ツルゲーネフ はつ恋 24
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問題文
(わたしはそういうかのじょのかおを、ほんのちらりとみあげただけだが、)
わたしはそういう彼女の顔を、ほんのちらりと見上げただけだが、
(かのじょはくるりとそっぽをむいて、「あとからついてくるのよ、おこしょうさん」)
彼女はくるりとそっぽを向いて、「あとからついて来るのよ、お小姓さん」
(といいすてると、さっさとそばやのほうへあるきだした。)
と言い捨てると、さっさと傍屋の方へ歩き出した。
(わたしは、つづいてあるきだしたが、こころのなかでたえずうたがいまどっていた。)
わたしは、続いて歩き出したが、心の中で絶えず疑いまどっていた。
(「いったい」と、わたしはかんがえるのだった、「このしとやかな、しりょぶかいむすめが)
「いったい」と、わたしは考えるのだった、「このしとやかな、思慮ぶかい娘が
(これまでわたしのしっていたあのじないーだなのかしら?」)
これまでわたしの知っていたあのジナイーダなのかしら?」
(おもいなしか、かのじょのあるきつきまでが、まえよりもしずかになったようなきがした。)
思いなしか、彼女の歩きつきまでが、前よりも静かになったような気がした。
(そのすがたもおしなべて、いっそうりっぱになって、すらりとしてきたようなきがした。)
その姿もおしなべて、一層立派になって、すらりとしてきたような気がした。
(そして、われながらいじらしいことだが、わたしのむねのれんじょうは、)
そして、我ながらいじらしいことだが、わたしの胸の恋情は、
(なんというあたらしいちからをもって、もえたったことだろう。)
なんという新しい力をもって、燃え立ったことだろう。
(じゅうろくゆうしょくのあとで、またじょうれんがそはなれにあつまって、れいじょうもそのせきへでてきた。)
十六夕食のあとで、また常連が傍屋に集まって、令嬢もその席へ出てきた。
(わたしにとってしゅうせいわすれがたいあのさいしょのばんのように、)
わたしにとって終生わすれがたいあの最初の晩のように、
(そこにはぜんいんが、ひとりもかけずにそろっていた。)
そこには全員が、一人も欠けずにそろっていた。
(にるまーつきいまでが、のこのこやってきていた。)
ニルマーツキイまでが、のこのこやって来ていた。
(まいだーのふは、そのばんいのいちばんにやってきたが、)
マイダーノフは、その晩イの一番にやって来たが、
(つまりしんさくのしをじさんにおよんだわけだった。またもやばっきんごっこが)
つまり新作の詩を持参に及んだわけだった。またもや罰金ごっこが
(はじまったけれど、もういぜんのようなとっぴなふるまいも、わるふざけも、)
始まったけれど、もう以前のような突飛な振舞いも、悪ふざけも、
(ばかさわぎもなくて、じぷしーめいたようそはきえうせていた。)
馬鹿騒ぎもなくて、ジプシーめいた要素は消えうせていた。
(じないーだが、わたしたちのいちざを、あたらしいきぶんのものにきりかえたのだ。)
ジナイーダが、わたしたちの一座を、新しい気分のものに切り替えたのだ。
(わたしはこしょうのやくめがら、かのじょのそばにせきをしめた。)
わたしは小姓の役目がら、彼女のそばに席を占めた。
(そうこうするうちに、やがてかのじょはばっきんにあたったひとがじぶんのみたゆめのはなしを)
そうこうするうちに、やがて彼女は罰金に当った人が自分のみた夢の話を
(することをていあんしたけれど、これはうまくゆかなかった。)
することを提案したけれど、これはうまくゆかなかった。
(さっぱりおもしろくもないゆめだったり(たとえばべろヴぞーろふは、)
さっぱり面白くもない夢だったり(たとえばベロヴゾーロフは、
(あいばにふなをくわせたが、そのうまのくびがきになっていたというゆめをみた))
