ツルゲーネフ はつ恋 ⑮

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(きゅう わたしの「じょうねつ」は、そのひからはじまった。)

九 わたしの「情熱」は、その日から始まった。

(わすれもしない、そのときわたしは、はじめてしゅうしょくしたひとがかんじるはずの、)

忘れもしない、その時私は、初めて就職した人が感じるはずの、

(あのいっしゅのきもちとおなじものをあじわった。)

あの一種の気持ちと同じものを味わった。

(つまりわたしは、もはやただのこどもでもしょうねんでもなくて、こいするひとになったのだ。)

つまり私は、もはやただの子供でも少年でもなくて、恋する人になったのだ。

(いまわたしは、そのひからわたしのじょうねつがはじまったといったが、もひとつそのうえに、)

今わたしは、その日から私の情熱が始まったと言ったが、もひとつその上に、

(わたしのなやみもそのひからはじまったと、いいそえてもいいだろう。)

私の悩みもその日から始まったと、言い添えてもいいだろう。

(じないーだがいないと、わたしはきがめいった。なにひとつあたまにうかんでこず、)

ジナイーダがいないと、私は気が滅入った。何ひとつ頭に浮かんでこず、

(なにごともてにつかなかった。わたしはなんにちもぶっつづけに、あけてもくれても、)

何事も手につかなかった。私は何日もぶっつづけに、明けても暮れても、

(しきりにかのじょのことをおもっていた。わたしはきがめいった。)

しきりに彼女のことを思っていた。私は気が滅入った。

(とはいえ、かのじょがいるときでも、べつにきがらくになったわけではない。)

とはいえ、彼女がいる時でも、別に気が楽になったわけではない。

(わたしはしっとしたり、じぶんのちっぽけさかげんにあいそをつかしたり、)

私は嫉妬したり、自分のちっぽけさ加減に愛想を尽かしたり、

(ばかみたいにすねてみたり、ばかみたいにへいつくばったり、)

馬鹿みたいに拗ねてみたり、馬鹿みたいに平つくばったり、

(そのくせ、どうにもならないいんりょくでかのじょのほうへひきつけられて、)

そのくせ、どうにもならない引力で彼女の方へ引き付けられて、

(かのじょのいまのしきいをまたぐつど、わたしはおもわずしらず、)

彼女の居間の敷居をまたぐ都度、私は思わず知らず、

(こうふくのおののきにそうみがふるえるのだった。じないーだはすぐさま、)

幸福のおののきに総身が震えるのだった。ジナイーダはすぐさま、

(わたしがかのじょにこいしていることをみぬいたし、わたしのほうでも、べつにそれをかくそうとも)

私が彼女に恋していることを見抜いたし、私の方でも、別にそれを隠そうとも

(おもわなかった。かのじょは、わたしのじょうねつをおもしろがって、わたしをからかったり、)

思わなかった。彼女は、わたしの情熱を面白がって、私をからかったり、

(あまやかしたり、いじめたりした。いったい、たにんのために、そのさいだいのよろこびや、)

甘やかしたり、いじめたりした。いったい、他人のために、その最大の喜びや、

(そのていしれぬかなしみの、ゆいいつむにのげんせんになったり、またはそれらの、)

その底知れぬ悲しみの、唯一無二の源泉になったり、またはそれらの、

(ぜったいしじょうにしてむせきにんなげんいんになったりするのは、こころよいものであるが、)

絶対至上にして無責任な原因になったりするのは、快いものであるが、

など

(まったくわたしは、じないーだのてにかかったがさいご、まるでぐにゃぐにゃなろうみたいな)

全く私は、ジナイーダの手にかかったが最後、まるでぐにゃぐにゃな蝋みたいな

(ものだった。)

ものだった。

(とはいえ、なにもわたしだけが、かのじょにこいしていたわけではなかった。)

とはいえ、何もわたしだけが、彼女に恋していたわけではなかった。

(かのじょのいえにやってくるおとこというおとこは、みんなかのじょにのぼせあがっていたし、)

彼女の家にやってくる男と言う男は、みんな彼女にのぼせあがっていたし、

(かのじょのほうではそれをみんなくさりにつないで、じぶんのあしもとにかっていたわけなのだ。)

