ちいさこべ 山本周五郎 ④

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大火にあった若棟梁の茂次と、手伝いのりつ、親の無い子達の話。
宝塚歌劇団による舞台化・NHKによるドラマ化も行われた。
リメイクで漫画化もされている。

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問題文

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(しげじのへやには、かりのぶつだんがつくってあり、)

茂次の部屋には、仮の仏壇が作ってあり、

(さらしもめんでつつんだいこつのつぼが、そのなかにふたつあんちしてあった。)

晒木綿で包んだ遺骨の壺が、その中に二つ安置してあった。

(ろうそくたて、かね、せんこうたて、はなたてなども、)

蝋燭立、鉦、線香立、花立なども、

(やすものだがひととおりそろっていた。)

安物だがひととおり揃っていた。

(しかししげじはそれらのぶつぐをすっかりとりのけてしまった。)

しかし茂次はそれらの仏具をすっかりとりのけてしまった。

(ちょうどもりものをもってきたおりつが、それをみてふしんそうにいった。)

ちょうど盛物を持って来たおりつが、それを見て不審そうに云った。

(「それはげんしんじのおじゅうじさんがもってきてくれたんですけれど」)

「それは源心寺のお住持さんが持って来てくれたんですけれど」

(しげじは「みんなかえしてくれ」といった。)

茂次は「みんな返してくれ」と云った。

(それからおりつのもっているもりものをうけとり、じぶんでぶつだんにそなえ、)

それからおりつの持っている盛物を受取り、自分で仏壇に供え、

(あしたからはじぶんがするから、ぶつだんのことにてをださないでくれ、といった。)

明日からは自分がするから、仏壇のことに手を出さないでくれ、と云った。

(「わかとうりょうのおぜんはいまもってきます」とおりつがいった、)

「若棟梁のお膳はいま持って来ます」とおりつが云った、

(「あっちはごたごたしてますからこちらであがってください」)

「あっちはごたごたしてますからこちらであがって下さい」

(しげじはふきげんにうなずいた。)

茂次はふきげんに頷いた。

(おりつになにかいわれたのだろう、こどもたちはしずかにしていた。)

おりつになにか云われたのだろう、子供たちは静かにしていた。

(しげじのしょくじがおわりかけたとき、しょうきちとまつぞうがかえったようすで、)

茂次の食事が終りかけたとき、正吉と松三が帰ったようすで、

(くろとこそこそはなすのがきこえ、それからしょうじのむこうへきて、)

くろとこそこそ話すのが聞え、それから障子の向うへ来て、

(さんにんであさのあいさつをした。)

三人で朝の挨拶をした。

(しげじはちゃをすすると、すぐにたってそとへでた。)

茂次は茶を啜ると、すぐに立って外へ出た。

(ちょうないをぐるっとみてから、ほりをこしてしろかねちょう、ほんまち、)

町内をぐるっと見てから、堀を越して白かね町、本町、

(いちこくばしのほうまでゆき、もどってきてふくだやへよった。)

一石橋のほうまでゆき、戻って来て福田屋へ寄った。

など

(まだたなはあいていず、じゅうきょのほうをのぞくと、)

まだ店はあいていず、住居のほうを覗くと、

(むすこのりきちがにわをはいていた。)

息子の利吉が庭を掃いていた。

(「いまひとまわりしてきたんだ」としげじがいった、)

「いまひと廻りして来たんだ」と茂次が云った、

(「しっているうちはみんなやられちゃったな」)

「知っているうちはみんなやられちゃったな」

(「いちこくばしのますやへいったか」「どぞうまでやけおちてた」)

「一石橋の枡屋へいったか」「土蔵まで焼け落ちてた」

(「おおのやがやられ、しんこくちょうがやられた」とりきちがいった、)

「大野屋がやられ、新石町がやられた」と利吉が云った、

(「ともだちのところはみんなやけてうちだけのこったもんだから、)

「友達のところはみんな焼けてうちだけ残ったもんだから、

(なんだかわるいことでもしたようで、かたみがせまくっていけないよ」)

なんだか悪いことでもしたようで、肩身がせまくっていけないよ」

(そして、やけたゆうじんたちはみなたちのいてしまい、)

そして、焼けた友人たちはみな立退いてしまい、

(のこっているのはこのふたりだけらしい。)

残っているのはこの二人だけらしい。

(ほかのものはもうもどってはこないようだ、とつけくわえた。)

ほかの者はもう戻っては来ないようだ、と付け加えた。

(しげじがきいた、「おばさんたちはまだめじろのほうか」)

茂次が訊いた、「おばさんたちはまだ目白のほうか」

(「まわりがこのとおりでぶっそうだからね」)

「まわりがこのとおりで物騒だからね」

(「うん」としげじはうなずき、ちょっとくちごもってから、)

「うん」と茂次は頷き、ちょっと口ごもってから、

(「おめえにことわることがあってきたんだ」といった、)

「おめえに断わることがあって来たんだ」と云った、

(「おれはこれから、やりなおさなくちゃあならない、)

