江戸川乱歩 D坂⑧

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1 123 6175 A++ 6.4 96.4% 386.2 2477 92 42 2024/10/19

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問題文

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(けんじのしつもんにたいして、かれらはだいたいさのようにこたえた。)

検事の質問に対して、彼等は大体左(さ)の様に答えた。

(「ぼくはちょうどはちじごろに、このふるほんやのまえにたって、そこのだいにあるざっしを)

「僕は丁度八時頃に、この古本屋の前に立って、そこの台にある雑誌を

(ひらいてみていたのです。すると、おくのほうでなんだかものおとがしたもんですから、)

開いて見ていたのです。すると、奥の方で何だか物音がしたもんですから、

(ふとめをあげてこのしょうじのほうをみますと、しょうじはしまっていましたけれど、)

ふと目を上げてこの障子の方を見ますと、障子は閉まっていましたけれど、

(このこうしのようになったところがあいてましたので、そのすきまに)

この格子の様になった所が開いてましたので、その隙間に

(ひとりのおとこのたっているのがみえました。しかし、わたしがめをあげるのと、)

一人の男の立っているのが見えました。しかし、私が目を上げるのと、

(そのおとこが、このこうしをしめるのとほとんどどうじでしたから、くわしいことは)

その男が、この格子を閉めるのと殆ど同時でしたから、詳しいことは

(むろんわかりませんが、でも、おびのぐあいでおとこだったことはたしかです」)

無論分りませんが、でも、帯の工合で男だったことは確かです」

(「で、おとこだったというほかになにかきづいたてんはありませんか、)

「で、男だったというほかに何か気附いた点はありませんか、

(せかっこうとか、きもののがらとか」)

背格好とか、着物の柄とか」

(「みえたのはこしからしたですから、せかっこうはちょっとわかりませんが、)

「見えたのは腰から下ですから、背格好はちょっと分りませんが、

(きものはくろいものでした。ひょっとしたら、ほそいしまかかすりであったかも)

着物は黒いものでした。ひょっとしたら、細い縞か絣であったかも

(しれませんけれど。わたしのめにはくろむじにみえました」)

知れませんけれど。私の目には黒無地に見えました」

(「ぼくもこのともだちといっしょにほんをみていたんです」ともういっぽうのがくせい、「そして、)

「僕もこの友達と一緒に本を見ていたんです」ともう一方の学生、「そして、

(おなじようにものおとにきづいておなじようにこうしのしまるのをみました。)

同じ様に物音に気附いて同じ様に格子の閉まるのを見ました。

(ですが、そのおとこはたしかにしろいきものをきていました。しまももようもない、)

ですが、その男は確かに白い着物を着ていました。縞も模様もない、

(まっしろなきものです」)

真っ白な着物です」

(「それはへんではありませんか。きみたちのうちどちらかがまちがいでなけりゃ」)

「それは変ではありませんか。君達の内どちらかが間違いでなけりゃ」

(「けっしてまちがいではありません」)

「決して間違いではありません」

(「ぼくもうそはいいません」)

「僕も嘘は云いません」

など

(このふたりのがくせいのふしぎなちんじゅつはなにをいみするか、)

この二人の学生の不思議な陳述は何を意味するか、

(えいびんなどくしゃはおそらくあることにきづかれたであろう。)

鋭敏な読者は恐らくあることに気づかれたであろう。

(じつは、わたしもそれにきづいたのだ。しかし、さいばんしょやけいさつのひとたちは、)

実は、私もそれに気附いたのだ。しかし、裁判所や警察の人達は、

(このてんについて、あまりにふかくかんがえないようすだった。)

この点について、余りに深く考えない様子だった。

(まもなく、しびとのおっとのふるほんやが、しらせをきいてかえってきた。)

間もなく、死人(しびと)の夫の古本屋が、知らせを聞いて帰って来た。

(かれはふるほんやらしくない、きゃしゃな、わかいおとこだったが、さいくんのしがいをみると、)

彼は古本屋らしくない、きゃしゃな、若い男だったが、細君の死骸を見ると、

(きのよわいたちとみえて、こえこそださないけれど、)

気の弱い性質(たち)と見えて、声こそ出さないけれど、

(なみだをぼろぼろこぼしていた。こばやしけいじは、かれがおちつくのをまって、)

涙をぼろぼろ零していた。小林刑事は、彼が落着くのを待って、

(しつもんをはじめた。けんじもくちをそえた。だが、かれらのしつぼうしたことは、)

質問を始めた。検事も口を添えた。だが、彼等の失望したことは、

(しゅじんはぜんぜんはんにんのこころあたりがないというのだ。)

主人は全然犯人の心当りがないというのだ。

(かれは「これにかぎって、ひとさまにうらみをうけるようなものではございません」といって)

彼は「これに限って、人様に怨みを受ける様なものではございません」といって

(なくのだ。それに、かれがいろいろしらべたけっか、ものとりのしわざでないことも)

泣くのだ。それに、彼が色々調べた結果、物とりの仕業でないことも

(たしかめられた。そこで、しゅじんのけいれき、さいくんのみもと)

確かめられた。そこで、主人の経歴、細君の身許

(そのほかさまざまのとりしらべがあったけれど、それらはべつだんうたがうべきてんもなく、)

その他様々の取調べがあったけれど、それらは別段疑うべき点もなく、

(このはなしのすじにたいしたかんけいもないのでりゃくすることにする。)

この話の筋に大した関係もないので略することにする。

(さいごにしびとのからだにあるおおくのなまきずについてけいじのしつもんがあった。)

最後に死人の身体にある多くの生傷について刑事の質問があった。

(しゅじんはひじょうにちゅうちょしておったが、やっとじぶんがつけたのだとこたえた。)

主人は非常に躊躇して居ったが、やっと自分がつけたのだと答えた。

(ところが、そのりゆうについては、くどくたずねられたにもかかわらず、)

ところが、その理由については、くどく訊ねられたにも拘らず、

(あまりめいはくなこたえはあたえなかった。しかし、かれはそのよるずっと)

余り明白な答は与えなかった。しかし、彼はその夜ずっと

(よみせをだしていたことがわかっているのだから、たとえそれが)

夜店を出していたことが分っているのだから、たとえそれが

(ぎゃくたいのきずあとだったとしても、さつがいのうたがいはかからぬはずだ。)

虐待の傷痕だったとしても、殺害の疑いはかからぬ筈だ。

(けいじもそうおもったのか、ふかくせんさくしなかった。)

刑事もそう思ったのか、深く穿鑿しなかった。

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