太宰治 斜陽24

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投稿者投稿者藤村 彩愛いいね3お気に入り登録1
プレイ回数1565難易度(4.5) 6492打 長文
超長文です
太宰治の中編小説です

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問題文

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(「けれども、きみたちきぞくは、そんなぼくたちのかんしょうをぜったいにりかいできないばかりか)

「けれども、君たち貴族は、そんな僕たちの感傷を絶対に理解できないばかりか

(けいべつしている」「つるげーねふは?」「あいつはきぞくだ。だからいやなんだ」)

軽蔑している」「ツルゲーネフは?」「あいつは貴族だ。だからいやなんだ」

(「でも、りょうじんにっき、・・・」「うん、あれだけは、ちょっとうまいね」)

「でも、猟人日記、・・・」「うん、あれだけは、ちょっとうまいね」

(「あれは、のうそんせいかつのかんしょう、・・・」「あのやろうはいなかきぞく、というところで)

「あれは、農村生活の感傷、・・・」「あの野郎は田舎貴族、というところで

(だきょうしようか」「わたしもいまではいなかものですわ。はたけをつくっていますのよ。いなかの)

妥協しようか」「私もいまでは田舎者ですわ。畑を作っていますのよ。田舎の

(びんぼうにん」「いまでも、ぼくをすきなのかい」らんぼうなくちょうであった。「ぼくのあかちゃんが)

貧乏人」「今でも、僕をすきなのかい」乱暴な口調であった。「僕の赤ちゃんが

(ほしいのかい」わたしはこたえなかった。いわがおちてくるようないきおいでそのひとの)

欲しいのかい」私は答えなかった。岩が落ちて来るような勢いでそのひとの

(かおがちかづき、しゃにむにわたしはきすされた。せいよくのにおいのする)

顔が近づき、遮二無二《しゃにむに》私はキスされた。性慾のにおいのする

(きすだった。わたしはそれをうけながら、なみだをながした。くつじょくの、くやしなみだに)

キスだった。私はそれを受けながら、涙を流した。屈辱の、くやし涙に

(にているにがいなみだであった。なみだはいくらでもめからあふれでて、ながれた。)

似ているにがい涙であった。涙はいくらでも眼からあふれ出て、流れた。

(また、ふたりならんであるきながら、「しくじった、ほれちゃった」とそのひとは)

また、二人ならんで歩きながら、「しくじった、惚れちゃった」とそのひとは

(いって、わらった。けれども、わたしはわらうことができなかった。まゆをひそめて、くちを)

言って、笑った。けれども、私は笑う事が出来なかった。眉をひそめて、口を

(すぼめた。しかたがない。ことばでいいあらわすなら、そんなかんじのものだった。)

すぼめた。仕方が無い。言葉で言いあらわすなら、そんな感じのものだった。

(わたしはじぶんがげたをひきずってすさんだあるきかたをしているのにきがついた。)

私は自分が下駄を引きずってすさんだ歩き方をしているのに気がついた。

(「しくじった」とそのおとこは、またいった。「いくところまでいくか」)

「しくじった」とその男は、また言った。「行くところまで行くか」

(「きざですわ」「このやろう」うえはらさんはわたしのかたをとんとこぶしでたたいて、)

「キザですわ」「この野郎」上原さんは私の肩をとんとこぶしで叩いて、

(またおおきいくしゃみをなさった。ふくいさんとかいうおかたのおたくでは、みなさんが)

また大きいくしゃみをなさった。福井さんとかいうお方のお宅では、みなさんが

(もうおやすみになっていらっしゃるようすであった。「でんぽう、でんぽう。ふくいさん、)

もうおやすみになっていらっしゃる様子であった。「電報、電報。福井さん、

(でんぽうですよ」とおおごえでいって、うえはらさんはげんかんのとをたたいた。「うえはらか?」と)

電報ですよ」と大声で言って、上原さんは玄関の戸をたたいた。「上原か?」と

(いえのなかでおとこのひとのこえがした。「そのとおり。ぷりんすとぷりんせすといちやの)

家の中で男のひとの声がした。「そのとおり。プリンスとプリンセスと一夜の

など

(やどをたのみにきたのだ。どうもこうさむいと、くしゃみばかりでて、せっかくの)

宿をたのみに来たのだ。どうもこう寒いと、くしゃみばかり出て、せっかくの

(こいのみちゆきもこめでぃになってしまう」げんかんのとがうちからひらかれた。)

恋の道行もコメディになってしまう」玄関の戸が内からひらかれた。

(もうかなりの、ごじゅっさいをこしたくらいの、あたまのはげたこがらなおじさんが、はでな)

