ツルゲーネフ はつ恋 21
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問題文
(じゅうさんそのひはいちにちじゅう、わたしはたまらないほどうきうきと)
十三 その日は一日じゅう、わたしは堪らないほど浮き浮きと
(ほこらかなきもちだった。のみならず、じないーだのきすのかんしょくも、)
誇らかな気持だった。のみならず、ジナイーダのキスの感触も、
(かおいちめんにありありとのこっていたので、わたしはこうふんにみぶるいしながら)
顔一面にありありと残っていたので、わたしは興奮に身震いしながら
(かのじょのことばをひとつひとつおもいうかべたり、じぶんのおもいがけないこうふくを、)
彼女の言葉を一つ一つ思い浮べたり、自分の思いがけない幸福を、
(むねのそこでめでいつくしんだりしていた。それで、げんにそうした)
胸の底で愛でいつくしんだりしていた。それで、現にそうした
(あたらしいかんかくのみなもとをなしたとうのかのじょにあうのが、むしろおそろしくなって、)
新しい感覚の源をなした当の彼女に会うのが、むしろ怖ろしくなって、
(できることならあいたくない、とおもったほどであった。もうこのうえ、)
できることなら会いたくない、と思ったほどであった。もうこの上、
(なにひとつうんめいからもとめてはいけない、いまこそ「おもいっきり、)
何ひとつ運命から求めてはいけない、今こそ「思いっきり、
(こころゆくまでさいごのいきをついて、そのまましんでしまえばいいのだ」)
心ゆくまで最後の息をついて、そのまま死んでしまえばいいのだ」
(と、そんなきもちがした。そのむくいは、てきめんで、)
と、そんな気持がした。そのむくいは、てきめんで、
(あくるひわたしははなれへでかけるみちみち、ひどいとうわくをかんじた。)
あくる日わたしは傍屋へ出かける道々、ひどい当惑を感じた。
(それは、じぶんこそひみつをまもれますぞと、たにんにみせつけたがっている)
それは、自分こそ秘密を守れますぞと、他人に見せつけたがっている
(にんげんにつうゆうの、ひかえめならいらくのかめんなどでは、)
人間に通有の、控え目な磊落の仮面などでは、
(とてもかくしおおせるものではなかった。じないーだはいささかのこころのみだれ)
とても匿しおおせるものではなかった。ジナイーダはいささかの心の乱れ
(もみせず、すこぶるむぞうさにわたしをむかえたが、ただゆびをいっぽんたてておどかす)
も見せず、すこぶる無造作にわたしを迎えたが、ただ指を一本立てて脅かす
(まねをして、どこかあおあざはできなかったかときいた。わたしのせっかくのひかえめな)
真似をして、どこか青あざはできなかったかと訊いた。わたしの折角の控え目な
(らいらくさも、ものものしいたいども、そのしゅんかんにけしとんでしまったばかりか、)
磊落さも、ものものしい態度も、その瞬間に消しとんでしまったばかりか、
(それといっしょに、うじうじしたとうわくのかんじもなくなった。)
それと一緒に、うじうじした当惑の感じもなくなった。
(もちろんわたしは、なにもとくべつなことをきたいしていたわけではないが、)
勿論わたしは、何も特別なことを期待していたわけではないが、
(とにかくじないーだのおちつきはらったたいどにぶつかって、)
とにかくジナイーダの落着きはらった態度にぶつかって、
(まるであたまかられいすいをあびせかけられたようなていたらくだった。)
まるで頭から冷水を浴びせかけられたような体たらくだった。
(じぶんは、このひとのめからみればほんのあかんぼうなのだと、わたしはしみじみ)
自分は、この人の目から見ればほんの赤ん坊なのだと、わたしはしみじみ
(おもいしって、ひどくつらいきもちがしてきたのだ。じないーだはへやのなかを)
思い知って、ひどく辛い気持がしてきたのだ。ジナイーダは部屋のなかを
(いったりきたりしていたが、わたしのかおをみるたびごとに、すばやいびしょう)
行ったり来たりしていたが、わたしの顔を見るたびごとに、素早い微笑
(をうかべてみせた。とはいえ、かのじょのおもいがどこかとおくにあることは、)
を浮べてみせた。とはいえ、彼女の思いがどこか遠くにあることは、
(わたしにはありありとみてとられた。「いっそ、じぶんのほうから、)
