鮪を食う話 北大路魯山人 ②

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陶芸、書、料理などで才能を発揮した北大路魯山人の随筆。

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問題文

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(わさびのことは、いろ・からさ・あまさ・ねばりなどを)

わさびのことは、色・辛さ・甘さ・ねばりなどを

(やかましくいうしょくつうはあるが、)

やかましくいう食通はあるが、

(だいこんおろしのくじょうをきくことは、ほとんどない。)

大根おろしの苦情を聴くことは、ほとんどない。

(ところが、まぐろとか、てんぷらというものは、)

ところが、まぐろとか、てんぷらというものは、

(おろしのよしあしで、ずいぶんふうみにだいなるえいきょうがあるものである。)

おろしのよしあしで、ずいぶん風味に大なる影響があるものである。

(てんぷらなどははたけからぬきたてのだいこんのおろしがあれば、)

てんぷらなどは畑から抜きたての大根のおろしがあれば、

(あぶらのすこしわるいくらいはくにならぬものである。)

油の少しわるいくらいは苦にならぬものである。

(ぬきたてのだいこんで、からみがてきとうであれば、)

抜きたての大根で、辛味が適当であれば、

(まぐろなどはわさびのひつようがないくらいである。)

まぐろなどはわさびの必要がないくらいである。

(だいこんがわるいからわさびがいりようだが、)

大根がわるいからわさびが入用だが、

(がんらい、わさびはまぐろにこうてきというものではない。)

元来、わさびはまぐろに好適というものではない。

(おろしさえよければ、わさびはなくもがなである。)

おろしさえよければ、わさびはなくもがなである。

(にぎりずしのように、まったくおろしをもちいないばあいは、)

握りずしのように、まったくおろしを用いない場合は、

(ぜひともわさびはひつようであることはろんをまたない。)

ぜひともわさびは必要であることは論をまたない。

(ゆえにまぐろのすしは、なみだがぽろぽろこぼれるほど、)

故にまぐろのすしは、涙がぼろぼろこぼれるほど、

(さびのきいたのをすしくいはしょうびする。)

さびの利いたのをすし食いは賞美する。

(ところがようかんのようなあかみはしぼうぶんがすくないからさびがきくが、)

ところが羊羹のような赤身は脂肪分が少ないからさびが利くが、

(ちゅうしぼういじょう、とろなんというしぼうのきついところになると、)

中脂肪以上、トロなんという脂肪のきついところになると、

(さびのからみはしぼうではねとばされていっこうにからくない。)

さびの辛味は脂肪で跳ね飛ばされて一向に辛くない。

(やたいみせなどにたつすしくいは、)

屋台店などに立つすし食いは、

など

(「さびをきかしてくんな」とばりきをかけるが、)

「さびを利かしてくんな」と馬力をかけるが、

(すしやのほうでは、まぐろのやすいときは、さびのほうがたかくつくばあいがあるから、)

すし屋の方では、まぐろの安いときは、さびの方が高くつく場合があるから、

(こんなれんちゅうばかりやってきてはやりきれないが、)

こんな連中ばかりやってきてはやりきれないが、

(「さびなしで・・・」なんというえいせいてきしょくどうらくもあるから、)

「さびなしで・・・」なんという衛生的食道楽もあるから、

(うめあわせはつくというものである。)

埋め合わせはつくというものである。

(しかし、まぐろはちょっとにおいぐせのあるものであるから、)

しかし、まぐろはちょっと臭い癖のあるものであるから、

(このばあいも、ぜひしょうがのすづけだけそえて、)

この場合も、ぜひしょうがの酢漬けだけ添えて、

(いっしょにたべたいものである。)

いっしょに食べたいものである。

(わたしのくいかたなぞは、さびのきいたうえに、)

私の食い方なぞは、さびの利いた上に、

(しょうがに、さんかけぐらいをすしのうえにのせてやる。)

しょうが二、三片ぐらいをすしの上に載せてやる。

(すしはさけのさかなとしてずいぶんもちいられているが、)

すしは酒の肴としてずいぶん用いられているが、

(どうもまぐろはさけのさかなとしてこうてきではない。)

どうもまぐろは酒の肴として好適ではない。

(これはめしのものである。だから、にぎりずしでくうのがだいいち、)

これは飯のものである。だから、握りずしで食うのが第一、

(あつめしのうえにのせてくうのがだいにである。)

