太宰治 斜陽20
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問題文
(けれども、おかあさまは、なにかいいたげにして、だまっていらっしゃる。)
けれども、お母さまは、何か言いたげにして、黙っていらっしゃる。
(「おみず?」とたずねた。かすかにくびをふる。おみずでもないらしかった。)
「お水?」とたずねた。幽かに首を振る。お水でも無いらしかった。
(しばらくして、ちいさいおこえで、「ゆめをみたの」とおっしゃった。)
しばらくして、小さいお声で、「夢を見たの」とおっしゃった。
(「そう?どんなゆめ?」「へびのゆめ」わたしは、ぎょっとした。「おえんがわの)
「そう?どんな夢?」「蛇の夢」私は、ぎょっとした。「お縁側の
(くつぬぎいしのうえに、あかいしまのあるおんなのへびが、)
沓脱石《くつぬぎいし》の上に、赤い縞《しま》のある女の蛇が、
(いるでしょう。みてごらん」わたしはからだのさむくなるようなきもちで、つとたって)
いるでしょう。見てごらん」私はからだの寒くなるような気持で、つと立って
(おえんがわにでて、がらすどごしに、みると、くつぬぎいしのうえにへびが、あきのひをあびて)
お縁側に出て、ガラス戸越しに、見ると、沓脱石の上に蛇が、秋の陽を浴びて
(ながくのびていた。わたしは、くらくらとめまいした。わたしはおまえをしっている。おまえは)
長くのびていた。私は、くらくらと目まいした。私はお前を知っている。お前は
(あのときからみると、すこしおおきくなってふけているけど、でも、わたしのために)
あの時から見ると、すこし大きくなって老けているけど、でも、私のために
(たまごをやかれたあのおんなへびなのね。おまえのふくしゅうは、もうわたしよくおもいしったから、)
卵を焼かれたあの女蛇なのね。お前の復讐は、もう私よく思い知ったから、
(あちらへおいき。さっさと、むこうへいっておくれ。とこころのなかでねんじて、)
あちらへお行き。さっさと、向うへ行ってお呉れ。と心の中で念じて、
(そのへびをみつめていたが、いっかなへびは、うごこうとしなかった。わたしはなぜだか、)
その蛇を見つめていたが、いっかな蛇は、動こうとしなかった。私はなぜだか、
(かんごふさんに、そのへびをみられたくなかった。とんとつよくあしぶみして、)
看護婦さんに、その蛇を見られたくなかった。トンと強く足踏みして、
(「いませんわ、おかあさま。ゆめなんて、あてになりませんわよ」とわざと)
「いませんわ、お母さま。夢なんて、あてになりませんわよ」とわざと
(ひつよういじょうのおおごえでいって、ちらとくつぬぎいしのほうをみると、へびは、やっと、)
必要以上の大声で言って、ちらと沓脱石のほうを見ると、蛇は、やっと、
(からだをうごかし、だらだらといしからたれおちていった。もうだめだ。)
からだを動かし、だらだらと石から垂れ落ちて行った。もうだめだ。
(だめなのだと、そのへびをみて、あきらめが、はじめてわたしのこころのそこにわいてでた。)
だめなのだと、その蛇を見て、あきらめが、はじめて私の心の底に湧いて出た。
(おちちうえのおなくなりになるときにも、まくらもとにくろいちいさいへびがいたというし、)
お父上のお亡くなりになる時にも、枕もとに黒い小さい蛇がいたというし、
(あのときに、おにわのきというきにへびがからみついていたのを、わたしはみた。)
あの時に、お庭の木という木に蛇がからみついていたのを、私は見た。
(おかあさまはおとこのうえにおきなおるおげんきもなくなったようで、いつも)
お母さまはお床の上に起き直るお元気もなくなったようで、いつも
(うつらうつらしていらして、もうおからだをすっかりつきそいのかんごふさんに)
うつらうつらしていらして、もうおからだをすっかり附添いの看護婦さんに
(まかせて、そうして、おしょくじは、もうほとんどのどをとおらないようすであった。)
まかせて、そうして、お食事は、もうほとんど喉をとおらない様子であった。
(へびをみてから、わたしは、かなしみのそこをつきぬけたこころのへいあん、とでもいったら)
蛇を見てから、私は、悲しみの底を突き抜けた心の平安、とでも言ったら
(いいのかしら、そのようなこうふくかんにもにたこころのゆとりがでてきて、もうこの)
いいのかしら、そのような幸福感にも似た心のゆとりが出て来て、もうこの
(うえは、できるだけ、ただおかあさまのおそばにいようとおもった。そうしてあくるひから)
上は、出来るだけ、ただお母さまのお傍にいようと思った。そうして翌る日から
