貨幣 太宰治(2/2)
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Par99 | 3988 | D++ | 4.1 | 96.9% | 1232.0 | 5074 | 160 | 74 | 2024/11/17 |
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問題文
(このたいいもまたやみやのなかまのようでした。「ほまれ」というぐんじんせんようのたばこを)
この大尉もまた闇屋の仲間のようでした。「ほまれ」という軍人専用の煙草を
(ひゃっぽん(とそのたいいはいっていたのだそうですが、あとでぶどうしゅのやみやが)
百本(とその大尉はいっていたのだそうですが、あとで葡萄酒の闇屋が
(かんじょうしてみましたらはちじゅうろっぽんしかなかったそうで、あのいんちきやろうめが、と)
勘定してみましたら八十六本しかなかったそうで、あのインチキ野郎めが、と
(そのぶどうしゅのやみやがおおいにふんがいしていました)とにかく、ひゃっぽんざいちゅうという)
その葡萄酒の闇屋が大いに憤慨していました)とにかく、百本在中という
(かみづつみとかえられて、わたしはそのたいいのずぼんのぽけっとにむぞうさにねじこまれ、)
紙包とかえられて、私はその大尉のズボンのポケットに無雑作にねじ込まれ、
(そのよる、まちはずれのうすぎたないこりょうりやのにかいへおともをするということになりました)
その夜、まちはずれの薄汚い小料理屋の二階へお供をするという事になりました
(たいいはひどいさけのみでした。ぶどうしゅのぶらんでーとかいうめずらしいのみものを)
大尉はひどい酒飲みでした。葡萄酒のブランデーとかいう珍しい飲物を
(ちびちびやって、そうしてさけぐせもよくないようで、おしゃくのおんなをずいぶんしつこく)
チビチビやって、そうして酒癖もよくないようで、お酌の女をずいぶんしつこく
(ののしるのでした。「おまえのかおは、どうみたってきつねいがいのものではないんだ。)
罵るのでした。「お前の顔は、どう見たって狐以外のものではないんだ。
((きつねをけつねとはつおんするのです。どこのほうげんかしら)よくおぼえておくがええぞ。)
(狐をケツネと発音するのです。どこの方言かしら)よく覚えて置くがええぞ。
(けつねのつらは、くちがとがってひげがある。あのひげはみぎがさんぼん、ひだりがよんほん、)
ケツネのつらは、口がとがって髭がある。あの髭は右が三本、左が四本、
(けつねのへというものは、たまらねえ。そこらいちめんきいろいけむりがもうもうと)
ケツネの屁というものは、たまらねえ。そこらいちめん黄色い煙がもうもうと
(あがってな、いぬはそれをかぐとくるくるくるっとまわって、ぱたりとたおれる。)
あがってな、犬はそれを嗅ぐとくるくるくるっとまわって、ぱたりとたおれる。
(いや、うそでねえ。おまえのかおはきいろいな。みょうにきいろい。われとわがへできいろく)
いや、嘘でねえ。お前の顔は黄色いな。妙に黄色い。われとわが屁で黄色く
(そまったにちがいない。や、くさい。さては、おまえ、やったな。いや、やらかした。)
染まったに違いない。や、臭い。さては、お前、やったな。いや、やらかした。
(どだいおまえはしっけいじゃないか。いやしくもぐんじんのはなさきで、へをたれるとは)
どだいお前は失敬じゃないか。いやしくも軍人の鼻先で、屁をたれるとは
(ひじょうしききわまるじゃないか。おれはこれでもしんけいしつなんだ。はなさきでけつねの)
非常識きわまるじゃないか。おれはこれでも神経質なんだ。鼻先でケツネの
(へなどやらかされて、とてもへいきではいられねえ」などそれはげれつなことばかり、)
へなどやらかされて、とても平気では居られねえ」などそれは下劣な事ばかり、
(おおまじめでいってののしり、かいかであかごのなきごえがしたらみみざとくそれをきき)
大まじめでいって罵り、階下で赤子の泣き声がしたら耳ざとくそれを聞き
(とがめて、「うるさいがきだ、きょうがさめる。おれはしんけいしつなんだ。ばかに)
とがめて、「うるさい餓鬼だ、興がさめる。おれは神経質なんだ。馬鹿に
(するな。あれはおまえのこか。これはみょうだ。けつねのこでもにんげんのこみたいな)
するな。あれはお前の子か。これは妙だ。ケツネの子でも人間の子みたいな
(なきかたをするとは、おどろいた。どだいおまえは、けしからんじゃないか、)
泣き方をするとは、おどろいた。どだいお前は、けしからんじゃないか、
(こどもをかかえてこんなしょうばいをするとは、むしがよすぎるよ。おまえのようなみのほど)
