ちいさこべ 山本周五郎 ⑥

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プレイ回数846難易度(4.4) 4040打 長文
大火にあった若棟梁の茂次と、手伝いのりつ、親の無い子達の話。
宝塚歌劇団による舞台化・NHKによるドラマ化も行われた。
リメイクで漫画化もされている。

関連タイピング

問題文

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(だいろくとすけじろうはとほうにくれたように、だまってこうべをたれた。)

大六と助二郎は途方にくれたように、黙って頭を垂れた。

(「そういうことならひきさがろう」とかねろくがいった、)

「そういうことならひきさがろう」と兼六が云った、

(「だがしげさん、もうすぐになくなったひとのさんじゅうごにちだ、)

「だが茂さん、もうすぐに亡くなった人の三十五日だ、

(ほうじだけはするんだろうが、そのときはしらせてもらえるだろうね」)

法事だけはするんだろうが、そのときは知らせてもらえるだろうね」

(「いやほうじもやりません」)

「いや法事もやりません」

(「ほうじもしねえって」といきちがいった、)

「法事もしねえって」と伊吉が云った、

(「じゃあその」といきちはぶつだんへあごをしゃくった、)

「じゃあその」と伊吉は仏壇へ顎をしゃくった、

(「ほとけのおこつはどうするんだ」「このままですよ」としげじがこたえた、)

「仏のお骨はどうするんだ」「このままですよ」と茂次が答えた、

(「てらへあずけりゃあきょうりょうだのなんだのってかねばかりかかりますからね、)

「寺へ預けりゃあ経料だのなんだのって金ばかりかかりますからね、

(げんしんじのぼうずはめかけをかかえて、まいばんなまぐさものでさけをくらってますぜ、)

源心寺の坊主は妾を抱えて、毎晩なまぐさもので酒をくらってますぜ、

(ぼうずなんてたいてえそんなもんだ、)

坊主なんてたいてえそんなもんだ、

(そんなぼうずにきょうをあげてもらったってほとけのくようにゃあならねえし、)

そんな坊主に経をあげてもらったって仏の供養にゃあならねえし、

(めかけのてあてやさかだいをこっちでもついわれはありませんからね、)

妾の手当や酒代をこっちで持ついわれはありませんからね、

(ほねはとうぶんこのままにしておくつもりです」)

骨は当分このままにしておくつもりです」

(いきちはものもいわずにたちあがった。)

伊吉はものも云わずに立ちあがった。

(だいろくとすけじろうが、ふたりをそとまでおくっていった。)

大六と助二郎が、二人を外まで送っていった。

(おそらくわびごとをいいにいったのだろう、)

おそらく詫び言を云いにいったのだろう、

(しげじはおりつをよんで「めしにしてくれ」といった。)

茂次はおりつを呼んで「飯にしてくれ」と云った。

(おりつはないていたとみえ、めのまわりとはなのあたまがあかくなっていた。)

おりつは泣いていたとみえ、眼のまわりと鼻の頭が赤くなっていた。

(だいろくとすけじろうはもどってきたが、ふたりともなにもいわずに、)

大六と助二郎は戻って来たが、二人ともなにも云わずに、

など

(あいさつだけしてじぶんたちのいえへかえっていった。)

挨拶だけして自分たちの家へ帰っていった。

(そのすぐつぎのひ、しげじはきばの「わしち」へでかけていった。)

そのすぐ次の日、茂次は木場の「和七」へでかけていった。

(かわごえからかえってたずねたとき、かねのことをたのんだのである。)

川越から帰って訪ねたとき、金のことを頼んだのである。

(だいろくはきづかなかったろうが、)

大六は気づかなかったろうが、

(いわいちょうにもっているじしょさんびゃくつぼあまりをていとうにした。)

岩井町に持っている地所三百坪あまりを抵当にした。

(しちべえはていとうもしょうもんもふようだとこばみ、かねはかならずつごうするとひきうけたのである。)

七兵衛は抵当も証文も不要だと拒み、金は必ず都合すると引受けたのである。

(いってみるとやくそくどおりのかねができてい、)

いってみると約束どおりの金ができてい、

(しげじはじしょをていとうにしてしょうもんとひきかえにうけとった。)

茂次は地所を抵当にして証文とひきかえに受取った。

(しちべえはこんなものはうけとれないといったが、)

七兵衛はこんなものは受取れないと云ったが、

(しげじもそれならかねはかりないといいはり、)

茂次もそれなら金は借りないと云い張り、

(ついにしちべえのほうでかぶとをぬいだ。)

ついに七兵衛のほうでかぶとをぬいだ。

(いわいちょうへかえったしげじが、すけじろうにかねをわたし、だいろくのくるのをまっていると、)

岩井町へ帰った茂次が、助二郎に金を渡し、大六の来るのを待っていると、

(ふくだやきゅうべえとちょうないのかしらのかんすけが、)

福田屋久兵衛と町内のかしらの勘助が、

(まちかたどうしんのなかじまいちぞうというのをあんないしてきた。)

町方同心の中島市蔵というのを案内して来た。

(きゅうべえはまずふこうのくやみをのべ、)

久兵衛はまず不幸のくやみを述べ、

(どうしんをひきあわせてから、ようけんをきりだした。)

同心をひきあわせてから、用件をきりだした。

(つづめていえば、こじをおおぜいやしなっているのはふほうだ、というのである。)

つづめていえば、孤児を大勢やしなっているのは不法だ、というのである。

(さいがいによるこじのしまつはきまっていて、)

災害による孤児の始末はきまっていて、

(こじんがこんなふうにおおぜいをあつめてやしなう、などということはまちがいだ。)

個人がこんなふうに多勢を集めてやしなう、などということは間違いだ。

(もとのちょうないへひきとらせるか、おやくにんにまかせるかどちらかにしなければならない。)