「おれはこれから、やり直さなくちゃあならない、

(それで、だいとめがすっかりたちなおるまで、いっさいのつきあいをやめるつもりだ」)

それで、大留がすっかり立直るまで、いっさいのつきあいをやめるつもりだ」

(「それはおかしいよ、こんなときにこそつきあいがやくにたつんじゃあないのか」)

「それはおかしいよ、こんなときにこそつきあいが役に立つんじゃあないのか」

(「つきあいはたいとうでやりたいんだ」としげじはいった、)

「つきあいは対等でやりたいんだ」と茂次は云った、

(「いこじかもしれないが、しょうぶんだからしようがねえ、たのむよ」)

「いこじかもしれないが、性分だからしようがねえ、頼むよ」

(りきちはくちをつぐんだ。)

利吉は口をつぐんだ。

(「おやじやおふくろのことをいわずにいてくれて、」としげじがいった、)

「おやじやおふくろのことを云わずにいてくれて、」と茂次が云った、

(「ありがとう」そしてさっさとそこをさった。)

「有難う」  そしてさっさとそこを去った。

(かえってゆくと、こやのうしろのあきちで、こどもたちがあそんでいて、)

帰ってゆくと、小屋のうしろの空地で、子供たちが遊んでいて、

(しげじをみて、きゅうにみんなしんとなった。)

茂次を見て、急にみんなしんとなった。

(みんなあそびをやめ、からだをかたくして、じっとしげじのほうをみまもった。)

みんな遊びをやめ、躯を固くして、じっと茂次のほうを見まもった。

(どのかおにもおそれとふあんのいろが、はっきりとあらわれていた。)

どの顔にも怖れと不安の色が、はっきりとあらわれていた。

(しげじはたちどまってかれらをみた。)

茂次は立停ってかれらを見た。

(おおきいほうのこどもたちはめをそらし、じりじりとうしろへさがった。)

大きいほうの子供たちは眼をそらし、じりじりとうしろへさがった。

(しげじがなおみつめていると、いつつばかりになるおとこのこが、)

茂次がなおみつめていると、五つばかりになる男の子が、

(そばにいるもっとちいさいおんなのこをだきよせ、)

そばにいるもっと小さい女の子を抱きよせ、

(なきべそのようなえがおをつくりながら、「とうりょうのおじさん」とよびかけた。)

泣きべそのような笑顔をつくりながら、「棟梁のおじさん」と呼びかけた。

(「とうりょうのおじさん、このこあっちゃんていうんだよ」)

「棟梁のおじさん、この子あっちゃんていうんだよ」

(おんなのこをだきよせたかっこうが、)

女の子を抱きよせた恰好が、

(まるでしげじからなにかされるのをふせぐようにみえたし、)

まるで茂次からなにかされるのを防ぐようにみえたし、

(なきべそよりみじめなつくりわらいは、ほとんどせいしするにたえないものであった。)

泣きべそよりみじめなつくり笑いは、殆んど正視するに耐えないものであった。

(かれはめをそらし、とぐちのほうへまわってゆくと、)

彼は眼をそらし、戸口のほうへまわってゆくと、

(おりつがおもてをはいていて、「おかえりなさい」といった。)

おりつが表を掃いていて、「お帰りなさい」と云った。

(「ちょっときてくれ」といってしげじはうちへはいった。)

「ちょっと来てくれ」と云って茂次はうちへはいった。

(しげじのへやで、おりつははなした。)

茂次の部屋で、おりつは話した。

(おおきなかじのあとには、おおかれすくなかれこじができる。)

大きな火事のあとには、多かれ少なかれ孤児ができる。

(しんるいやいなかのあるものはそっちへひきとられるが、)

親類や田舎のあるものはそっちへ引取られるが、

(ほかのものはきゅうじょごやにあつめ、やがてもとのちょうないにあずけられる。)

他の者は救助小屋に集め、やがて元の町内に預けられる。

(たいていはそれでかたづくのだが、じょうけんがわるいとか、)

たいていはそれで片づくのだが、条件が悪いとか、

(たにんのやっかいになるのをきらうものは、ふろうじになってしまう。)

他人の厄介になるのを嫌う者は、浮浪児になってしまう。

(いまうちにいるのもそういうこどもたちで、)

いまうちにいるのもそういう子供たちで、

(もとのじゅうしょのわかっているこは、みなおりつがそのちょうないへいってみた。)

元の住所のわかっている子は、みなおりつがその町内へいってみた。

(しかしこどもは「しんだってあんなところへはかえらない」というし、)

しかし子供は「死んだってあんな処へは帰らない」と云うし、

(ちょうないでもひきとりたがらない。)

町内でも引取りたがらない。

(なかには「あんながきはまっぴらだ」などというものさえあった。)

中には「あんながきはまっぴらだ」などと云う者さえあった。

(はなしをききながら、しげじはおりつのようすをみていた。)

話を聞きながら、茂次はおりつのようすを見ていた。

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