もうかなりの、五十歳を越したくらいの、頭の禿げた小柄なおじさんが、派手な

(ぱじゃまをきて、へんな、はにかむようなえがおでわたしたちをむかえた。)

パジャマを着て、へんな、はにかむような笑顔で私たちを迎えた。

(「たのむ」とうえはらさんはひとこといって、まんともぬがずにさっさといえのなかへ)

「たのむ」と上原さんは一こと言って、マントも脱がずにさっさと家の中へ

(はいって、「あとりえは、さむくていけねえ。にかいをかりるぜ。おいで」)

はいって、「アトリエは、寒くていけねえ。二階を借りるぜ。おいで」

(わたしのてをとって、ろうかをとおりつきあたりのかいだんをのぼって、くらいおざしきにはいり)

私の手をとって、廊下をとおり突き当りの階段をのぼって、暗いお座敷にはいり

(へやのすみのすいっちをぱちとひねった。「おりょうりやのおへやみたいね」)

部屋の隅のスイッチをパチとひねった。「お料理屋のお部屋みたいね」

(「うん、なりきんしゅみさ。でも、あんなへぼえかきにはもったいない。あくうんがつよくて)

「うん、成金趣味さ。でも、あんなヘボ画かきにはもったいない。悪運が強くて

(りさいも、しやがらねえ。りようせざるべからずさ。さあ、ねよう、ねよう」)

罹災も、しやがらねえ。利用せざるべからずさ。さあ、寝よう、寝よう」

(ごじぶんのおうちみたいに、かってにおしいれをあけておふとんをだしてしいて、)

ご自分のお家みたいに、勝手に押入れをあけてお蒲団を出して敷いて、

(「ここへねたまえ。ぼくはかえる。あしたのあさ、むかえにきます。べんじょは、かいだんを)

「ここへ寝給え。僕は帰る。あしたの朝、迎えに来ます。便所は、階段を

(おりて、すぐみぎだ」だだだだとかいだんからころげおちるようにそうぞうしくしたへ)

降りて、すぐ右だ」だだだだと階段からころげ落ちるように騒々しく下へ

(おりていって、それっきり、しんとなった。わたしはまたすいっちをひねって、)

降りて行って、それっきり、しんとなった。私はまたスイッチをひねって、

(でんとうをけし、おちちうえのがいこくみやげのきじでつくったびろーどのこーとをぬぎ、)

電燈を消し、お父上の外国土産の生地で作ったビロードのコートを脱ぎ、

(おびだけほどいてきもののままおとこへはいった。つかれているうえに、おさけをのんだ)

帯だけほどいて着物のままお床へはいった。疲れている上に、お酒を飲んだ

(せいか、からだがだるく、すぐにうとうととまどろんだ。いつのまにか、)

せいか、からだがだるく、すぐにうとうととまどろんだ。いつのまにか、

(あのひとがわたしのそばにねていらして、・・・わたしはいちじかんちかく、ひっしのむごんの)

あのひとが私の傍に寝ていらして、・・・私は一時間ちかく、必死の無言の

(ていこうをした。ふとかわいそうになって、ほうきした。「こうしなければ、ごあんしんが)

抵抗をした。ふと可哀そうになって、放棄した。「こうしなければ、ご安心が

(できないのでしょう?」「まあ、そんなところだ」「あなた、おからだを)

出来ないのでしょう?」「まあ、そんなところだ」「あなた、おからだを

(わるくしていらっしゃるんじゃない?かっけつなさったでしょう」)

悪くしていらっしゃるんじゃない?喀血《かっけつ》なさったでしょう」

(「どうしてわかるの?じつはこないだ、かなりひどいのをやったのだけど、だれにも)

「どうしてわかるの?実はこないだ、かなりひどいのをやったのだけど、誰にも

(しらせていないんだ」「おかあさまのおなくなりになるまえと、おんなじにおいが)

知らせていないんだ」「お母さまのお亡くなりになる前と、おんなじ匂いが

(するんですもの」「しぬきでのんでいるんだ。いきているのが、かなしくて)

するんですもの」「死ぬ気で飲んでいるんだ。生きているのが、悲しくて

(しようがないんだよ。わびしさだの、さびしさだの、そんなゆとりのあるもので)

仕様が無いんだよ。わびしさだの、淋しさだの、そんなゆとりのあるもので

(なくて、かなしいんだ。いんきくさい、なげきのためいきがしほうのかべからきこえているとき、)

なくて、悲しいんだ。陰気くさい、嘆きの溜息が四方の壁から聞えている時、

(じぶんたちだけのこうふくなんてあるはずはないじゃないか。じぶんのこうふくもこうえいも、)

