蟹工船1

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1929年小林多喜二の小説。プロレタリア文学を代表する作品。
原文は青空文庫から。感嘆符、疑問符、句読点などを除き記号は省略しています。ルビを<>で示し、一部の原文の読みを読みやすさを優先して無視し、わかりやすくしています。当用漢字が使われていることに注意してください。

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(おいじごくさえぐんだで!) 「おい地獄さ行<え>ぐんだで!」 (ふたりはでっきのてすりによりかかって、かたつむりがせのびをしたようにのびて、) 二人はデッキの手すりに寄りかかって、蝸牛が背のびをしたように延びて、 (うみをかかえこんでいるはこだてのまちをみていた。) 海を抱え込んでいる函館の街を見ていた。 (ぎょふはゆびもとまですいつくしたたばこをつばといっしょにすてた。) ----漁夫は指元まで吸いつくした煙草を唾と一緒に捨てた。 (まきたばこはおどけたように、いろいろにひっくりかえって、) 巻煙草はおどけたように、色々にひっくりかえって、 (たかいさいどをすれずれにおちていった。) 高い船腹<サイド>をすれずれに落ちて行った。 (かれはからだいっぱいさけくさかった。) 彼は身体一杯酒臭かった。 (あかいたいこばらをはばひろくうかばしているきせんや、) 赤い太鼓腹を巾広く浮かばしている汽船や、 (つみにさいちゅうらしくうみのなかからかたそでをぐいとひっぱられてでもいるように、) 積荷最中らしく海の中から片袖をグイと引張られてでもいるように、 (おもいっきりかたがわにかたむいてるのや、) 思いッ切り片側に傾いているのや、 (きいろい、ふといえんとつ、おおきなすずのようなヴい、) 黄色い、太い煙突、大きな鈴のようなヴイ、 (なんきんむしのようにふねとふねのあいだをせわしくぬっているらんち、) 南京虫のように船と船の間をせわしく縫っているランチ、 (さむざむとざわめいているゆえんや) 寒々とざわめいている油煙や (ぱんくずやくさったくだもののういているなにかとくべつなおりもののようななみ。) パン屑や腐った果物の浮いている何か特別な織物のような波......。 (かぜのぐあいでけむりがなみとすれずれになびいて、むっとするせきたんのにおいをおくった。) 風の工合で煙が波とすれずれになびいて、ムッとする石炭の匂いを送った。 (ういんちのがらがらというおとが、ときどきなみをつたってじかにひびいてきた。) ウインチのガラガラという音が、時々波を伝って直接<じか>に響いてきた。 (このかにこうせんはっこうまるのすぐてまえに、ぺんきのはげたほせんが、) この蟹工船博光丸<はっこうまる>のすぐ手前に、ペンキの剥げた帆船が、 (へさきのうしのびけつのようなところから、いかりのくさりをおろしていた、) へさきの牛の鼻穴のようなところから、錨の鎖を下していた、 (かんぱんを、まどろす・ぱいぷをくわえたがいじんが) 甲板を、マドロス・パイプをくわえた外人が (ふたりおなじところをなんどもきかいにんぎょうのように、) 二人同じところを何度も機械人形のように、
など
(いったりきたりしているのがみえた。) 行ったり来たりしているのが見えた。 (ろしあのふねらしかった。たしかににほんのかにこうせんにたいするかんしせんだった。) ロシアの船らしかった。たしかに日本の「蟹工船」に対する監視船だった。 (おれらもういちもんもねえ。くそ。こら) 「俺らもう一文も無え。----糞。こら」 (そういって、からだをずらしてよこした。) そう云って、身体をずらして寄こした。 (そうしてもうひとりのぎょふのてをにぎって、じぶんのこしのところへもっていった。) そうしてもう一人の漁夫の手を握って、自分の腰のところへ持って行った。 (はんてんのしたのこーるてんのずぼんのぽけっとにおしあてた。) 袢天の下のコールテンのズボンのポケットに押しあてた。 (なにかちいさいはこらしかった。ひとりはだまって、そのぎょふのかおをみた。) 何か小さい箱らしかった。一人は黙って、その漁夫の顔をみた。 (ひひひひとわらって、はなよといった。) 「ヒヒヒヒ......」と笑って、「花札<はな>よ」と云った。 (ぼーと・でっきで、しょうぐんのようなかっこうをしたせんちょうが、) ボート・デッキで、「将軍」のような恰好をした船長が、 (ぶらぶらしながらたばこをのんでいる。) ブラブラしながら煙草をのんでいる。 (はきだすけむりがはなさきからすぐきゅうかくどにおれて、ちぎれとんだ。) はき出す煙が鼻先からすぐ急角度に折れて、ちぎれ飛んだ。 (そこにきをうったぞうりをひきずって、) 底に木を打った草履をひきずッて、 (しょくもつばけつをさげたせんいんがいそがしくおもてのせんしつをでいりした。) 食物バケツをさげた船員が急がしく「おもて」の船室を出入した。 (よういはすっかりできて、もうでるにいいばかりになっていた。) ----用意はすっかり出来て、もう出るにいいばかりになっていた。 (ざつふのいるはっちをうえからのぞきこむと、うすぐらいせんていのたなに、) 雑夫のいるハッチを上から覗きこむと、薄暗い船底の棚に、 (すからかおだけぴょこぴょこだすとりのように、さわぎまわっているのがみえた。) 巣から顔だけピョコピョコ出す鳥のように、騒ぎ廻っているのが見えた。 (みなじゅうし、ごのしょうねんばかりだった。) 皆十四、五の少年ばかりだった。 (おまえはどこだばつばつまちみんなおなじだった。) 「お前は何処だ」「××町」みんな同じだった。 (はこだてのひんみんくつのこどもばかりだった。) 函館の貧民窟の子供ばかりだった。 (そういうのは、それだけでひとかたまりをなしていた。) そういうのは、それだけで一かたまりをなしていた。 (あっちのたなは?なんぶ) 「あっちの棚は?」「南部」 (それは?あきた) 「それは?」「秋田」 (それらはおのおのたなをちがえていた。) それ等は各々棚をちがえていた。 (あきたのどこのだ) 「秋田の何処だ」 (うみのようなはなをたらした、めのふちがあかべをしたようにただれているのが、) 膿のような鼻をたらした、眼のふちがあかべをしたようにただれているのが、 (きたあきただんしといった) 「北秋田だんし」と云った。 (ひゃくしょうか?そんだし) 「百姓か?」「そんだし」 (くうきがむんとして、なにかくだものでもくさったすっぱいしゅうきがしていた。) 空気がムンとして、何か果物でも腐ったすッぱい臭気がしていた。 (つけものをなんじゅうたるもしまってあるむろが、すぐとなりだったので、) 漬物を何十樽も蔵ってある室が、すぐ隣りだったので、 (くそのようなにおいもまじっていた。) 「糞」のような臭いも交っていた。 (こんだおどだいてねてやるどぎょふがべらべらわらった。) 「こんだ親父<おど>抱いて寝てやるど」----漁夫がベラベラ笑った。
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