(おかあさまのまくらもとにぴったりよりそってすわってあみものなどをした。わたしは、あみものでも)
お母さまの枕元にぴったり寄り添って坐って編物などをした。私は、編物でも
(おはりでも、ひとよりずっとはやいけれども、しかし、へただった。それで、いつも)
お針でも、人よりずっと早いけれども、しかし、下手だった。それで、いつも
(おかあさまは、そのへたなところを、いちいちてをとっておしえてくださったもので)
お母さまは、その下手なところを、いちいち手を取って教えて下さったもので
(ある。そのひもわたしは、べつにあみたいきもちもなかったのだが、おかあさまのそばに)
ある。その日も私は、別に編みたい気持も無かったのだが、お母さまの傍に
(べったりくっついていてもふしぜんでないように、かっこうをつけるために、けいとの)
べったりくっついていても不自然でないように、恰好をつけるために、毛糸の
(はこをもちだしてよねんなげにあみものをはじめたのだ。おかあさまはわたしのてもとを)
箱を持ち出して余念無げに編物をはじめたのだ。お母さまは私の手もとを
(じっとみつめて、「あなたのくつしたをあむんでしょう?それなら、もう、やっつ)
じっと見つめて、「あなたの靴下をあむんでしょう?それなら、もう、八つ
(ふやさなければ、はくとききゅうくつよ」とおっしゃった。わたしはこどものころ、いくら)
ふやさなければ、はくとき窮屈よ」とおっしゃった。私は子供の頃、いくら
(おしえていただいても、どうもうまくあめなかったが、そのときのようにまごつき、)
教えて頂いても、どうもうまく編めなかったが、その時のようにまごつき、
(そうして、はずかしく、なつかしく、ああもう、こうしておかあさまにおしえて)
そうして、恥ずかしく、なつかしく、ああもう、こうしてお母さまに教えて
(いただくことも、これでおしまいとおもうと、ついなみだであみめがみえなくなった。)
いただく事も、これでおしまいと思うと、つい涙で網目が見えなくなった。
(おかあさまは、こうしてねていらっしゃると、ちっともおくるしそうでなかった。)
お母さまは、こうして寝ていらっしゃると、ちっともお苦しそうでなかった。
(おしょくじは、もう、けさからぜんぜんとおらず、がーぜにおちゃをひたしてときどきおくちを)
お食事は、もう、けさから全然とおらず、ガーゼにお茶をひたして時々お口を
(しめしてあげるだけなのだが、しかしいしきは、はっきりしていて、ときどきわたしに)
しめしてあげるだけなのだが、しかし意識は、はっきりしていて、時々私に
(おだやかにはなしかける。「しんぶんにへいかのおしゃしんがでていたようだけど、)
おだやかに話しかける。「新聞に陛下のお写真が出ていたようだけど、
(もういちどみせて」わたしはしんぶんのそのかしょをおかあさまのおかおのうえにかざして)
もういちど見せて」私は新聞のその箇所をお母さまのお顔の上にかざして
(あげた。「おふけになった」「いいえ、これはしゃしんがわるいのよ。こないだの)
あげた。「お老けになった」「いいえ、これは写真がわるいのよ。こないだの
(おしゃしんなんか、とてもおわかくて、はしゃいでいらしたわ。かえってこんなじだいを)
お写真なんか、とてもお若くて、はしゃいでいらしたわ。かえってこんな時代を
(およろこびになっていらっしゃるんでしょう」「なぜ?」「だって、へいかもこんど)
お喜びになっていらっしゃるんでしょう」「なぜ?」「だって、陛下もこんど
(かいほうされたんですもの」おかあさまは、さびしそうにおわらいになった。それから、)
解放されたんですもの」お母さまは、淋しそうにお笑いになった。それから、
(しばらくして、「なきたくても、もう、なみだがでなくなったのよ」と)
しばらくして、「泣きたくても、もう、涙が出なくなったのよ」と
(おっしゃった。わたしは、おかあさまはいまこうふくなのではないかしら、とふとおもった。)
おっしゃった。私は、お母さまはいま幸福なのではないかしら、とふと思った。
(こうふくかんというものは、ひあいのかわのそこにしずんで、かすかにひかっているしゃきんのような)
幸福感というものは、悲哀の川の底に沈んで、幽かに光っている砂金のような
(ものではなかろうか。かなしみのかぎりをとおりすぎて、ふしぎなうすあかりのきもち、)
ものではなかろうか。悲しみの限りを通り過ぎて、不思議な薄明りの気持、
(あれがこうふくかんというものならば、へいかも、おかあさまも、それからわたしも、たしかに)
