風立ちぬ 堀辰雄 ㉖

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投稿者投稿者ヒマヒマ マヒマヒいいね1お気に入り登録1
プレイ回数874難易度(4.4) 4252打 長文
ジブリの「風立ちぬ」作成に当たり、参考とされた小説です。

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問題文

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(じゅうにがつじゅうよっかきのうゆうがた、しんぷとやくそくをしたので、)

十二月十四日   きのう夕方、神父と約束をしたので、

(わたしはきょうかいへたずねていった。)

私は教会へ訪ねて行った。

(あすきょうかいをとざして、すぐまつもとへたつとかいうことで、)

あす教会を閉ざして、すぐ松本へ立つとか云う事で、

(しんぷはわたしとはなしをしながらも、ときどきにごしらえをしているこづかいのところへ)

神父は私と話をしながらも、ときどき荷拵えをしている小使のところへ

(なにかいいつけにたっていったりした。)

何か云いつけに立って行ったりした。

(そうしてこのむらでひとりのしんじゃをえようとしているのに、)

そうしてこの村で一人の信者を得ようとしているのに、

(いまここをたちさるのはいかにもざんねんだとくりかえしていっていた。)

いま此処を立ち去るのはいかにも残念だと繰り返し言っていた。

(わたしはすぐにきのうきょうかいでみかけた、)

私はすぐにきのう教会で見かけた、

(やはりどいつじんらしいちゅうねんのふじんをおもいうかべた。)

やはり独逸人らしい中年の婦人を思い浮べた。

(そうしてそのふじんのことをしんぷにきこうとしかけながら、)

そうしてその婦人のことを神父に訊こうとしかけながら、

(そのときひょっくりこれはまたしんぷがなにかおもいちがえて、)

その時ひょっくりこれはまた神父が何か思い違えて、

(わたしじしんのことをいっているのではあるまいかというきもされだした。)

私自身のことを言っているのではあるまいかと云う気もされ出した。

(そうみょうにちぐはぐになったわたしたちのかいわは、)

そう妙にちぐはぐになった私達の会話は、

(それからはますますとだえがちだった。)

それからはますます途絶えがちだった。

(そうしてわたしたちはいつかだまりあったまま、あつすぎるくらいのだんろのかたわらで、)

そうして私達はいつか黙り合ったまま、熱過ぎるくらいの煖炉の傍で、

(まどがらすごしに、ちいさなくもがちぎれちぎれになってとぶようにすぎる、)

窓硝子ごしに、小さな雲がちぎれちぎれになって飛ぶように過ぎる、

(かぜのつよそうなしかしふゆらしくあかるいそらをながめていた。)

風の強そうなしかし冬らしく明るい空を眺めていた。

(「こんなうつくしいそらは、こういうかぜのあるさむいひでなければみられませんですね」)

「こんな美しい空は、こういう風のある寒い日でなければ見られませんですね」

(しんぷがいかにもなにげなさそうにくちをきいた。)

神父がいかにも何気なさそうに口をきいた。

(「ほんとうに、こういうかぜのある、さむいひでなければーー」)

「本当に、こういう風のある、寒い日でなければーー」

など

(とわたしはおうむがえしにへんじをしながら、)

と私はおうむがえしに返事をしながら、

(しんぷのいまなにげなくいったそのことばだけは)

神父のいま何気なく言ったその言葉だけは

(みょうにわたしのこころにもふれてくるのをかんじていたーー)

妙に私の心にも触れてくるのを感じていたーー

(いちじかんばかりそうやってしんぷのところにいてから、)

一時間ばかりそうやって神父のところに居てから、

(わたしがこやにかえってみると、ちいさなこづつみがとどいていた。)

私が小屋に帰って見ると、小さな小包が届いていた。

(ずっとまえからちゅうもんしてあったりるけの「れくいえむ」が)

ずっと前から註文してあったリルケの「レクヰエム」が

(にさんさつのほんといっしょに、いろんなふせんがつけられて、)

