ちいさこべ 山本周五郎 ③

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大火にあった若棟梁の茂次と、手伝いのりつ、親の無い子達の話。
宝塚歌劇団による舞台化・NHKによるドラマ化も行われた。
リメイクで漫画化もされている。

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問題文

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(かねろくは「だいとめ」からでたにんげんで、でしすじではいちばんこさんであり、)

兼六は「大留」から出た人間で、弟子筋ではいちばん古参であり、

(としももうろくじゅうにちかかった。)

年ももう六十にちかかった。

(ふたりともとめぞうふうふのしにくやみをのべ、)

二人とも留造夫婦の死にくやみを述べ、

(しげじがしごとばからはなれなかったことをほめた。)

茂次が仕事場からはなれなかったことを褒めた。

(それから、そうしきのことや、だいとめのさいけんについてそうだんにのろうといった。)

それから、葬式のことや、大留の再建について相談にのろうと云った。

(しげじはふだんからくちがへたで、なにかいうにしても、)

茂次はふだんから口がへたで、なにか云うにしても、

(まるでかれえだでもおるような、ぶっきらぼうなことしかいえなかったが、)

まるで枯枝でも折るような、ぶっきらぼうなことしか云えなかったが、

(そのときもいつものつてで、ちょうもんにはれいをのべたが、)

そのときもいつもの伝で、弔問には礼を述べたが、

(そうだんにのろうというはなしはことわった。)

相談にのろうというはなしは断わった。

(「そうしきはとうぶんださないつもりです」としげじはいった、)

「葬式は当分ださないつもりです」と茂次は云った、

(「そんなかねもないし、あればしごとのほうへまわすのがさきです」)

「そんな金もないし、あれば仕事のほうへまわすのが先です」

(「だからそのそうだんをしようとおもってきたんだ、)

「だからその相談をしようと思って来たんだ、

(かねのことならなんとでもするから」)

金のことならなんとでもするから」

(「いや、そうしきはとうぶんだしません」としげじはがんこにくびをふった、)

「いや、葬式は当分だしません」と茂次は頑固に首を振った、

(「それに、だいとめをたてなおすにしてもじぶんのうででやってみるつもりです、)

「それに、大留をたて直すにしても自分の腕でやってみるつもりです、

(どうかわたしのことはうっちゃっといてください」)

どうか私のことはうっちゃっといて下さい」

(ふたりはしげじのしょうぶんをしっているので、)

二人は茂次の性分を知っているので、

(それではえどでまたあらためてはなすことにしよう、といってかえった。)

それでは江戸でまた改めて話すことにしよう、と云って帰った。

(だいろくはこのもんどうをはらはらしながらきいていたが、)

大六はこの問答をはらはらしながら聞いていたが、

(ふたりがさるとすぐに、あんなあいさつはないとおこった。)

二人が去るとすぐに、あんな挨拶はないと怒った。

など

(「あいてにもよりけりだ、たかなわとあべかわちょうはしんるいもどうようですぜ、)

「相手にもよりけりだ、高輪とあべ川町は親類も同様ですぜ、

(わざわざこんなかわごえくんだりまできてくれて、ゆくさきちからになろうというのは)

わざわざこんな川越くんだりまで来てくれて、ゆくさき力になろうと云うのは

(あだやおろそかなことじゃあねえ、それをあんな」)

あだやおろそかなことじゃあねえ、それをあんな」

(「うるせえ」としげじがさえぎった、)

「うるせえ」と茂次が遮った、

(「おれにはおれのしあんがあるんだ、はっきりいっとくが、)

「おれにはおれの思案があるんだ、はっきり云っとくが、

(これからはしごとのこといがいによけいなくちだしはしねえでくれ」)

これからは仕事のこと以外によけいな口だしはしねえでくれ」

(だいろくはだまってこうべをたれた。)

大六は黙って頭を垂れた。

(「わかったのか」としげじがいった。)

「わかったのか」と茂次が云った。

(「わかりました」とだいろくはこたえた。)

「わかりました」と大六は答えた。

(ふしんがすっかりおわり、しげじはみんなをつれてえどへかえった。)

