夢野久作 人の顔 5/5
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | てんぷり | 5105 | B+ | 5.3 | 95.7% | 307.1 | 1640 | 72 | 36 | 2024/11/01 |
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問題文
(かつどうをみながらういすきーをちびりちびりやっていたちちおやは、)
活動を見ながらウイスキーをチビリチビリやっていた父親は、
(いよいよいいきげんになってかえりかけた。)
いよいよいい機嫌になって帰りかけた。
(よつやみつけででんしゃをおりると、ふといにごったこえで、なにかはなうたをうたいうたい、)
四谷見付で電車を降りると、太い濁った声で、何か鼻唄を歌い歌い、
(ちえことあとになりさきになりしてきたが、)
チエ子と後になり先になりして来たが、
(やがてわかばじょがっこうのよこのくらいところにはいると、)
やがて嫩葉(わかば)女学校の横の暗いところに這入ると、
(ちょうどきょねんのあきに、ははおやとたちどまったあたりで、)
ちょうど去年の秋に、母親と立ち止まったあたりで、
(ちえこはまたぴったりとたちどまった。)
チエ子は又ピッタリと立ち止まった。
(「おい。はやくこんか。こわいのかああんさおとうさんがてをひいてやろ」)
「オイ。早く来んか。怖いのか…アアン…サ…お父さんが手を引いてやろ…」
(と、にさんけんさきへいきかけたちちおやが、よろめきながらひきかえしてみると、)
と、二三間先へ行きかけた父親が、よろめきながら引返してみると、
(ちえこはくらいみちのまんなかにたちどまって、いっしんにおおぞらをみあげている。)
チエ子は暗い道のまん中に立ち止まって、一心に大空を見上げている。
(「なんだなにをみとるのか」)
「何だ…何を見とるのか」
(「あそこにおかあさまのかおが」)
「…あそこにお母さまの顔が…」
(「ふーんどれどれどこに」)
「フーン…どれどれ…どこに…」
(とちちおやはこしをひくくして、ちえこのゆびのさきをすかしてみた。)
と父親は腰を低くして、チエ子の指の先を透かしてみた。
(「ははああれかははははあれはほしじゃないか。)
「ハハア…あれか…ハハハハ…あれは星じゃないか。
(せいむちうもんじゃよあれは」)
星霧(せいむ)ちうもんじゃよあれは…」
(「でもでもおかあさまのおかおにそっくりよ」)
「…デモ…デモ…お母様のお顔にソックリよ…」
(「うーむ。そうみえるかなあ」)
「ウーム。そう見えるかナア」
(「ねおとうさまあのちいさなほしがいくつもいくつもあるのが)
「…ネ…お父さま…あの小さな星がいくつもいくつもあるのが
(おかあさまのおつむよいつもゆっていらっしゃるね)
お母さまのお髪(つむ)よ…いつも結っていらっしゃる…ネ…
(それからふたつぴかぴかひかっているのがおくちよね」)
それから二つピカピカ光っているのがお口よ…ネ…」
(「うーむ。わからんな。はははははうんうんそれから」)
「…ウーム。わからんな。ハハハハハ…ウンウンそれから…」
(「それからしろいもじゃもじゃしたおはながあって、それからあらあら)
「それから白いモジャモジャしたお鼻があって、ソレカラ…アラ…アラ…
(あのおじさまのかおがあんなところでおかあさまのおかおときっすをして」)
あのオジサマの顔が…あんなところでお母さまのお顔とキッスをして…」
(「あはははははははじょうだんじゃないぞちえこなんだそのおじさまというのは」)
「アハハハハハハハ…冗談じゃないぞチエ子…何だそのオジサマというのは…」
(「あたし、しらないのでもねずっとまえからまいばんうちにいらっしてね)
「…あたし、知らないの…デモネ…ずっと前から毎晩うちにいらっしてネ…
(おかあさまといっしょにおざしきでおねんねなさるのよ。)
お母様と一緒にお座敷でおねんねなさるのよ。
(あんなににこにこしてきっすをしたり、おくちをぽかんとあいたり」)
あんなにニコニコしてキッスをしたり、お口をポカンとあいたり…」
(といいさしてちえこはくちをつぐんだ。)
と云いさしてチエ子は口を噤(つぐ)んだ。
(びっくりしたようにめをまるくして、ちちおやのかおをみた。)
ビックリしたように眼を丸くして、父親の顔を見た。
(しゃがんでいたちちおやは、いつのまにかやみのなかににおうだちになっていた。)
しゃがんでいた父親は、いつの間にか闇の中に仁王立ちになっていた。
(りょうてをふところにつきこんだまま、)
両手をふところに突込んだまま、
(ちえこのかおをあなのあくほどにらみつけていた。)
チエ子の顔を穴のあくほど睨にらみつけていた。
(ちえこはそれをみあげながら、いまにもなきだしそうにめをぱちぱちさした。)
チエ子はそれを見上げながら、今にも泣き出しそうに眼をパチパチさした。
(そうして、いいわけをするかのようにもじもじと、ちいさなゆびをさしあげた。)
そうして、云いわけをするかのようにモジモジと、小さな指をさし上げた。
(「こないだはあそこにおとうさまのおかおがあったのよ」)
「…こないだは…アソコに…お父さまのお顔があったのよ…」