江戸川乱歩 赤い部屋⑲

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(むろんわたしたちはいっせいにせきからたちあがった。)

無論私達は一斉に席から立ち上がった。

(しかしああなんというしあわせなことであったか、うたれたおんなはなにごともなく、)

しかしああ何という仕合せなことであったか、射たれた女は何事もなく、

(ただこれのみはむざんにもうちくだかれたのみもののうつわをまえにして、)

ただこれのみは無慚にも射ちくだかれた飲み物の器を前にして、

(ぼんやりとたっているではないか。)

ボンヤリと立っているではないか。

(「わはははは・・・」tしがきょうじんのようにわらいだした。)

「ワハハハハ・・・」T氏が狂人のように笑い出した。

(「おもちゃだよ、おもちゃだよ。あははは・・・。)

「おもちゃだよ、おもちゃだよ。アハハハ・・・。

(はなちゃんまんまといっぱいくったね。ははは・・・」)

花ちゃんまんまと一杯食ったね。ハハハ・・・」

(では、いまなおtしのみぎてにはくえんをはいているあのぴすとるは、)

では、今なおT氏の右手に白煙をはいているあのピストルは、

(がんぐにすぎなかったのか。)

玩具に過ぎなかったのか。

(「まあ、びっくりした・・・。それ、おもちゃなの?」)

「まあ、びっくりした・・・。それ、おもちゃなの?」

(tとはいぜんからおなじみらしいきゅうじおんなは、でもまだくちびるのいろはなかったが、)

Tとは以前からお馴染らしい給仕女は、でもまだ脣の色はなかったが、

(そういいながらtしのほうへちかづいた。)

そういいながらT氏の方へ近づいた。

(「どれ、かしてごらんなさいよ。まあ、ほんものそっくりだわね」)

「どれ、貸して御覧なさいよ。まあ、ほんものそっくりだわね」

(かのじょは、てれかくしのように、そのがんぐだというろくれんぱつをてにとって、)

彼女は、照れ隠しの様に、その玩具だという六連発を手にとって、

(とみこうみしていたが、やがて、)

左見右見していたが、やがて、

(「くやしいから、じゃ、あたしもうってあげるわ」)

「くやしいから、じゃ、あたしも射ってあげるわ」

(いうかとおもうと、かのじょはひだりうでをまげて、そのうえにぴすとるのつつぐちをおき、)

いうかと思うと、彼女は左腕を曲げて、その上にピストルの筒口を置き、

(なまいきなかっこうでtしのむねにねらいをさだめた。)

生意気な恰好でT氏の胸に狙いを定めた。

(「きみにうてるなら、うってごらん」)

「君に射てるなら、射ってごらん」

(tしはにやにやわらいながら、からかうようにいった。)

T氏はニヤニヤ笑いながら、からかう様に云った。

など

(「うてなくってさ」)

「うてなくってさ」

(ばん・・・まえよりはいっそうするどいじゅうせいがへやじゅうになりひびいた。)

バン・・・前よりは一層鋭い銃声が部屋中に鳴り響いた。

(「うううう・・・」なんともいえぬきみのわるいうなりごえがしたかとおもうと、)

「ウウウウ・・・」何とも云えぬ気味の悪い唸り声がしたかと思うと、

(tしがぬっといすからたちあがって、ばったりとゆかのうえへたおれた。)

T氏がヌッと椅子から立ち上がって、バッタリと床の上へ倒れた。

(そして、てあしをばたばたやりながら、くもんしはじめた。)

そして、手足をバタバタやりながら、苦悶し始めた。

(じょうだんか、じょうだんにしてはあまりにもしんにせまったもがきようではないか。)

冗談か、冗談にしては余りにも真に迫ったもがき様ではないか。

(わたしたちはおもわずかれのまわりへはしりよった。)

私達は思わず彼のまわりへ走りよった。

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