普請がすっかり終り、茂次はみんなを伴れて江戸へ帰った。

(いたばしでひがくれ、ほんごうだいをそとかんだへくだるときは、)

板橋で日が暮れ、本郷台を外神田へくだるときは、

(もうくらくてちょうぼうはきかなかったが、ゆしまからしたはいちめんにくろく、)

もう暗くて眺望はきかなかったが、湯島から下はいちめんに黒く、

(あかりもごくまばらで、いかにもこうりょうとしたけしきだった。)

灯もごくまばらで、いかにも荒涼としたけしきだった。

(いずみばしをわたっていわいちょうへつくまで、どちらをみてもやけあとばかりだったし、)

和泉橋を渡って岩井町へ着くまで、どちらを見ても焼け跡ばかりだったし、

(おもてどおりだけぽつぽつたっているいえも、)

表通りだけぽつぽつ建っている家も、

(みなかりごやか、それにちかいざつなたてものであった。)

みな仮小屋か、それにちかいざつな建物であった。

(だいとめのみせはもとのばしょだが、ほんぶしんをするじめんをよけて、)

大留の店は元の場所だが、本普請をする地面をよけて、

(にちょうめのほうへよったはしにたててあった。)

二丁目のほうへ寄った端に建ててあった。

(いたをうちつけてつくったまったくのかりごやで、)

板を打付けて作ったまったくの仮小屋で、

(よこにながく、さくまちょうのほうへむかってとぐちがあり、)

横に長く、佐久間町のほうへ向って戸口があり、

(「だいとめ」とかいたちょうちんが、まわりのやけあとにあかるくひかりをなげていた。)

「大留」と書いた提灯が、まわりの焼け跡に明るく光りを投げていた。

(まつぞうのさきぶれで、とぐちのまえにたっていたでむかえのものたちが、)

松三の先触れで、戸口の前に立っていた出迎えの者たちが、

(われがちにあいさつするのをききながら、しげじはくちのなかでそっとつぶやいた。)

われ勝ちに挨拶するのを聞きながら、茂次は口の中でそっと呟いた。

(「おとっつぁんおっかさん、いまかえりました」)

「お父っつぁんおっ母さん、いま帰りました」

(あくるあさ、しげじはこどもたちのさわぐこえでめをさました。)

明くる朝、茂次は子供たちの騒ぐ声で眼をさました。

(よこにながいそのこやはみっつにくぎられていた。)

横に長いその小屋は三つに区切られていた。

(ひがしのはしがしげじ、にしのはしがおりつのへやで、かってがついている。)

東の端が茂次、西の端がおりつの部屋で、勝手が付いている。

(そのまんなかがしょくにんたちのもので、じゅうにじょうばかりのひろさだった。)

そのまん中が職人たちのもので、十二帖ばかりの広さだった。

(まえのばんはそこでさかもりをしたのだが、こどもたちのすがたはみえなかった。)

まえの晩はそこで酒盛りをしたのだが、子供たちの姿は見えなかった。

(おりつもさけやさかなをはこんだりさげたりするだけで、)

おりつも酒や肴をはこんだりさげたりするだけで、

(すこしもせきにおちついていず、しぜんはなしをするきかいもなかった。)

少しも席におちついていず、しぜん話をする機会もなかった。

(そのためこどもたちのことはすっかりわすれていたのであるが、)

そのため子供たちのことはすっかり忘れていたのであるが、

(そのさわぎでめをさますと、いきなりはねおき、)

その騒ぎで眼をさますと、いきなりはね起き、

(しょうじをあけて「うるせえ」とどなった。)

障子をあけて「うるせえ」とどなった。

(そこはいたじきで、うすべりをしいたうえに、やぐをならべてねるようになっている。)

そこは板敷で、うすべりを敷いた上に、夜具を並べて寝るようになっている。

(きりまどのしょうじがあかるんでいて、すみのほうにくろがひとり、)

切り窓の障子が明るんでいて、隅のほうにくろが一人、

(かけぶとんをあたままでかぶってねており、まんなかのひろいところでは、)

掛け蒲団を頭までかぶって寝ており、まん中の広いところでは、

(じゅういくにんかのこどもたちが、もちゃくちゃにしたやぐのうえであばれていた。)

