随筆 宮本武蔵

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吉川英治先生の随筆宮本武蔵です。

先生の書かれる武蔵は強くて人間臭くてピュアで、最高にかっこいいですね♪

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問題文

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(こじんをみるのは、やまをみるようなものである。)

古人を観るのは、山を観るようなものである。

(みるもののこころひとつで、やまのありかたはせんさばんべつする。)

観る者の心ひとつで、山のありかたは千差万別する。

(むようにもゆうようにも。とおくにも、みぢかにも。)

無用にも有用にも。遠くにも、身近にも。

(やまにたいして、やまをみるがごとく、ときをへだててこじんをみる。きょうしゅはつきない。)

山に対して、山を観るがごとく、時をへだてて古人を観る。興趣はつきない。

(かこのそらには、こじんのぐんぽうがある。)

過去の空には、古人の群峰がある。

(そのたくさんなやまかげのなかで、みやもとむさしは、わたしのすきなこじんのひとりである。)

そのたくさんな山影の中で、宮本武蔵は、私のすきな古人のひとりである。

(けんというしゅうそうのきが、そのひとのぜんぶかのようにとげとげしくおもわれてきたが、)

剣という秋霜の気が、その人の全部かのように荊々しく思われてきたが、

(かれのかなもじをようくみつめているとわかる。)

彼の仮名文字をようく見つめているとわかる。

(あんなゆうがなにおい、やさしさ、こまやかさ、きょたんなびを、)

あんな優雅なにおい、やさしさ、細やかさ、虚淡な美を、

(けんをもつゆびのさきからかきながすひとが、かこにもいくにんとあったろうか。)

剣を持つ指の先から書きながす人が、過去にも幾人とあったろうか。

(こどもがすきだ。ひょうはくのとで、ふこうでしつのいいこをみかけるとかれはひろう。)

子どもが好きだ。漂泊の途で、不幸で質のいい子を見かけると彼は拾う。

(ぎんのねこをやってたちさったさいぎょうさんよりにんげんてきだ。)

銀の猫をやって立去った西行さんより人間的だ。

(なぜなら、かれもふこうなこだったから。)

なぜなら、彼も不幸な子だったから。

(みずからのばそうともしないいのちのめを、またうんめいを、ひかげへばかりはわせて、)

自ら伸ばそうともしない生命の芽を、また運命を、日陰へばかり這わせて、

(ふぐうをじだいのせいにばかりしたがるものは、かれのともではありえない。)

不遇を時代のせいにばかりしたがる者は、彼の友ではあり得ない。

(おおかぜにもあらいなみにも、じだいがぶつけてくるものへはおおでをひろげてぶつかり、)

大風にもあらい波にも、時代がぶつけて来るものへは大手をひろげてぶつかり、

(それにくっしないのが、かれのあゆみだった。みちだった。)

それに屈しないのが、彼の歩みだった。道だった。

(きんだいのぶつりょくいじょう、きんだいじんのちのういじょう、けいずやかもんがおもんじられた)

近代の物力以上、近代人の知能以上、系図や家門が重んじられた

(しゃかいせいどのころにいきて、いちごうしのこといういがい、かれはなにももたなかった。)

社会制度の頃に生きて、一郷士の子という以外、彼は何も持たなかった。

(もてるようになってからももたなかった。)

持てるようになってからも持たなかった。

など

(しぬまで、はなさなかったものがただひとつあった。けんである。そのみちである。)

死ぬまで、離さなかったものがただ一つあった。剣である。その道である。

(けんをとおして、かれはにんげんのぼんぐとぼだいをみ、)

剣をとおして、彼は人間の凡愚と菩提を見、

(にんげんというぼんのうのかたまりが、そのいきるためのとうそうほんのうが、)

人間という煩悩のかたまりが、その生きるための闘争本能が、

(どうしょりしてゆけるものか、しぬまでくろうしてみたひとだ。)

どう処理してゆけるものか、死ぬまで苦労してみた人だ。

(らんまさつばつなじふうに、にんげんをきるぐとのみされていたけんを、どうじに、)

乱麻殺伐な時風に、人間を斬る具とのみされていた剣を、同時に、

(ぶっこうともなし、あいのつるぎともして、じんせいのしゅらなるものを、)

仏光ともなし、愛のつるぎともして、人生の修羅なるものを、

(にんげんくのひとつのこうそうせいを、しみじみてつがくしてみたひとである。)

人間苦の一つの好争性を、しみじみ哲学してみた人である。

(けんを、ひとつの「みち」にまで、せいしんてきなものへ、ひきあげたのもかれである。)

剣を、一ツの「道」にまで、精神的なものへ、引き上げたのも彼である。

(おうにんからせんごくきへかけて、たださつばつにばかりあるいてきた。さむらいのみちは、)

応仁から戦国期へかけて、ただ殺伐にばかり歩いてきた。さむらいの道は、

(まちがいなくそこからふみなおしたといっていい。)

まちがいなくそこから踏み直したといっていい。

(ひとみがこはくいろだった。ろくしゃくちかくもせがあった。)

眸が琥珀色だった。六尺近くも背があった。

(しょうがいろくじゅうなんどかのしあいにかちとおした。いっしょうつまもめとらなかった。)

生涯六十何度かの試合に勝ちとおした。一生妻も娶らなかった。

(ばんねんはかみもくしけずらずゆにもはいらなかった。こころのあかはそそぐともみのあかは)

晩年は髪もくしけずらず湯にも入らなかった。こころの垢はそそぐとも身の垢は

(そそぐによしなしとなお、こころをくだいていた。ずいぶんこわいひとにちがいなかった。)

そそぐによしなしと猶、心をくだいていた。ずいぶん怖い人にちがいなかった。

(だがこんにちのこっているかれのえは、ろうばいのはなとも、しゅうそうのきくかとも、)

だが今日残っている彼の画は、老梅の花とも、秋霜の菊華とも、

(きひんのたかさゆかしさ、たたえようもないではないか。)

気品のたかさゆかしさ、称えようもないではないか。

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