おはいり。」といいました。)
ゴーシュはすぐ聞きつけて「お入り。」と云いました。
(するととのすきまからはいってきたのは、いっぴきののねずみでした。)
すると戸の隙間から入って来たのは、一ぴきの野ねずみでした。
(そしてたいへんちいさなこどもをつれて、ちょろちょろとごーしゅのまえへあるいてきました)
そして大変小さな子供を連れて、ちょろちょろとゴーシュの前へ歩いて来ました
(そのまたのねずみのこどもときたら、まるでけしごむのくらいしかないので)
そのまた野ねずみの子供ときたら、まるで消しごむの位しかないので
(ごーしゅはおもわずわらいました。)
ゴーシュは思わず笑いました。
(するとのねずみはなにをわらわれたろうというように)
すると野ねずみは何を笑われたろうというように
(きょろきょろしながらごーしゅのまえにきて、あおいくりのみをひとつぶまえにおいて)
きょろきょろしながらゴーシュの前に来て、青い栗の実を一粒前に置いて
(ちゃんとおじぎをしていいました。)
ちゃんとおじぎをして云いました。
(「せんせい、このこがあんばいがわるくてしにそうでございますが)
「先生、この児(こ)が塩梅が悪くて死にそうでございますが
(せんせい、おじひになおしてやってくださいまし。」「おれがいしゃなどやれるもんか。」)
先生、お慈悲に治してやってくださいまし。」「俺が医者などやれるもんか。」
(ごーしゅはすこしむっとしていいました。するとのねずみのおかあさんは)
ゴーシュは少しむっとして云いました。すると野ねずみのお母さんは
(したをむいてしばらくだまっていましたが、またおもいきったようにいいました。)
下を向いてしばらく黙っていましたが、また思い切ったように云いました。
(「せんせい、それはうそでございます。せんせいはまいにちあんなにじょうずに)
「先生、それは嘘でございます。先生は毎日あんなに上手に
(みんなのびょうきをなおしておいでになるではありませんか。」)
みんなの病気を治しておいでになるではありませんか。」
(「なんのことだかわからんね。」「だってせんせい、せんせいのおかげで、)
「何のことだか分からんね。」「だって先生、先生のお陰で、
(うさぎさんのおばあさんもなおりましたし、たぬきさんのおとうさんもなおりましたし、)
兎さんのお婆さんも治りましたし、狸さんのお父さんも治りましたし、
(あんないじわるのみみずくまでなおしていただいたのに)
あんな意地悪のみみずくまで治して頂いたのに
(このこばかりおたすけをいただけないとは、あんまりなさけないことでございます。)
この子ばかりお助けを頂けないとは、あんまり情けない事でございます。
(「おいおい、それはなにかのまちがいだよ。おれはみみずくのびょうきなんど)
「おいおい、それは何かの間違いだよ。俺はみみずくの病気なんど
(なおしてやったことはないからな。もっともたぬきのこはゆうべきて)
治してやった事はないからな。もっとも狸の子はゆうべ来て
(がくたいのまねをしていったがね。ははん。」)
楽隊の真似をして行ったがね。ははん。」
(ごーしゅはあきれて、そのこねずみをみおろしてわらいました。)
ゴーシュは呆れて、その子ねずみを見下ろして笑いました。
(するとのねずみのおかあさんはなきだしてしまいました。)
すると野鼠のお母さんは泣き出してしまいました。
(「ああこのこはどうせびょうきになるなら、もっとはやくなればよかった。)
「ああこの児はどうせ病気になるなら、もっと早くなればよかった。
(さっきまであれくらいごうごうとならしておいでになったのに、)
さっきまであれ位ごうごうと鳴らしておいでになったのに、
(びょうきになるといっしょにぴたっとおとがとまって、もうあとはいくらおねがいしても)
病気になると一緒にぴたっと音が止まって、もう後はいくらお願いしても
(ならしてくださらないなんて。なんてふしあわせなこどもだろう。」)
鳴らしてくださらないなんて。なんて不幸せな子供だろう。」
(ごーしゅはびっくりしてさけびました。)
ゴーシュはびっくりして叫びました。
(「なんだと、ぼくがせろをひけばみみずくやうさぎのびょうきがなおると。)
「何だと、僕がセロを弾けばみみずくや兎の病気が治ると。
(どういうわけだ。それは。」)
どういう訳だ。それは。」
(のねずみはめをかたてでこすりこすりいいました。)
野ねずみは眼を片手でこすりこすり云いました。
(「はい、ここらのものはびょうきになると、みんなせんせいのおうちのゆかしたにはいって)
「はい、ここらの者は病気になると、みんな先生のお家の床下に入って
(なおすのでございます。」「するとなおるのか。」)
療(なお)すのでございます。」「すると療るのか。」
(「はい。からだじゅうとてもちのまわりがよくなって、たいへんいいきもちで)
「はい。体中とても血の回りが良くなって、大変いい気持ちで
(すぐなおるかたもあれば、うちへかえってからなおるかたもあります。」)
すぐ療る方もあれば、うちへ帰ってから療る方もあります。」
(「ああそうか。おれのせろのおとがごうごうひびくと、それがあんまのかわりになって)
「ああそうか。俺のセロの音がごうごう響くと、それがあんまの代わりになって
(おまえたちのびょうきがなおるというのか。よし。わかったよ。やってやろう。」)
お前達の病気が治るというのか。よし。わかったよ。やってやろう。」
(ごーしゅはちょっとぎうぎうといとをあわせて、それからいきなり)
ゴーシュはちょっとギウギウと糸を合わせて、それからいきなり
(のねずみのこどもをつまんでせろのあなからなかへいれてしまいました。)
野ねずみの子供をつまんでセロの孔(あな)から中へ入れてしまいました。
(「わたしもいっしょについていきます。どこのびょういんでもそうですから。」)
「私も一緒について行きます。どこの病院でもそうですから。」
(おっかさんののねずみはきちがいのようになってせろにとびつきました。)
おっかさんの野ねずみはきちがいのようになってセロに飛びつきました。
(「おまえさんもはいるかね。」せろひきはおっかさんののねずみを)
「お前さんも入るかね。」セロ弾きはおっかさんの野ねずみを
(せろのあなからくぐしてやろうとしましたが、かおがはんぶんしかはいりませんでした。)
セロの孔からくぐしてやろうとしましたが、顔が半分しか入りませんでした。
(のねずみはばたばたしながらなかのこどもにさけびました。)
野ねずみはばたばたしながら中の子供に叫びました。
(「おまえそこはいいかい。おちるときいつもおしえるように)
「お前そこはいいかい。落ちる時いつも教えるように
(あしをそろえてうまくおちたかい。」「いい。うまくおちた。」)
足を揃えてうまく落ちたかい。」「いい。うまく落ちた。」
(こどものねずみはまるでかのようなちいさなこえで、せろのそこでへんじしました。)
子供のねずみはまるで蚊のような小さな声で、セロの底で返事しました。