二三冊の本と一しょに、いろんな附箋がつけられて、

(ほうぼうへかいそうされながら、やっとのことでいまわたしのもとにとどいたのだった。)

方々へ廻送されながら、やっとの事でいま私の許に届いたのだった。

(よる、すっかりもうねるばかりにしたくをしておいてから、)

夜、すっかりもう寝るばかりに支度をして置いてから、

(わたしはだんろのかたわらで、かぜのおとをときどききにしながら、)

私は煖炉の傍で、風の音をときどき気にしながら、

(りるけの「れくいえむ」をよみはじめた。)

リルケの「レクヰエム」を読み始めた。

(じゅうにがつじゅうしちにちまたゆきになった。)

十二月十七日   又雪になった。

(けさからほとんどこやみもなしにふりつづいている。)

けさから殆ど小止みもなしに降りつづいている。

(そうしてわたしのみているあいだにめのまえのたにはふたたびまっしろになった。)

そうして私の見ている間に目の前の谷は再び真っ白になった。

(こうやっていよいよふゆもふかくなるのだ。)

こうやっていよいよ冬も深くなるのだ。

(きょうもいちにちじゅう、わたしはだんろのかたわらでくらしながら、)

きょうも一日中、私は煖炉の傍らで暮らしながら、

(ときどきおもいだしたようにまどぎわにいってゆきのたにをうつけたようにみやっては、)

ときどき思い出したように窓ぎわに行って雪の谷をうつけたように見やっては、

(またすぐにだんろにもどってきて、りるけの「れくいえむ」にむかっていた。)

又すぐに煖炉に戻って来て、リルケの「レクヰエム」に向っていた。

(いまだにおまえをしずかにしなせておこうとはせずに、おまえをもとめてやまなかった、)

未だにお前を静かに死なせておこうとはせずに、お前を求めてやまなかった、

(じぶんのめめしいこころになにかこうかいににたものをはげしくかんじながらーー)

自分の女々しい心に何か後悔に似たものをはげしく感じながらーー

(「わたしはししゃたちをまつている、そしてかれらをたちさるがままにさせてあるが、)

「私は死者達を持つてゐる、そして彼等を立ち去るが儘にさせてあるが、

(かれらがうわさとはにつかず、ひじょうにかくしんてきで、)

彼等が噂とは似つかず、非常に確信的で、

(しんでいることにもすぐなれ、)

死んでゐる事にもすぐ慣れ、

(すこぶるかいかつであるらしいのにおどろいているくらいだ。)

すこぶる快活であるらしいのに驚いている位だ。

(ただおまえーーおまえだけはかえつてきた。)

只お前ーーお前だけは帰つて来た。

(おまえはわたしをかすめ、まはりをさまよひ、)

お前は私をかすめ、まはりをさ迷ひ、

(なにものかにつきあたる、そしてそれがおまえのためにおとをたてて、)

何物かに衝き当る、そしてそれがお前のために音を立てて、

(おまえをうらぎるのだ。)

お前を裏切るのだ。

(おお、わたしがてまをかけてまなんでえたものをわたしからとりのぞけてくれるな。)

おお、私が手間をかけて学んで得た物を私から取除けて呉れるな。

(ただしいのはわたしで、おまえがまちがつているのだ、)

正しいのは私で、お前が間違つてゐるのだ、

(もしかおまえがだれかのじぶつにきょうしゅうをもよおしているのだったら。)

もしかお前が誰かの事物に郷愁を催してゐるのだったら。

(われわれはそのじぶつをめのまえにしていても、)

我々はその事物を目の前にしてゐても、

(それはここにあるのではない。)

それは此処に在るのではない。

(われわれがそれをちかくするとどうじに)

我々がそれを知覚すると同時に

(そのじぶつをわれわれのそんざいからはんえいさせているきりなのだ。」)

その事物を我々の存在から反映させてゐるきりなのだ。」

(じゅうにがつじゅうはちにちようやくゆきがやんだので、わたしはこういうときだとばかり、)

