ツルゲーネフ はつ恋 25
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問題文
(そのひとは、おごったいしょうもきていないし、ほうせきもつけてはいず、)
その人は、おごった衣裳も着ていないし、宝石もつけてはいず、
(だれもそのなをしるひとはありません。けれど、そのひとはわたしをまちうけているし)
誰もその名を知る人はありません。けれど、その人はわたしを待ち受けているし
(また、わたしがきっといくものとしんじきっています。)
また、わたしがきっと行くものと信じきっています。
(ええ、わたしはいきますとも。いったんわたしが、そのひとのところへいって、)
ええ、わたしは行きますとも。一旦わたしが、その人のところへ行って、
(いっしょになろうとおもったらさいご、わたしをひきとどめるほどのちからは、)
一緒になろうと思ったら最後、わたしを引留めるほどの力は、
(このよのどこにもありはしない。そこでわたしは、あのひとといっしょに、)
この世のどこにもありはしない。そこでわたしは、あの人と一緒に、
(あのにわのくらがりへ、こだちのそよぐもとへ、ふんすいのさわさわなるかげへ、)
あの庭の暗がりへ、木立のそよぐもとへ、噴水のさわさわ鳴る陰へ、
(すがたをけしてしまうの・・・とね」じないーだはくちをつぐんだ。)
姿を消してしまうの…とね」ジナイーダは口をつぐんだ。
(「それはつくりばなしですか」と、まれーふすきいがかまをかけた。)
「それは作り話ですか」と、マレーフスキイが鎌をかけた。
(じないーだは、みむきもしなかった。)
ジナイーダは、見向きもしなかった。
(「だがしょくん、いったいどんなものでしょうな」と、)
「だが諸君、いったいどんなものでしょうな」と、
(だしぬけにるーしんがいいだした。)
出し抜けにルーシンが言い出した。
(「かりにもし、われわれもそのおきゃくさんのなかにいて、しかもそのふんすいのほとりの)
「かりにもし、我々もそのお客さんの中にいて、しかもその噴水のほとりの
(しあわせもののことをしっているとしたら、われわれははたして、どうするだろうか」)
仕合せ者のことを知っているとしたら、我々は果して、どうするだろうか」
(「まって、ちょっとまって」と、じないーだがさえぎった。)
「待って、ちょっと待って」と、ジナイーダが遮った。
(「あなたがたがひとりひとりどうなさるか、わたしじぶんでいってみるわ。)
「あなた方が一人々々どうなさるか、わたし自分で言ってみるわ。
(あなたはね、べろヴぞーろふさん、そのひとにけっとうをもうしこむわね。)
あなたはね、ベロヴゾーロフさん、その人に決闘を申込むわね。
(まいだーのふさん、あなたは、そのひとにあてつけたふうししをかくわ。)
マイダーノフさん、あなたは、その人に当てつけた諷刺詩を書くわ。
(でも、そうじゃないわーーあなたはふうししがかけないから、)
でも、そうじゃないわーーあなたは諷刺詩が書けないから、
(ばるびえふうのたんちょうかくのながうたでもつくって、)
バルビエ風の短長格の長詩でも作って、
(そのりきさくを「てれぐらふ」しにはっぴょうなさるわ。)
その力作を「テレグラフ」誌に発表なさるわ。
(それから、にるまーつきいさん、あなたはそのひとから、)
それから、ニルマーツキイさん、あなたはその人から、
(おかねをかりだすわ・・・じゃない、あべこべにおかねをかして、りそくをとるわね。)
お金を借り出すわ…じゃない、あべこべにお金を貸して、利息を取るわね。
(ところで、あなたは、どくとる・・・」かのじょはいいよどんだ。)
ところで、あなたは、ドクトル…」彼女は言いよどんだ。
(「そうねえ、あなたのことはわからないわ、どうなさるか」)
「そうねえ、あなたのことはわからないわ、どうなさるか」
(「ぼくはじいのやくめとして」と、るーしんはこたえた。)
「僕は侍医の役目として」と、ルーシンは答えた。
(「そのじょおうをいさめますな。おきゃくどころでないひじょうじに、)
「その女王を諌めますな。お客どころでない非常時に、
(ぶとうかいなんかもよおさないようにね。・・・」)
舞踏会なんか催さないようにね。…」
(なるほど、おっしゃるとおりかもしれないわね。ところではくしゃく、あなたは?)
なるほど、おっしゃるとおりかもしれないわね。ところで伯爵、あなたは?