愛馬にフナを食わせたが、その馬の首が木になっていたという夢を見た)
(あるいはふしぜんな、わざとでっちあげたゆめだったりした。)
あるいは不自然な、わざとでっちあげた夢だったりした。
(まいだーのふは、いっぺんのしょうせつをもって、われわれをもてなした。)
マイダーノフは、一編の小説をもって、我々をもてなした。
(そこには、あーちけいのふるめかしいぼけつがでてきたり、)
そこには、アーチ形の古めかしい墓穴が出てきたり、
(たてごとをいだいたてんしがあらわれたり、ものをいうはなだの、)
竪琴を抱いた天使が現われたり、物を言う花だの、
(はるかにただよってくるがくのねだの、たいしたどうぐだてだった。)
はるかに漂ってくる楽の音だの、たいした道具だてだった。
(じないーだは、おわりまではなさせなかった。)
ジナイーダは、終りまで話させなかった。
(「いったんもう、つくりばなしになったからには」と、かのじょはいった。)
「一旦もう、作り話になったからには」と、彼女は言った。
(「こんどはみんな、なにかはなしをすることにしましょう。)
「こんどはみんな、何か話をすることにしましょう。
(じぶんでかんがえたはなしでなくちゃだめよ」)
自分で考えた話でなくちゃ駄目よ」
(さて、まずだいいちにはなしをするばんにあたったのは、またもべろヴぞーろふだった。)
さて、まず第一に話をする番にあたったのは、またもベロヴゾーロフだった。
(わかいけいきへいはへいこうして、「ぼくは、はなしなんかかんがえだせませんよ!」)
若い軽騎兵は閉口して、「僕は、話なんか考え出せませんよ!」
(と、わめいた。「また、そんなつまらないことを!」)
と、わめいた。「また、そんなつまらないことを!」
(と、じないーだはひきとって、「じゃ、たとえば、あなたがおよめさんを)
と、ジナイーダは引取って、「じゃ、たとえば、あなたがお嫁さんを
(もらったとかんがえてみるのよ。そこであなたが、およめさんといっしょに)
もらったと考えてみるのよ。そこであなたが、お嫁さんと一緒に
(どんなふうにくらすか、それをはなしてみるといいわ。あなたなら、およめさんを)
どんな風に暮すか、それを話してみるといいわ。あなたなら、お嫁さんを
(とじこめてしまうでしょうね?」「とじこめるです」)
閉じ込めてしまうでしょうね?」「閉じ込めるです」
(「で、ごじぶんもいっしょにいるんでしょうね?」「じぶんも、かならずいっしょにいます」)
「で、ご自分も一緒にいるんでしょうね?」「自分も、必ず一緒にいます」
(「けっこうだわ。でももし、およめさんがそれにあきて、)
「結構だわ。でももし、お嫁さんがそれに飽きて、
(あなたをうらぎるようなことをしたら?」「ころしてしまうです」)
あなたを裏切るようなことをしたら?」「殺してしまうです」
(「でも、およめさんがにげだしたら?」「おっかけてつかまえて、)
「でも、お嫁さんが逃げだしたら?」「追っかけて捕まえて、
(やはりころしてしまうです」「そう。でもね、かりにこのわたしが、)
やはり殺してしまうです」「そう。でもね、かりにこのわたしが、
(あなたのおよめさんだったとしたら、どうなすって?」)
あなたのお嫁さんだったとしたら、どうなすって?」
(べろヴぞーろふは、ちょっとぜっくしてから、「そしたら、ぼくはじさつします」)
ベロヴゾーロフは、ちょっと絶句してから、「そしたら、僕は自殺します」
(じないーだはわらいだした。「どうもあなたのうたは、ぽつんときれてしまうわねえ」)
ジナイーダは笑い出した。「どうもあなたの歌は、ぽつんと切れてしまうわねえ
(にばんめのばっきんは、じないーだにあたった。かのじょは、めをてんじょうへあげてかんがえこんだ。)
二番目の罰金は、ジナイーダに当った。彼女は、眼を天井へ上げて考え込んだ。
