風立ちぬ 堀辰雄 ②

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投稿者投稿者ヒマヒマ マヒマヒいいね6お気に入り登録
プレイ回数1877難易度(5.0) 5200打 長文
ジブリの「風立ちぬ」作成に当たり、参考とされた小説です。
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 だだんどん 5993 A+ 6.4 93.1% 798.8 5169 381 92 2024/04/23

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問題文

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(わたしはしゅうじつ、ほてるにとじこもっていた。そうしてながいあいだおまえのために)

私は終日、ホテルに閉じ籠っていた。そうして長い間お前のために

(うっちゃっておいたじぶんのしごとにとりかかりだした。)

うっちゃって置いた自分の仕事に取りかかり出した。

(わたしはじぶんにもおもいがけないくらい、しずかにそのしごとにぼっとうすることができた。)

私は自分にも思いがけない位、静かにその仕事に没頭することが出来た。

(そのうちにすべてがほかのきせつにうつっていった。)

そのうちにすべてが他の季節に移って行った。

(そしていよいよわたしもしゅっぱつしようとするぜんじつ、)

そしていよいよ私も出発しようとする前日、

(わたしはひさしぶりでほてるからさんぽにでかけていった。)

私はひさしぶりでホテルから散歩に出かけて行った。

(あきははやしのなかをみちがえるばかりにらんざつにしていた。)

秋は林の中を見ちがえるばかりに乱雑にしていた。

(はのだいぶすくなくなったきぎは、そのあいだから、ひとけのたえたべっそうのてらすを)

葉のだいぶ少くなった木々は、その間から、人けの絶えた別荘のテラスを

(ずっとぜんぽうにのりださせていた。きんるいのしめっぽいにおいが)

ずっと前方にのり出させていた。菌類の湿っぽい匂いが

(おちばのにおいにいりまじっていた。そういうおもいがけないくらいのきせつのすいいが、)

落葉の匂いに入りまじっていた。そういう思いがけない位の季節の推移が、

(ーーおまえとわかれてからわたしのしらぬまにこんなにも)

ーーお前と別れてから私の知らぬ間にこんなにも

(たってしまったじかんというものが、わたしにはいようにかんじられた。)

立ってしまった時間というものが、私には異様に感じられた。

(わたしのこころのうちのどこかしらに、おまえからひきはなされているのは)

私の心の裡の何処かしらに、お前から引き離されているのは

(ただいちじてきだといったかくしんのようなものがあって、)

ただ一時的だと云った確信のようなものがあって、

(そのためこうしたじかんのすいいまでが、わたしにはいままでとはぜんぜんことなった)

そのためこうした時間の推移までが、私には今までとは全然異った

(いみをもつようになりだしたのであろうか?)

意味を持つようになり出したのであろうか?

(そんなようなことを、わたしはすぐあとではっきりとたしかめるまで、)

そんなようなことを、私はすぐあとではっきりと確かめるまで、

(なにやらぼんやりとかんじだしていた。)

何やらぼんやりと感じ出していた。

(わたしはそれからじゅうすうふんご、ひとつのはやしのつきたところ、そこからきゅうにうちひらけて、)

私はそれから十数分後、一つの林の尽きたところ、そこから急に打ちひらけて、

(とおいちへいせんまでもいったいにながめられる、いちめんにすすきのおいしげったそうげんのなかに、)

遠い地平線までも一帯に眺められる、一面に薄の生い茂った草原の中に、

など

(あしをふみいれていた。そしてわたしはそのかたわらの、すでにはのきいろくなりかけた)

足を踏み入れていた。そして私はその傍らの、既に葉の黄いろくなりかけた

(いっぽんのしらかばのこかげにみをよこたえた。)

一本の白樺の木蔭に身を横たえた。

(そこは、そのなつのひび、おまえがえをかいているのをながめながら、)

其処は、その夏の日々、お前が絵を描いているのを眺めながら、

(わたしがいつもいまのようにみをよこたえていたところだった。)

私がいつも今のように身を横たえていたところだった。

(あのときにはほとんどいつもにゅうどうぐもにさえぎられていたちへいせんのあたりには、)

あの時には殆んどいつも入道雲に遮られていた地平線のあたりには、

(いまは、どこかしらない、とおくのさんみゃくまでが、まっしろなほさきをなびかせた)

今は、何処か知らない、遠くの山脈までが、真っ白な穂先をなびかせた

(すすきのうえをわけながら、そのりんかくをひとつひとつくっきりとみせていた。)

薄の上を分けながら、その輪廓を一つ一つくっきりと見せていた。

(わたしはそれらのとおいさんみゃくのすがたをみんなあんきしてしまうくらい、)

私はそれらの遠い山脈の姿をみんな暗記してしまう位、

(じっとめにちからをいれてみいっているうちに、いままでじぶんのうちにひそんでいた、)