子供を抱えてこんな商売をするとは、虫がよすぎるよ。お前のような身のほど
(しらずのさもしいおんなばかりいるからにほんはくせんするのだ。おまえなんかはうすのろの)
知らずのさもしい女ばかりいるから日本は苦戦するのだ。お前なんかは薄のろの
(ばかだから、にほんはかつとでもおもっているんだろう。ばか、ばか。どだい、)
馬鹿だから、日本は勝つとでも思っているんだろう。ばか、ばか。どだい、
(もうこのせんそうははなしにならねえのだ。けつねといぬさ。くるくるっとまわって、)
もうこの戦争は話にならねえのだ。ケツネと犬さ。くるくるっとまわって、
(ぱたりとたおれるやつさ。かてるもんかい。だから、おれはまいばんこうして、さけを)
ぱたりとたおれるやつさ。勝てるもんかい。だから、おれは毎晩こうして、酒を
(のんでおんなをかうのだ。わるいか」「わるい」とおしゃくのおんなのひとは、かおをあおくして)
飲んで女を買うのだ。悪いか」「悪い」とお酌の女のひとは、顔を蒼くして
(いいました。「きつねがどうしたっていうんだい。いやならこなけれあいいじゃ)
いいました。「狐がどうしたっていうんだい。いやなら来なけれあいいじゃ
(ないか。いまのにほんで、こうしてさけをのんでおんなにふざけているのは、おまえたち)
ないか。いまの日本で、こうして酒を飲んで女にふざけているのは、お前たち
(だけだよ。おまえのきゅうりょうは、どこからでてるんだ。かんがえてもみろ。あたしたちの)
だけだよ。お前の給料は、どこから出てるんだ。考えても見ろ。あたしたちの
(かせぎのたいはんは、おかみにさしあげているんだ。おかみはそのかねをおまえたちに)
稼ぎの大半は、おかみに差し上げているんだ。おかみはその金をお前たちに
(やって、こうしてりょうりやでのませているんだ。ばかにするな。おんなだもの、)
やって、こうして料理屋で飲ませているんだ。馬鹿にするな。女だもの、
(こどもだってできるさ。いまちのみごをかかえているおんなは、どんなにつらいおもいを)
子供だって出来るさ。いま乳呑児をかかえている女は、どんなにつらい思いを
(しているか、おまえたちにはわかるまい。あたしたちのちぶさからはもう、いってきの)
しているか、お前たちにはわかるまい。あたしたちの乳房からはもう、一滴の
(ちちもでないんだよ。からのちぶさをぴちゃぴちゃすって、いや、もうこのごろは)
乳も出ないんだよ。からの乳房をピチャピチャ吸って、いや、もうこのごろは
(すうちからさえないんだ。ああ、そうだよ、きつねのこだよ。あごがとがって、)
吸う力さえないんだ。ああ、そうだよ、狐の子だよ。あごがとがって、
(しわだらけのかおでいちにちじゅうひいひいないているんだ。みせてあげましょうかね。)
皺だらけの顔で一日中ヒイヒイ泣いているんだ。見せてあげましょうかね。
(それでも、あたしたちはがまんしているんだ。それをおまえたちは、なんだい」と)
それでも、あたしたちは我慢しているんだ。それをお前たちは、なんだい」と
(いいかけたとき、くうしゅうけいほうがでて、それとほとんどどうじにばくおんがきこえ、れいの)
いいかけた時、空襲警報が出て、それとほとんど同時に爆音が聞え、れいの
(どかんどかんしゅうしゅうがはじまり、へやのしょうじがまっかにそまりました。)
ドカンドカンシュウシュウがはじまり、部屋の障子がまっかに染まりました。
(「やあ、きた。とうとうきやがった」とさけんでたいいはたちあがりましたが、)
「やあ、来た。とうとう来やがった」と叫んで大尉は立ち上りましたが、
(ぶらんでーがひどくきいたらしく、よろよろです。おしゃくのひとは、とりのように)
ブランデーがひどくきいたらしく、よろよろです。お酌のひとは、鳥のように
(すばやくかいかにかけおり、やがてあかちゃんをおんぶして、にかいにあがってきて、)
素早く階下に駆け降り、やがて赤ちゃんをおんぶして、二階にあがって来て、
(「さあ、にげましょう、はやく。それ、あぶない、しっかり」ほとんどほねが)
「さあ、逃げましょう、早く。それ、危い、しっかり」ほとんど骨が
(ないみたいにぐにゃぐにゃしているたいいを、うしろからだきあげるようにして)
ないみたいにぐにゃぐにゃしている大尉を、うしろから抱き上げるようにして
(あるかせ、かいかへおろしてくつをはかせ、それからたいいのてをとってすぐちかくの)
歩かせ、階下へおろして靴をはかせ、それから大尉の手を取ってすぐ近くの
(じんじゃのけいだいまでにげ、たいいはそこでもうだいのじにあおむけにねころがってしまって、)
神社の境内まで逃げ、大尉はそこでもう大の字に仰向に寝ころがってしまって、
(そうして、そらのばくおんにむかってさかんになにやらわるくちをいっていました。)