あれが幸福感というものならば、陛下も、お母さまも、それから私も、たしかに
(いま、こうふくなのである。しずかな、あきのごぜん。ひざしのやわらかな、あきのにわ。)
いま、幸福なのである。静かな、秋の午前。日ざしの柔らかな、秋の庭。
(わたしは、あみものをやめて、むねのたかさにひかっているうみをながめ、「おかあさま。わたしいままで)
私は、編物をやめて、胸の高さに光っている海を眺め、「お母さま。私いままで
(ずいぶんせけんしらずだったのね」といい、それから、もっといいたいことが)
ずいぶん世間知らずだったのね」と言い、それから、もっと言いたい事が
(あったけれども、おざしきのすみでじょうみゃくちゅうしゃのしたくなどしているかんごふさんに)
あったけれども、お座敷の隅で静脈注射の支度などしている看護婦さんに
(きかれるのがはずかしくて、いうのをやめた。「いままでって、・・・」と)
聞かれるのが恥ずかしくて、言うのをやめた。「いままでって、・・・」と
(おかあさまは、うすくおわらいになってききとがめて、「それでは、いまはせけんを)
お母さまは、薄くお笑いになって聞きとがめて、「それでは、いまは世間を
(しっているの?」わたしは、なぜだかかおがまっかになった。「せけんは、わからない」と)
知っているの?」私は、なぜだか顔が真赤になった。「世間は、わからない」と
(おかあさまはおかおをむこうむきにして、ひとりごとのようにちいさいこえでおっしゃる。)
お母さまはお顔を向うむきにして、ひとりごとのように小さい声でおっしゃる。
(「わたしには、わからない。わかっているひとなんか、ないんじゃないの?)
「私には、わからない。わかっているひとなんか、無いんじゃないの?
(いつまでたっても、みんなこどもです。なんにも、わかってやしないのです」)
いつまで経っても、みんな子供です。なんにも、わかってやしないのです」
(けれども、わたしはいきていかなければならないのだ。こどもかもしれないけれども、)
けれども、私は生きて行かなければならないのだ。子供かも知れないけれども、
(しかし、あまえてばかりもおられなくなった。わたしはこれからせけんとあらそって)
しかし、甘えてばかりもおられなくなった。私はこれから世間と争って
(いかなければならないのだ。ああ、おかあさまのように、ひととあらそわず、にくまず)
行かなければならないのだ。ああ、お母さまのように、人と争わず、憎まず
(うらまず、うつくしくかなしくしょうがいをおわることのできるひとは、もうおかあさまがさいごで、)
うらまず、美しく悲しく生涯を終る事の出来る人は、もうお母さまが最後で、
(これからのよのなかにはそんざいしえないのではなかろうか。しんでいくひとは)
これからの世の中には存在し得ないのではなかろうか。死んで行くひとは
(うつくしい。いきるということ。いきのこるということ。それは、たいへんみにくくて、)
美しい。生きるという事。生き残るという事。それは、たいへん醜くて、
(ちのにおいのする、きたならしいことのようなきもする。わたしは、みごもって、あなを)
血の匂いのする、きたならしい事のような気もする。私は、みごもって、穴を
(ほるへびのすがたをたたみのうえにおもいえがいてみた。けれども、わたしには、あきらめきれない)
掘る蛇の姿を畳の上に思い描いてみた。けれども、私には、あきらめ切れない
(ものがあるのだ。あさましくてもよい、わたしはいきのこって、おもうことをしとげる)
ものがあるのだ。あさましくてもよい、私は生き残って、思う事をしとげる
(ためにせけんとあらそっていこう。おかあさまのいよいよなくなるということがきまると、)
ために世間と争って行こう。お母さまのいよいよ亡くなるという事がきまると、
(わたしのろまんちしずむやかんしょうがしだいにきえて、なにかじぶんがゆだんのならぬわるがしこい)
私のロマンチシズムや感傷が次第に消えて、何か自分が油断のならぬ悪がしこい
(いきものにかわっていくようなきぶんになった。そのひのおひるすぎ、わたしがおかあさまの)
生きものに変って行くような気分になった。その日のお昼すぎ、私がお母さまの
(そばで、おくちをうるおしてあげていると、もんのまえにじどうしゃがとまった。わだの)
傍で、お口をうるおしてあげていると、門の前に自動車がとまった。和田の
(おじさまが、おばさまといっしょにとうきょうからじどうしゃではせつけてきて)
叔父さまが、叔母さまと一緒に東京から自動車で馳《は》せつけて来て