じっと目に力を入れて見入っているうちに、いままで自分の裡に潜んでいた、

(しぜんがじぶんのためにきわめておいてくれたものを)

自然が自分のために極めて置いてくれたものを

(いまこそやっとみいだしたというかくしんを、だんだんはっきりと)

今こそやっと見出したと云う確信を、だんだんはっきりと

(じぶんのいしきにのぼらせはじめていた。)

自分の意識に上らせはじめていた。

(<はる>さんがつになった。あるごご、わたしがいつものようにぶらっとさんぽのついでに)

(春) 三月になった。或る午後、私がいつものようにぶらっと散歩のついでに

(ちょっとたちよったとでもいったふうにせつこのいえをおとずれると、)

ちょっと立寄ったとでも云った風に節子の家を訪れると、

(もんをはいったすぐよこのうえこみのなかに、ろうどうしゃのかぶるような)

門をはいったすぐ横の植込みの中に、労働者のかぶるような

(おおきなむぎわらぼうをかぶったちちが、かたてにはさみをもちながら、)

大きな麦稈帽をかぶった父が、片手に鋏をもちながら、

(そこいらのきのていれをしていた。わたしはそういうすがたをみとめると、)

そこいらの木の手入れをしていた。私はそういう姿を認めると、

(まるでこどものようにきのえだをかきわけながら、そのかたわらにちかづいていって、)

まるで子供のように木の枝を掻き分けながら、その傍に近づいていって、

(ふたことみことあいさつのことばをかわしたのち、そのままちちのすることを)

二言三言挨拶の言葉を交わしたのち、そのまま父のすることを

(ものめずらしそうにみていた。ーーそうやってうえこみのなかに)

物珍らしそうに見ていた。ーーそうやって植込みの中に

(すっぽりとみをいれていると、あちらこちらのちいさなえだのうえに)

すっぽりと身を入れていると、あちらこちらの小さな枝の上に

(ときどきなにかしらしろいものがひかったりした。それはみんなつぼみらしかった。)

ときどき何かしら白いものが光ったりした。それはみんな莟らしかった。

(「あれもこのごろはだいぶげんきになってきたようだが」ちちはとつぜんそんなわたしのほうへ)

「あれもこの頃はだいぶ元気になって来たようだが」父は突然そんな私の方へ

(かおをもちあげてそのころわたしとこんやくしたばかりのせつこのことをいいだした。)

顔をもち上げてその頃私と婚約したばかりの節子のことを言い出した。

(「もうすこしよいようきになったら、てんちでもさせてみたらどうだろうね?」)

「もう少し好い陽気になったら、転地でもさせて見たらどうだろうね?」

(「それはいいでしょうけれどーー」とわたしはくちごもりながら、)

「それはいいでしょうけれどーー」と私は口ごもりながら、

(さっきからめのまえにきらきらひかっているひとつのつぼみが)

さっきから目の前にきらきら光っている一つの莟が

(なんだかきになってならないといったふうをしていた。)

なんだか気になってならないと云った風をしていた。

(「どこぞいいところはないかとこのまうちからぶっしょくしとるのだがねーー」)

「何処ぞいいところはないかとこの間うちから物色しとるのだがねーー」

(とちちはそんなわたしにはかまわずにいいつづけた。)

と父はそんな私には構わずに言いつづけた。

(「せつこはfのさなとりうむなんぞどうかしらんというのじゃが、)

「節子はFのサナトリウムなんぞどうか知らんと言うのじゃが、

(あなたはあそこのいんちょうさんをしっておいでだそうだね?」)

あなたはあそこの院長さんを知っておいでだそうだね?」

(「ええ」とわたしはすこしうわのそらでのようにへんじをしながら、)

「ええ」と私はすこし上の空でのように返事をしながら、

(やっとさっきみつけたしろいつぼみをてもとにたぐりよせた。)

やっとさっき見つけた白い莟を手もとにたぐりよせた。

(「だが、あそこなんぞは、あれひとりでいっていられるだろうか?」)

「だが、あそこなんぞは、あれ一人で行って居られるだろうか?」

(「みんなひとりでいっているようですよ」)

「みんな一人で行っているようですよ」

(「だが、あれにはなかなかいっていられまいね?」)

「だが、あれにはなかなか行って居られまいね?」

(ちちはなんだかこまったようなかおつきをしたまま、しかしわたしのほうをみずに、)

父はなんだか困ったような顔つきをしたまま、しかし私の方を見ずに、

(じぶんのめのまえにあるきのえだのひとつへいきなりはさみをいれた。)

自分の目の前にある木の枝の一つへいきなり鋏を入れた。

(それをみると、わたしはとうとうがまんがしきれなくなって、それをわたしがいいだすのを)

