恥 太宰治(3/3)

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恥 太宰治

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(「につうです。」みじめなきもち。)

「二通です。」みじめな気持。

(「なんだか、ぼくのしょうせつが、あなたのみのうえににていたそうですが、ぼくはしょうせつには)

「何だか、僕の小説が、あなたの身の上に似ていたそうですが、僕は小説には

(ぜったいにもでるをつかいません。ぜんぶふぃくしょんです。だいいち、あなたのさいしょの)

絶対にモデルを使いません。全部フィクションです。だいいち、あなたの最初の

(おてがみなんか。」ふっとくちをつぐんで、うつむきました。)

お手紙なんか。」ふっと口を噤《つぐ》んで、うつむきました。

(「しつれいいたしました。」わたしははのかけた、みすぼらしいこじきむすめだ。ちいさすぎる)

「失礼いたしました。」私は歯の欠けた、見すぼらしい乞食娘だ。小さすぎる

(じゃけつのそでぐちは、ほころびている。こんのすかーとは、つぎはぎだらけだ。)

ジャケツの袖口は、ほころびている。紺のスカートは、つぎはぎだらけだ。

(わたしはあたまのてっぺんからあしのつまさきまで、けいべつされている。しょうせつかはあくまだ!)

私は頭のてっぺんから足の爪先まで、軽蔑されている。小説家は悪魔だ!

(うそつきだ!びんぼうでもないのにごくひんのふりをしている。りっぱなかおをしているくせに、)

嘘つきだ!貧乏でもないのに極貧の振りをしている。立派な顔をしている癖に、

(しゅうぼうだなんていってどうじょうをあつめている。うんとべんきょうしているくせに、むがくだなんて)

醜貌だなんて言って同情を集めている。うんと勉強している癖に、無学だなんて

(いってとぼけている。おくさまをあいしているくせに、まいにち、ふうふげんかだとふいちょうして)

言ってとぼけている。奥様を愛している癖に、毎日、夫婦喧嘩だと吹聴して

(いる。くるしくもないのに、つらいようなみぶりをしてみせる。わたしは、)

いる。くるしくもないのに、つらいような身振りをしてみせる。私は、

(だまされた。だまっておじぎして、たちあがり、「ごびょうきは、いかがですか?)

だまされた。だまってお辞儀して、立ち上り、「御病気は、いかがですか?

(かっけだとか。」「ぼくはけんこうです。」わたしはこのひとのためにもうふをもってきたのだ。)

脚気だとか。」「僕は健康です。」私は此の人のために毛布を持って来たのだ。

(また、もってかえろう。きくこさん、あまりのはずかしさに、わたしはもうふのつつみを)

また、持って帰ろう。菊子さん、あまりの恥ずかしさに、私は毛布の包みを

(いだいてかえるみちみち、ないたわよ。もうふのつつみにかおをおしつけてないたわよ。)

抱いて帰る途々、泣いたわよ。毛布の包みに顔を押しつけて泣いたわよ。

(じどうしゃのうんてんしゅに、ばかやろう!きをつけてあるけってどなられた。)

自動車の運転手に、馬鹿野郎!気をつけて歩けって怒鳴られた。

(に、さんにちたってから、わたしのあのにつうのてがみがおおきいふうとうにいれられてかきとめゆうびんで)

二、三日経ってから、私のあの二通の手紙が大きい封筒にいれられて書留郵便で

(とどけられました。わたしには、まだ、かすかにいちるののぞみが)

とどけられました。私には、まだ、かすかに一縷《いちる》の望みが

(あったのでした。もしかしたら、わたしのはじをすくってくれるようなよい)

あったのでした。もしかしたら、私の恥を救ってくれるような佳《よ》い

(ことばを、せんせいからかきおくられてくるのではあるまいか。このおおきいふうとうには、)

言葉を、先生から書き送られて来るのではあるまいか。此の大きい封筒には、

など

(わたしのにつうのてがみのほかに、せんせいのやさしいなぐさめのてがみもはいっているのでは)

私の二通の手紙の他に、先生の優しい慰めの手紙もはいっているのでは

(あるまいか、わたしはふうとうをだきしめて、それからいのって、それから)

あるまいか、私は封筒を抱きしめて、それから祈って、それから

(かいふうしたのですが、からっぽ。わたしのにつうのてがみのほかには、なにもはいって)

開封したのですが、からっぽ。私の二通の手紙の他には、何もはいって

(いませんでした。もしや、わたしのてがみのれたーぺーぱーのうらにでも、)

いませんでした。もしや、私の手紙のレターペーパーの裏にでも、

(いたずらがきのようにして、なにかかんそうでもおかきになっていないかしらと、)

いたずら書きのようにして、何か感想でもお書きになっていないかしらと、

(いちまい、いちまい、わたしはわたしのてがみのれたーぺーぱーのうらもおもても、ていねいに)

いちまい、いちまい、私は私の手紙のレターペーパーの裏も表も、ていねいに

(しらべてみましたが、なにもかいていなかった。このはずかしさ。)

調べてみましたが、何も書いていなかった。この恥ずかしさ。

(おわかりでしょうか。あたまからはいでもかぶりたい。わたしはじゅうねんも、としを)

おわかりでしょうか。頭から灰でもかぶりたい。私は十年も、としを

(とりました。しょうせつかなんて、つまらない。ひとのくずだわ。うそばっかりかいている。)

とりました。小説家なんて、つまらない。人の屑だわ。嘘ばっかり書いている。

(ちっともろまんちっくではないんだもの。ふつうのかていにおちついて、そうして)

ちっともロマンチックではないんだもの。普通の家庭に落ち附いて、そうして

(うすぎたないみなりの、まえばのかけたむすめを、つめたくけいべつしてみおくりもせず、えいえんにたにんの)

薄汚い身なりの、前歯の欠けた娘を、冷く軽蔑して見送りもせず、永遠に他人の

(かおをしてすましていようというんだから、すさまじいや。あんなの、)

顔をして澄ましていようというんだから、すさまじいや。あんなの、

(いんちきというんじゃないかしら。)

インチキというんじゃないかしら。

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