芥川龍之介 白③

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芥川龍之介 白③

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問題文

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(わたしはとうとうくるしさのあまり、じさつしようとけっしんしました。ただじさつをするに)

わたしはとうとう苦しさの余り、自殺しようと決心しました。ただ自殺をするに

(つけても、ただひとめあいたいのはかわいがってくだすったごしゅじんです。もちろん)

つけても、ただ一目会いたいのは可愛がって下すった御主人です。勿論

(おじょうさんやおぼっちゃんはあしたにもわたしのすがたをみると、きっとまたのらいぬと)

お嬢さんやお坊ちゃんはあしたにもわたしの姿を見ると、きっとまた野良犬と

(おもうでしょう。ことによればぼっちゃんのばっとにうちころされてしまうかも)

思うでしょう。ことによれば坊ちゃんのバットに打ち殺されてしまうかも

(しれません。しかしそれでもほんもうです。おつきさま!おつきさま!わたしはごしゅじんの)

知れません。しかしそれでも本望です。お月様!お月様!わたしは御主人の

(かおをみるほかに、なにもねがうことはありません。そのためこんやははるばると)

顔を見るほかに、何も願うことはありません。そのため今夜ははるばると

(もういちどここへかえってきました。どうかよるのあけしだい、おじょうさんやぼっちゃんに)

もう一度ここへ帰って来ました。どうか夜の明け次第、お嬢さんや坊ちゃんに

(あわしてください。」しろはひとりごとをいいおわると、しばふにあごをさしのべたなり、)

会わして下さい。」白は独語を云い終ると、芝生に顎をさしのべたなり、

(いつかぐっすりねいってしまいました。)

いつかぐっすり寝入ってしまいました。

(「おどろいたわねえ、はるおさん。」「どうしたんだろう?ねえさん。」)

「驚いたわねえ、春夫さん。」「どうしたんだろう?姉さん。」

(しろはちいさいしゅじんのこえに、はっきりとめをひらきました。みればおじょうさんや)

白は小さい主人の声に、はっきりと目を開きました。見ればお嬢さんや

(ぼっちゃんはいぬごやのまえにたたずんだまま、ふしぎそうにかおをみあわせています。)

坊ちゃんは犬小屋の前に佇んだまま、不思議そうに顔を見合わせています。

(しろはいちどあげためをまたしばふのうえへふせてしまいました。おじょうさんや)

白は一度挙げた目をまた芝生の上へ伏せてしまいました。お嬢さんや

(ぼっちゃんはしろがまっくろにかわったときにも、やはりいまのようにおどろいたものです。)

坊ちゃんは白がまっ黒に変わった時にも、やはり今のように驚いたものです。

(あのときのかなしさをかんがえると、ーーしろはいまではかえってきたことをこうかいするきさえ)

あの時の悲しさを考えると、ーー白は今では帰って来たことを後悔する気さえ

(おこりました。するとそのとたんです。ぼっちゃんはとつぜんとびあがると、おおごえに)

起りました。するとその途端です。坊ちゃんは突然飛び上ると、大声に

(こうさけびました。「おとうさん!おかあさん!しろがまたかえってきましたよ!」)

こう叫びました。「お父さん!お母さん!白がまた帰って来ましたよ!」

(しろが!しろはおもわずとびおきました。するとにげるとでもおもったのでしょう。)

白が!白は思わず飛び起きました。すると逃げるとでも思ったのでしょう。

(おじょうさんはりょうてをのばしながら、しっかりしろのくびをおさえました。どうじにしろは)

お嬢さんは両手を延ばしながら、しっかり白の頸を押えました。同時に白は

(おじょうさんのめへ、じっとかれのめをうつしました。おじょうさんのめにはくろいひとみに)

お嬢さんの目へ、じっと彼の目を移しました。お嬢さんの目には黒い瞳に

など

(ありありといぬごやがうつっています。たかいしゅろのきのかげになったくりいむいろの)

ありありと犬小屋が映っています。高い棕櫚の木のかげになったクリイム色の

(いぬごやが、ーーそんなことはとうぜんにちがいありません。しかしそのいぬごやのまえには)

犬小屋が、ーーそんなことは当然に違いありません。しかしその犬小屋の前には

(こめつぶほどのちいささに、しろいいぬがいっぴきすわっているのです。きよらかに、ほっそりと。)

米粒ほどの小ささに、白い犬が一匹坐っているのです。清らかに、ほっそりと。

(ーーしろはただこうこつとこのいぬのすがたにみいりました。)

ーー白はただ恍惚とこの犬の姿に見入りました。

(「あら、しろはないているわよ。」おじょうさんはしろをだきしめたまま、ぼっちゃんの)

「あら、白は泣いているわよ。」お嬢さんは白を抱きしめたまま、坊ちゃんの

(かおをみあげました。ぼっちゃんはーーごらんなさい、ぼっちゃんのいばっているのを!)

顔を見上げました。坊ちゃんはーー御覧なさい、坊ちゃんの威張っているのを!

(「へっ、ねえさんだってないているくせに!」)

「へっ、姉さんだって泣いている癖に!」

((たいしょうじゅうにねんしちがつ))

(大正十二年七月)

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