そうして、空の爆音にむかってさかんに何やら悪口をいっていました。
(ばらばらばら、ひのあめがふってきます。じんじゃももえはじめました。)
ばらばらばら、日の雨が降って来ます。神社も燃えはじめました。
(「たのむわ、へいたいさん。もすこしむこうのほうへにげましょうよ。ここで)
「たのむわ、兵隊さん。も少し向こうのほうへ逃げましょうよ。ここで
(いぬじにしてはつまらない。にげられるだけはにげましょうよ」にんげんのしょくぎょうのなかで)
犬死にしてはつまらない。逃げられるだけは逃げましょうよ」人間の職業の中で
(もっともかとうなしょうばいをしているといわれているあおくろくやせこけたふじんが、わたしのくらい)
最も下等な商売をしているといわれている蒼黒く痩せこけた婦人が、私の暗い
(いっしょうがいにおいていちばんとうとくかがやかしくみえました。ああ、よくぼうよ、され。)
一生涯において一ばん尊く輝かしく見えました。ああ、欲望よ、去れ。
(きょえいよ、され。にほんはこのふたつのためにやぶれたのだ。おしゃくのおんなはなんのよくもなく、)
虚栄よ、去れ。日本はこの二つのために敗れたのだ。お酌の女は何の慾もなく、
(またみえもなく、ただもうがんぜんのよいどれのきゃくをすくおうとして、こんしんのちからで)
また見栄もなく、ただもう眼前の酔いどれの客を救おうとして、こん身の力で
(たいいをひきおこし、わきにかかえてよろめきながらたんぼのほうに)
大尉を引き起し、わきにかかえてよろめきながら田圃《たんぼ》のほうに
(ひなんします。ひなんしたちょくごにはもう、じんじゃのけいだいはひのうみになっていました。)
避難します。避難した直後にはもう、神社の境内は火の海になっていました。
(むぎをかりとったばかりのはたけに、そのよいどれのたいいをひきずりこみ、こだかい)
麦を刈り取ったばかりの畑に、その酔いどれの大尉をひきずり込み、小高い
(どてのかげにねかせ、おしゃくのおんなじしんもそのそばにくたりとすわりこんであらいいきをはいて)
土手の陰に寝かせ、お酌の女自身もその傍にくたりと坐り込んで荒い息を吐いて
(いました。たいいは、すぐにぐうぐうたかいびきです。)
いました。大尉は、すぐにぐうぐう高鼾《たかいびき》です。
(そのよるは、そのしょうとかいのすみからすみまでやけました。よあけちかく、たいいはめを)
その夜は、その小都会の隅から隅まで焼けました。夜明けちかく、大尉は眼を
(さまし、おきあがって、なおもえつづけているおおかじをぼんやりながめ、ふと、)
さまし、起き上がって、なお燃えつづけている大火事をぼんやり眺め、ふと、
(じぶんのそばでこくりこくりいねむりをしているおしゃくのおんなのひとにきづき、なぜか)
自分の傍でこくりこくり居眠りをしているお酌の女のひとに気づき、なぜか
(ひどくろうばいのきみでたちあがり、にげるようにご、ろっぽあるきかけて、また)
ひどく狼狽の気味で立ち上がり、逃げるように五、六歩あるきかけて、また
(ひきかえし、うわぎのうちぽけっとからわたしのなかまのひゃくえんしへいをごまいとりだし、それから)
引返し、上衣の内ポケットから私の仲間の百円紙幣を五枚取り出し、それから
(ずぼんのぽけっとからわたしをひきだしてろくまいかさねてふたつにおり、それをあかちゃんの)
ズボンのポケットから私を引き出して六枚重ねて二つに折り、それを赤ちゃんの
(いちばんかのはだぎのそのしたのじはだのせなかにおしこんで、あらあらしくはしってにげて)
一ばん下の肌着のその下の地肌の背中に押し込んで、荒々しく走って逃げて
(いきました。わたしがじしんにこうふくをかんじたのは、このときでございました。かへいが)
行きました。私が自身に幸福を感じたのは、この時でございました。貨幣が
(このようなやくめばかりにつかわれるんだったらまあ、どんなにわたしたちはこうふくだろう)
このような役目ばかりに使われるんだったらまあ、どんなに私たちは幸福だろう
(とおもいました。あかちゃんのせなかは、かさかさかわいて、そうしてやせていました。)
と思いました。赤ちゃんの背中は、かさかさ乾いて、そうして痩せていました。
(けれどもわたしはなかまのしへいにいいました。「こんないいところはほかにないわ。)
けれども私は仲間の紙幣にいいました。「こんないいところはほかにないわ。
(あたしたちはしあわせだわ。いつまでもここにいて、このあかちゃんのせなかを)
あたしたちは仕合せだわ。いつまでもここにいて、この赤ちゃんの背中を
(あたため、ふとらせてあげたいわ」なかまはみんないちようにだまってうなずきました。)
あたため、ふとらせてあげたいわ」仲間はみんな一様に黙ってうなずきました。