わたしにはありありと見て取られた。「いっそ、自分の方から、
(きのうのはなしをもちだしてみようか」と、わたしはかんがえた。)
昨日の話を持ち出してみようか」と、わたしは考えた。
(あんなにいそいで、いったいどこへいったのか、それをきいて、)
あんなに急いで、いったいどこへ行ったのか、それを訊いて、
(すっかりどろをはかせてしまおうか」とはおもったものの、)
すっかり泥を吐かせてしまおうか」とは思ったものの、
(わたしはただかたてをふっただけで、すみのほうにこしをおろした。)
わたしはただ片手を振っただけで、隅の方に腰を下ろした。
(べろヴぞーろふがはいってきた。かれがきたので、わたしはうれしかった。)
ベロヴゾーロフが入って来た。彼が来たので、わたしは嬉しかった。
(「じつは、あなたのごようにたつようなおとなしいうまが、)
「実は、あなたの御用に立つようなおとなしい馬が、
(まだみつかりませんでね」とかれは、つっけんどんなこえでいった。)
まだ見つかりませんでね」と彼は、つっけんどんな声で言った。
(「ふらいたーくのやつが、きっといっとうだけうけあったというのですが、)
「フライタークのやつが、きっと一頭だけ受けあったと言うのですが、
(どうもしんようできません。あぶないものですよ」 )
どうも信用できません。危ないものですよ」
(「なぜあぶないなんて、おおもいになるの」と、じないーだはきいた。)
「なぜ危ないなんて、お思いになるの」と、ジナイーダは訊いた。
(「うかがいたいもんだわ」「なぜですって?だってあなたは、)
「伺いたいもんだわ」「なぜですって? だってあなたは、
(うまのこころえがないじゃないですか。ひょっとして、どんなことがもちあがるか、)
馬の心得がないじゃないですか。ひょっとして、どんなことがもちあがるか、
(わかりませんからねえ。だがそれにしてもきゅうにうまにのろうなんて、)
わかりませんからねえ。だがそれにしても急に馬に乗ろうなんて、
(えらいきまぐれをおこされたものですねえ」)
えらい気まぐれを起されたものですねえ」
(「ふふ、それはわたしのかってよ、しんあいなるもうじゅうさん。)
「ふふ、それはわたしの勝手よ、親愛なる猛獣さん。
(そんなわけでしたら、わたし、ぴょーとるヴぁしーりえヴぃちにおねがいするわ)
そんなわけでしたら、わたし、ピョートル・ヴァシーリエヴィチにお願いするわ
((わたしのちちは、ぴょーとるヴぁしーりえヴぃちというなだった。)
(わたしの父は、ピョートル・ヴァシーリエヴィチという名だった。
(わたしは、かのじょがちちのなをさもきがるに、らくらくとくちにするのにびっくりした。)
わたしは、彼女が父の名をさも気軽に、楽々と口にするのにびっくりした。
(まるでちちならば、いつでもかのじょのごようめいにおうずるように、ひびいたからである))
まるで父ならば、いつでも彼女の御用命に応ずるように、響いたからである)
(おやおや」と、べろヴぞーろふがやりかえした。「あなたは、あのひとといっしょに)
おやおや」と、ベロヴゾーロフがやり返した。「あなたは、あの人と一緒に
(とおのりなさるおつもりでしたか」「あのひととだろうと、ほかのひととだろうと、)
遠乗りなさるおつもりでしたか」「あの人とだろうと、ほかの人とだろうと、
(あなたのしったことじゃなくてよ。ただ、あなたとではないことは、)
あなたの知ったことじゃなくてよ。ただ、あなたとではないことは、
(はっきりしているわ」「ぼくとではない」と、べろヴぞーろふはおうむがえしに)
はっきりしているわ」「僕とではない」と、ベロヴゾーロフは鸚鵡返しに
(「どうぞごずいいに。まあいいです。とにかくうまは、てにはいれてさしあげますよ」)
「どうぞ御随意に。まあいいです。とにかく馬は、手に入れて差上げますよ」
(「でも、よくって、うしみたいなのろくさしたのだったら、ねがいさげよ。)
「でも、よくって、牛みたいなのろくさしたのだったら、願い下げよ。
(よくもうしあげときますけど、わたしはぎゃろっぷでとばしたいのよ」)
よく申上げときますけど、わたしはギャロップで飛ばしたいのよ」
(「ぎゃろっぷもけっこうでしょう。でもそれは、まれーふすきいとですか?)