(くださったのだ。おじさまが、びょうしつにはいっていらして、おかあさまのまくらもとにだまって)
下さったのだ。叔父さまが、病室にはいっていらして、お母さまの枕元に黙って
(おすわりになったら、おかあさまは、はんけちでおじぶんのおかおのしたはんぶんをかくし、)
お坐りになったら、お母さまは、ハンケチでお自分のお顔の下半分をかくし、
(おじさまのおかおをみつめたまま、おなきになった。けれども、なきがおになった)
叔父さまのお顔を見つめたまま、お泣きになった。けれども、泣き顔になった
(だけで、なみだはでなかった。おにんぎょうのようなかんじだった。「なおじは、どこ?」と、)
だけで、涙は出なかった。お人形のような感じだった。「直治は、どこ?」と、
(しばらくしておかあさまは、わたしのほうをみておっしゃった。わたしはにかいへいって、)
しばらくしてお母さまは、私のほうを見ておっしゃった。私は二階へ行って、
(ようまのそふぁにねそべってしんかんのざっしをよんでいるなおじに、「おかあさまが、)
洋間のソファに寝そべって新刊の雑誌を読んでいる直治に、「お母さまが、
(およびですよ」というと、「わあ、またしゅうたんばか。)
お呼びですよ」というと、「わあ、また愁歎場《しゅうたんば》か。
(なんじらは、よくがまんしてあそこにがんばっておられるね。しんけいが)
汝等《なんじら》は、よく我慢してあそこに頑張っておられるね。神経が
(ふといんだね。はくじょうなんだね。われらは、なんともくるしくて、げにこころは)
太いんだね。薄情なんだね。我等は、何とも苦しくて、実《げ》に心は
(ねつすれどもにくたいよわく、とてもままのそばにいるきりょくはない」などといいながら)
熱すれども肉体よわく、とてもママの傍にいる気力は無い」などと言いながら
(うわぎをきて、わたしといっしょににかいからおりてきた。ふたりならんでおかあさまのまくらもとに)
上衣を着て、私と一緒に二階から降りて来た。二人ならんでお母さまの枕もとに
(すわると、おかあさまは、きゅうにおふとんのしたからてをおだしになって、そうして、)
坐ると、お母さまは、急にお蒲団の下から手をお出しになって、そうして、
(だまってなおじのほうをゆびさし、それからわたしをゆびさし、それからおじさまのほうへ)
黙って直治のほうを指差し、それから私を指差し、それから叔父さまのほうへ
(おかおをおむけになって、りょうほうのてのひらをひたとおあわせになった。おじさまは、おおきく)
お顔をお向けになって、両方の掌をひたとお合せになった。叔父さまは、大きく
(うなずいて、「ああ、わかりましたよ。わかりましたよ」とおっしゃった。)
うなずいて、「ああ、わかりましたよ。わかりましたよ」とおっしゃった。
(おかあさまは、ごあんしんなさったように、めをかるくつぶって、てをおふとんのなかへ)
お母さまは、ご安心なさったように、眼を軽くつぶって、手をお蒲団の中へ
(そっとおいれになった。わたしもなき、なおじもうつむいておえつした。)
そっとおいれになった。私も泣き、直治もうつむいて嗚咽《おえつ》した。
(そこへ、みやけさまのろうせんせいが、ながおかからいらして、とりあえずちゅうしゃした。)
そこへ、三宅さまの老先生が、長岡からいらして、取り敢えず注射した。
(おかあさまも、おじさまにあえて、もう、こころのこりがないとおおもいになったか、)
お母さまも、叔父さまに逢えて、もう、心残りが無いとお思いになったか、
(「せんせい、はやく、らくにしてくださいな」とおっしゃった。ろうせんせいとおじさまは、かおを)
「先生、早く、楽にして下さいな」とおっしゃった。老先生と叔父さまは、顔を
(みあわせて、だまって、そうしておふたりのめになみだがきらとひかった。わたしはたってしょくどうへ)
見合せて、黙って、そうしてお二人の眼に涙がきらと光った。私は立って食堂へ
(いき、おじさまのおすきなきつねうどんをこしらえて、せんせいとなおじとおばさまと)
行き、叔父さまのお好きなキツネうどんをこしらえて、先生と直治と叔母さまと
(よにんぶん、しなまへもっていき、それからおじさまのおみやげのまるのうちほてるの)
四人分、支那間へ持って行き、それから叔父さまのお土産の丸ノ内ホテルの
(さんどうぃっちを、おかあさまにおみせして、おかあさまのまくらもとにおくと、)
サンドウィッチを、お母さまにお見せして、お母さまの枕元に置くと、
(「いそがしいでしょう?」とおかあさまは、こごえでおっしゃった。)
「忙しいでしょう?」とお母さまは、小声でおっしゃった。