(「じゃ、いいこと」と、かのじょはやがてはなしだした。)
「じゃ、いいこと」と、彼女はやがて話し出した。
(「わたしのかんがえだしたはなしなのよ。まず、りっぱなごてんをそうぞうしてちょうだい。)
「私の考え出した話なのよ。まず、立派な御殿を想像してちょうだい。
(なつのよるで、すばらしいぶとうかいがあるの。そのぶとうかいは、)
夏の夜で、すばらしい舞踏会があるの。その舞踏会は、
(わかいじょおうのおもよおしなのよ。どこもかしこも、きんや、だいりせきや、)
若い女王のお催しなのよ。どこもかしこも、金や、大理石や、
(すいしょうや、きぬや、ともしびや、だいやもんどや、はなや、おこうや、)
水晶や、絹や、灯火や、ダイヤモンドや、花や、お香や、
(あらんかぎりのぜいたくなもので、いっぱいなの」)
あらんかぎりの贅沢なもので、いっぱいなの」
(「あなたは、ぜいたくがおすきですか?」と、るーしんがさえぎった。)
「あなたは、贅沢がお好きですか?」と、ルーシンが遮った。
(「ぜいたくって、きれいですものね」と、かのじょはこたえた。)
「贅沢って、奇麗ですものね」と、彼女は答えた。
(「わたしなんでもきれいなのがすき」「りっぱなものよりもですか」)
「わたしなんでも奇麗なのが好き」「立派なものよりもですか」
(と、かれがきいた。「なんだか、ひねくったいいようね。)
と、彼が訊いた。「なんだか、ひねくった言いようね。
(よくわからないわ。まあ、じゃましないでちょうだい。)
よくわからないわ。まあ、邪魔しないでちょうだい。
(とにかく、すばらしいぶとうかいなの。おきゃくもおおぜいいて、それがみんなわかくて、)
とにかく、すばらしい舞踏会なの。お客も大勢いて、それがみんな若くて、
(りっぱで、ゆうかんで、みんなむちゅうでじょおうさまにこいしているの」)
立派で、勇敢で、みんな夢中で女王様に恋しているの」
(「きゃくのなかに、じょせいはいないのですか?」と、まれーふすきいがきいた。)
「客の中に、女性はいないのですか?」と、マレーフスキイが訊いた。
(「いないの。でも、ちょっとまって、やっぱり、いるわ」)
「いないの。でも、ちょっと待って、やっぱり、いるわ」
(「みんなぶきりょうなんですね?」「すばらしいびじんぞろい。でもね、おとこはみんな、)
「みんな不器量なんですね?」「すばらしい美人ぞろい。でもね、男はみんな、
(じょおうにこいしてるの。じょおうはせがたかくて、すらりといいすがたで、まっくろなかみのうえに、)
女王に恋してるの。女王は背が高くて、すらりといい姿で、真っ黒な髪の上に、
(ちいさなきんのおうかんをのせているの」)
小さな金の王冠を載せているの」
(わたしは、じないーだをちらとみた。と、そのしゅんかん、)
わたしは、ジナイーダをちらと見た。と、その瞬間、
(かのじょはわれわれみんなよりも、ずっとこうきなそんざいにおもわれ、そのしろいひたいからも、)
彼女は我々みんなよりも、ずっと高貴な存在に思われ、その白い額からも、
(じっとうごかないまゆからも、なんともいえないあかるいちえやいりょくが、)
じっと動かない眉からも、なんとも言えない明るい知恵や威力が、
(におってくるようなきがして、わたしはおもわず、「あなたこそ、そのじょおうだ!」)
匂ってくるような気がして、わたしは思わず、「あなたこそ、その女王だ!」
(と、こころにさけんだほどだった。「みんな、じょおうさまのまわりに、ひしめきあってね」)
と、心に叫んだほどだった。「みんな、女王様のまわりに、ひしめき合ってね」
(と、じないーだははなしをつづけた。「あらんかぎりのおついしょうをたてまつるの」)
と、ジナイーダは話を続けた。「あらん限りのお追従を奉るの」
(「ほう。じょおうさまは、おついしょうがすきなんですね?」と、るーしんがききとがめた。)
