江戸川乱歩 屋根裏の散歩者⑲

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(「そりゃなんともいえないね。ぼくもじつは、あるともだちからこのはなしをきいたときに、)

「そりゃ何とも云えないね。僕も実は、ある友達からこの話を聞いた時に、

(しいんがすこしあいまいだというきがしたのだよ。どうだろう、)

死因が少し曖昧だという気がしたのだよ。どうだろう、

(そのえんどうくんのへやをみるわけにはいくまいか」)

その遠藤君の部屋を見る訳には行くまいか」

(「ぞうさないよ」さぶろうはむしろとくとくとしてこたえました。「となりのへやに)

「造作ないよ」三郎は寧ろ得々として答えました。「隣の部屋に

(えんどうのどうきょうのともだちがいてね。それがえんどうのおやじからにもつのほかんを)

遠藤の同郷の友達がいてね。それが遠藤の親父から荷物の保管を

(たのまれているんだ。きみのことをはなせば、きっとよろこんでみせてくれるよ」)

頼まれているんだ。君のことを話せば、きっと喜んで見せてくれるよ」

(それから、ふたりはえんどうのへやへいってみることになりました。そのとき、)

それから、二人は遠藤の部屋へ行って見ることになりました。その時、

(ろうかをせんとうになってあるきながらさぶろうはふとみょうなかんじにうたれたことです。)

廊下を先頭になって歩きながら三郎はふと妙な感じにうたれたことです。

(「はんにんじしんが、たんていをそのさつじんのげんばへあんないするなんて、)

「犯人自身が、探偵をその殺人の現場へ案内するなんて、

(こおうこんらいないこったろうな」)

古往今来ないこったろうな」

(にやにやとわらいそうになるのを、かれはやっとのことでこらえました。)

ニヤニヤと笑いそうになるのを、彼はやっとの事で堪えました。

(さぶろうは、しょうがいのなかで、おそらくこのときほどとくいをかんじたことはありますまい。)

三郎は、生涯の中で、恐らくこの時程得意を感じたことはありますまい。

(「いよおやだまあ」じぶんじしんにそんなかけごえでもしてやりたいほど、)

「イヨ親玉ア」自分自身にそんな掛け声でもしてやりたい程、

(みずぎわだったあくとうぶりでした。)

水際立った悪党ぶりでした。

(ともだちのともだち--それはきたむらといって、えんどうがしつれんしていたという)

友達の友達--それは北村といって、遠藤が失恋していたという

(しょうげんをしたおとこです。--は、あけちのなまえをよくしっていて、)

証言をした男です。--は、明智の名前をよく知っていて、

(こころよくえんどうのへやをあけてくれました。えんどうのちちおやが、くにもとからでてきて、)

快く遠藤の部屋を開けてくれました。遠藤の父親が、国許から出て来て、

(かそうをすませたのが、やっときょうのごごのことで、へやのなかには、)

仮葬を済ませたのが、やっと今日の午後のことで、部屋の中には、

(かれのもちものが、まだにづくりもせず、おいてあるのです。)

彼の持ち物が、まだ荷造りもせず、置いてあるのです。

(えんどうのへんしがはっけんされたのは、きたむらがかいしゃへしゅっきんしたあとだったよしで、)

遠藤の変死が発見されたのは、北村が会社へ出勤したあとだった由で、

など

(はっけんのせつなのありさまはよくしらないようでしたが、ひとからきいたことなどをそうごうして、)

発見の刹那の有様はよく知らない様でしたが、人から聞いた事などを綜合して、

(かれはかなりくわしくせつめいしてくれました。さぶろうもそれについて、)

彼はかなり詳しく説明してくれました。三郎もそれについて、

(さもきょくがいしゃらしく、べらべらとうわさばなしなどをのべたてるのでした。)

さも局外者らしく、べらべらと噂話などを述べ立てるのでした。

(あけちはふたりのせつめいをききながら、いかにもくろうとらしいめくばりで、)

明智は二人の説明を聞きながら、如何にも玄人らしい目くばりで、

(へやのなかをあちらこちらとみまわしていましたが、ふとつくえのうえにおいてあった)

部屋の中をあちらこちらと見廻していましたが、ふと机の上に置いてあった

(めざましどけいにきづくと、なにをおもったのか、ながいあいだそれをながめているのです。)

目覚し時計に気附くと、何を思ったのか、長い間それを眺めているのです。

(たぶん、そのちんきなそうしょくがかれのめをひいたのかもしれません。)

多分、その珍奇な装飾が彼の目を惹いたのかも知れません。

(「これはめざましどけいですね」)

「これは目覚し時計ですね」

(「そうですよ」きたむらはたべんにこたえるのです。「えんどうのじまんのしなです。)

「そうですよ」北村は多弁に答えるのです。「遠藤の自慢の品です。

(あれはきちょうめんなおとこでしてね、あさのろくじになるように、まいばんかかさず)

あれは几帳面な男でしてね、朝の六時に鳴る様に、毎晩欠かさず

(これをまいておくのです。わたしなんかいつも、となりのへやのべるのおとで)

これを捲いて置くのです。私なんかいつも、隣の部屋のベルの音で

(めをさましていたくらいです。えんどうのしんだひだってそうですよ。)

目を覚していた位です。遠藤の死んだ日だってそうですよ。

(あのあさもやっぱりこれがなっていましたので、まさか)

あの朝もやっぱりこれが鳴っていましたので、まさか

(あんなことがおこっていようとは、そうぞうもしなかったのですよ」)

あんなことが起っていようとは、想像もしなかったのですよ」

(それをきくと、あけちはながくのばしたあたまのけを、ゆびでもじゃもじゃ)

それを聞くと、明智は長く延ばした頭の毛を、指でモジャモジャ

(かきまわしながら、なにかひじょうにねっしんなようすをしめしました。)

掻き廻しながら、何か非常に熱心な様子を示しました。

(「そのあさ、めざましがなったことはまちがいないでしょうね」)

「その朝、目覚しが鳴ったことは間違いないでしょうね」

(「ええ、それはまちがいありません」)

「エエ、それは間違いありません」

(「あなたは、そのことを、けいさつのひとにおっしゃいませんでしたか」)

「あなたは、そのことを、警察の人に仰有いませんでしたか」

(「いいえ、・・・でも、なぜそんなことをおききなさるのです」)

「イイエ、・・・でも、なぜそんなことをお聞きなさるのです」

(「なぜって、みょうじゃありませんか。そのばんにじさつしようとけっしんしたものが、)

「なぜって、妙じゃありませんか。その晩に自殺しようと決心した者が、

(あしたのあさのめざましをまいておくというのは」)

明日の朝の目覚しを捲いて置くというのは」

(「なるほど、そういえばへんですね」)

「成程、そう云えば変ですね」

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