それを見ると、私はとうとう我慢がしきれなくなって、それを私が言い出すのを

(ちちがまっているとしかおもわれないことばを、ついとくちにだした。)

父が待っているとしか思われない言葉を、ついと口に出した。

(「なんでしたらぼくもいっしょにいってもいいんです。)

「なんでしたら僕も一緒に行ってもいいんです。

(いま、しかけているしごとのほうも、ちょうどそれまでにはかたがつきそうですからーー」)

いま、しかけている仕事の方も、丁度それまでには片がつきそうですからーー」

(わたしはそういいながら、やっとてのなかにいれたばかりのつぼみのついたえだを)

私はそう言いながら、やっと手の中に入れたばかりの莟のついた枝を

(ふたたびそっとてばなした。それとどうじにちちのかおがきゅうにあかるくなったのをわたしはみとめた。)

再びそっと手離した。それと同時に父の顔が急に明るくなったのを私は認めた。

(「そうしていただけたら、いちばんいいのだが、ーー)

「そうしていただけたら、一番いいのだが、ーー

(しかしあなたにはえろうすまんなーー」)

しかしあなたにはえろう済まんなーー」

(「いいえ、ぼくなんぞにはかえってそういったやまのなかのほうが)

「いいえ、僕なんぞにはかえってそう云った山の中の方が

(しごとができるかもしれませんーー」)

仕事ができるかも知れませんーー」

(それからわたしたちはそのさなとりうむのあるさんがくちほうのことなどはなしあっていた。)

それから私達はそのサナトリウムのある山岳地方のことなど話し合っていた。

(が、いつのまにかわたしたちのかいわは、ちちのいまていれをしている)

が、いつのまにか私達の会話は、父のいま手入れをしている

(うえきのうえにおちていった。ふたりのいまおたがいにかんじあっているいっしゅの)

植木の上に落ちていった。二人のいまお互に感じ合っている一種の

(どうじょうのようなものが、そんなとりとめのないはなしをまでかっきづけるようにみえた。)

同情のようなものが、そんなとりとめのない話をまで活気づけるように見えた。

(「せつこさんはおおきになっているのかしら?」しばらくしてからわたしは)

「節子さんはお起きになっているのかしら?」しばらくしてから私は

(なにげなさそうにきいてみた。)

何気なさそうに訊いてみた。

(「さあ、おきとるでしょう。ーーどうぞ、かまわんから、そこからあちらへーー」)

「さあ、起きとるでしょう。ーーどうぞ、構わんから、其処からあちらへーー」

(とちちははさみをもったてで、にわきどのほうをしめした。)

と父は鋏をもった手で、庭木戸の方を示した。

(わたしはやっとうえこみのなかをくぐりぬけると、つたがからみついて)

私はやっと植込みの中を潜り抜けると、蔦がからみついて

(すこしひらきにくいくらいになったそのきどをこじあけて、)

少し開きにくい位になったその木戸をこじあけて、

(そのままにわから、このあいだまではあとりえにつかわれていた、)

そのまま庭から、この間まではアトリエに使われていた、

(はなれのようになったびょうしつのほうへちかづいていった。)

離れのようになった病室の方へ近づいていった。

(せつこは、わたしのきていることはもうとうにしっていたらしいが、)

節子は、私の来ていることはもうとうに知っていたらしいが、

(わたしがそんなにわからはいってこようとはおもわなかったらしく、)

私がそんな庭からはいって来ようとは思わなかったらしく、

(ねまきのうえにあかるいいろのはおりをひっかけたまま、ながいすのうえによこになりながら、)

寝間着の上に明るい色の羽織をひっかけたまま、長椅子の上に横になりながら、

(ほそいりぼんのついた、みかけたことのないふじんぼうをてでおもちゃにしていた。)

細いリボンのついた、見かけたことのない婦人帽を手でおもちゃにしていた。

(わたしがふれんちどあごしにそういうかのじょをめにいれながらちかづいていくと、)

私がフレンチドアごしにそういう彼女を目に入れながら近づいて行くと、

(かのじょのほうでもわたしをみとめたらしかった。)

彼女の方でも私を認めたらしかった。

(かのじょはむいしきにたちあがろうとするようなみうごきをした。)

彼女は無意識に立ち上ろうとするような身動きをした。

(が、かのじょはそのままよこになり、かおをわたしのほうへむけたまま、)

が、彼女はそのまま横になり、顔を私の方へ向けたまま、

(すこしきまりわるそうなほほえみでわたしをみつめた。)

すこし気まり悪そうな微笑で私を見つめた。

(「おきていたの?」わたしはどあのところで、いくぶんらんぼうに)

「起きていたの?」私はドアのところで、いくぶん乱暴に

(くつをぬぎながら、こえをかけた。)

靴を脱ぎながら、声をかけた。

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