自分たちだけの幸福なんてある筈は無いじゃないか。自分の幸福も光栄も、

(いきているうちにはけっしてないとわかったとき、ひとは、どんなきもちになるもの)

生きているうちには決して無いとわかった時、ひとは、どんな気持になるもの

(かね。どりょく。そんなものは、ただ、きがのやじゅうのえじきになるだけだ。みじめな)

かね。努力。そんなものは、ただ、飢餓の野獣の餌食になるだけだ。みじめな

(ひとがおおすぎるよ。きざかね」「いいえ」「こいだけだね。おめえのてがみのおせつの)

人が多すぎるよ。キザかね」「いいえ」「恋だけだね。おめえの手紙のお説の

(とおりだよ」「そう」わたしのそのこいは、きえていた。よるがあけた。へやがうすあかるく)

とおりだよ」「そう」私のその恋は、消えていた。夜が明けた。部屋が薄明るく

(なって、わたしは、そばでねむっているそのひとのねがおをつくづくながめた。)

なって、私は、傍で眠っているそのひとの寝顔をつくづく眺めた。

(ちかくしぬひとのようなかおをしていた。つかれはてているおかおだった。)

ちかく死ぬひとのような顔をしていた。疲れはてているお顔だった。

(ぎせいしゃのかお。とうといぎせいしゃ。わたしのひと。わたしのにじ。まい、ちゃいるど。)

犠牲者の顔。貴い犠牲者。私のひと。私の虹。マイ、チャイルド。

(にくいひと。ずるいひと。このよにまたとないくらいに、とても、とてもうつくしい)

にくいひと。ずるいひと。この世にまたと無いくらいに、とても、とても美しい

(かおのようにおもわれ、こいがあらたによみがえってきたようでむねがときめき、)

顔のように思われ、恋があらたによみがえって来たようで胸がときめき、

(そのひとのかみをなでながら、わたしのほうからきすをした。かなしい、かなしいこいの)

そのひとの髪を撫でながら、私のほうからキスをした。かなしい、かなしい恋の

(じょうじゅ。うえはらさんは、めをつぶりながらわたしをおだきになって、「ひがんで)

成就。上原さんは、眼をつぶりながら私をお抱きになって、「ひがんで

(いたのさ。ぼくはひゃくしょうのこだから」もうこのひとからはなれれまい。「わたし、いま)

いたのさ。僕は百姓の子だから」もうこのひとから離れまい。「私、いま

(こうふくよ。しほうのかべからなげきのこえがきこえてきても、わたしのいまのこうふくかんは、)

幸福よ。四方の壁から嘆きの声が聞えて来ても、私のいまの幸福感は、

(ほうわてんよ。くしゃみがでるくらいこうふくだわ」うえはらさんは、ふふ、とおわらいに)

飽和点よ。くしゃみが出るくらい幸福だわ」上原さんは、ふふ、とお笑いに

(なって、「でも、もう、おそいなあ。たそがれだ」「あさですわ」)

なって、「でも、もう、おそいなあ。黄昏だ」「朝ですわ」

(おとうとのなおじは、そのあさにじさつしていた。)

弟の直治は、その朝に自殺していた。

(なおじのいしょ。)

七 直治の遺書。

(ねえさん。だめだ。さきにいくよ。ぼくはじぶんがなぜいきていなければならないのか)

姉さん。だめだ。さきに行くよ。僕は自分がなぜ生きていなければならないのか

(それがぜんぜんわからないのです。いきていたいひとだけは、いきるがよい。)

それが全然わからないのです。生きていたい人だけは、生きるがよい。

(にんげんにはいきるけんりがあるとどうように、しぬるけんりもあるはずです。ぼくのこんな)

人間には生きる権利があると同様に、死ぬる権利もある筈です。僕のこんな

(かんがえかたは、すこしもあたらしいものでもなんでもなく、こんなあたりまえの、それこそ)

考え方は、少しも新しいものでも何でも無く、こんな当り前の、それこそ

(ぷりみちヴなことを、ひとはへんにこわがって、あからさまにくちにだしていわない)

プリミチヴな事を、ひとはへんにこわがって、あからさまに口に出して言わない

(だけなんです。いきていきたいひとは、どんなことをしても、かならずつよくいきぬく)

だけなんです。生きて行きたいひとは、どんな事をしても、必ず強く生き抜く

(べきであり、それはみごとで、にんげんのえいかんとでもいうものも、きっとそのへんに)

べきであり、それは見事で、人間の栄冠とでもいうものも、きっとその辺に

(あるのでしょうが、しかし、しぬことだって、つみではないとおもうんです。)