熱飯の上に載せて食うのが第二である。

(まぐろのちゃづけなぞもつうじんのよろこぶものである。)

まぐろの茶漬けなぞも通人のよろこぶものである。

((まぐろのちゃづけというものは、たきたてのごはんのうえに、)

(まぐろの茶漬けというものは、炊きたての御飯の上に、

(まぐろをふたきれみきれ、おろししょうしょうのせて、しょうゆをかけ、)

まぐろを二切れ三切れ、おろし少々載せて、醤油をかけ、

(そのうえからせんちゃのこいあついのをそそいでくうのである))

その上から煎茶の濃い熱いのを注いで食うのである)

(じじつ、とうきょうにおいてしょうもうされるまぐろのしちぶどおりは、)

事実、東京において消耗されるまぐろの七分通りは、

(すしのげんりょうとされているようである。)

すしの原料とされているようである。

(がんらい、とうきょうのじまんであるたべものは、がいしてさけにはてきさない。)

元来、東京の自慢であるたべものは、概して酒には適さない。

(すし、てんぷら、そば、うなぎ、おでん、いずれもさけのさかなとしてはらくだいだ。)

すし、てんぷら、そば、うなぎ、おでん、いずれも酒の肴としては落第だ。

(おでんでのむむきもあるが、これはほかにてきとうなしゅこうがないばあいだ。)

おでんで飲む向きもあるが、これは他に適当な酒肴がない場合だ。

(まぐろのしょうひりょうのしちぶはすしにつかうといったが、)

まぐろの消費量の七分はすしに使うといったが、

(もちろんそれはなつすぎてりょうふうがたち、)

もちろんそれは夏過ぎて涼風が立ち、

(だんだんふゆにむかうようになってからのことであって、)

だんだん冬に向かうようになってからのことであって、

(なつのしびまぐろは、たいていきりみとなって)

夏のしびまぐろは、たいてい切り身となって

(さかなやのてんとうをにぎわすのである。)

魚屋の店頭を賑わすのである。

(うおがしにおけるいちにちやくいっせんびのおおまぐろは、)

魚河岸における一日約一千尾の大まぐろは、

(だいぶぶんがやきざかな、にざかなとしてなつばのそうざいとなるのである。)

大部分が焼き魚、煮魚として夏場のそうざいとなるのである。

(もっともふゆばでも、まぐろのふくぶのにく、)

もっとも冬場でも、まぐろの腹部の肉、

(ぞくにすなずりというところがあぶらみであるゆえに、)

俗に砂摺りというところが脂身であるゆえに、

(もくめのようなかわのぶぶんがかみきれないすじとなるから、)

木目のような皮の部分が噛み切れない筋となるから、

(このぶぶんはほそぎりにして、「ねぎま」というなべものにして、)

この部分は細切りにして、「ねぎま」というなべものにして、

(さむいじぶん、とうきょうじんのよろこぶものである。)

寒い時分、東京人のよろこぶものである。

(すなわち、ねぎとまぐろのしぼうとをいっしょにして、)

すなわち、ねぎとまぐろの脂肪とをいっしょにして、

(すきやきのようににてくうのである。)

すき焼きのように煮て食うのである。

(としよりは、くどいりょうりとしてよろこばぬが、)

年寄りは、くどい料理としてよろこばぬが、

(けっきさかんなものにはうまいものである。)

血気さかんな者には美味いものである。

(きくところによると、いわゆるあさがえりに、むかしならどてはっちょうとか、)

聞くところによると、いわゆる朝帰りに、昔なら土堤八丁とか、

(あさくさたんぼなどというところであさげにあつかんでねぎまとくると、)

浅草田圃などというところで朝餉に熱燗でねぎまとくると、

(そのうまさかげんはいいしれぬものがあって、)

その美味さ加減はいい知れぬものがあって、

(いちじにげんきかいふくのえいようこうかをあげるそうである。)

一時に元気回復の栄養効果を上げるそうである。

(またわきみちにそれたが、おとこのうまいとするまぐろのさしみのじょうじょうなものは、)

また脇道に逸れたが、男の美味いとするまぐろの刺身の上乗なものは、

(ぎゅうにくのひれ、しもふりにあたるようなもので、)

牛肉のヒレ、霜降に当たるようなもので、

(いちびのなか、そうたくさんあるものではない。)

