ツルゲーネフ はつ恋 22
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問題文
(じゅうよんあくるあさ、わたしははやくおきて、にわのきでつえをいっぽんつくると、)
十四 あくる朝、わたしは早く起きて、庭の木で杖を一本作ると、
(じょうもんのそとへでていった。ちょっとさんぽをして、うさばらしをしてやれ、)
城門の外へ出て行った。ちょっと散歩をして、うさ晴らしをしてやれ、
(とおもったのである。からりとはれたひで、ひざしはあかるかったが、)
と思ったのである。からりと晴れた日で、日ざしは明るかったが、
(あついほどではなかった。こころよいさわやかなかぜが、ちじょうをさまよって、)
暑いほどではなかった。快いさわやかな風が、地上をさまよって、
(あらゆるものをそよがせながら、しかもざわつかせるほどではなく、)
あらゆるものをそよがせながら、しかもざわつかせるほどではなく、
(てきどにさやさやとたわむれていた。わたしはながいこと、やまやもりをあるきまわった。)
適度にさやさやと戯れていた。わたしは長いこと、山や森を歩き回った。
(わたしはじぶんを、こうふくだとおもっていたわけではない。)
わたしは自分を、幸福だと思っていたわけではない。
(げんにいえをでたときも、おもうさまゆうしゅうにひたりにいくつもりだったのである。)
現に家を出た時も、思うさま憂愁にひたりに行くつもりだったのである。
(ところがやがて、せいしゅんや、ほがらかなてんきや、さわやかなくうきや、)
ところがやがて、青春や、ほがらかな天気や、さわやかな空気や、
(さっさとあるくこころよさや、しげったくさのうえにひとりみをよこたえるよいごこちや)
さっさと歩く快さや、茂った草の上にひとり身を横たえる酔い心地や
(そうしたもののほうがかちをしめてしまった。あのわすれられぬことばのふしぶしや、)
そうしたものの方が勝ちを占めてしまった。あの忘れられぬ言葉のふしぶしや、
(あのきすのあめのおもいでが、またもやわたしのむねにこみあげてきた。)
あのキスの雨の思い出が、またもやわたしの胸にこみあげて来た。
(とにかくじないーだは、わたしのおもいきったゆうかんなふるまいをせいとうに)
とにかくジナイーダは、わたしの思い切った勇敢な振舞いを正当に
(みとめずにはいられないのだと、そうおもうとゆかいだった。)
認めずにはいられないのだと、そう思うと愉快だった。
(「あのひとのめにはほかのやつらのほうがりっぱにみえるのだ」と、わたしはかんがえた。)
「あの人の目にはほかのやつらの方が立派に見えるのだ」と、わたしは考えた。
(「なあに、かまうもんか!そのかわり、やつらはただ、やりますというだけだが、)
「なあに、かまうもんか!その代り、やつらはただ、やりますと言うだけだが、
(ぼくは、みごとやってのけたんだからな!それにあのひとのためなら、)
僕は、見事やってのけたんだからな!それにあの人のためなら、
(まだまだどえらいことをやってみせられるんだからな」)
まだまだどえらいことをやって見せられるんだからな」
(いろんなくうそうが、はたらきはじめた。わたしは、じぶんがかのじょを)
いろんな空想が、働き始めた。わたしは、自分が彼女を
(てきのしゅちゅうからすくいだすありさまや、ちまみれになったじぶんがかのじょをろうやから)
敵の手中から救い出す有様や、血まみれになった自分が彼女を牢屋から
(うばいだすこうけいや、そしてとうとうかのじょのあしもとでしぬばめんを、)
奪い出す光景や、そしてとうとう彼女の足もとで死ぬ場面を、
(つぎつぎにこころにえがきだした。わたしは、うちのきゃくまにかかっているえをおもいだした。)
次々に心に描き出した。わたしは、うちの客間にかかっている絵を思い出した。
(それは、まれくあでるがまてぃるだをうばいさるところだったが、)
それは、マレク・アデルがマティルダを奪い去るところだったが、
(ちょうどそのとたんに、まだらなおおきなきつつきがあらわれて、)
ちょうどその途端に、まだらな大きなキツツキが現われて、
(ほっそりしたしらかばのみきをせかせかとのぼりはじめたので、)
ほっそりした白樺の幹をせかせかと登り始めたので、
(すっかりそのほうにきをとられてしまった。きつつきがみきのかげから、)
すっかりそのほうに気を取られてしまった。キツツキが幹の陰から、
(しんぱいそうなかおをみぎにひだりにのぞかせるかっこうは、こんとらばすのくびのかげから)
心配そうな顔を右に左にのぞかせる格好は、コントラバスの首の陰から
(がくしがくびをのぞかせるようすにそっくりだった。)
楽師が首をのぞかせる様子にそっくりだった。
(それからわたしは、「しろきゆきにはあらねども」をうたいだしたが、)
それからわたしは、「白き雪にはあらねども」を歌い出したが、
(それがやがて、そのころはやっていた「そよかぜふけば、われきみをまつ」)
それがやがて、その頃はやっていた「そよ風ふけば、われ君を待つ」
(というかようにかわり、しばらくするとわたしはおおごえで、)
という歌謡にかわり、しばらくするとわたしは大声で、
(ほみゃこーふのひげきのなかの、ほしによびかけるえるまーくのことばをろうどくしだした)
ホミャコーフの悲劇のなかの、星に呼びかけるエルマークの言葉を朗読し出した