あるのでしょうが、しかし、死ぬことだって、罪では無いと思うんです。

(ぼくは、ぼくというくさは、このよのくうきとひのなかに、いきにくいんです。いきて)

僕は、僕という草は、この世の空気と陽の中に、生きにくいんです。生きて

(いくのに、どこかひとつかけているんです。たりないんです。いままで、いきて)

行くのに、どこか一つ欠けているんです。足りないんです。いままで、生きて

(きたのも、これでも、せいいっぱいだったのです。ぼくはこうとうがっこうへはいって、)

来たのも、これでも、精一ぱいだったのです。僕は高等学校へはいって、

(ぼくのそだってきたかいきゅうとまったくちがうかいきゅうにそだってきたつよくたくましいくさのゆうじんと、)

僕の育って来た階級と全くちがう階級に育って来た強くたくましい草の友人と、

(はじめてつきあい、そのいきおいにおされ、まけまいとして、まやくをもちい、はんきょうらんに)

はじめて附き合い、その勢いに押され、負けまいとして、麻薬を用い、反狂乱に

(なってていこうしました。それからへいたいになって、やはりそこでも、いきるさいごの)

なって抵抗しました。それから兵隊になって、やはりそこでも、生きる最後の

(しゅだんとしてあへんをもちいました。ねえさんにはぼくのこんなきもち、)

手段として阿片《あへん》を用いました。姉さんには僕のこんな気持、

(わからねえだろうな。ぼくはげひんになりたかった。つよく、いやきょうぼうに)

わからねえだろうな。僕は下品になりたかった。強く、いや強暴に

(なりたかった。そうして、それが、いわゆるみんしゅうのともになりうるゆいいつのみちだと)

なりたかった。そうして、それが、所謂民衆の友になり得る唯一の道だと

(おもったのです。おさけくさいでは、とてもだめだったんです。いつも、くらくら)

思ったのです。お酒くさいでは、とても駄目だったんです。いつも、くらくら

(めまいをしていなければならなかったんです。そのためには、まやくいがいに)

目まいをしていなければならなかったんです。そのためには、麻薬以外に

(なかったのです。ぼくは、いえをわすれなければならない。ちちのちのていこうしなければ)

なかったのです。僕は、家を忘れなければならない。父の血の抵抗しなければ

(ならない。ははのやさしさを、きょひしなければならない。あねにつめたくしなければ)

ならない。母の優しさを、拒否しなければならない。姉に冷たくしなければ

(ならない。そうでなければ、あのみんしゅうのへやにはいるにゅうじょうけんがえられないと)

ならない。そうでなければ、あの民衆の部屋にはいる入場券が得られないと

(おもっていたんです。ぼくはげひんになりました。げひんなことばづかいをするように)

思っていたんです。僕は下品になりました。下品な言葉づかいをするように

(なりました。けれども、それははんぶん、いや、ろくじゅっぱーせんとは、あわれな)

なりました。けれども、それは半分、いや、六十パーセントは、哀れな

(つけやきばでした。へたなこざいくでした。みんしゅうにとって、ぼくはやはり、)

附け焼刃でした。へたな小細工でした。民衆にとって、僕はやはり、

(きざったらしくおつにすましたきづまりのおとこでした。かれらはぼくと、)

キザったらしく乙《おつ》にすました気づまりの男でした。彼等は僕と、

(しんからうちとけてあそんでくれはしないのです。しかし、また、いまさらすてた)

しんから打ち解けて遊んでくれはしないのです。しかし、また、いまさら捨てた

(さろんにかえることもできません。いまではぼくのげひんは、たとい)

サロンに帰ることも出来ません。いまでは僕の下品は、たとい

(ろくじゅっぱーせんとは、ほんもののげひんになっているのです。ぼくはあの、いわゆる)

六十パーセントは、ほんものの下品になっているのです。僕はあの、所謂

(じょうりゅうさろんのはなもちならないおじょうひんさには、げろがでそうで、いっこくも)

上流サロンの鼻持ちならないお上品さには、ゲロが出そうで、一刻も

(がまんできなくなっていますし、また、あのおえらがたとか、おれきれきとか)

我慢できなくなっていますし、また、あのおえらがたとか、お歴々とか

(しょうせられているひとたちも、ぼくのおぎょうぎのわるさにあきれてすぐさまほうちくするで)

称せられている人たちも、僕のお行儀の悪さに呆れてすぐさま放逐するで

(しょう。すてたせかいにかえることもできず、みんしゅうからはあくいにみちたくそ)

しょう。捨てた世界に帰ることも出来ず、民衆からは悪意に満ちたクソ

(ていねいのぼうちょうせきをあたえられているだけなんです。)

ていねいの傍聴席を与えられているだけなんです。

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