(「わたしは?」と、れいのぶきみなびしょうをうかべて、)
「わたしは?」と、例の不気味な微笑を浮べて、
(まれーふすきいがおうむがえしにいった。)
マレーフスキイが鸚鵡返しに言った。
(「あなたなら、どくのはいったおかしを、そのひとにすすめるわね」)
「あなたなら、毒の入ったお菓子を、その人にすすめるわね」
(まれーふすきいのかおは、かすかにひきつって、)
マレーフスキイの顔は、かすかに引きつって、
(いちしゅんかんゆだやじんのようなひょうじょうをおびたが、すぐたかわらいにまぎらしてしまった。)
一瞬間ユダヤ人のような表情を帯びたが、すぐ高笑いにまぎらしてしまった。
(「さてそこで、ヴぉるでまーるさん、あなたはどうするかというと・・・」)
「さてそこで、ヴォルデマールさん、あなたはどうするかと言うと…」
(と、じないーだはつづけたが、)
と、ジナイーダは続けたが、
(「でも、もうたくさんだわ。なにかほかのことをしてあそびましょう」)
「でも、もうたくさんだわ。何かほかのことをして遊びましょう」
(「ヴぉるでまーるくんは、おこしょうのしかくで、じょおうさまがにわへかけだすとき、)
「ヴォルデマール君は、お小姓の資格で、女王様が庭へ駆け出す時、
(そのもすそをほうじするでしょうな」と、)
その裳裾を捧持するでしょうな」と、
(どくどくしいくちょうでまれーふすきいがいっしをむくいた。)
毒々しい口調でマレーフスキイが一矢をむくいた。
(わたしはかっとなった。しかしじないーだはすばやくわたしのかたにてをおくと、)
わたしはカッとなった。しかしジナイーダは素早くわたしの肩に手を置くと、
(なかばみをおこしながら、ややふるをおびたこえで、こういいはなった。)
半ば身を起しながら、やや顫えを帯びた声で、こう言い放った。
(「わたし、ぶれいなくちをきくけんりなんか、さしあげたおぼえはございません、はくしゃく。)
「わたし、無礼な口をきく権利なんか、差上げた覚えはございません、伯爵。
(ですから、このままごたいせきをねがいます」そういって、どあをさしてみせた。)
ですから、このまま御退席を願います」そう言って、ドアをさして見せた。
(「とんだことです。おじょうさん」と、まれーふすきいはつぶやいて、)
「とんだことです。お嬢さん」と、マレーフスキイはつぶやいて、
(まっさおになってしまった。)
真っ青になってしまった。
(「れいじょうのいわれるとおりだ」と、べろヴぞーろふはわめいて、)
「令嬢の言われるとおりだ」と、ベロヴゾーロフはわめいて、
(やはりたちあがった。「わたしは、ちかっていいますが、)
やはり立ち上がった。「わたしは、誓って言いますが、
(こんなこととはおもいもかけなかったのです」と、まれーふすきいがつづけた。)
こんなこととは思いもかけなかったのです」と、マレーフスキイが続けた。
(「わたしのことばには、べつにこれといったことも、ないようですし)
「わたしの言葉には、別にこれといったことも、ないようですし
(だいいち、おきをわるくさせようなどというかんがえは、もうとうなかったのです。)
第一、お気を悪くさせようなどという考えは、毛頭なかったのです。
(ゆるしてください」)
許して下さい」
(じないーだは、つめたいいちべつをかれになげると、ひややかなうすわらいをもらした。)
ジナイーダは、冷たい一瞥を彼に投げると、冷やかな薄笑いを漏らした。
(「じゃ、いいわ、いらしても」とかのじょは、むぞうさにてをひとふりしていった。)
「じゃ、いいわ、いらしても」と彼女は、無造作に手を一振りして言った。
(「わたしもヴぉるでまーるさんも、つまらないむかっぱらをたてたものだわ。)
「わたしもヴォルデマールさんも、つまらない向っ腹を立てたものだわ。
(あなたは、ひにくをいうのがたのしみなのね。たんとおっしゃるがいいわ」)
あなたは、皮肉を言うのが楽しみなのね。たんとおっしゃるがいいわ」
(「ゆるしてください」と、もういっぺんまれーふすきいはくりかえした。)
「許して下さい」と、もう一遍マレーフスキイは繰返した。
(いっぽうわたしは、いましがたのじないーだのてのふりようをおもいうかべながら、)
一方わたしは、今しがたのジナイーダの手の振りようを思い浮べながら、
(ほんとうのじょおうさまでも、あれいじょうのいげんをもって、)
本当の女王様でも、あれ以上の威厳をもって、
(ぶれいものにどあをさしてみせることはできまいと、あらためてまたこころにおもった。)
