江戸川乱歩 赤い部屋⑰
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問題文
(するとえきちょうはおどろいて、「それはたいへんだ、いまくだりれっしゃがつうかしたところです。)
すると駅長は驚いて、「それは大変だ、今下り列車が通過した処です。
(ふつうならあのへんはもうとおりすぎてしまったころですが・・・」)
普通ならあの辺はもう通り過ぎてしまった頃ですが・・・」
(というのです。それがわたしのおもうつぼでした。)
というのです。それが私の思う壺でした。
(そうしたもんどうをくりかえしているうちに、れっしゃてんぷくししょうすうしらずというほうこくが、)
そうした問答を繰り返している内に、列車顛覆死傷数知らずという報告が、
(わずかにきちをだっしてかけつけた、そのくだりれっしゃのしゃしょうによって)
僅かに危地を脱して駈けつけた、その下り列車の車掌によって
(もたらされました。さあおおさわぎです。)
齎されました。さあ大騒ぎです。
(わたしはいきがかりじょうひとばんmのけいさつしょへひっぱられましたが、)
私は行きがかり上一晩Mの警察署へ引っ張られましたが、
(かんがえにかんがえてやったしごとです。ておちのあろうはずはありません。)
考えに考えてやった仕事です。手落ちのあろう筈はありません。
(むろんわたしはたいへんしかられはしましたけれど、べつにしょばつをうけるほどのことも)
無論私は大変叱られはしましたけれど、別に処罰を受ける程のことも
(ないのでした。あとでききますと、)
ないのでした。あとで聞きますと、
(そのときのわたしのこういはけいほうだいひゃくにじゅうきゅうじょうとかにさえ、)
その時の私の行為は刑法第百二十九条とかにさえ、
(それはごひゃくえんいかのばっきんけいにすぎないのですが、)
それは五百円以下の罰金刑に過ぎないのですが、
(あてはまらなかったのだそうです。そういうわけで、)
あてはまらなかったのだそうです。そういう訳で、
(わたしはひとつのいしころによって、すこしもばっせられることなしに、)
私は一つの石塊(いしころ)によって、少しも罰せられることなしに、
(えーとあれは、そうです、じゅうしちにんでした。じゅうしちにんのいのちを)
エーとあれは、そうです、十七人でした。十七人の命を
(うばうことにせいこうしたのでした。)
奪うことに成功したのでした。
(みなさん。わたしはこんなふうにしてきゅうじゅうきゅうにんのじんめいをうばったおとこなのです。)
皆さん。私はこんな風にして九十九人の人命を奪った男なのです。
(そして、すこしでもくゆるところか、そんなちなまぐさいしげきにすら、)
そして、少しでも悔ゆる所か、そんな血腥い刺戟にすら、
(もうあきあきしてしまって、こんどはじぶんじしんのいのちを)
もう飽きあきしてしまって、今度は自分自身の命を
(ぎせいにしようとしているおとこなのです。)
犠牲にしようとしている男なのです。
(みなさんは、あまりにもざんこくなわたしのしょぎょうに、)
皆さんは、余りにも残酷な私の所行に、
(それそのようにまゆをしかめていらっしゃいます。そうです。)
それその様に眉をしかめていらっしゃいます。そうです。
(これらはふつうのひとにはそうぞうもつかぬごくあくひどうのおこないにそういありません。)
これらは普通の人には想像もつかぬ極悪非道の行いに相違ありません。
(ですが、そういうだいざいあくをおかしてまでのがれたいほどの、)
ですが、そういう大罪悪を犯してまで逃れたい程の、
(ひどいひどいたいくつをかんじなければならなかったこのわたしのこころもちも、)
ひどいひどい退屈を感じなければならなかったこの私の心持も、
(すこしはおさっしがねがいたいのです、わたしというおとこは、)
少しはお察しが願いたいのです、私という男は、
(そんなあくじをでもたくらむほかには、なにひとつこのじんせいに)
そんな悪事をでも企む他には、何一つこの人世に
(いきがいをはっけんすることができなかったのです。)
生き甲斐を発見することが出来なかったのです。
(みなさんどうかごはんだんなすってください。)
皆さんどうか御判断なすって下さい。
(わたしはきょうじんなのでしょうか。)
私は狂人なのでしょうか。
(あのさつじんきょうとでもいうものなのでしょうか。)
あの殺人狂とでもいうものなのでしょうか。