セロ弾きのゴーシュ(8/9)宮沢賢治

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投稿者投稿者もりつしんいいね5お気に入り登録
プレイ回数2096難易度(4.5) 2662打 長文
・問題文の文字数制限の都合により、一部の平仮名を漢字に直したり、句読点を省いている箇所があります
・読み辛い箇所は、平仮名を漢字に直したり、句読点を追加している箇所があります
・「扉」の読みは、「と」で統一しました

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問題文

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(「だいじょうぶさ。だからなきごえだすなというんだ。」)

「大丈夫さ。だから泣き声出すなというんだ。」

(ごーしゅはおっかさんのねずみをしたにおろして、それからゆみをとって)

ゴーシュはおっかさんのねずみを下に下ろして、それから弓をとって

(なんとからぷそでぃとかいうものを、ごうごうがあがあひきました。)

何とかラプソディとかいうものを、ごうごうがあがあ弾きました。

(するとおっかさんのねずみは、いかにもしんぱいそうにそのおとのぐあいを)

するとおっかさんのねずみは、いかにも心配そうにその音の工合(ぐあい)を

(きいていましたが、とうとうこらえきれなくなったふうで)

聞いていましたが、とうとう堪え切れなくなったふうで

(「もうたくさんです。どうかだしてやってください。」といいました。)

「もう沢山です。どうか出してやってください。」と云いました。

(「なあんだ、これでいいのか。」ごーしゅはせろをまげてあなのところに)

「なあんだ、これでいいのか。」ゴーシュはセロを曲げて孔(あな)の所に

(てをあててまっていましたら、まもなくこどものねずみがでてきました。)

手をあてて待っていましたら、間も無く子供のねずみが出て来ました。

(ごーしゅは、だまってそれをおろしてやりました。)

ゴーシュは、黙ってそれを下ろしてやりました。

(みるとすっかりめをつぶって、ぶるぶるぶるぶるふるえていました。)

見るとすっかり目をつぶって、ぶるぶるぶるぶる震えていました。

(「どうだったの。いいかい。きぶんは。」)

「どうだったの。いいかい。気分は。」

(こどものねずみはすこしもへんじもしないで、まだしばらくめをつぶったまま)

子供のねずみは少しも返事もしないで、まだしばらく眼をつぶったまま

(ぶるぶるぶるぶるふるえていましたが、にわかにおきあがってはしりだした。)

ぶるぶるぶるぶる震えていましたが、にわかに起き上がって走り出した。

(「ああよくなったんだ。ありがとうございます。ありがとうございます。」)

「ああよくなったんだ。ありがとうございます。ありがとうございます。」

(おっかさんのねずみもいっしょにはしっていましたが、まもなくごーしゅのまえにきて)

おっかさんのねずみも一緒に走っていましたが、間も無くゴーシュの前に来て

(しきりにおじぎをしながら「ありがとうございます。ありがとうございます。」)

しきりにおじぎをしながら「ありがとうございます。ありがとうございます。」

(ととおばかりいいました。ごーしゅはなにがなかあいそうになって)

と十ばかり云いました。ゴーシュは何がなかあいそうになって

(「おい、おまえたちはぱんはたべるのか。」とききました。)

「おい、お前達はパンは食べるのか。」と聞きました。

(するとのねずみはびっくりしたようにきょろきょろあたりをみまわしてから)

すると野鼠はびっくりしたようにきょろきょろ辺りを見回してから

(「いえ、もうおぱんというものはこむぎのこなをこねたりむしたりして)

「いえ、もうおパンというものは小麦の粉をこねたり蒸したりして

など

(こしらえたもので、ふくふくふくらんでおいしいものなそうでございますが、)

こしらえたもので、ふくふく膨らんで美味しいものなそうでございますが、

(そうでなくてもわたくしどもはおうちのとだなへなどまいったこともございませんし、)

そうでなくても私どもはおうちの戸棚へなど参った事もございませんし、

(ましてこれくらいおせわになりながら)