十幾人かの子供たちが、もちゃくちゃにした夜具の上で暴れていた。

(たかいどなりごえと、しげじのすがたをみて、)

高いどなり声と、茂次の姿を見て、

(こどもたちはくみうちをやめ、ぴたっとちんもくした。)

子供たちは組打ちをやめ、ぴたっと沈黙した。

(「はらっぱじゃあねえ、しずかにしろ」としげじはまたどなった。)

「原っぱじゃあねえ、静かにしろ」と茂次はまたどなった。

(そこへ、むこうのしょうじをあけて、まえかけでてをふきながら、おりつがでてきた。)

そこへ、向うの障子をあけて、前掛で手を拭きながら、おりつが出て来た。

(あたまにてぬぐいをかぶり、たすきをかけていて、)

頭に手拭をかぶり、襷を掛けていて、

(しげじにもくれいしながら、こどもたちをしかった。しげじはこどもたちをみた。)

茂次に目礼しながら、子供たちを叱った。茂次は子供たちを見た。

(じゅうさんさいくらいになるのがひとり、ちいさいほうはいつつくらいだろう、)

十三歳くらいになるのが一人、小さいほうは五つくらいだろう、

(かぞえてみるとじゅうににんいた。)

数えてみると十二人いた。

(「はなしがあるからきてくれ」としげじがおりつにいい、)

「話があるから来てくれ」と茂次がおりつに云い、

(そしてくろにむかってどなった、「いつまでねているんだくろ、おきろ」)

そしてくろに向ってどなった、「いつまで寝ているんだくろ、起きろ」

(しょうきちとまつぞうはみえなかった。)

正吉と松三はみえなかった。

(ゆうべさかもりのあとであそびにでかけたのだろう。)

ゆうべ酒盛りのあとで遊びにでかけたのだろう。

(くらたとぎんじもいない、とおもったが、すぐに、ふたりがやけしんだことにきづき、)

倉太と銀二もいない、と思ったが、すぐに、二人が焼け死んだことに気づき、

(むねをしめられるようにかんじながらめをそらした。)

胸を緊められるように感じながら眼をそらした。

(「いまごはんのしたくをしているんですけれど」)

「いま御飯の支度をしているんですけれど」

(とおりつがいっていた、「あさごはんのあとじゃいけないでしょうか」)

とおりつが云っていた、「朝御飯のあとじゃいけないでしょうか」

(しげじはうなずいてしょうじをしめた。)

茂次は頷いて障子を閉めた。

(かれがきがえをしていると、おりつがきてやぐをたたみながら、)

彼が着替えをしていると、おりつが来て夜具をたたみながら、

(いどばたにしたくがしてあるといった。)

井戸端に支度がしてあると云った。

(しげじはうらへでていった。まえにはうちいどだったのが、)

茂次は裏へ出ていった。まえには内井戸だったのが、

(いえがやけたのでいまはそとになっている。)

家が焼けたのでいまは外になっている。

(いどばたもあたらしく、ながしもあたらしい。)

井戸端も新しく、流しも新しい。

(かれはみずのくんであるはんぞうをおきなおし、ふさようじをつかいながら、)

彼は水の汲んである半ぞうを置き直し、房楊子を使いながら、

(ここがかってのどまだったとおもい、あわててくびをふり、めをそむけた。)

ここが勝手の土間だったと思い、慌てて首を振り、眼をそむけた。

(「おい」としげじはじぶんにいった、「こんなことはにどとかんがえるなよ」)

「おい」と茂次は自分に云った、「こんなことは二度と考えるなよ」

(やけあとのはしに「ふくだや」がみえた。)

焼け跡の端に「福田屋」が見えた。

(うえこみのまつのえだや、くろいたべいのいちぶはこげているが、)

植込の松の枝や、黒板塀の一部は焦げているが、

(にかいづくりのじゅうきょも、さんむねのどぞうももとのままであった。)

二階造りの住居も、三棟の土蔵も元のままであった。

(よくのこりゃあがった、しげじはそうおもいながら、くちのなかでそっとつぶやいた。)

よく残りゃあがった、茂次はそう思いながら、口の中でそっと呟いた。

(「すぐにおいついてみせるぜ」)

「すぐに追いついてみせるぜ」

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