「ほう。女王様は、お追従が好きなんですね?」と、ルーシンが聞きとがめた。
(「やりきれないわね、このひとは!まぜっかえしてばかりいて。)
「やりきれないわね、この人は! まぜっ返してばかりいて。
(おついしょうのきらいなひとが、どこのせかいにあって?」)
お追従の嫌いな人が、どこの世界にあって?」
(「もうひとつだけ、さいごにうかがいたいですが」と、まれーふすきいがくちをだした。)
「もう一つだけ、最後に伺いたいですが」と、マレーフスキイが口を出した。
(「そのじょおうには、おっとがあるのですか」)
「その女王には、夫があるのですか」
(「わたし、そんなことかんがえもしなかったわ。いいえ、おっとなんているもんですか」)
「わたし、そんなこと考えもしなかったわ。いいえ、夫なんて要るもんですか」
(「そうですとも」と、まれーふすきいはあいづちをうった。)
「そうですとも」と、マレーフスキイは相槌を打った。
(「おっとなんて、いるものですか」「しずかに(しらんす)!」)
「夫なんて、要るものですか」「静かに(シランス)!」
(とふらんすごのからっぺたなまいだーのふが、ふらんすごでさけんだ。)
とフランス語のからっ下手なマイダーノフが、フランス語で叫んだ。
(「ありがとう(めるし)」と、じないーだはかれにむくいて、)
「ありがとう(メルシ)」と、ジナイーダは彼に酬いて、
(「さてじょおうは、そんなおついしょうにみみをかしたり、おんがくをきいたりしているけれど、)
「さて女王は、そんなお追従に耳をかしたり、音楽を聴いたりしているけれど、
(そのみおきゃくのだれひとりにだって、めもくれないの。)
その実お客の誰一人にだって、目もくれないの。
(むっつのだいまどが、うえからしたまで、てんじょうからゆかまで、すっかりあけはなたれて、)
六つの大窓が、上から下まで、天井から床まで、すっかりあけ放たれて、
(そのそとには、おおきなほしくずをちりばめたくらいよぞらや、)
その外には、大きな星くずをちりばめた暗い夜空や、
(おおきなきぎのしげったくらいにわがあります。じょおうは、そのにわにみいっているの。)
大きな木々の茂った暗い庭があります。女王は、その庭に見入っているの。
(そこには、こだちのそばにふんすいがあってやみのなかでもしらじらと、)
そこには、木立のそばに噴水があって闇の中でも白々と、
(ながくながくまるでまぼろしのようにみえています。じょおうのみみには、)
長く長くまるで幻のように見えています。女王の耳には、
(ひとごえやおんがくのあいまあいまに、しずかなみずおとがきこえるのです。)
人声や音楽の合間々々に、静かな水音が聞えるのです。
(じょおうは、やみにみいりながらこんなことをかんがえるの)
女王は、闇に見入りながらこんなことを考えるの
(みなさん、あなたがたはみんなたっというまれで、かしこくて、おかねもちです。)
皆さん、あなた方はみんな貴い生れで、賢くて、お金持です。
(あなたがたは、わたしをとりまいて、わたしのいちげんいっくをおもんじて、)
あなた方は、わたしを取巻いて、わたしの一言一句を重んじて、
(わたしのあしもとでしぬかくごでいらっしゃる。つまりわたしはあなたがたのせいしを)
わたしの足もとで死ぬ覚悟でいらっしゃる。つまりわたしはあなた方の生死を
(わたしのてににぎっているわけです。ところが、あのふんすいのそばには、)
わたしの手に握っているわけです。ところが、あの噴水のそばには、
(あのさわさわとなるみずのそばには、わたしのあいするひと、)
あのさわさわと鳴る水のそばには、わたしの愛する人、
(わたしのせいしをそのてににぎっているひとが、たたずんでわたしをまっているのよ。)
わたしの生死をその手に握っている人が、たたずんでわたしを待っているのよ。