無礼者にドアをさして見せることはできまいと、改めてまた心に思った。
(このちいさなひとまくのあったあとは、ばっきんごっこもながつづきしなかった。)
この小さな一幕のあったあとは、罰金ごっこも長続きしなかった。
(みんないささかきづまりになってきたが、それはとうのそのひとまくのためというより、)
みんないささか気詰りになってきたが、それは当のその一幕のためというより、
(もっとべつの、あまりはっきりしないがなにかしらおもくるしい、)
もっと別の、あまりはっきりしないが何かしら重苦しい、
(あるかんじょうのためであった。だれもそのことをくちにだしこそしなかったけれど、)
ある感情のためであった。誰もそのことを口に出しこそしなかったけれど、
(みんなそれぞれ、じぶんのむねにもなかまのむねにも、)
みんなそれぞれ、自分の胸にも仲間の胸にも、
(そんなかんじょうがわだかまっていることをいしきしていたのだ。)
そんな感情がわだかまっていることを意識していたのだ。
(やがて、まいだーのふがじさくのしをろうどくすると、)
やがて、マイダーノフが自作の詩を朗読すると、
(まれーふすきいはおおげさなねっきょうぶりでもってほめそやした。)
マレーフスキイは大げさな熱狂ぶりでもって褒めそやした。
(「こんどはせんせい、ぜんりょうにみられたがってるんですな」と、)
「こんどは先生、善良に見られたがってるんですな」と、
(るーしんがわたしにみみうちした。)
ルーシンがわたしに耳打ちした。
(わたしたちは、まもなくさんかいした。)
わたしたちは、まもなく散会した。
(じないーだはきゅうにものおもいにしずんでしまうし、こうしゃくふじんはずつうがする)
ジナイーダは急に物思いに沈んでしまうし、公爵夫人は頭痛がする
(といいによこすし、にるまーつきいはりゅーまちがいたむといいだす)
と言いによこすし、ニルマーツキイはリューマチが痛むと言い出す
(といったしまつだったからである。)
といった始末だったからである。
(わたしは、ながいことねつかれなかった。)
わたしは、長いこと寝つかれなかった。
(じないーだのしたはなしで、はげしくこころをうたれたのだ。)
ジナイーダのした話で、激しく心を打たれたのだ。
(「ほんとにあのはなしには、なにかあんじがあるのだろうか」と、)
「ほんとにあの話には、何か暗示があるのだろうか」と、
(わたしはじぶんにたずねた。「そしていったいだれを、そしてなにごとを、)
わたしは自分に尋ねた。「そしていったい誰を、そして何事を、
(かのじょはほのめかそうとしたのだろうか?)
彼女は仄めかそうとしたのだろうか?
(それにしても、あんじすべきことがちゃんとあるとすれば、)
それにしても、暗示すべき事がちゃんとあるとすれば、
(おもいきっていいだすことが、できるものかしら?いやいや、そんなはずはない」)
思い切って言い出すことが、できるものかしら?いやいや、そんなはずはない」
(わたしは、ほてったほおをかわるがわるまくらへあてかえながら、そうささやいた。)
わたしは、火照った頬を代る代る枕へ当て変えながら、そうささやいた。
(とはいえわたしは、さっきあのはなしをしたときのじないーだのかおのひょうじょうをおもいだし)
とはいえわたしは、さっきあの話をした時のジナイーダの顔の表情を思い出し
(それから、ねすくーちぬぃこうえんでるーしんがおもわずはっしたあのさけびごえや、)
それから、ネスクーチヌィ公園でルーシンが思わず発したあの叫び声や、
(かのじょのわたしにたいするたいどがきゅうにかわったことまでもおもいだして)
彼女のわたしに対する態度が急に変ったことまでも思い出して
(すっかりわけがわからなくなるのだった。)
すっかり訳がわからなくなるのだった。
(「そのおとこはだれか?」これだけのことばが、やみのなかにくっきりとしるされて、)
「その男は誰か?」これだけの言葉が、闇のなかにくっきりと印されて、
(わたしのめのまえにたっていた。まるでそれは、ひくいふきつなくもが)
わたしの眼の前に立っていた。まるでそれは、低い不吉な雲が
(ずじょうにたれこめたみたいなきもちで、わたしはそのじゅうあつをひしひしとかんじながら、)
頭上に垂れこめたみたいな気持で、わたしはその重圧をひしひしと感じながら、
(れがばくはつするときを、いまかいまかとまちかまえていた。)
れが爆発する時を、今か今かと待ち構えていた。