十二月十八日   漸く雪がやんだので、私はこういう時だとばかり、

(まだいったことのないうらのはやしを、おくへおくへとはいっていってみた。)

まだ行ったことのない裏の林を、奥へ奥へとはいって行って見た。

(ときどきどこかのきからどおっとおとをたてて)

ときどき何処かの木からどおっと音を立てて

(ひとりでにくずれるゆきのひまつをあびながら、)

ひとりでに崩れる雪の飛沫を浴びながら、

(わたしはさもおもしろそうにはやしからはやしへとぬけていった。)

私はさも面白そうに林から林へと抜けて行った。

(もちろん、だれもまだあるいたあとなんぞはなく、)

勿論、誰もまだ歩いた跡なんぞはなく、

(ただ、ところどころにうさぎがそこいらじゅうをはねまわったらしいあとが)

唯、ところどころに兎がそこいら中を跳ねまわったらしい跡が

(いちめんについているきりだった。)

一めんに附いているきりだった。

(また、どうかするときじのあしあとのようなものがすうっとみちをよこぎっていたーー)

又、どうかすると雉子の足跡のようなものがすうっと道を横切っていたーー

(しかしどこまでいっても、そのはやしはつきず、)

しかし何処まで行っても、その林は尽きず、

(それにまたゆきぐもらしいものがそのはやしのうえにひろがりだしてきたので、)

それにまた雪雲らしいものがその林の上に拡がり出してきたので、

(わたしはそれいじょうおくへはいることをだんねんしてとちゅうからひっかえしてきた。)

私はそれ以上奥へはいることを断念して途中から引っ返して来た。

(が、どうもみちをまちがえたらしく、)

が、どうも道を間違えたらしく、

(いつのまにかわたしはじぶんじしんのあしあとをもみうしなっていた。)

いつのまにか私は自分自身の足跡をも見失っていた。

(わたしはなんだかきゅうにこころぼそそうにゆきをわけながら、)

私はなんだか急に心細そうに雪を分けながら、

(それでもかまわずにずんずんじぶんのこやのありそうなほうへはやしをつっきってきたが、)

それでも構わずにずんずん自分の小屋のありそうな方へ林を突切って来たが、

(そのうちにいつからともなくわたしはじぶんのはいごにたしかにじぶんのではない、)

そのうちにいつからともなく私は自分の背後に確かに自分のではない、

(もうひとつのあしおとがするようなきがしだしていた。)

もう一つの足音がするような気がし出していた。

(それはしかしほとんどあるかないかくらいのあしおとだったーー)

それはしかし殆どあるかないか位の足音だったーー

(わたしはそれをいちどもふりむこうとはしないで、ずんずんはやしをおりていった。)

私はそれを一度も振り向こうとはしないで、ずんずん林を下りて行った。

(そうしてわたしはなにかむねをしめつけられるようなきもちになりながら、)

そうして私は何か胸をしめつけられるような気持になりながら、

(きのうよみおえたりるけの「れくいえむ」のさいごのすうぎょうが)

きのう読みおえたリルケの「レクヰエム」の最後の数行が

(じぶんのくちをついてでるがままにまかせていた。)

自分の口を衝いて出るがままに任せていた。

(「かえつていらつしやるな。さうしてもしおまえにがまんできたら、)

「帰つて入らつしやるな。さうしてもしお前に我慢できたら、

(ししゃたちのあいだにしんでおいで。ししゃにもたんとしごとはある。)

死者達の間に死んでお出で。死者にもたんと仕事はある。

(けれどもわたしにじょりょくはしておくれ、おまえのきをちらさないていどで、)

けれども私に助力はしておくれ、お前の気を散らさない程度で、

(しばしばとおくのものがわたしにじょりょくをしてくれるやうにーーわたしのうちで。」)

しばしば遠くのものが私に助力をしてくれるやうにーー私の裡で。」

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