元の町内へ引取らせるか、お役人に任せるかどちらかにしなければならない。

(このままではおかみにもはばかりであるし、)

このままではお上にも憚りであるし、

(ちょうないのめいわくにもなる、というのであった。)

町内の迷惑にもなる、というのであった。

(そのときおりつがとびだしてきて、「それはあたしがはなします」といった。)

そのときおりつがとびだして来て、「それはあたしが話します」と云った。

(しかししげじはおりつをおしやった。)

しかし茂次はおりつを押しやった。

(「おっしゃることはわかりました」としげじはきゅうべえにいった、)

「仰ることはわかりました」と茂次は久兵衛に云った、

(「わたしもそうするつもりでいたんですが、)

「私もそうするつもりでいたんですが、

(いま、ちょうないのめいわくになるとおっしゃいましたね、それはどういうことなんですか」)

いま、町内の迷惑になると仰ゃいましたね、それはどういうことなんですか」

(「ひとくちにいうと、こどもたちがあくたれすぎるようだ」ときゅうべえがいった、)

「ひとくちに云うと、子供たちがあくたれすぎるようだ」と久兵衛が云った、

(「わたしもたびたびみかけたけれど、ここにいるこどもはたちがわるい、)

「私もたびたびみかけたけれど、ここにいる子供はたちが悪い、

(なにもしないこをなぐる、よそのへいをこわす、いえのなかへいしをなげこむ、)

なにもしない子を殴る、よその塀をこわす、家の中へ石を投げこむ、

(みせさきのものをかっぱらう、そんなくじょうをたえずもちこまれるんだ」)

店先の物をかっぱらう、そんな苦情を絶えずもちこまれるんだ」

(「それはちがいます、いいえちがいます」とおりつはいいかえした、)

「それは違います、いいえ違います」とおりつは云い返した、

(「うちにいるこがいいこばかりだとはいいません、)

「うちにいる子がいい子ばかりだとは云いません、

(でもちょうないのこどもたちがからかいさえしなければ、)

でも町内の子供たちがからかいさえしなければ、

(けっしてそんなわるいことなんかしやしないんです」)

決してそんな悪いことなんかしやしないんです」

(「ちょうないのこがからかうって」)

「町内の子がからかうって」

(「あたしはあのこたちをうらのあきちであそぶようにさせています、)

「あたしはあの子たちを裏の空地で遊ぶようにさせています、

(なるべくよそへゆかないようにさせているんですが、)

なるべくよそへゆかないようにさせているんですが、

(ちょうないのこどもたちがやってきて、のらいぬだとか、おやなしっこだとか、)

町内の子供たちがやって来て、のら犬だとか、親なしっ子だとか、

(どろぼうだとかいって、さんざんあくたいをついたりものをなげたりするんです」)

どろぼうだとか云って、さんざん悪態をついたり物を投げたりするんです」

(「すると、ーー」とどうしんのなかじまがきいた、)

「すると、ーー」と同心の中島が訊いた、

(「おまえはこのちょうないのほうがわるいというんだな」)

「おまえはこの町内のほうが悪いというんだな」

(「あたしはこのとちのものです」とおりつはこたえた、)

「あたしはこの土地の者です」とおりつは答えた、

(「あたしはこのちょうないでうまれこのちょうないでそだちました、)

「あたしはこの町内で生れこの町内でそだちました、

(かじからこっちずいぶんひとがかわりましたけれど、)

火事からこっちずいぶん人が変りましたけれど、

(むかしからすんでるひとはみんなしってます、)

昔から住んでる人はみんな知ってます、

(ですからちょうないをわるくいうきもちなんかこれっぽっちもありゃしません、)

ですから町内を悪く云う気持なんかこれっぽっちもありゃしません、

(それに、こどものことですから、よそものをみれば)

それに、子供のことですから、よそ者を見れば

(からかったりいじめたりしたくなるのは、どこでもおなじことでしょう、)

からかったりいじめたりしたくなるのは、どこでも同じことでしょう、

(だからちょうないのこたちがわるいというんじゃあないんです、ただーー」)

だから町内の子たちが悪いと云うんじゃあないんです、ただーー」

(とおりつはちょっとぜっくし、すぐにまたつづけた、)

とおりつはちょっと絶句し、すぐにまた続けた、

(「ただうちにいるこどもたちは、あずけられたさきで、)

「ただうちにいる子供たちは、預けられたさきで、

(やっかいものあつかいにされたりこきつかわれたり、)

厄介者扱いにされたりこき使われたり、

(いろいろなことがあっていたたまれなかった、)

いろいろなことがあっていたたまれなかった、

(どこへいってもおやなしっこ、どろぼう、のらいぬってからかわれたり、)

どこへいっても親無しっ子、どろぼう、のら犬ってからかわれたり、

(いじめられたりしてきたんです、あたしも、かじでおっかさんにしなれました、)

いじめられたりして来たんです、あたしも、火事でおっ母さんに死なれました、

(りょうしんもきょうだいもないししんるいもありません、)

両親もきょうだいもないし親類もありません、

(ですからあのこたちのきもちがよくわかるんです、)

ですからあの子たちの気持がよくわかるんです、

(あのこたちがなによりほしがっているのはひとのあいじょうなんです、)

あの子たちがなにより欲しがっているのは人の愛情なんです、

(ひとのあいじょうだけがあのこたちのいきるたよりなんです、)

人の愛情だけがあの子たちの生きる頼りなんです、

(それなのに、ひとからにくまれるようなことをすすんでやるでしょうか」)

それなのに、人から憎まれるようなことをすすんでやるでしょうか」

(みんなはちょっとちんもくした。)

みんなはちょっと沈黙した。

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