江戸川乱歩 屋根裏の散歩者㉒
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問題文
(「おどろかせてすまなかった」おしいれからでたようふくすがたのあけちが、)
「驚かせて済まなかった」押入れから出た洋服姿の明智が、
(にこにこしながらいうのです。「ちょっときみのまねをしてみたのだよ」)
ニコニコしながら云うのです。「ちょっと君の真似をして見たのだよ」
(それはじつに、ゆうれいなぞよりはもっとげんじつてきな、いっそうおそろしいじじつでした。)
それは実に、幽霊なぞよりはもっと現実的な、一層恐ろしい事実でした。
(あけちはきっと、なにもかもさとってしまったのにそういありません。)
明智はきっと、何もかも悟ってしまったのに相違ありません。
(そのときのさぶろうのこころもちは、じつになんともけいようのできないものでした。)
その時の三郎の心持は、実に何とも形容の出来ないものでした。
(あらゆることがらが、あたまのなかでかざぐるまのようにせんてんして、いっそなにも)
あらゆる事柄が、頭の中で風車の様に旋転して、いっそ何も
(おもうことがないときとおなじように、ただぼんやりとして、)
思うことがない時と同じ様に、ただボンヤリとして、
(あけちのかおをみつめているほかはないのです。)
明智の顔を見つめている外はないのです。
(「さっそくだが、これはきみのしゃつのぼたんだろうね」)
「早速だが、これは君のシャツの釦だろうね」
(あけちは、いかにもじむてきなちょうしではじめました。てにはちいさなかいぼたんをもって、)
明智は、如何にも事務的な調子で始めました。手には小さな貝釦を持って、
(それをさぶろうのめのまえにつきだしながら、)
それを三郎の目の前につき出しながら、
(「ほかのげしゅくにんたちもしらべてみたけれども、だれもこんなぼたんを)
「外の下宿人達も調べて見たけれども、誰もこんな釦を
(なくしているものはないのだ。ああ、そのしゃつのだね。)
なくしているものはないのだ。アア、そのシャツのだね。
(そら、にばんめのぼたんがとれているじゃないか」)
ソラ、二番目の釦がとれているじゃないか」
(はっとおもって、むねをみると、なるほど、ぼたんがひとつとれています。)
ハッと思って、胸を見ると、成程、釦が一つとれています。
(さぶろうは、それがいつとれたのやら、すこしもきがつかないでいたのです。)
三郎は、それがいつとれたのやら、少しも気がつかないでいたのです。
(「かたちもおなじだし、まちがいないね、ところで、このぼたんをどこでひろったとおもう。)
「形も同じだし、間違いないね、ところで、この釦をどこで拾ったと思う。
(てんじょううらなんだよ、それも、あのえんどうくんのへやのうえでだよ」)
天井裏なんだよ、それも、あの遠藤君の部屋の上でだよ」
(それにしても、さぶろうはどうして、ぼたんなぞをおとして、)
それにしても、三郎はどうして、釦なぞを落として、
(きづかないでいたのでしょう。それに、あのとき、かいちゅうでんとうで)
気附かないでいたのでしょう。それに、あの時、懐中電燈で
(じゅうぶんしらべたはずではありませんか。)
十分検べた筈ではありませんか。
(「きみがころしたのではないかね。えんどうくんは」)
「君が殺したのではないかね。遠藤君は」
(あけちはむじゃきににこにこしながら、--それがこのばあいいっそうきみわるく)
明智は無邪気にニコニコしながら、--それがこの場合一層気味悪く
(かんじられるのです--さぶろうのやりばにこまっためのなかを、のぞきこんで、)
感じられるのです--三郎のやり場に困った目の中を、覗き込んで、
(とどめをさすようにいうのでした。)
とどめを刺す様に云うのでした。
(さぶろうは、もうだめだとおもいました。たとえあけちがどんなたくみなすいりを)
三郎は、もう駄目だと思いました。たとえ明智がどんな巧みな推理を
(くみたててこようとも、ただすいりだけであったら、いくらでもこうべんの)
組み立てて来ようとも、ただ推理だけであったら、いくらでも抗弁の
(よちがあります。けれども、こんなよきしないしょうこぶつをつきつけられては、)
余地があります。けれども、こんな予期しない証拠物をつきつけられては、
(どうすることもできません。)
どうすることも出来ません。
(さぶろうはいまにもなきだそうとするこどものようなひょうじょうで、いつまでもいつまでも)
三郎は今にも泣き出そうとする子供の様な表情で、いつまでもいつまでも
(だまりこくってつったっていました。ときどきぼんやりとかすんでくるめのまえには、)
黙りこくって衝っ立っていました。時々ボンヤリと霞んで来る目の前には、
(みょうなことに、とおいとおいむかしの、たとえばしょうがっこうじだいのできごとなどが、)
妙な事に、遠い遠い昔の、例えば小学校時代の出来事などが、
(まぼろしのようにうきだしてきたりするのでした。)
幻の様に浮き出して来たりするのでした。
(それからにじかんばかりのち、かれらはやっぱりもとのままのじょうたいで、)
それから二時間ばかりのち、彼らはやっぱり元のままの状態で、
(そのながいあいだ、ほとんどしせいさえもくずさず、さぶろうのへやで)
その長い間、殆ど姿勢さえも崩さず、三郎の部屋で
(そうたいしていました。)
相対していました。