ましてこれ位お世話になりながら

(どうしてそれをはこびになんどまいれましょう。」といいました。)

どうしてそれを運びになんど参れましょう。」と云いました。

(「いやそのことではないんだ。ただたべるのかときいたんだ。ではたべるんだな。)

「いやその事ではないんだ。ただ食べるのかと聞いたんだ。では食べるんだな。

(ちょっとまてよ。そのはらのわるいこどもへやるからな。」)

ちょっと待てよ。その腹の悪い子供へやるからな。」

(ごーしゅはせろをゆかにおいてとだなからぱんをひとつまみ)

ゴーシュはセロを床に置いて戸棚からパンを一つまみ

(むしってのねずみのまえへおきました。のねずみはもうまるでばかのようになって)

むしって野ねずみの前へ置きました。野ねずみはもうまるで馬鹿の様になって

(ないたりわらったりおじぎをしたりしてから、だいじそうにそれをくわえて)

泣いたり笑ったりお辞儀をしたりしてから、大事そうにそれを咥えて

(こどもをさきにたててそとへでてゆきました。)

子供を先に立てて外へ出て行きました。

(「あああ。ねずみとはなしするのもなかなかつかれるぞ。」ごーしゅはねどこへ)

「あああ。鼠と話するのもなかなか疲れるぞ。」ゴーシュは寝床へ

(どっかりたおれて、すぐぐうぐうねむってしまいました。)

どっかり倒れて、すぐぐうぐう眠ってしまいました。

(それからむいかごのばんでした。きんせいおんがくだんのひとたちは)

それから六日後の晩でした。金星音楽団の人達は

(まちのこうかいどうのほーるのうらにあるひかえしつへ、みんなぱっとかおをほてらして)

町の公会堂のホールの裏にある控え室へ、みんなぱっと顔を火照らして

(めいめいがっきをもって、ぞろぞろほーるのぶたいからひきあげてきました。)

めいめい楽器を持って、ぞろぞろホールの舞台から引き上げて来ました。

(がくちょうはぽけっとへてをつっこんで、はくしゅなんかどうでもいいというように)

楽長はポケットへ手を突っ込んで、拍手なんかどうでもいいというように

(のそのそみんなのあいだをあるきまわっていましたが、じつはどうして)

のそのそみんなの間を歩き回っていましたが、実はどうして

(うれしさでいっぱいなのでした。みんなはたばこをくわえてまっちをすったり)

嬉しさでいっぱいなのでした。みんなは煙草をくわえてマッチをすったり

(がっきをけーすへいれたりしました。ほーるはまだぱちぱちてがなっています。)

楽器をケースへ入れたりしました。ホールはまだぱちぱち手が鳴っています。

(それどころではなく、いよいよそれがたかくなって、なんだかこわいような)

それどころではなく、いよいよそれが高くなって、何だか怖いような

(てがつけられないようなおとになりました。)

手がつけられないような音になりました。

(おおきなしろいりぼんをむねにつけたしかいしゃがはいってきました。)

大きな白いリボンを胸につけた司会者が入って来ました。

(「あんこーるをやっていますが、)

「アンコールをやっていますが、

(なにかみじかいものでもきかせてやってくださいませんか。」)

何か短いものでも聞かせてやって下さいませんか。」

(するとがくちょうがきっとなってこたえました。)

すると楽長がきっとなって答えました。

(「いけませんな。こういうおおもののあとへなにをだしたって)

「いけませんな。こういう大物の後へ何を出したって

(こっちのきのすむようにはいくもんでないんです。」)

こっちの気の済むようには行くもんでないんです。」

(「ではがくちょうさん、でてちょっとあいさつしてください。」)

「では楽長さん、出て一寸(ちょっと)挨拶して下さい。」

(「だめだ。おい、ごーしゅくん、なにかでてひいてやってくれ。」)

「だめだ。おい、ゴーシュ君、何か出て弾いてやってくれ。」

(「わたしがですか。」ごーしゅはあっけにとられました。)

「私がですか。」ゴーシュは呆気(あっけ)に取られました。

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