(そうかとおもうとまた、たじょうたかんないっぺんのしをつくろうとやしんをおこして、)
そうかと思うとまた、多情多感な一編の詩を作ろうと野心を起して、
(ぜんぺんのけっくになるべきいっこうをさえおもいついた。)
全編の結句になるべき一行をさえ思いついた。
(それは、「おお、じないーだ!じないーだ!」というくだったが、)
それは、「おお、ジナイーダ! ジナイーダ!」という句だったが、
(けっきょくものにならなかった。そうこうするうちに、そろそろひるめしのじこくになった。)
結局ものにならなかった。そうこうするうちに、そろそろ昼飯の時刻になった。
(わたしはたにまへおりていった。ほそいすなのこみちが、たにまをうねって、)
わたしは谷間へ下りて行った。細い砂の小道が、谷間をうねって、
(まちへみちびいていた。わたしは、そのこみちをあるきだした。)
町へみちびいていた。わたしは、その小道を歩き出した。
(ふと、なんびきかうまのひづめのおとが、うしろからにぶくひびいてきた。)
ふと、何匹か馬の蹄の音が、後ろから鈍く響いてきた。
(わたしはふりかえると、おもわずたちどまって、ひさしのついたぼうしをぬいだ。)
わたしは振返ると、思わず立ち止って、ひさしのついた帽子をぬいだ。
(ちちとじないーだのすがたを、みとめたからである。)
父とジナイーダの姿を、みとめたからである。
(ふたりはならんでうまをあゆませていた。ちちはなにやらしきりにかのじょにはなしかけながら、)
二人は並んで馬を歩ませていた。父は何やらしきりに彼女に話しかけながら、
(どうたいをすっかりかのじょのほうへかたむけ、かたてをうまのくびについていた。)
胴体をすっかり彼女の方へ傾け、片手を馬の首についていた。
(ちちはびしょうをうかべていた。じないーだは、きっとめをふせ、)
父は微笑を浮べていた。ジナイーダは、きっと眼を伏せ、
(くちびるをかみしめて、だまってちちのことばにみみをかたむけていた。)
唇を噛みしめて、黙って父の言葉に耳を傾けていた。
(わたしがまずめにしたのは、このふたりだけだったが、やがてすぐそのあとをおって)
わたしがまず目にしたのは、この二人だけだったが、やがてすぐその後を追って
(たにのまがりかどから、べろヴぞーろふのすがたがぬっとあらわれた。)
谷の曲り角から、ベロヴゾーロフの姿がぬっと現われた。
(がいとうのついたけいきへいのぐんぷくをきて、あわをふいたくろうまにのっている。)
外套のついた軽騎兵の軍服を着て、泡をふいた黒馬に乗っている。
(しゅんめはくびをふりふり、はないきをたてて、おどりはねている。)
駿馬は首を振り振り、鼻息を立てて、踊りはねている。
(のりては、たづなをひいたり、はくしゃをあてたり、おおさわぎだ。)
乗り手は、手綱を引いたり、拍車を当てたり、大騒ぎだ。
(わたしは、わきへよけた。ちちはたづなをひいて、じないーだからみをはなし、)
わたしは、わきへよけた。父は手綱を引いて、ジナイーダから身を離し、
(かのじょはしずかにちちをみあげた。そのままふたりは、かけさってしまった。)
彼女は静かに父を見上げた。そのまま二人は、駆け去ってしまった。
(べろヴぞーろふは、さーべるをがちゃつかせて、まっしぐらにそのあとをおった)
ベロヴゾーロフは、サーベルをがちゃつかせて、まっしぐらにそのあとを追った
(「あいつ、えびみたいにあかくなってる」と、わたしはこころにおもった。)
『あいつ、蝦みたいに赤くなってる』と、わたしは心に思った。
(「それにひきかえ、なぜかのじょはあんなにあおいんだろう?)
「それにひきかえ、なぜ彼女はあんなに青いんだろう?
(あさいっぱいばをのりまわしたくせに、あおいかおをしているとは?」)
朝いっぱい馬を乗りまわしたくせに、青い顔をしているとは?」
(わたしはあゆみをにばいほどもはやめて、やっとひるめしにまにあった。)
わたしは歩みを二倍ほども早めて、やっと昼飯にまにあった。
(ちちはもうふくをあらため、かおをあらったあとのさっぱりしたきしょくで、)
父はもう服を改め、顔を洗ったあとのさっぱりした気色で、
(ははのひじかけいすのそばにこしをおろして、もちまえのなだらかなひびきのいいこえで、)
母の肘掛椅子のそばに腰を下ろして、持ち前のなだらかな響きのいい声で、
(「とうろんしんぶんじゅるなるででぱ」のざつろくらんをよんでやっていた。)
「討論新聞ジュルナル・デ・デパ」の雑録欄を読んでやっていた。
(ははのほうは、あまりみをいれずにきいていて、わたしのすがたをみると、)
母の方は、あまり身を入れずに聞いていて、わたしの姿を見ると、
(いちにちどこへくもがくれしていたのかとたずねた。かててくわえて、)
一日どこへ雲隠れしていたのかと尋ねた。かてて加えて、
(どこのうまのほねだかしれないようなあいてと、わけのわからないばしょをうろつくのは)
どこの馬の骨だか知れないような相手と、わけのわからない場所をうろつくのは
(だいきらいだよといいたした。でもぼくは、ひとりでさんぽしていたのですよと、)
だい嫌いだよと言い足した。でも僕は、一人で散歩していたのですよと、
(わたしはこたえようとしたが、ふとちちのかおをうかがうと、なぜかだまってしまった。)
わたしは答えようとしたが、ふと父の顔をうかがうと、なぜか黙ってしまった。