セロ弾きのゴーシュ(9/9)宮沢賢治
・読み辛い箇所は、平仮名を漢字に直したり、句読点を追加している箇所があります
・「扉」の読みは、「と」で統一しました
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問題文
(「きみだ、きみだ。」ばいおりんのいちばんのひとが、いきなりかおをあげていいました。)
「君だ、君だ。」バイオリンの一番の人が、いきなり顔を上げて云いました。
(「さあでていきたまえ。」がくちょうがいいました。)
「さあ出て行きたまえ。」楽長が云いました。
(みんなもせろをむりにごーしゅにもたせてとをあけると)
みんなもセロを無理にゴーシュに持たせて扉(と)を開けると
(いきなりぶたいへごーしゅをおしだしてしまいました。)
いきなり舞台へゴーシュを押し出してしまいました。
(ごーしゅがそのあなのあいたせろをもって、じつにこまってしまって)
ゴーシュがその孔(あな)のあいたセロを持って、実に困ってしまって
(ぶたいへでると、みんなはそらみろというように、いっそうひどくてをたたきました。)
舞台へ出ると、みんなはそら見ろというように、一層ひどく手を叩きました。
(わあとさけんだものもあるようでした。)
わあと叫んだ者もあるようでした。
(「どこまでひとをばかにするんだ。よしみていろ。)
「どこまで人を馬鹿にするんだ。よし見ていろ。
(いんどのとらがりをひいてやるから。」)
印度の虎狩りを弾いてやるから。」
(ごーしゅはすっかりおちついて、ぶたいのまんなかへでました。)
ゴーシュはすっかり落ち着いて、舞台の真ん中へ出ました。
(それからあのねこのきたときのように、まるでおこったぞうのようないきおいで)
それからあの猫の来た時のように、まるで怒った象のような勢いで
(とらがりをひきました。ところがちょうしゅうはしいんとなって、いっしょうけんめいきいています。)
虎狩りを弾きました。ところが聴衆はしいんとなって、一生懸命聞いています。
(ごーしゅはどんどんひきました。ねこがせつながって)
ゴーシュはどんどん弾きました。猫が切ながって
(ぱちぱちひばなをだしたところもひきました。)
ぱちぱち火花を出したところも弾きました。
(とへからだをなんべんもぶっつけたところもすぎました。きょくがおわるとごーしゅは)
扉へ体を何遍もぶっつけた所も過ぎました。曲が終わるとゴーシュは
(もうみんなのほうなどはみもせず、ちょうどそのねこのように)
もうみんなの方などは見もせず、丁度その猫のように
(すばやくせろをもってがくやへにげこみました。するとがくやでは)
素早くセロを持って楽屋へ遁(に)げ込みました。すると楽屋では
(がくちょうはじめなかまがみんな、かじにでもあったあとのようにめをじっとして)
楽長はじめ仲間がみんな、火事にでもあった後のように眼をじっとして
(ひっそりとすわりこんでいます。)
ひっそりと座り込んでいます。
(ごーしゅはやぶれかぶれだとおもって、みんなのあいだをさっさとあるいていって)
ゴーシュはやぶれかぶれだと思って、みんなの間をさっさと歩いて行って
(むこうのながいすへどっかりとからだをおろして、あしをくんですわりました。)
向こうの長椅子へどっかりと体を下ろして、足を組んで座りました。
(するとみんながいっぺんにかおをこっちへむけてごーしゅをみましたが)
するとみんなが一ぺんに顔をこっちへ向けてゴーシュを見ましたが
(やはりまじめで、べつにわらっているようでもありませんでした。)
やはり真面目で、別に笑っているようでもありませんでした。
(「こんやはへんなばんだなあ。」ごーしゅはおもいました。)
「今夜は変な晩だなあ。」ゴーシュは思いました。
(ところががくちょうはたっていいました。「ごーしゅくん、よかったぞお。)
ところが楽長は立って云いました。「ゴーシュ君、良かったぞお。
(あんなきょくだけれども、ここではみんな、かなりほんきになってきいてたぞ。)
あんな曲だけれども、ここではみんな、かなり本気になって聞いてたぞ。
(いっしゅうかんかとおかのあいだにずいぶんしあげたなあ。とおかまえとくらべたら)
一週間か十日の間にずいぶん仕上げたなあ。十日前と比べたら
(まるであかんぼうとへいたいだ。)
まるで赤ん坊と兵隊だ。
(やろうとおもえばいつでもやれたんじゃないか、きみ。」)
やろうと思えばいつでもやれたんじゃないか、君。」
(なかまもみんなたってきて「よかったぜ」とごーしゅにいいました。)
仲間もみんな立って来て「よかったぜ」とゴーシュに云いました。
(「いや、からだがじょうぶだからこんなこともできるよ。)
「いや、体が丈夫だからこんな事も出来るよ。
(ふつうのひとならしんでしまうからな。」がくちょうがむこうでいっていました。)
普通の人なら死んでしまうからな。」楽長が向こうで云っていました。
(そのばんおそくごーしゅはじぶんのうちへかえってきました。)
その晩遅くゴーシュは自分のうちへ帰って来ました。
(そしてまたみずをがぶがぶのみました。それからまどをあけて)
そしてまた水をがぶがぶ呑みました。それから窓を開けて
(いつかかっこうのとんでいったとおもったとおくのそらをながめながら)
いつかかっこうの飛んで行ったと思った遠くの空を眺めながら
(「ああ、かっこう。あのときはすまなかったなあ。)
「ああ、かっこう。あの時はすまなかったなあ。
(おれはおこったんじゃなかったんだ。」といいました。)
俺は怒ったんじゃなかったんだ。」と云いました。