彼女の方ではそれをみんな鎖につないで、自分の足元に飼っていたわけなのだ。

(そうしたおとこたちのむねに、あるいはきぼうを、あるいはふあんをよびおこしたり、)

そうした男たちの胸に、あるいは希望を、あるいは不安を呼びおこしたり、

(こっちのきのむきようでひとつで、かれらをきりきりまいさせたりするのが)

こっちの気の向きようで一つで、彼らをきりきり舞いさせたりするのが

((それをかのじょは、にんげんのぶつけあい、とよんでいた)、かのじょにはおもしろくて)

(それを彼女は、人間のぶつけ合い、と呼んでいた)、彼女には面白くて

(ならなかったのである。しかもおとこたちのほうでは、それにこうぎをもうしたてるどころか)

ならなかったのである。しかも男達の方では、それに抗議を申し立てるどころか

(よろこんでかのじょのいいなりになっていたのだ。はつらつとしてうつくしいかのじょというにんげん)

喜んで彼女の言いなりになっていたのだ。溌剌として美しい彼女と言う人間

(のなかには、ずるさとのんきさ、ぎこうとそぼく、おとなしさとやんちゃさ、)

のなかには、狡さと暢気さ、技巧と素朴、おとなしさとやんちゃさ、

(といったようなものが、いっしゅとくべつなみりょくあるまじりあいをしていた。)

といったようなものが、一種特別な魅力ある混じり合いをしていた。

(かのじょのいうことなすこと、かのじょのみぶりものごしのはしはしにも、びみょうな、)

彼女の言うことなすこと、彼女の身振り物ごしのはしはしにも、微妙な、

(ふわふわしたみりょくがただよって、そのすみずみにまで、たにんにはまねできぬ、)

ふわふわした魅力が漂って、その隅々にまで、他人には真似できぬ、

(ぴちぴちしたちからがあふれていた。かのじょのかおつきも、しょっちゅうかわって、)

ぴちぴちした力が溢れていた。彼女の顔つきも、しょっちゅう変わって、

(やはりぴちぴちしていた。それはほとんどどうじに、れいしょうをあらわしもすれば、)

やはりぴちぴちしていた。それはほとんど同時に、冷笑を表しもすれば、

(ものおもいをあらわしもし、じょうねつのひょうじょうにもなるのであった。)

物思いを表しもし、情熱の表情にもなるのであった。

(まるではれたかぜのあるひのくものかげのように、かるいすばしこいいろとりどりのじょうかんが)

まるで晴れた風のある日の雲の陰のように、軽いすばしこい色とりどりの情感が

(たえずかのじょのめやくちびるのほとりに、ちらついているのだった。)

絶えず彼女の眼や唇のほとりに、ちらついているのだった。

(かのじょにとって、じぶんのすうはいしゃはだれもかれも、みんないりようなじんぶつだった。)

彼女にとって、自分の崇拝者は誰もかれも、みんな入用な人物だった。

(べろうぞーろふは、かのじょからときによっては、「わたしのもうじゅうさん」とよばれたり、)

ベロウゾーロフは、彼女から時によっては、「私の猛獣さん」と呼ばれたり、

(ときによってはかんたんに、「わたしの」とよばれたりしていたが、)

時によっては簡単に、「わたしの」と呼ばれたりしていたが、

(かのじょのためとあらばひのなかへもとびこみかねないおとこである。)

彼女のためとあらば火の中へも飛び込みかねない男である。

(じぶんのあたまのはたらきにもじしんはないし、ほかにこれといったとりえもないと)

自分の頭の働きにも自信はないし、ほかにこれといった取柄もないと

(あきらめているかれは、しょっちゅうかのじょにけっこんをもうしこんで、)

あきらめている彼は、しょっちゅう彼女に結婚を申し込んで、

(ほかのおとこのいうことは、ようするにからねんぶつにすぎないと、ほのめかすのであった。)

ほかの男の言う事は、要するに空念仏に過ぎないと、ほのめかすのであった。

(まいだーのふは、かのじょのたましいのなかにあるしてきなそしつのおあいてをつとめていた。)

マイダーノフは、彼女の魂のなかにある詩的な素質のお相手をつとめていた。

(ほとんどすべてのぶんしのたぶんにもれず、かれもかなりつめたいにんげんだったが、)

ほとんどすべての文士の多分に漏れず、彼もかなり冷たい人間だったが、

(それでいてじぶんがじないーだをすうはいしているものと、しゃにむにあいてに)