一尾の中、そうたくさんあるものではない。

(どうまわりでいえば、すなずりとせにいたるちゅうかん、)

胴回りでいえば、砂摺りと背に至る中間、

(しんちょうでいえば、あたまのつけねよりふくぶのおわりぐらいまでのところを)

身長でいえば、頭の付け根より腹部の終わりぐらいまでのところを

(ちゅうとろとしてよろこぶのである。)

中トロとしてよろこぶのである。

(ここばかりくうのには、とくべつとうしをひつようとするわけである。)

ここばかり食うのには、特別投資を必要とするわけである。

(ふじんはというと、これはようかんいろのあぶらみのすくないぶぶん、)

婦人はというと、これは羊羹色の脂身の少ない部分、

(おとこがたべてはうまくないというところをよろこぶ。)

男が食べては美味くないというところをよろこぶ。

(これはたいしつのそういだろうから、)

これは体質の相違だろうから、

(いちがいにおんなをわからずやとするわけにはいかぬ。)

一概に女をわからず屋とするわけにはいかぬ。

(おとこだって、あゆはてりやきにかぎるとか、)

男だって、鮎は照り焼きにかぎるとか、

(にしんやぼうだらなんてにんげんのくうもんでないひりょうだ、)

にしんや棒だらなんて人間の食うもんでない肥料だ、

(なんていうむきもなきにしもあらずだから。)

なんていう向きもなきにしもあらずだから。

(まぐろのくいかたにきじやきというのがある。)

まぐろの食い方に雉子焼きというのがある。

(これはまぐろのすなずりをかわごとぶあつにきってつけやきにするのである。)

これはまぐろの砂摺りを皮ごと分厚に切って付け焼きにするのである。

(からだじゅうでいちばんしぼうにとんだところであるから、)

体中で一番脂肪に富んだところであるから、

(やくのがたいへんだ。いえのなかでやこうものなら、いえじゅうけむってしまう。)

焼くのがたいへんだ。家の中で焼こうものなら、家中煙ってしまう。

(しかし、やきたてのやけどするようなものを、だいこんおろしをたくさんおろして、)

しかし、焼きたてのやけどするようなものを、大根おろしをたくさんおろして、

(しょうゆをかけてたきたてのめしでくうと、)

醤油をかけて炊たきたての飯で食うと、

(くうふくのときなどは、めしがとんではいるものである。)

空腹のときなどは、飯が飛んで入るものである。

(へたなうなぎよりか、よっぽどうまい。)

下手なうなぎよりか、よっぽど美味い。

(しかし、そうねんのよろこぶげてびしょくであることはいうまでもない。)

しかし、壮年のよろこぶ下手美食であることはいうまでもない。

(げてといえば、まぐろそのものがげてものであって、)

下手といえば、まぐろそのものが下手ものであって、

(もとよりいちりゅうのしょくつうをまんぞくさせるていのものではない。)

もとより一流の食通を満足させる体のものではない。

(いかにさいじょうのみやこまぐろといってみても、たかのしれたびみにすぎない。)

いかに最上の宮古まぐろといってみても、高の知れた美味にすぎない。

(いじょうあげたいがいにも、まぐろるいにはねだんのやすいはくしょくにくのめかじき(きりみよう)、)

以上挙げた以外にも、まぐろ類には値段の安い白色肉のめかじき(切り身用)、

(おなじくしろにくのくろかわ、このくろかわまぐろはにくぶとで、)

同じく白肉の黒皮、この黒皮まぐろは肉太で、

(はち、きゅうじゅっかんもあってねもやすい。)

八、九十貫もあって値も安い。

(また、しろかわまぐろ、これはちょうし、さんりくほうめんにぎょかくのあるもの。)

また、白皮まぐろ、これは銚子、三陸方面に漁獲のあるもの。

(また、おかじき、まかじき、おおきささんじゅっかんどまりのもの、)

また、おかじき、まかじき、大きさ三十貫止まりのもの、

(にじゅうご、ろっかんどまりのなつきわだ。)

二十五、六貫止まりの夏きわだ。

(さいかとうひんのめのおおきいよこぶとなめばち。)

最下等品の眼の大きい横太なめばち。

(なお、ちゅうめじ、おおめじ、ひらめじ、などというものについては、)

なお、中めじ、大めじ、平めじなどというものについては、

(おりをみてものがたることにしよう。)

折を見て物語ることにしよう。

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