「ギャロップも結構でしょう。でもそれは、マレーフスキイとですか?
(え、だれとなんですか?」「おや、あのひととじゃいけなくって、ぐんじんさん? )
え、誰となんですか?」「おや、あの人とじゃいけなくって、軍人さん?
(まああんしんしてちょうだい」と、かのじょはいいそえた。「あんまりめかどを)
まあ安心してちょうだい」と、彼女は言い添えた。「あんまり目に角を
(たてないでね。あなたともいっしょにいくつもりよ。あなただってしってるでしょう)
立てないでね。あなたとも一緒に行くつもりよ。あなただって知ってるでしょう
(まれーふすきいなんて、いまじゃわたしにゃ、ぴ、ぴーだわ」)
マレーフスキイなんて、今じゃわたしにゃ、ぴ、ぴーだわ」
(そういって、かのじょはかぶりをふった。「そんなことをおっしゃるのは、)
そう言って、彼女はかぶりを振った。「そんなことをおっしゃるのは、
(ぼくのきやすめのためですね」と、べろヴぞーろふはふてくさった。)
僕の気休めのためですね」と、ベロヴゾーロフはふてくさった。
(じないーだはめをほそめた。「そんなことがきやすめになるの?)
ジナイーダは眼を細めた。「そんなことが気休めになるの?
(おやまあ、あきれたぐんじんさんだこと」と、かのじょはやがてのはてに)
おやまあ、あきれた軍人さんだこと」と、彼女はやがての果てに
(ほかのことばがみあたらないようなちょうしで、そういった。)
ほかの言葉が見当らないような調子で、そう言った。
(「で、ヴぉるでまーるさん、あなた、わたしたちといっしょにいらっしゃる?」)
「で、ヴォルデマールさん、あなた、わたしたちと一緒にいらっしゃる?」
(「ぼくはにがてなんです、おおぜいのひとまえへでるのは」)
「僕は苦手なんです、大勢の人前へ出るのは」
(とわたしは、めをあげずにつぶやいた。 )
とわたしは、眼を上げずにつぶやいた。
(「あなたは、さしむかいのほうがいいのね?いいわ。じゆうなものにはじゆうを、)
「あなたは、差向いの方がいいのね?いいわ。自由な者には自由を、
(すくわれたものには・・・てんごくをあたえよだわ」とかのじょは、ほっとためいきをついていった。)
救われた者には…天国を与えよだわ」と彼女は、ほっと溜息をついて言った。
(「よくって、べろヴぞーろふさん、ひとはだぬいでちょうだいね。)
「よくって、ベロヴゾーロフさん、一肌脱いでちょうだいね。
(わたしばは、あしたいるんですから」「でもね、おかねはどこからはいるの?)
わたし馬は、明日要るんですから」「でもね、お金はどこから入るの?
(と、こうしゃくふじんが、くちをいれた。じないーだはまゆをしかめた。 )
と、公爵夫人が、口を入れた。ジナイーダは眉をしかめた。
(「おかあさまにだしていただこうとはいやしないわ。)
「お母様に出して頂こうとは言やしないわ。
(べろヴぞーろふさんがいちじたてかえてくださるわよ」 )
ベロヴゾーロフさんが一時立て替えて下さるわよ」
(「たてかえてくださる、たてかえて・・・」と、こうしゃくふじんはぼそぼそいったが、)
「立て替えて下さる、立て替えて…」と、公爵夫人はぼそぼそ言ったが、
(とつぜん、こえをかぎりにわめきたてた。「どぅにゃーしかや!」)
突然、声を限りにわめき立てた。「ドゥニャーシカや!」
(「まま、よびりんがあげてあるじゃないの」と、れいじょうがちゅういした。)
「ママ、呼鈴があげてあるじゃないの」と、令嬢が注意した。
(「どぅにゃーしかや!」と、ろうふじんはまたどなった。)
「ドゥニャーシカや!」と、老夫人はまたどなった。
(べろヴぞーろふはわかれをつげた。わたしもいっしょにかえった。)
ベロヴゾーロフは別れを告げた。わたしも一緒に帰った。
(じないーだは、わたしをひきとめなかった。)
ジナイーダは、わたしを引留めなかった。