それでいて自分がジナイーダを崇拝しているものと、遮二無二相手に

(おもいこませようとしていたのみか、どうやらじぶんでも、そうおもいこもう)

思い込ませようとしていたのみか、どうやら自分でも、そう思い込もう

(としているらしかった。むじんぞうともいうべきしくに、かのじょへのさんびのじょうを)

としているらしかった。無尽蔵ともいうべき詩句に、彼女への讃美の情を

(たくしては、それを、どこかしらふしぜんでもあればしんけんでもあるかんげきをもって、)

託しては、それを、どこかしら不自然でもあれば真剣でもある感激をもって、

(かのじょにろうどくしてきかせる。かのじょのほうでは、このおとこにきょうめいするめんもあり、)

彼女に朗読して聞かせる。彼女の方では、この男に共鳴する面もあり、

(いささかおひゃらかしぎみでもあった。あまりこのおとこをしんようしていないかのじょは、)

いささかおひゃらかし気味でもあった。あまりこの男を信用していない彼女は、

(かれのしんじょうのとろもいいかげんききあきると、ぷーきしんをろうどくさせるのだった。)

彼の真情の吐露もいい加減聞き飽きると、プーキシンを朗読させるのだった。

(それは、かのじょのいいぐさにしたがえば、くうきをきよめるためだった。)

それは、彼女の言い草に従えば、空気を清めるためだった。

(つぎにるーしんは、ひにくやで、ろこつなどくぜつをふるういしゃだったが、)

次にルーシンは、皮肉屋で、露骨な毒舌をふるう医者だったが、

(かのじょというものをいちばんよくみており、まただれよりふかくかのじょをあいしてもいながら、)

彼女というものを一番よく見ており、また誰より深く彼女を愛してもいながら、

(そのくせかげでもめんぜんでも、かのじょのわるくちばかりいっていた。)

そのくせ陰でも面前でも、彼女の悪口ばかり言っていた。

(かのじょは、このおとこをそんけいしてはいたものの、さりとてけっしてようしゃはせず、)

彼女は、この男を尊敬してはいたものの、さりとて決して容赦はせず、

(ときどき、いっしゅとくべつな、さもこぎみよげなまんぞくのおももちで、)

時々、一種特別な、さも子気味よげな満足の面持ちで、

(かれだってやはりじぶんのしゅちゅうにあるのだということを、)

彼だってやはり自分の手中にあるのだということを、

(かれにかんづかせるようにしむけるのだった。)

彼に感づかせるようにしむけるのだった。

(「わたし、こけっとなのよ。にんじょうなんかないわ。まあ、やくしゃむきのみずしょう)

「わたし、コケットなのよ。人情なんかないわ。まあ、役者向きの水性

(なんだわ」と、かのじょはあるひ、わたしのいるまえで、かれにいったことがある。)

なんだわ」と、彼女はある日、私のいる前で、彼に言ったことがある。

(「あ、いいことがある!さ、てをだしなさい。ぴんをつっさしてあげるから。)

「あ、いいことがある!さ、手を出しなさい。ピンを突っ刺してあげるから。

(するとあなたは、このぼっちゃんのてまえはずかしいでしょうし、)

するとあなたは、この坊ちゃんの手前恥ずかしいでしょうし、

(それにいたくもあるでしょう。でもね、あなたはわらってみせてちょうだい。)

それに痛くもあるでしょう。でもね、あなたは笑って見せてちょうだい。

(いいこと、くんしさん」)

いいこと、君子さん」

(るーしんはあかくなってかおをそむけ、くちびるをかみしめたが、けっきょくそのてをさしだした。)

ルーシンは赤くなって顔をそむけ、唇をかみしめたが、結局その手を差出した。

(かのじょがぴんをつっさすと、まさしくかれはわらいだした。)

彼女がピンを突っ刺すと、まさしく彼は笑い出した。

(かのじょもこえをたててわらいながら、そのぴんをかなりふかくさしこんで、)

彼女も声を立てて笑いながら、そのピンをかなり深く刺し込んで、

(むなしくあちこちそらそうとするかれのめを、じっとのぞきこむのだった。・・・)

むなしくあちこち外らそうとする彼の眼を、じっと覗き込むのだった。・・・

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