第四解剖室 スティーヴン・キング 12
問題文
(「おんがくでもながす?」じょいがたずねる。「まーてぃすちゅあーととか)
「音楽でも流す?」女医がたずねる。「マーティ・スチュアートとか
(とにーべねっとがあるけどーー」)
トニー・ベネットがあるけどーー」
(ぴーとがしつぼうのこえをだす。わたしには、そのこえがほとんどきこえないし、)
ピートが失望の声を出す。私には、その声がほとんど聞こえないし、
(じょいのはつげんのいみもすぐにはわからない。まあ、そのほうが)
女医の発言の意味もすぐには分からない。まあ、その方が
(しあわせなのかもしれないが。「わかったわよ」じょいはわらいながらいう。)
幸せなのかも知れないが。「分かったわよ」女医は笑いながら言う。
(「ろーりんぐすとーんずもあるわ」「ほんとに?」)
「ローリング・ストーンズもあるわ」「ほんとに?」
(「ええ、ほんとう。わたしだって、みためほどかたぶつじゃないのよ」)
「ええ、本当。私だって、見た目ほど堅物じゃないのよ」
(「いや、そういういみでいったんじゃない・・・」)
「いや、そういう意味で言ったんじゃない・・・」
(あわてふためいたくちょう。<おれのこえをきけ!>わたしはこおっためでこおりのように)
慌てふためいた口調。<俺の声を聞け!>私は凍った目で氷のように
(しろくつめたいひかりをみあげながら、あたまのうちがわでさけぶ。)
白く冷たい光を見上げながら、頭の内側で叫ぶ。
(<くだらないおしゃべりはやめて、おれのこえをきけ!>さらにくうきが)
<くだらないおしゃべりはやめて、俺の声をきけ!>さらに空気が
(のどをながれくだっていくのがかんじられるとどうじに、こんなかんがえが)
喉を流れ下っていくのが感じられると同時に、こんな考えが
(あたまにうかぶ。わがみになにがおきたのかはしるよしもないが、)
頭に浮かぶ。我が身に何が起きたのかは知るよしもないが、
(そのえいきょうがいまちゃくじつにうすれつつあるのではないか?)
その影響が今着実に薄れつつあるのではないか?
(とはいえこのおもいは、わたしのしこうというすくりーんじょうで、いまにも)
とはいえこの思いは、私の思考というスクリーン上で、いまにも
(きえそうなきてんにすぎない。ほんとうにえいきょうはうすれつつあるのかもしれない。)
消えそうな輝点に過ぎない。本当に影響は薄れつつあるのかもしれない。
(しかし、このじょうたいからかいふくできるかのうせいは、もうすぐかんぜんに)
しかし、この状態から回復できる可能性は、もうすぐ完全に
(かきけされてしまうのだ。いまわたしはこんしんのちからをふりしぼって)
かき消されてしまうのだ。今私は渾身の力を振り絞って
(このふたりにこえをきかせようとしている。こんどこそ、れんちゅうのみみにも)
この二人に声を聞かせようとしている。今度こそ、連中の耳にも
(わたしのこえがとどくはずだ。「だったら、すとーんずにしましょう」)
私の声が届くはずだ。「だったら、ストーンズにしましょう」
(じょいがいう。「もちろん、あなたのさいしょのしんぞうしゅうへんのせっかいさぎょうを)
女医が言う。「もちろん、あなたの最初の心臓周辺の切開作業を
(きねんしてまいけるぼるとんのうたがよければいまからcdを)
記念してマイケル・ボルトンの歌が良ければいまからCDを
(かいにいってもいいけど」「おねがいだからやめてくれ!」ぴーとが)
買いに行ってもいいけど」「お願いだからやめてくれ!」ピートが
(おおげさなこえをあげ、ふたりはこえをあわせてわらう。こえがではじめる。)
大げさな声を上げ、二人は声を合わせて笑う。声が出始める。
(よし、たしかにこれまでよりはおおきなこえだ。きぼうしていたれべるには)
よし、確かにこれまでよりは大きな声だ。希望していたレベルには
(とどかないまでも、じゅうぶんなおおきさのこえではある。)
とどかないまでも、十分な大きさの声ではある。
(これだけおおきなこえならふそくはあるまい。きっとふたりにきこえるはず、)
これだけ大きな声なら不足はあるまい。きっと二人に聞こえるはず、
(きこえるにきまっている。)
聞こえるに決まっている。
(そうして、きゅうそくにかたまりつつあるえきたいのようなくうきをはなのあなから)
そうして、急速に固まりつつある液体のような空気を鼻の穴から
(いっきにおしだそうとおもったそのとき、いきなりふぁずがかかったぎたーの)
一気に押し出そうと思ったその時、いきなりファズがかかったギターの
(ごうおんとみっくじゃがーのうたごえがへやにじゅうまんし、かべにはんきょうしはじめる。)
轟音とミック・ジャガーの歌声が部屋に充満し、壁に反響しはじめる。